純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第17話 目覚める豹

 入院生活というやつは暇だ。一日中ベッドに縛り付けられ、自由に歩き回ることも出来ない。これに捕虜としての立場が加わると、監視などがついて更に息苦しくなる。

 ただ何もしないでも寝ているだけで三食欠かさずにくれるというのは良いことだ。これが宇宙海賊などの捕虜であればこうはいくまい。犬の餌みたいな食事を一日一回、下手すれば三日に一回という最低の扱いが待っていたはずだ。それに比べればギャラルホルンの捕虜というのは天国だろう。

 しかし退屈ばかりは如何ともしがたかった。これまで火星の王だのなんだので毎日休みがないくらいに動き回っていただけに、ギャップで余計に巨大な空白時間が長く感じられる。

 昭弘ではないがこういう時は腹筋だの腕立て伏せだので体を鍛えでもしていれば気も紛れたのかもしれないが、一応元重傷者なので軍医のフランツ・ブラントが許してくれなかった。戦艦内なので火星の時のようにコンパニオンのデリバリーもできないので、ノルバ・シノは現状色々と持て余していた。

 フランツ・ブラントが偶に話し相手になってくれなかったら、シノは今頃退屈でどうにかなっていたかもしれない。

 アリアンロッド艦隊とヨセフ・プリマ―及び石動・カミーチェ連合艦隊が交戦に入ったのは、丁度そんな時だった。

 

「こいつぁ……」

 

 まるで〝地震〟でも起きたかのように艦内が揺れる。

 アリアンロッド艦隊の事情など何一つ知らぬシノだが、経験則でそれが戦いによる揺れだと分かった。

 

「なぁブラント先生。この船、どっかと戦ってるのか?」

 

「……すまないけど、捕虜の君に教える訳にはいかないね。そんなことをしたら私がボードウィン卿に叱られてしまう」

 

 前に一度面会に訪れたガエリオとジュリエッタを除外すれば、フランツ・ブランドは唯一の話し相手だった。

 他の看護師などはシノのことを露骨に警戒しているので、事務的なこと以外では話そうともしなかったが、彼だけはこちらの話に付き合ってくれた。逆に彼の仕事上の愚痴を聞いたこともある。

 しかし幾ら軍医といえど彼も軍人。しかもガエリオからノルバ・シノというトップシークレットを任せられるほどの男である。迂闊に情報を漏らしてくれるほど甘くはなかった。

 

「けち臭いこと言わねえでくれよ先生。別に減るもんじゃねえんだし。一体どこの誰と戦ってるんだ?」

 

「戦ってることはもう君の中で前提になってるのか。ああもう確信してるようだからばらしちゃうけど、確かに今この艦は戦闘状態にあるよ。はい、教えるのはここまでね。患者の君は大人しく体を治すことに専念しておいてくれ。そうすればあと一日でこの部屋ともオサラバできるだろうから」

 

「それってベッド生活から牢屋生活になるだけじゃねえのか?」

 

「まぁ、そうとも言うね」

 

「どうせずっと閉じ込められてるんだったら、退院の餞別ってことであとちょっとだけ教えてくれよ! 特別サービスだよ。な? な?」

 

「そう言われてもねぇ」

 

「じゃあ戦ってるのが〝鉄華団〟かどうかだけでも教えてくれ。これくらいならいいだろ」

 

 シノはここで漸く自分が一番知りたいことをフランツ・ブラントへぶつける。

 成り行き上でのことだったが、アリアンロッド艦隊と鉄華団は敵対関係にあった。自分がアリアンロッド艦隊の捕虜になっているのを知ったオルガ達が、自分を奪還するためにアリアンロッドを攻撃したのかもとシノが考えるのは自然のことだったといえるだろう。

 オルガ・イツカは決して家族を見捨てない。シノ自身もしも三日月や昭弘なりがアリアンロッド艦隊に捕まっていると知ったら、絶対に取り返すべく動いただろう。だから分かるのだ。

 もしも鉄華団が自分を取り返しにきたのであれば、その時は。

 

(その時は……どうすんだ?)

 

 なんだかんだで体の治療やら三食の飯やらの恩を施されておいて、家族が迎えにきたからサヨナラというのは筋が通らないことなのではないか。

 そしてそんな自分に胸を張れるかと問われれば、ノルバ・シノはNOとしか言えない。

 

(けどずっとここに捕まってるわけにもいかねえしなぁ。ヤマギに帰るって約束もしちまったし。けどそのままトンズラってのも)

 

 らしくなく深く考え込むシノだったが、それは要らぬ心配に終わる。

 フランツ・ブラントがやれやれと肩を竦めながら根負けして答えたのだ。

 

「鉄華団じゃないよ。今こちらを襲ってきているのはね。私から言えるのは本当にここまでだ。これ以上はどれだけ頼まれようと教えられないよ」

 

「恩に着るぜ、先生」

 

 鉄華団ではなかった。

 かといって宇宙海賊やそこいらにアリアンロッド艦隊を襲うような度胸や戦力があるとも思えない。そうなると消去法で残るはマクギリスの革命軍しか残っていなかった。

 

「…………やっぱ、このままじっとしてるのは性に合わねえよな」

 

「シノくん、いきなり立ち上がってなにを――――ぐぉ!」

 

 鉄華団実働一番隊の隊長は伊達ではない。飛び跳ねるようにベッドから降りると、鳩尾に拳を叩きこんでフランツ・ブラントを気絶させる。

 余りにも早い動きにフランツ・ブラントに悲鳴をあげる暇すらなかった。倒れるブラントを寸前で受け止めると、そのままさっきまで自分が寝ていたベッドに寝かせる。

 

「恩に着るついでにもう一つ借りを作っておくぜ。直ぐに返しにくるからよ。そこで寝て待っててくれ」

 

 医務室にあったギャラルホルンの制服を適当に見繕って着込むと、ブラントのIDカードで医務室から脱出する。

 向かう先はMSの格納庫だ。

 

 

 

 こうして戦っていると肌で感じられる。ヨセフ・プリマ―が元々連れていた艦隊と石動が連れてきた援軍艦隊の違いが。

 プリマ―三佐はバクラザン家の派閥に属する人間で、その将兵達もバクラザン家の兵だ。彼等がアリアンロッド艦隊と戦っているのは、バクラザン公が戦後の利権を確保しようと禿鷹のように勝利を漁ろうとしているからである。

 そんな経緯での派兵のため基本的に兵士達のやる気は乏しい。司令官であるヨセフ・プリマ―に対する畏怖で一定の士気は保たれているが、それは精鋭のアリアンロッド程ではない。

 逆に石動の連れてきているのは、兵卒に至るまでがマクギリスの思想に共鳴した革命家達だ。彼等にとってガエリオ・ボードウィンとアリアンロッド艦隊を倒すことは、天より与えられた使命に等しい。自分の命すら投げ捨てて任務を遂行しようとしてくる。それは現在進行形で肉壁となってガエリオの退路を断っている戦艦が証明していた。

 

『いたぞ、ガエリオ・ボードウィンだ!』

 

『旧体制の亡霊、セブンスターズの走狗め! 貴様さえいなければ元帥の天下だ!』

 

『革命のために露と消えよ!』

 

「戯言を。マクギリスとてセブンスターズだろうがっ!」

 

『我等は元帥がセブンスターズだから従っているのではない! バエルだ!』

 

『そう、バエルに選ばれたアグニカ・カイエルの後継者に従っているのだ!』

 

『この矛盾と腐敗に塗れた世界を糾し、人々のために戦ったギャラルホルンの原点を取り戻すために!』

 

「寝言を! セブンスターズの合議制を腐っていると否定して、マクギリスの独裁制を清廉だと持て囃すのか!」

 

 オープン回線で叫ぶが、意味はなかった。革命兵の乗るグレイズはガエリオの言葉に耳を貸すこともなく、特攻してくる。

 分かっていたことだ。面と向かって矛盾を指摘しようとも、革命の熱に浮かされた彼等の心には届きはしない。

 ガエリオに出来るのは物理的に彼等の心を永久に停止させることだけだった。

 

『人気者じゃねえか特務三佐殿。ならいっちょ俺にも付き合ってもらおうか!』

 

「ヨセフ・プリマ―かっ!」

 

 革命兵は士気こそ高いが、熱に浮かされているために猪突猛進な者が多い。だが革命兵ではなく、どこか世界に冷めたとこのあるヨセフ・プリマーはガエリオ・ボードウィンという最上の首級を前にしても冷静だった。

 キマリス・ヴィダールが攻撃に転じた隙を縫うように的確な射撃を放ってくる。そのせいでガエリオは満足にキマリス・ヴィダールを操ることができなかった。

 全体の動きが鈍れば、守りも弱まる。革命兵の猪突猛進さは蛮勇が故に攻めという一点においては凄まじい。グレイズのライフルやソードが徐々にキマリス・ヴィダールを掠めだした。

 

『待って下さい、直ぐに援護を!』

 

「やめろジュリエッタ! 陣形を崩すな、俺はいい!」

 

 こちらに助けに入ろうとしたレギンレイズ・ジュリアを制する。

 

『何故です? 貴方が死ねば全軍が崩壊するかもしれないのですよ! ラスタル様が……討たれた時のように』

 

「俺は死なん。もう一度あの男と、マクギリスと矛を交えるまではな。それよりも退路を塞いでいる艦を落とすことに集中しろ。そうすればこの戦いは俺達の勝ちだ!」

 

 ジュリエッタのレギンレイズ・ジュリアを始めとした自分のMSを援護に回せば、ガエリオ・ボードウィンの身の安全は強まることだろう。だがそれをすると貴重なMSパイロットたちに少なくない犠牲を強いることになる。

 それよりガエリオ一人が敵MS部隊を引き付けて、その間に退路を塞いでいる艦隊を落とすことができれば犠牲を最小限に留めることができるはずだ。

 補給が満足に叶わなくなった今。ベテランパイロットは黄金に勝る価値をもつのだから。

 

『大した度胸だな。だがお前が死ねば元も子もねえだろ! 囲んで袋叩きの蜂の巣にしちまえ!』

 

 蜘蛛の鎧(アラーネア・アルマ)が蜂の巣とはミスマッチなものだ。

 しかしそんな皮肉を言っている余裕はガエリオにはない。プリマ―の指摘した通り、犠牲を最小限に留めようと肝心のガエリオが墜ちれば終わりなのだ。

 キマリス・ヴィダールを取り囲んでいるMSはヨセフ・プリマ―のアラーネア・アルマを含めてざっと20機。ガエリオがエース級のパイロットで、騎乗しているのが伝説のガンダム・フレームであろうと厳しい相手である。

 この多勢を覆すには、禁忌の領域に踏み込んだ力を使う他あるまい。

 阿頼耶識システムType-E。

 キマリス・ヴィダールに宿るアイン・ダルトンの魂を、肉体と一体化させる禁忌の力をもってすれば、相手がMAであろうと負けはしないだろう。

 

『――――ガエ……き……るかい……』

 

 ガエリオがアインの名を呼びかけようとした時。アリアンロッド艦隊仮旗艦リバースクイーンよりノイズ交じりの通信が入る。

 

「その声はヤマジンか? 俺は今忙しい。手短に頼む」

 

『鉄華…が…捕虜……逃げ……気をつ……奪って……船を……』

 

「なんだ! 何を言っている? 鉄華団の捕虜? ノルバ・シノがなにかしたのか!?」

 

 余りにも気になるフレーズを出されては無視もできない。ガエリオは冷や汗を滲ませながら通信機へ怒鳴るが、返答はなく空しく通信が途絶してしまった。恐らくは肉壁となっている敵艦隊の妨害だろう。

 けれどヤマジン・トーカが何を伝えようとしたのかを、ガエリオは直ぐに目の当たりにすることになった。

 雷光のような速度で飛来するレールガンが、アラーネア・アルマの腹部を抉るように命中する。

 

『なっ! 砲撃だとぉ? どこのどいつだ! これを撃った馬鹿野郎は!?』

 

 重装甲だけあってアラーネア・アルマは大破はしなかった。それでも小さくない痛手を負ったアラーネア・アルマは機体から黒煙をあげている。

 ナノラミネートアーマーで覆われたMSを遠距離砲撃でこれだけのダメージを与えられる兵器は少ない。禁忌の力であるダインスレイヴを除外すれば、戦艦の主砲でなければ不可能だろう。

 しかしガエリオにはMSでこれだけの破壊力を叩き出す機体に一つだけ心当たりがあった。

 

「あれは――――」

 

 まるで生き別れになっていた兄弟と久しぶりの再会をしたかのように、キマリスが震える。

 モニターに表示されたエイハブリアクターの固有周波数が、ガエリオの予感が正しいものであると示していた。

 

「ASW-G-64……ガンダム・フラウロス」

 

 バルバトスやグシオンと共にギャラルホルンを恐怖へ陥れた鉄華団の三柱の悪魔が一つ、流星の渾名をもつガンダムが戦場に帰還を果たした。

 


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