純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第13話 異物

 鉄華団団長オルガ・イツカはやや硬い顔つきでギャラルホルンから送られてきた資料をめくる。そこに書かれていたのは今日ギャラルホルンより出向してくる隊員の履歴だった。

 ジン・カーン特務三尉。士官学校を四位の成績で突破し、統制局に三尉として任官。そこで経験を積んだ後に監査局へ移り特務三尉となる。

 内部監査を担当する監査局は、ギャラルホルン内部にあって強い権力と権威を有する特別な部署だ。監査局だけの特務階級が、通常階級より一つ上のものに相当するのも特殊性の一つだ。

 そこに配属できるのはセブンスターズかそれに連なる貴族出身者、もしくは士官学校で十位以内に入った成績優秀者に限られる。また質の低下を下げるため、如何に貴族でも成績不振者は入ることができない。

 元々ここに所属していたマクギリスやガエリオなどは家柄と成績で両方条件を満たしたタイプで、石動・カミーチェは成績で家柄のハンデを跳ね除けたタイプだ。このジン・カーンという男はアーヴラウの一般家庭所属となっているので、コネで監査局入りしたということはあるまい。つまり監査局に選ばれるだけの能力は保証されているというわけだ。

 

「入るぞオ……じゃなくて、失礼します団長。ジン・カーン特務三尉を連れて……じゃなくて、お連れしました」

 

 おっかなびっくりとしたノックはダンテ・モグロのものだ。

 副団長としてそれなりにお偉方と会話したことのあるユージンや、地球支部のまとめ役だったチャドと比べると敬語もぎこちない。

 ギャラルホルンの軍人の前でフランクに話し掛け過ぎるのも良くない、とダンテがらしくなく気遣った結果だろう。

 

「ああ。入ってくれ」

 

「初めましてオルガ・イツカ団長。ファリド元帥の命を受けギャラルホルン監査局より参りましたジン・カーンです」

 

 ダンテの案内で入室してきたのは、ボールペンのように体の長い細身の男だった。一見するとモヤシだが、それは身長が2m10㎝もあるせいで、よく観察するとそれなりに筋肉はついている。いくら頭脳明晰でも肉体が貧弱では、士官学校で四位の成績につくことなど不可能なので当然といえば当然だ。

 地味な黒縁の眼鏡で擬態されているが、瞳は狐を思わせる鋭利さがある。これまでオルガの出会ってきた相手の仲だと、蒔苗東護ノ介が近い雰囲気をもっていた。

 明らかに油断がならない。

 

(できりゃデクスターさんみたいなタイプを寄越してほしかったんだがな)

 

 半ば脅し染みた方法でCGSから残って貰った眼鏡の事務職員を思い出す。

 彼は兵士としては凡庸だったが、真っ当で先の読める財政管理能力から初期鉄華団の屋台骨として活躍してくれた。振り返ってみると彼を引き入れることができたのは、鉄華団にとって大きな幸運だったといえるだろう。

 

(まぁデクスターさんみたいな人畜無害そうな面して中は真っ黒ってパターンよかマシか)

 

 マクギリスと鉄華団は一応対等な協力関係であるが、組織の規模としては雲泥の差だ。

 

「団長のオルガ・イツカだ。急な上に地球からの出向だってのに速かったな。もう一週間以上はかかると想像してたんだが」

 

 だからこそ敢えてオルガは椅子から立ち上がらず、明確に上の人間として接した。

 これから鉄華団として働いていくのに、ギャラルホルンからの出向だから立場は上だなんて勘違いされては困るのだから。

 

「ギャラルホルンのアリアドネラインを高速船できましたので。元帥直々の命令書もあったので余計な手続きをすっ飛ばすこともできましたから」

 

 エイハブ粒子の影響下にあっても長距離通信を行うためのコクーン。それを纏める航路管制システムがアリアドネだ。

 鉄華団は主にアリアドネから外れた独自ルートを使ってきたが、それはギャラルホルン管理下の正規ルートと比べればやや遠回りなのは否めない。

 

「航路を仕切るってのは便利なもんだな。それでアンタの立場についてなんだが――――」

 

「それなのですが団長。一つお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」

 

「……言ってみろ」

 

 これで自分を組織のナンバーツーにしろ、だなんて偉そうなこと言ったらぶん殴って追い返してやろう。

 そんな風に考えていたオルガはジン・カーンから出てきたお願いに呆気に囚われることとなった。

 

「私にも鉄華団の制服と、あとクリュセあたりに手頃な物件を紹介して欲しいのです。この星に骨を埋めるつもりなので」

 

「は?」

 

 一度真っ白になった頭を再稼働させ、言葉の意味を呑み込むのにオルガは十秒の時間を要した。

 

「おいおい。骨を埋めるってどういうことだ? そりゃアンタには出向社員として働いてもらう予定だったが永住するなんてマクギリスに聞いてねえぞ!」

 

「マクギリス・ファリドはもう関係ありません。既に除隊届も郵送しておきました。ですので出向社員ではなく正式な社員として扱って欲しいのです」

 

「待ってくれ。なんだってそんなことをする? 地球出身者のアンタが、俺達にそこまで入れ込む理由なんかないはずだろう」

 

 ギャラルホルンと鉄華団のどちらが安定した職場かと問われれば、団長であるオルガも自信をもってギャラルホルンと断言できる。家族である団員には高い給料を約束してはいるが、ギャラルホルンの士官の各種保証にはとても及ばない。

 しかもギャラルホルンの立場を失うということは、鉄華団には彼を雇用する義務が消失したことも意味していた。極端な話をすればここでオルガが彼を放り出せば、彼は無職となって火星に一人取り残されてしまうのである。

 似たように出向社員という立場から完全に鉄華団に骨を埋めた人間にメリビットがいる。だが彼女が鉄華団のテイワズ離脱後も残ったのは、それまでの長い信頼関係あってのことだ。

 言うまでもなくオルガはこのジン・カーンと初対面であり、信頼関係などというものは砂一粒ほどもありはしない。

 考えれば考えるほどに彼の行動は理解不能だった。

 

「地球出身者だから恵まれているというのは、地球外に住む人間の偏見です。地球に住んでいる人間だって金持ちだっていれば、住む家すらない貧乏人だっていますよ」

 

「アンタもその口だったってことか?」

 

「いいえ。私の家は極普通の家庭でしたよ。両親共に健在で、祖母一人に兄一人に妹一人の六人家族です」

 

 それはそうだ。ジン・カーンがそんな悲惨な境遇なはずがない。なにせ送られてきた資料にそう書かれている。

 

「きっとあのままだったら私も両親のように、平凡な会社に勤めて平平凡凡な人生を送ったんでしょうね」

 

「いいことじゃねえか」

 

「よくありません! 男として生まれたからには大勢の人間を従え、歴史に名を残す大人物になりたい! そのために必死に勉強してギャラルホルンに入ったんです!」

 

「それも分かるっちゃ分かるが」

 

 デカい山を当てて名前を轟かせることは、多くの男が夢見ることである。

 オルガ自身もそうやって鉄華団を結成して、火星の王というゴールに辿り着いた口だ。

 

「なのにあの男は……っ! マクギリスは一切の不足なく仕事を果たしていた私を、あろうことか火星へ行けなどと言って捨てたのです!

 彼奴は三佐の階級などを対価に与えてきましたが、そんなものはゴミです! こんなことが納得できますか!」

 

 古今東西の組織に共通することだが、基本的にはより中央に近い場所が出世コースである。

 地球圏を本拠とするギャラルホルンにおいて火星は辺境も辺境だ。火星の三佐と監査局の特務三尉ならば、将来性も加味して後者の方が価値がある。左遷とすら呼べる人事にジン・カーンが激怒するのも無理のないことといえた。

 

「だから奴に思い知らせてやるのですよ! この私がどれだけ捨てるに惜しい人材であったのかを! この火星の地にジン・カーンの名を轟かせることで」

 

「そのために俺等を、鉄華団を利用するってのか?」

 

「はい、私にとって鉄華団は伸し上がるための手段です。ですが結果的に鉄華団のために働くわけですからなんの問題もないでしょう?」

 

 悪びれずに言い切る。鉄と血で繋がった家族を利用する魂胆は殴りつけてやりたいほど気に入らないが、肝っ玉が据わっていることは認めざるをえなかった。

 並の人間なら威名を響かせる鉄華団団長を前にここまで堂々と言い切ることなど出来ない。

 

「……この資料によるとアンタには地球に妻と子を残してきてるようだが」

 

「妻は聞き分けが悪かったので離婚しました。妻子などという些末事に拘っては大志を成すことなどできません」

 

「そうかよ」

 

 スーツの中の膨らんだ場所に手を伸ばしたオルガは、そこから銃を引っ張り出してジン・カーンへ向ける。

 

「俺はな、マクギリスに一つ注文をつけた。送ってきたのが『家族』を裏切るような奴だったらこっちで始末をつけるってな」

 

「お気に触られましたか?」

 

「俺達の家族の中にはテメエみてえな男に捨てられたっていう奴もいる。そいつ等にお前を新しい家族にしろって俺に言わせる気か? 鉄華団を裏切ったわけじゃねえからケジメつけるのは勘弁しておいてやる。さっさと失せろ。そんでマクギリスに泣きつくんだな」

 

「お断りします」

 

 さすがに死の恐怖に唇を震わせながらだったが、これまたジン・カーンは即答した。

 

「立場が分かってねえようだな。もし楽観してるようなら忠告しておいてやるが、これは脅しなんかじゃねえぞ」

 

「殺すなら殺すで構いません、覚悟はしてきました。ですがどうせ殺すなら私が使えるかどうか判断してからでも遅くないのでは? 時間はかけません。三分間で有用性を示してみせましょう」

 

「…………いいだろう。じゃあ言ってみろ、約束通り三分間だ」

 

 オルガは銃を下げた。例え相手が妻と子を捨てるような男だろうと、ここまで度胸を見せられて問答無用に射殺では筋が通らない。

 

「では失礼して」

 

 時計が15時を回る。ジン・カーンが口を開き、そして当初の予定にない入団試験が始まった。 

 


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