戦闘中ということもあってリバースクイーン艦内ではほぼ全ての乗組員が忙しく動き回っている。今日が非番だった者も、夜勤明けで熟睡していた者も叩き出しての総動員だ。
艦が落とされてしまえば休みも糞もなく、全員揃ってあの世逝きなので当然だろう。だからサイズが大きめのギャラルホルンの軍服を着て通路を進むシノを、不審に思って呼び止める者などいやしなかった。
ふと艦内モニターの液晶に反射する自分の姿を覗き込む。
野性味のあるシノと格調あるギャラルホルンの軍服は実にちぐはぐであったが、逆にそれが叩き上げのベテラン兵染みた独特の迫力を醸し出していた。
「意外とギャラルホルンもいけてるかもしれねえな。緑ってのがちっと抑え目過ぎて俺っぽくねえけど。前に見た火星支部の赤い軍服はそこそこ良かったよなぁ。けど流星隊隊長の俺としちゃやっぱりカラーはピンクっぽいほうが」
「そこのお前! なんにも映ってないモニターの前でなにをブツブツとほざいているか!」
「あ、やべ」
スキンヘッドに厳つい顔した男が、頭に角を生やしながらシノを後ろから怒鳴りつけた。
顎に蓄えられた髭に皺の寄った眉間。如何にも頑固者といった風貌である。火星で農園を営んでいる桜・プレッツェルを性転換して男にしたらこんな風になるかもしれない。
「見ない顔だな。所属と階級を言え」
「所属? そりゃえーとやっぱ俺ならMSのパイロットだよなぁ。んで階級は……」
MSのパイロットのことは鉄華団での自分のポジションを言っただけだったが、階級のところになって言葉に詰まる。
鉄華団には団長、副団長、隊長などの役職はあってもギャラルホルンのような階級はなかった。かといって適当にでっち上げるにしても、残念ながらシノはギャラルホルンの階級なんてよく知らない。将官、佐官、尉官の区別すらつかなかった。
「どうした! どんな阿呆でも己の階級を忘れはせんだろう! さっさと応えんか!」
「階級……俺の階級は――――うっし! これだ、大将だ!」
「な、なにぃ!? 大将だとぉ!?」
「おう!」
「舐めておるのか貴様ァ!! ギャラルホルンには大将などという階級ありはせんわ!」
(ま、マジか)
シノはオルガがマクギリスのことを前に『大将』と呼んでいたことと、そのフレーズがビッグで気に入ったから適当に言っただけだったのだが、完全に地雷を踏んでしまった。
ギャラルホルンの階級での最上位は監査局局長と、統制局の統制幕僚長である。よって准将より上の少将、中将、大将という階級は存在しない。
統制幕僚長及び監査局局長を兼任しつつ、セブンスターズをも束ねる絶対者としてマクギリスが『元帥』という階級を作りはしたが、それ以外は三百年前から変わらぬ階級制度である。
スキンヘッドの眼光に自分が墓穴を掘ったことに気付いたシノは慌てて言い訳する。
「い、いやだなぁオッサン。ちょっとしたギャラルホルンジョークだよ。あんまり怒ると顔真っ赤になって湯だったタコみてえになるぜ」
「き、貴様! どうして俺が『タコみたいで恐い』という理由で娘に嫌われて、挙句に嫁に逃げられたことを知っている! 誰にも話しておらんかったのに!」
「……あー、オッサンも大変なんだなぁ」
今度はシノではなくスキンヘッドのほうが墓穴を掘った。
ギャラルホルンの軍人といえば威張り腐ったイメージが強いが、大多数はこのオッサンのように普通の家庭を築いて働いている者なのだろう。
「ええぃ! 俺のことはいい。それより貴様の階級だ! ジョークなど言わずにさっさと本当のことを言わんか!」
大将なんていう突飛すぎる発言をしたせいで、一周回ってスキンヘッドからはシノが脱走兵であるという考えが吹き飛んでいるようだ。これは不幸中の幸いだろう。
改めてシノはなるべく不自然ではなさそうな階級を選んで、応えた。
「二尉だよ、これでいいだろ?」
二尉というのは流星号の元の持ち主の階級だ。前に戦ったシュヴァルベ・グレイズのパイロットが五月蠅いほど二尉二尉と連呼していたので間違いはないはずである。
「むっ! 二尉……俺と同じ階級か。任官されたのはいつだ?」
「あー、先月だよ」
「なるほど、つまりは俺の方が先任か。これで遠慮なく貴様を怒鳴れるな。……貴様ァ! こんなところで独り言をブツブツとなにをやっているか! 貴様以外のパイロットたちは粉骨砕身で戦っておるのだぞ!! まさか戦いに恐怖して逃げようとなどとしているのではあるまいな!?」
「ち、違ぇって」
逃げたのは正しいけど、と喉から出るかかった言葉を呑み込む。
「俺、ここにきたばっかりでMS格納庫の場所忘れっちまったんだよ。良かったら教えてくれねえか?」
「なんという不準備! 精鋭のアリアンロッドのパイロットがなんと嘆かわしい! いつもなら三時間は説教してやるところだが今は緊急時だ。格納庫はそこの廊下を真っ直ぐ行って突き当りを右だ。遅れた分は戦働きで取り返せ。そうすれば説教はなしにしてやる」
「おう、任せときな。一回だけで全部返せるとは思わねえけど、いっちょド派手にやってやるぜ!」
「返す……? まぁいい。死ぬなよ、二尉」
顔に似合わず親切なスキンヘッドのお蔭で格納庫の場所は分かった。言われた通り進んで、どうにか目的地に到着する。
MSのパイロットが戦場の最前線なら、格納庫は艦内の最前線だ。帰還してくるMSの整備や補給やらで、整備兵達は鬼気迫る表情で動き回っていた。こういうところは鉄華団もギャラルホルンも変わらない。
「さーてと。俺の流星号はあるかなっと。――――あそこか」
自分が捕まる時、四代目流星号はスクラップ寸前の大ダメージを負っていた。
だからそのまま放置されているか、最悪分解されていることも覚悟はしていた。けれどそれは杞憂に終わる。格納庫の奥に自分の愛機である
ギャラルホルンの整備兵の手が入ったからか細かいところが違っているが、他ならぬ自分が愛機を見間違うはずがない。そもそもピンク色の塗装がされたMSなど他にあるはずがなかった。
「戻ってきたレギンレイズの修理を急げ! さっさとしないと取り残されたうちの大将がやられるよ! 一機でも多く戦線にMSを戻すんだ!」
「おーい」
「なんだい、ちょっと忙しいから後にして欲しいんだけど」、
声をかけた整備兵のボスらしい女性は、こちらに振り返りもせずに手を動かしながら口だけ応えた。
「あそこの奥にあるMSは動かせるのか?」
「奥……? ああ、フラウロスのことかい。動かせるよ、なにせ私が手ずからやったんだから問題なくね」
「なんか細部が違う気がすんだけど」
「おっ。そこに気付くとは中々目のつけどころがいいね。お察しの通りさ。鹵獲したフラウロスはその時点で原型を留めないほどの酷い有様だったからね。
本当はグレイズのパーツを流用して改修するだけのはずが、気付けば元の形が分からないならいっそ好き勝手に改造しちゃおうと発想が膨らんでたんだよ。
グレイズ・アインやレギンレイズ・ジュリアのデータを元に再設計し、変形機構を高速化及び簡略化。そうして生まれ変わったのがガンダム・フラウロス・レオパルドゥス。淫靡なる悪豹さ。
まぁ趣味に奔り過ぎたせいで、ジュリーくらいのエースか阿頼耶識の施術者でもなければまともに動かせないじゃじゃ馬になっちゃったんだけどね」
「なんかよく分からねぇけど凄ぇなアンタ! ともかく凄ぇパワーアップしたってことでいいんだよな! けど一つだけセンスが足りねえとこがあるぜ」
「え?」
「ネーミングセンスだ」
「待った。もしかして君、」
改造の実行者であるヤマジン・トーカもそこで初めてシノがギャラルホルンのパイロットではなく、捕虜として医務室にいたはずのノルバ・シノと気付いたらしい。
だがその時には既にシノは生まれ変わった流星号のコックピットに乗り込んでいた。そこでまるで運命が味方しているかのように、中破したMSが入ってきたことでハッチが開く。
「ノルバ・シノ! 四代目改め五代目流星号! 行っくぜー!」
整備兵が大騒ぎしているが、そんなものは耳に入らない。
彼等を踏み潰さないことにだけ注意しつつ、シノは懐かしい暗黒の海へと飛び出していった。
「どうでもいい考察コーナー」
鉄血のスレとかをみていると、鉄華団の組織的欠点としてデスクワークができる団員がメリビットさんとデクスターさんしかいなかったというのをよく聞きます。実際地球支部はラディーチェさん一人で全てなんとかしていたので、鉄華団に文官系の人材が薄かったのは確かでしょう。
しかし鉄血二期の1話を見返してみると、メリビットさんとデクスターさん以外にもデスクワークしている職員が四人ほどいるじゃありませんか。ただこの職員たち。アリアンロッドに敗戦後の三日月の演説や、オルガの解散宣言の時には姿が見えません。彼らはどこへいってしまったのか。
ここで思い返してほしいのは、鉄華団がテイワズの傘下から離れた際にメリビットさんがテイワズへ戻らず残留したことです。もしかして働いていた四人ってメリビットさんと同じでテイワズから出向してきた社員なんじゃないでしょうか。だから鉄華団がテイワズの傘下でなくなった段階で、普通にテイワズへ戻っていったと考えると、革命戦争の時期に既にいなくなっていたことにも説明がつきます。
まぁもしそうだとすると、鉄華団で出向じゃないデスクワーク担当者がデクスターさんしかいないという悲惨なことになるのですが。