純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第16話 虫籠

 エドモントンでの鉄華団の英雄的活躍は、皮肉にも阿頼耶識とMSの有用性を全世界に示した。それにより宇宙海賊や傭兵などがこぞって買い取ったヒューマンデブリに阿頼耶識の施術を施し、MSのパイロットに仕立て上げた。

 グレイズはMS開発史において間違いなく傑作と呼ばれて然るべきものだが、その仮想敵は主にモビルワーカーなどで、対MS戦は余り想定されてはいない。

 だが前述の理由と、ギャラルホルンの威信低下に伴う治安悪化により、ギャラルホルンは対MS戦を想定した新型の開発を余儀なくされた。

 その結果として生まれたのがレギンレイズである。そんな開発経緯もあってレギンレイズの対MS戦闘力はグレイズを大きく上回っていた。

 しかしレギンレイズは未だ開発されたばかりの機体で、生産されたものは殆どがアリアンロッド艦隊に配備された。これはラスタル・エリオンの政治力の高さを示すものであるが、同時に月外縁軌道統合艦隊の重要性も表している。お蔭でアリアンロッド艦隊の半数以上のパイロットが既にレギンレイズへの乗り換えを果たしていた。極一部のベテランは最新鋭機より使い慣れたグレイズやシュヴァルベ・グレイズから降りるのを渋っていたりもするが、それは些細な問題である。

 対して他の部隊への配備はどうかといわれれば、芳しくないというのが現状だ。

 一部のエースパイロットや貴族出身者にはレギンレイズが与えられているが、逆に言えばそれくらいしか与えられていない。アリアンロッド艦隊のようにレギンレイズを戦略規模で運用することなど不可能に等しいのだ。

 ヨセフ・プリマ―三佐と石動の援軍艦隊についても例外ではない。石動艦隊のレギンレイズ数は僅か二機で、プリマ―艦隊に至ってはゼロだ。

 敵戦艦はデブリの影に潜んでいてこちらからの艦砲は届きそうにないが、それは相手方も同じこと。戦艦が木偶な以上、MS部隊の戦いこそが勝敗を分けることになるだろう。

 そしてMS戦であればアリアンロッド側優位なのは、レギンレイズ配備数からも明かなことだった。

 

「敵MS隊に切り込むぞ。各員、続け」

 

 指揮官であるガエリオがキマリス・ヴィダールで敵陣に切り込み、二機のグレイズを瞬殺することで一番槍を飾る。

 目立つガンダム・フレームはさながら古代の戦争における赤備えの甲冑のような効果を生み出し、獅子奮迅の活躍が全軍へと伝播していく。

 こうして総司令官が自ら最前線にたつ愚は、士官学校で教育を受けたガエリオは当然理解している。人外の力量をもつマクギリスとて、ダインスレイヴ隊の攻勢で敗色濃厚となるまでは、旗艦にて全軍の指揮に徹していてバエルで自ら出撃しようとはしなかったのだ。

 しかし土台のないガエリオにとって、こうやって先頭に立って敵の首級をあげることだけがアリアンロッド艦隊の人心を繋ぎとめる唯一の楔なのだ。愚かであろうと止めるわけにはいかない。

 

『ボードウィン卿。後ろはどうか我等イオク様親衛隊にお任せを!』

 

『イオク様をお守りできなかった恥。せめて同じセブンスターズである貴方を死守することで、万分の一でも雪いでみせましょう!』

 

『悪鬼マクギリス・ファリドの走狗に正義の鉄槌を!!』

 

 相変わらず猛烈な士気のイオク親衛隊三人衆が果敢に敵のグレイズを撃滅していく。機体を亡き主君と同じ黄色と黒に塗装し直しているのは、彼等なりの喪服なのだろうか。

 あの無駄に高い士気はガエリオとしても若干引くほどだが、その戦いぶりは味方としては頼もしい。元々優秀だったイオク親衛隊は、主君の御守りという枷を外したことで遮る者なき猛士と化していた。

 

「俺も、負けてはいられんな」

 

『意気込みは結構ですが彼等のように猪突しすぎないで下さい。貴方には死んで欲しくありませんので』

 

 相変わらず淡々とした調子で言いながら、ジュリエッタのレギンレイズ・ジュリアがジュリアンソードでシュヴァルベ・グレイズのコックピットを貫いた。

 テンションは平常運転だが戦果に関してはイオク親衛隊三人衆全員を足したものより上だというのだから流石と言う他ない。純粋なMS操縦の腕前だけで、ラスタルとガラン・モッサから見出されただけはあるといえる。

 

「それは、君の個人的な感想かい」

 

『……ご想像にお任せします』

 

「なら俺にとって嬉しい想像をしよう。だが忠告には従えそうにないな。客人だ」

 

 レギンレイズすら凌駕する速度で急接近してくるエイハブ・ウェーブの固有周波数は、ヨセフ・プリマ―が駆った黒紅色のシュヴァルベ・グレイズのもの。だがその外観は一変していた。

 シュヴァルベ・グレイズの上に纏っているのは太った梟のような追加装甲。丸みを帯びたフォルムで猛進してくる姿は流星のようである。シュヴァルベ・グレイズ専用の追加外装アラーネア・アルマ。別名を蜘蛛の鎧。

 暗礁地帯での運用を想定した重装甲、高機動、大火力を実現した装備ではあるが、コストやら操縦性の悪化やらの諸問題のせいで、実験品が何人かのパイロットに配備されて生産中止となった曰くつきだ。

 こうしてアラーネア・アルマを装備してきているということは、受領した何人かの一人がヨセフ・プリマ―だったのだろう。

 

『ちょこざいな!』

 

『おのれ! そんなハリボテが真なる勇気をもつ我等に――――』

 

『鬱陶しい』

 

 アラーネア・アルマに装備されているレールキャノンの二連射が、正確にイオク親衛隊の二機のレギンレイズに命中する。

 

『貴様、よくも我が同朋を!』

 

 損傷を負った二機のレギンレイズを、すかさず残った一機が牽制の射撃を発砲することで庇う。同じ主君と仰いで同レベルのテンションをもつだけあって連携力も高いようだ。

 ただ相手はヨセフ・プリマ―。貴族出身というプラスを相殺して余りある『見た目』というハンデを、実力でぶち破ってきたエースパイロットである。練度の高いパイロットでなければグレイズ以下の性能しか発揮できないシュヴァルベ・グレイズの操縦性を、性能のために更に悪化させたアラーネア・アルマを軽々と乗りこなす凄腕だ。

 宇宙を泳ぐようにレギンレイズの弾幕を回避していき、射撃が止む一瞬をついて反撃のレールキャノンを放ってきた。

 

『――――あっ』

 

「ボケっとするな! モーリス一尉、中破した二機を連れて一旦下がれ!」

 

 味方機を蹴り飛ばすという荒っぽい方法でレールキャノンから庇いながら、ガエリオはイオク親衛隊のレギンレイズに叫ぶ。

 

『は、え……ボードウィン卿。どうして私の名を……?』

 

「仮司令になった時から暇さえあれば人員の名簿には目を通していた! ……なんて今はどうでもいい。それよりも早く退け。イオク・クジャンという男はなにかのトラブルメーカーではあったが、部下のことを本心から宝と思っていた。お前はイオクの命ばかりか彼の宝までみすみす失うつもりか!?」

 

『りょ、了解ですボードウィン卿! 肝に刻みました、我等イオク様親衛隊! 退かせて頂きます! どうか御健闘を!』

 

 特に深く考えもせずその場の思いつきで言い放った言葉だったが、イオク親衛隊の心にはガエリオ自身も信じられないほど心に刺さったらしい。

 モーリス一尉だけではなく通信を聞いていた他の親衛隊まで感涙でむせび泣きながらリバースクイーンへ退いていく。

 これでいい。あんな三人でも腕は確かだし今のアリアンロッドの貴重な戦力だ。無駄死にさせるわけにはいかない。

 

『だろうな。アンタならそうする』

 

 アラーネア・アルマに乗るプリマ―は、逃げるレギンレイズを追う素振りすら見せなかった。元より彼の目に映っているのはガエリオ・ボードウィンのキマリス・ヴィダールだけで、他の機体などは花の周りをウロチョロしている蛾のようなものに過ぎない。プリマ―三佐の第一目標は花を手折ることであって、虫けらが何匹死のうと何匹生き延びようと興味はなかったのだ。

 そして計画通りのガエリオ・ボードウィンの周りからMSを減らしたプリマ―三佐は、石動・カミーチェの提案した作戦を実行に移すことにする。

 

『石動一尉、今だ』

 

『――――了解した。虫篭作戦開始。艦隊総員、前へ』

 

 プリマ―艦隊をデブリに残して、石動が率いてきた援軍艦隊だけが最大船速で前へ出てきた。

 アリアンロッド艦隊からの砲撃やMSからの攻撃など気にもしない、明らかな死地への無謀な進撃。これはもはや半ば特攻とすら呼んで差し支えないだろう。実際一隻の戦艦が運悪くブリッジに艦砲が命中して轟沈した。

 しかし残りの艦はどれだけ損傷を受けようとも歩みを止めることはなく、丁度ガエリオのMS隊とアリアンロッド艦隊の中間の地点まで辿り着く。

 

「これは、まさか」

 

 石動艦隊より出撃してくるMSを見て敵の作戦を理解したガエリオは、信じられないという表情になる。石動艦隊の無謀な猪突によって、アリアンロッド艦隊とガエリオのMS部隊は完全に分断されてしまった。一見するとこれは各個撃破という戦いの基本を忠実にやっているかのように思える。虫篭というのはガエリオを虫、石動艦隊とプリマ―艦隊を篭に見立ててのネーミングだろう。

 しかしこんな作戦は余りにも酷いものだ。前方の篭であるプリマ―艦隊はいい。だが後方の篭を担当する石動艦隊は、アリアンロッド艦隊による艦砲射撃と、艦に戻ろうとするMS隊により挟み撃ちされてしまう。

 スキップジャック級含めたアリアンロッド艦隊の艦砲火力は圧倒的だ。挟み撃ちになった石動艦隊など幾ら頑張ろうと十分で溶けてしまうだろう。当然石動艦隊の乗組員は全員宇宙の藻屑となる。これはたった十分間ガエリオ・ボードウィンを艦隊から孤立させるために、一艦隊を捨て石にする狂気の作戦なのだ。

 

『そのまさかだ! ラスタル・エリオンとイオク・クジャン亡き今、アンタさえ死んじまえばアリアンロッド艦隊は自然消滅する! チェスや将棋と一緒さ! 飛車や角がとられようと歩兵が全滅しようと、王さえとっちまえば勝ちだ』

 

「こんな酷い作戦を、お前は派閥は違うといえど味方に実行させたのか!」

 

『残念ながらボードウィン卿。プリマ―三佐を責めるのはお門違いというものだ』

 

「!」

 

 キマリス・ヴィダールが感知したリアクターはヘルムヴィーゲ・リンカー。嘗てマクギリスが乗ってガエリオを殺したグリムゲルデを偽装改修したMSだ。

 戦乙女の名をもつMSを駆るのは、マクギリス・ファリドの懐刀とも噂される革命の立役者。石動・カミーチェ。

 

「石動っ! 彼等は自ら死地に志願したというのか!?」

 

『その通り。彼等は私と同じく元帥の理想に賛同した革命の戦士。革命のためであれば己の命など惜しくはない!』

 

 革命軍の大多数は流されるままにマクギリスに従うことになった者達だったが、一部には石動のように心から革命に賛同している者達もいた。石動が連れてきたのはそういう連中なのだろう。

 

「もはや問答は無意味のようだな」

 

 MAの装甲すら貫くヘルムヴィーゲ・リンカーのメイン武装、大剣ヴァルキュリアバスターソードをドリルランスでいなしながら言う。

 

『それはこちらの台詞だ。ボードウィン卿、既に貴方は歴史の敗北者だ! 貴方さえ斃れれば元帥の理想は成就される! そのためにも敗北者は潔くここで滅びていただく!』

 

「勝者の傲慢だな。敗北したからといって、大人しく滅んでやる筋合いなどありはしない!」

 

 もしもラスタル・エリオンであれば負けたとしても、しぶとく再起の芽を探るだろう。

 カルタ・イシューやアイン・ダルトンであれば誇り高く最後まで戦い抜いただろう。

 あの鉄華団であれば、きっとしぶとく生き延びようとしたはずだ。

 だったらボードウィンであるガエリオがここで大人しく滅んでやることなどできるはずがない。

 

『その通りです。頭に仮がつきますが、彼は私達アリアンロッドの司令官です。討たせるわけにはいきません!』

 

『ちっ! レギンレイズ・ジュリアか、邪魔を……!』

 

 ヘルムヴィーゲ・リンカーの猛攻を颯爽と割って入ったジュリアが押し留める。

 レギンレイズ・ジュリアとヘルムヴィーゲ・リンカーはどちらも近接に秀でた性能のMSだ。そうなると問題となるのは操る者の力量である。

 石動・カミーチェはマクギリスが腹心として傍に置くほど優秀な男だ。軍人としての総合力で彼はジュリエッタより確実に上だろう。しかしMSの技量に関してならば、アリアンロッドという精鋭部隊でエースを張り続けたジュリエッタが一歩先をゆく。

 

『ガンダム・フレームの華々しさのせいで忘れられがちだが、あの鬼神(バルバトス)の足止めなんていう貧乏くじを任せられただけはあるか。しかしなぁ!

 全軍聞こえているか! ガエリオ・ボードウィンはここだ、ここにいるぞ! 他の雑兵になんか構うな、倒れた味方も放っておけ! こいつさえ殺せば俺達の勝ちだ!』

 

 ヨセフ・プリマ―の指示によって全MSがキマリス・ヴィダール目掛けて特攻してくる。

 虫篭が保つのは残り七分。その七分間の間に倒さなければプリマ―&石動艦隊は負けだ。それが分かっているだけにヨセフ・プリマ―の声は鬼気迫っていた。

 

「止むを得ないか」

 

 狂奔する戦場の中、ガエリオは静かにキマリス・ヴィダールに宿る魂を解き放とうとしていた。

 




鉄血のコロニーは共産主義革命が起きそうな土壌がありますよね

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