純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第14話 苦い薬

 ジン・カーンという男はオルガ・イツカの最も嫌いなタイプの人種だと断言できる。

 一応度胸は据わっているので、図体ばかりの無能だった旧CGS壱番組隊長のハエダと比べれば兆倍マシだが、それは目くそ鼻くそでどちらも糞は糞だ。むしろ賢いぶん性質の悪い糞野郎とすらいえよう。

 しかしながら鉄華団が深刻な人員不足であることは、オルガどころか平団員に至るまでが認識せざるをえないことだった。

 ワーカーホリックなのはオルガだけではない。団員の殆どが火星に帰還してから碌に休暇もなく、働きづめだ。

 働いても働いても、仕事はそれ以上の速度で積み重なっていく。ここは地獄だ、と団員が叫んだ。

 エドモントンや革命戦争のせいで英雄として持ち上げられている鉄華団だが、内実はあくまで火星の一民間警備会社に過ぎない。火星そのものを統治するには人もノウハウも全てが足りていないのだ。

 もしもマクギリスがギャラルホルン火星支部に引き継ぎ作業を命じずに、さっさと引き上げてしまっていたら、火星の治安は崩壊し嘗てない混乱に突入していただろう。

 中でも特に鉄華団に不足しているのが所謂〝参謀〟の存在だった。

 規模を拡大すれば新しい問題が発生するのは、エドモントン後の募集で一度体験したが、今度はそれより遥かに大規模。文字通り火星中への団員募集である。

 面接で何人かは篩に落とすとして最低でも団員が五倍に増えるだろうとデクスターも言っていた。

 組織が大きくなれば、それを纏めるための新しい仕組みが要る。

 これまでは〝筋〟を通し身内を〝裏切らない〟という指針とオルガ本人のカリスマ性で統率できてきたが、これだってどこまで続くか分からない。

 

『俺達……新しく来る団員と上手くやってけんのかなぁ。アーヴラウ防衛軍の時でもさ。あっちは俺達を餓鬼だって見下して、こっちは連中を使えないって見下しての悪循環で。とても長く一緒に仕事したいとは思えなかったんだ。

 あの時は地球支部だけの問題ですんでたけど、これから鉄華団全体がそういうことになるんじゃないか?』

 

 チャドの鳴らした警鐘はオルガの胸に刺さった。

 地球支部の二の轍を踏まないためにも鉄華団には、組織造りのできる人間が欲しい。

 ジン・カーンという参謀は人格は落第だが、もしその能力がオルガの希望する参謀の値に届くようであれば、

 

(毒皿を喰うか)

 

 人間性を無視して能力だけを評価する覚悟を決めたオルガは、不審なことをしでかせば殺す「鷹の眼光」でジン・カーンを見据える。

 気分は鷹のようなハンターではなく、被告の生死を判断する裁判官のようだった。

 

「オルガ団長。聞くところによると貴方達はクリュセのみならず、火星全土に渡って大々的に団員募集を宣伝しているだとか」

 

「おお。なんか駄目なところでもあったか?」

 

「いえ。鉄華団の名声は今が頂点。募集をかけるには良い機会ですよ。ですが人を集めることができれば終わりというわけではありません。特に……今回の募集は大規模なものでしたから、ちゃんと『大人』の入団希望者もきちゃいますよね。

 大人と子供が一緒の職場で同じように働けば問題が生じるのは旧CGS時代の経験でお分かりと思います。ですが敢えて断言しますが、放置すればそれ以上の問題が発生しますよ。だって正確には大人と子供が一緒にじゃなくて、大人が子供の下で働くわけですからね」

 

 子供が大人に従うことに抵抗感を覚える人間は少ない。だがそれが逆に大人が子供に従うことになると抵抗感を抱かぬ者は皆無となろう。

 10歳、20歳若い上司にへーこら頭を下げたことがある人間でも、それが未成年の子供であれば躊躇ってしまう。これは旧世紀の頃から変わらぬ人の習性だった。

 事務職員ならばデクスターやメリビットに面倒みてもらえばいい。あの温和で面倒見のいい二人なら、ちょっと性格に問題ありの人間だって丸め込んでしまえるだろう。

 整備班は雪之丞というベテラン整備士がいるので、大人の横暴はおやっさんの貫禄で黙らせることができる。

 しかし実動隊はそうはいかない。

 鉄華団の中核をなす実動隊を構成しているのが殆ど宇宙ネズミや、ヒューマンデブリと貶められてきた子供である。やってくる全ての大人が子供の教官に納得して従順になれるかは疑問だった。

 早く対処しなければならない。ことが表面化するよりも前に。

 目の前のことを片づけるのが得意な団員は沢山いるが、先の事を読んで助言をくれる人間は鉄華団には一人もいなかった。強いていえばビスケットだったのだが、彼は地球での戦いで戦死してしまっている。

 果たしてジン・カーンはそれが出来るだけの器を持っているのか

 持っていなければ叩き出すだけ。だがもしも持っていたのであれば、

 

「アンタには対策があるって口振りだな。うちの奴等の中には『大人なんか要らねえ』って意見も何人かからあがってるが」

 

「愚策です。それでは折角の拡がりを失ってしまいますし、子供だけの組織というのは舐められるものです。下手すれば子供ばかりを働かせる悪徳企業という誤った認識さえされてしまうかもしれません。大人の団員受け入れは今後の事を考えるなら絶対にやるべきです」

 

「そいつに関しちゃ不本意ながら同感だ。大人だ子供だ、野郎だ女だなんてつまらねえ好き嫌いしてちゃデカくなれねえからな」

 

「一番明確で良い手は軍規を設けることです。今の鉄華団にある『家族を大事にする』という社訓のようなものではなく、破れば即銃殺くらい厳格なものがいいでしょう」

 

「確かに脱走なり傲慢かました大人を見せしめに銃殺すりゃ、どんな馬鹿でも自重を覚えるだろうな。正直好かないやり方だが」

 

「脱走するのが大人だけとは限りませんけどね」

 

「…………」

 

 恐怖で人を従えるというのは、旧CGSの大人が自分達参番組にやってきたことだ。自分がそれを大人達にやるのは、つまらない仕返しをするようで嫌な気分になる。

 しかもいざとなったら子供すら処刑しろと主張するジン・カーンは、見方によっては人非人とすらいえるだろう。

 

「もちろん鞭だけで人は統率できません。どんな小さな罪でも必ず罰すると同時に、どんな小さな功績でも必ず報いる。公平な信賞必罰の精神を徹底させるのです。

 そうすれば団員は小さな罪も犯すまいと自制するようになり、どんな小さな仕事でも熱心に取り組むようになるでしょう」

 

「理には、かなっているか」

 

 よくよく勘違いされがちだが、無学であることと頭が悪いことは決して同義ではない。世の中には勉強はできなくても、頭の回転は優れているタイプもいる。

 そして育ちのせいで学問なんて高尚なものとは縁のなかったオルガだが、地頭は寧ろ相当良い部類に入る。もしも生まれが真っ当でちゃんとした教育を受けてきたならば、今頃は高級なスーツを着て若手官僚にでもなっていたかもしれない。

 また生来の向上心の高さから勤勉性もあるオルガは、エドモントンでの戦いから学の必要性を認識し、暇さえあれば勉強に時間をあててきた。その甲斐あってCGS時代はチンプンカンプンであった話の内容をまったく問題なく理解することができた。

 

「鉄華団は恐らく独立後の火星で国軍としての役割を担うことになるでしょう。兵士ばかりでなく下士官級士官級の人材も充実させなくては」

 

「国軍……。ギャラルホルンと何度もやり合ってきた俺達が、ギャラルホルンになっちまうとはな」

 

「それが勝者の責任です」

 

「だが下士官士官級の人材なんて簡単に充実できるもんじゃねえだろ。特に士官だな」

 

 CGSへのクーデターから始まり数々の修羅場を潜り抜けてきた鉄華団は、実戦経験において平均的なギャラルホルンを凌駕する。

 殆どは三日月のように兵士としての能力に秀でた者ばかりだが、中には昭弘、シノ、チャドのように我流で指揮能力を身に着けた者もいた。

 しかし彼等が出来るのはあくまで兵士の指揮であって、更にその上の士官級のことをこなすことは難しい。鉄華団でそれが出来るのは団長であるオルガを除外すれば、副団長のユージンだけだろう。

 昭弘やチャドなどはギャラルホルン火星支部から略式の士官教育を受けてはいるが、それが物になるにはもう少し時間がかかる。

 

「そう仰ると思いこちらで隊長級副隊長級で招聘できそうな人間を纏めておきました」

 

 なんでもないことのようにジン・カーンが書類を手渡してくる。

 

「…………仕事が早ぇな」

 

「地球から火星への旅の間は暇でしたので」

 

 主にトリカーリココロニーを拠点にしている傭兵団のボスをしていたフランシス・スフォルツァ。

 元ギャラルホルン士官で傭兵に鞍替えしたという異端児ボブ・カーター。

 SAUのニューディエゴ自治区で自警団を率いているテオドール・ゼルテ。

 火星でこんな稼業をしていれば一度は聞いたことのある有名所がずらりと並んでいた。

 これ以外にも副隊長が務まりそうなちょっとした有名人もリストに入っている。

 

「全員大物ばかりじゃねえか。本当にうちなんぞにきてくれんのか?」

 

「鉄華団は今や火星全体の英雄で未来の火星国軍です。元々ギャラルホルンの腐敗を嫌って除隊したカーターあたりは頼まなくても勝手にきたでしょう。スフォルツァは経験豊富な歴戦の戦士なので教官としてうってつけです。金はちとかかりますがね。

 自警団のボスをしているゼルテは絶対に引き入れるべき人材です。これから鉄華団がやっていくべき治安維持活動のノウハウを持っていますし、ニューディエゴの統治もスムーズになります。

 ただデメリットとして彼等は全員自前の戦力をもっているので、引き入れればそこそこの発言力を与えることになります。もし貴方が元帥殿のようにこの火星で独裁をしたいのであれば諦めたほうがいいかもしれません」

 

「その気はねえよ。土台俺等だけで火星を全部統治するなんて無理なんだ。面子として俺が頭になるのは譲れねえっていうか避けられねえことなんだろうが、旧自治区代表とかもないがしろにするつもりはねえ。ここはクーデリアとも話し合って決めたことだ」

 

 クリュセ、ラゴニア、ニューディエゴ、イズモの四大自治区代表を議員。火星中に名声を響かせ、アーヴラウとも独自のパイプをもつクーデリアを代表議長。そしてオルガ・イツカが国家元首に。

 まだ国名すら決まっていない水面下調整の段階だが今のところはこういった感じに落ち着きそうだった。

 

「さて。私の持ってきた案は大体言い終えましたが、改めましてオルガ・イツカ団長。私を殺しますか?」

 

 悔しいがジン・カーンの見識は認めざるを得ない。人格面を無視すれば、正にオルガが求めていた人材だ。ここで彼の入団を断固拒否したところで、彼に代わる能力をもつ人間が都合よく現れる可能性は低い。

 十秒ほど目を瞑って熟考してからオルガは決断した。

 

「いいだろう、合格だ」

 

「嬉しいです」

 

「ただし。もしもお前が俺達家族を裏切るようなことがあれば、例え地球の裏側まで逃げようと捕まえてケジメをつける。覚えておけ」

 

「おお恐い。恐いので思い出す羽目になることはしませんよ」

 

 飄々と笑いながらジン・カーンは退室していく。

 あの性格だ。地球支部でラディーチェが団員から反感をもたれたように、彼を嫌う団員は必ず出てくるだろう。

 今は裏切るつもりがなくても、ここで過ごしていくうちに良からぬことを考えるようになるかもしれない。暫くは注意が必要だろう。

 

「あいつを見張る人間が必要だな。けどうちの連中にはそれとなく見張るなんて器用な真似できそうにねえし……ああくそっ、ギャラルホルンの監査局みてえな部署も必要なのか? やること多すぎて頭が沸騰しそうだ」

 

 余り楽しくない会話をしたせいで溜まりに溜まった疲れが伸し掛かってきた。額を抑えると微妙に熱っぽくもある。

 だがまだ休むわけにはいかない。栄養ドリンクを喉から流し込んでから、デスクのPCを確認する。

 

「ここからラゴニア自治区の役員と会合か。その次は新江三佐と引継ぎの続き……。そろそろ秘書でも雇わねえと回し切れねえな」

 

 オルガ・イツカの一日は、まだ終わる気配をみせなかった。

 




ジン・カーンのモデルは中行説と李斯です。
けど名前は韓信からとっています。
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