純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第19話 二機のガンダム

 脊髄の阿頼耶識システムを通じて、MSの情報が脳味噌へダイレクトへ伝わる。

 こういう時に阿頼耶識システムというのは便利だ。普通のパイロットなら機体が変われば一々マニュアルに目を通したりして慣らさなければならないが、阿頼耶識があればそういったものを省略できる。だがそれ以上に機体と人体が一体化する全能感に似たものをシノは感じ取っていた。

 ガンダム・フラウロス・レオパルドゥスというネーミングは兎も角、淫靡なる悪豹という渾名も良い。ピーキーのじゃじゃ馬だそうだが、シノには十年間付き合った彼女のナニよりも具合良好だった。

 オーダーメイドのスーツのように、自分の呼吸に合わせてタイムラグなくMSが動いてくれる。

 

「へへ、いい感じだぜ。本当に凄ぇ仕事してくれたなギャラルホルン!」

 

 機体のバーニアを吹かせながら真っ直ぐ敵戦艦へと向かう。

 アリアンロッド側の通信を盗み聞く限り、どうやら敵は艦隊とMS隊の間に戦艦を割って入らせることで分断しているらしい。軍学を修めたわけではないシノにすら自殺行為と分かる作戦だが、孤立したMS隊の中にガエリオ・ボードウィン。つまりはアリアンロッドのボスがいることを前提とすれば立派な作戦なのだろう。

 少数の兵力で大軍団を倒そうとすれば、そういった無茶は必要になるものだ。鉄華団でそういう戦いばかりやってきたシノは、少しだけ共感を覚える。

 あの邪魔している艦隊をやるか、それとも艦隊を強行突破してガエリオの助けに向かうか。

 どちらも血が滾るが、ここは借りを返すこと優先でガエリオの救援に行くことにした。

 

『なんだあの如何わしいカラーリングのMSは!?』

 

『アリアンロッドのモラルは地に落ちたか!』

 

 いきなり向かってきたMSに敵軍のグレイズ三機がライフルの照準を向ける。

 レギンレイズの登場により旧型となってしまったが、グレイズはまだまだ実戦で通用するMSだ。まだ一部の組織しかMSを有していなかった二年前では、グレイズ一機がくれば大抵のならず者は土下座降伏したものである。

 そういえば鉄華団が結成する切っ掛けとなったCGS襲撃に来たグレイズも丁度三機だった。

 これは都合がいい。いうなればこれは過去との戦いである。

 

「いくぜ五代目流星号。あの頃とは違ぇってとこを見せてやらぁ!」

 

 グレイズの放ってきたライフルを、四足歩行形態に変更することで躱す。

 人型のMSがいきなり獣のような四足歩行となったことで、驚愕の余りグレイズの動きが鈍った。手始めに一機目。最も動揺が激しく、恐らくは一番実戦経験の浅いグレイズを狙う。

 以前の四代目流星号(フラウロス)は四足歩行形態は重力下での砲撃戦用だったが、アリアンロッドによって四足歩行形態時でも近接戦闘ができるよう改良されている。

 五代目流星号(フラウロス・レオパルドゥス)の近接戦用武装はグレイズのものを流用したバトルアックス。使わない時は収納されているこれは、四足歩行形態時には〝口〟に当たる部分になるような調整がされている。

 これにより五代目流星号(フラウロス・レオパルドゥス)はナノラミネートアーマーのMSを、さながら豹のように噛み砕くことができるのだ。

 淫靡なる悪豹は、MSの急所であるコックピットへ容赦なく喰らいつく。

 

『あがああ、がぁがああああああ! 助け、』

 

 接触回線でギャラルホルン兵士の断末魔と一緒に、肉と骨が潰れる嫌な音が聞こえてきた。

 

『き、貴様ぁぁあああああああああああああ! よくもこんな残酷なことをぉぉぉぉおお!』

 

 再び人型へ変形して、コックピットを破壊したグレイズを踏み台にして加速。

 敵の攻撃を避けつつ背負った砲門を照準した。

 

「流石にスーパーじゃねえノーマルだが……上等! 喰らいやがれ、ギャラクシー・キャノン! 発射ァ!」

 

『え……』

 

 レールガンが復讐にかられて突撃したグレイズのコックピットに直撃する。

 ナノラミネートアーマーだろうとこの至近距離でレールガンを喰らえばただではすまない。中のパイロットはコックピット内で魚のように跳ねまわり、その衝撃で死亡した。

 

『う、うわわわあああああああああああ! この化物めぇえええええ!』

 

 恐怖で我を失った最後の一機が、現実から逃避するようにランスで突貫してくる。

 しかし狙いも軌道も滅茶苦茶な槍の突撃など、シノにとってはまったく恐れるに足らない。

 素早く二挺のバトルアックスを抜き放ち、ランスを弾き飛ばす。続いてもう一挺のバトルアックスでコックピットを叩き潰した。

 苦しむ時間もなく即死できたのは、恐怖にかられたパイロットにとって唯一の幸運だっただろう。

 

「んじゃ。邪魔者も消えたし――――いくか」

 

 戦火の中を最大速度で突っ切るフラウロスの姿は、カラーリングさえまともならば流星のようであった。

 行く手を遮る戦艦の砲撃をひやひやしながら潜り抜けると、十機以上のMSに囲まれながら孤軍奮闘するキマリス・ヴィダールが見えてきた。

 なるほどマクギリスに対して全国放送で啖呵をきって、アリアンロッドの新しいボスになっただけはある。

 動きからして阿頼耶識の施術はしていないだろうというのに、あれだけの数を相手に一歩も退いていなかった。

 決して相手の技量が悪いというわけではない。特に黒紅色の重装甲機はエース級のパイロットである。

 なににこうも戦えているのはキマリス・ヴィダールの性能とガエリオの腕が共に優れているからだ。

 ただやはり数の暴力ってやつは厄介である。このままキマリス・ヴィダールがなにもしなければ、後数分で押し切られてしまうことだろう。

 狙うべきは黒紅色のMSだ。十数機のMSの中でもアレの動きが頭一つ飛びぬけている。それに男であれば狙うは大物であるべきだ。

 ギャラクシーキャノンを黒紅色のMS、照合によるとアラーネア・アルマへ向ける。

 あんな高速で移動しているMSへ砲撃を命中させるなど極めて難しいことだ。だがシノには自信があった。

 以前の戦いでラスタル・エリオンのブリッジへスーパーギャラクシーキャノンを命中させてから、なんとなく気がノっている感覚があるのである。

 これまではずっと療養&監禁生活でのりにのった運勢を発揮する機会が恵まれなかったが、それも今日まで。

 

「いっけぇええええええええええええええええ!」

 

 運命の女神はまたしても微笑みかける。

 シノの放ったギャラクシーキャノンは、狙い通りにアラーネア・アルマへと直撃した。

 

 

 

 フラウロスが戦場に現れたことだけでも驚きだというのに、更にこちらに味方するような行動をとったことはガエリオにとって驚天動地の極みだった。ベクトルは真逆だがマクギリスの裏切り以来のショックの大きさである。

 しかし熟練したパイロットであるガエリオは、ついさっきフラウロスに沈められた三機のグレイズのように動揺を表に出す不手際を起こすことはなく、体の方はしっかりとMSの手綱を握っていた。

 アラーネア・アルマが撃たれたことで揺らいだ連携の隙をついて、グレイズをドリルランスで屠る。それと同時にガエリオは急いだ手つきでフラウロスとの通信回線を繋いだ。

 

「聞こえるか、応答してこちらの話を聞け! フラウロスに乗っているのはノルバ・シノか!?」

 

『違ぇよ』

 

「なに?」

 

『フラウロスじゃねえ! 流星号だ! お宅の手で生まれ変わった五代目だぜ!』

 

「…………その言いようは間違いなく、あのノルバ・シノだな。どうして君が俺達を助ける!? 相手は革命軍、鉄華団の味方側のはずだ! 道理が合わないぞ!」

 

 別にノルバ・シノがフラウロスに乗って脱出したことはいい。いや決してよくはないが、捕虜である彼が自分のMSを奪って逃げることは理屈として筋が通っている。ただそこからガエリオに味方するような行動をとっていることが理解できない。鉄華団はマクギリス側に組していたはずだ。だったらここは革命軍の艦へ逃げ込むか、一緒になってアリアンロッドを叩くほうが正しい。そちらのほうが自然だ。

 

『そっちの道理なんて俺には分からねえ。でもな、命を拾われておいて無断でトンズラなんて筋の通らねえことだってことは俺にも分かるぜ。テメエの命の借りは、テメエの命で返さねえとなぁ!』

 

「ええぃ! 埒が明かないな。妥協しよう、取り敢えず今はこちらの味方。そういう認識でいいんだな? だったら頼らせてもらうぞ!」

 

『任せておきな!』

 

 フラウロス――――もとい五代目流星号が四足歩行形態と人型を次々と入れ替えながら、荒々しく敵MS隊へと切り込んでいく。

 ギャラルホルンで正規の教育を受けたガエリオからすれば破天荒な動きだったが、そこには実戦で磨き上げられた天然の流れがあった。

 豹や鮫のような肉食獣は日々の生活で自然と狩人としての技を身に着けるが、彼もきっとそういう口だろう。

 果敢に突っ込む五代目流星号(フラウロス)をサポートするように、キマリス・ヴィダールは200mm砲で敵MSの関節部を狙い撃つ。そしてフラウロスが討ち漏らした相手はドリルランスとドリルニーの餌食にした。

 

『ちっ! ガンダム・フレームがもう一機いるなんて聞いてねえってのに。情報部め、いい加減な仕事をしやがる』

 

 重装甲であるが故の命拾いしたアラーネア・アルマが、ガトリングガンとレールキャノンの雨を流星号(フラウロス)に降らせる。

 

『うお! 無茶苦茶な火力だな、ありゃ』

 

「落ち着け。対処法はある」

 

 フットボールのクォーターバックを思わせる機動砲台っぷりだが、既にガエリオにはその欠点が見えていた。

 

「アラーネア・アルマは重装甲と高機動力を兼ね備えた、一見すると弱点のない無敵の強化装甲だ。だがあれは性能を得る代償に継戦能力を犠牲にしている。目算だがもう直ぐ限界がくるはずだ」

 

 エイハブ・リアクターは無尽蔵のエネルギーを齎す夢の動力であるが、だからといってそれだけでMSが永久に動き続けられるわけではない。

 精密機械であるMSは一戦ごとに整備をしなければ故障の危険性が大きくなるし、推進剤や弾薬はエイハブ・リアクターでは賄えないのだ。火力、装甲、機動力の全てを充実した当然の結果としてアラーネア・アルマは酷く燃費が悪いのである。これがアラーネア・アルマが量産されずに終わった最大の原因だった。

 キマリスとフラウロスは連携してアラーネア・アルマを追い込んでいく。攻め急ぐことなく、あくまでジワジワと。アラーネア・アルマに乗るヨセフ・プリマ―が一番嫌がる戦い方で。

 MS隊とアリアンロッドを分断する肉壁となっていた艦隊の最後の一隻が沈んだのは、丁度その時だった。

 虫篭の崩壊。アリアンロッド艦隊と革命軍艦隊双方に正反対の電流が走る。

 

『全艦、前進のち主砲三連! ボードウィン卿をお救いするぞ!』

 

 乃木一佐の号令が響き渡る。

 革命軍の狙いは自らを犠牲にしようともガエリオ・ボードウィンという王将をとることで戦略的勝利を得ることにあった。

 その目的が果たせなくなったなら、これ以上の戦いに意味はない。それに気付いたのは、

 

『おい、石動一尉。この――――』

 

『プリマ―三佐。こちらの作戦は失敗のようです。直ぐに撤退を。責任は私がとります』

 

 革命軍側にとって幸運なことにプリマ―と石動の両指揮官だった。

 ジュリエッタのレギンレイズ・ジュリアを死すら覚悟しての足止めをしていた石動は、ここでの自分の奮闘が無意味であることを察知すると、別人になったように撤退を決断する。あのマクギリスが見出しただけあって的確な状況判断能力だった。

 

『……俺も同じ意見だ。ただ責任っていうのは最上位の階級の人間がとるものだろう。全軍退け! 退却だ!』

 

 プリマ―三佐の艦隊が撤退していく。

 ガエリオにとって指揮官となって二度目となる戦いであるが、どうやらまた勝ちを拾えたようだ。

 

『ボードウィン卿、追撃は如何されますか?』

 

「程々でいい。こちらも疲労が溜まっている。無理をすることはない。さて――――」

 

 改めて五代目流星号(フラウロス)へ視線を向ける。

 

「君とはまた話をしなければならないようだ。ノルバ・シノ」

 

 この生きる爆弾案件をどう処理するか。今はそれが最優先でやらなければならない問題だった。

 




【ガンダム・フラウロス・レオパルドゥス】
形式番号:ASW-G-64
全高:17.8m
本体重量:24.1t
動力源:エイハブ・リアクター×2
使用フレーム:ガンダム・フレーム
『武装』
バトルアックス×2
レールガン
ショートバレルキャノン
ライフル×1
『詳細』
 アリアンロッド技術部長ヤマジン・トーカが、ガンダム・フラウロスを改修改良したMS。
 鹵獲した段階でフラウロスが原型を残さないレベルで大破していたため、大部分にグレイズやレギンレイズの装備が流用されている。だが旧フラウロスの砲撃能力や四足歩行形態への可変機構などの特徴はそのまま継承されている。
 ガンダム・フレームであることに加えて特殊な変形機構のせいで整備性はかなり悪い。
 変形する際に収納したバトルアックスが機体の口の部分になるよう調整が施されているため、敵MSをさながら豹のように牙で噛み砕くことができる。
 旧フラウロスの四足歩行形態は砲撃戦のためのものであったが、この改造によって変形を駆使した変則的近接戦闘をも可能にした。
 ただし通常のMSとは余りにも違う運用を強いられるため、搭乗者が阿頼耶識の施術を受けていなければまともに使いこなすことは難しい。


【シュヴァルベ・グレイズ・アラーネア・アルマ】
形式番号:EB-05s
全高:21.3m
本体重量:62.4t
動力源:エイハブ・リアクター
使用フレーム:グレイズ・フレーム
『武装』
ガトリングガン×2
アラーネア内臓機関砲×4
アラーネア内臓レールキャノン×2
サイドアーム×2
バトルアックス×2
『詳細』
 コストと整備性の問題から製造中止になった追加装甲、蜘蛛の鎧(アラーネア・アルマ)を装備したシュヴァルベ・グレイズ。
 暗礁地帯での運用を想定された重装甲。内臓された四つの機関砲によるグレイズの三倍にも達する火力。これらにより機体重量はほぼ倍となっている。
 しかし追加装甲の各所の強化バーニアによって、宇宙での機動力は通常のシュヴァルベ・グレイズ以上のものへと仕上がっている。
 高機動、重装甲、大火力の三つ揃ったMSだが、代償として稼働時間はシュヴァルベ・グレイズの三分の一しかない。

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