ラスタル・エリオンの旗艦として宇宙海賊や反乱者を恐怖させてきたスキップジャック級が、爆煙をあげながら崩壊していく。
ガンダムフレームだけあってフラウロスから放たれたダインスレイヴは、通常のMSの放つそれとは一味違った。ブリッジに着弾したダインスレイヴはそのまま戦艦を貫通して、動力炉などを破壊したのである。
その光景をジュリエッタはまざまざと見せつけられた。レギンレイズ・ジュリアとジュリエッタ自身の動体視力がなまじ優れていたせいで、ダインスレイヴが着弾して中にいた人間が断末魔をあげる間もなく擂り潰された光景が脳裏に焼き付いてしまっている。きっと一生これを忘れることはできないだろう。
「ああ、あああああ……あああああああああああああっ!」
戦艦を貫通するダインスレイヴが直撃して、生きていられる人間など存在しない。
ラスタル・エリオンは死んだ。遺体すら残すことなく、全身を粉微塵にされて死んだ。
動かしようのない事実がジュリエッタの胸を抉る。
「私が、私が……私のせいだ。私の不甲斐なさが、至らなさのせいで」
ラスタルをこの身に代えても守るのが自分の役目のはずだった。例えバルバトスのパイロットより弱くても、守るために勝つと誓ってこのレギンレイズ・ジュリアに乗ったのである。
自分の矜持を捨て去ってでも、守り通したかった一つのもの。それさえも自分は守ることができなかった。
バルバトスに気を取られていたほんの一秒間。その一秒間の遅れが、大切なものを自分から奪ったのである。
「……ちが、う……ラスタル様は……死んだんじゃ、ない……」
どうしようもない自分への無力感の後、ジュリエッタの胸を満たしたのは鉄をも溶かす業火だった。
鬼の形相となってダインスレイヴを放った薄桃色のガンダムを睨む。
「ラスタル様は……殺されたんだ! 私の不甲斐なさと、お前に! お前が、よくもぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」
ジュリエッタにとってラスタル・エリオンは恩人だった。分不相応なことは理解していたが、心のどこかで親のように思っていた。
親を殺された激怒しない子供はいない。ジュリエッタはこれまで発したことのない怒声をあげながら、フラウロス目掛けて突っ込んでいった。
『ちっ。流石に一発ぶっぱなしておいて、そのまま退散ってわけにはいかねぇか』
逃げようとするフラウロスにバルカンを撃ち足止めしながら突貫する。
元々中破していた上にジュリアンソードの直撃を受けたフラウロスは、ぎりぎりのところで動けてはいるもののほぼ大破状態にあった。その動きはガンダムフレームとは思えないほど遅々としている。これならば仇討は楽にできるだろう。
もっともそれはフラウロスが単騎だった場合の話だが。
『行かせないって、言ったろ』
「邪魔を、するなぁぁああああああああああああっ!」
立ち塞がったのはやはりというべきかバルバトスだった。
ジュリエッタは怒りのままに脚部ブレードによる攻撃を加えるが、もちろん激怒すれば互いの力量が都合よく引っくり返るなんてことはない。むしろ我を失うほど激怒したことで、MSの操縦が荒れ先ほどにはない隙が生まれてしまっている。
そしてバルバトスのパイロットである三日月・オーガスはそれを見逃すほど節穴ではないし、恩人を殺されて激怒する敵の思いをくみ取るほど甘くはない。
あっさりとジュリエッタの決死の一撃を回避すると、カウンターに悪魔染みた冷徹さでコックピットを潰しにきた。
『おのれバルバトスなにするものぞ!』
『エリオン提督をやられておいて、その秘蔵っ子まで殺されてたまるか!』
ジュリエッタを救ったのはアリアンロッド艦隊に属する二機のグレイズだった。
乗っているパイロットの名前は知らない。ただジュリエッタと同じようにラスタルを慕っていたであろう彼らは、バルバトス相手に捨て身の猛攻を仕掛ける。
『こいつら、ごちゃごちゃと』
精鋭のアリアンロッドに所属しているだけあって彼等二人も弱くはなかった。だが相手が悪い。
相手は一度ですら生命の危険が伴う阿頼耶識の施術を三度も受けた常識外れ。その空間認識能力と反応速度はもはや人間の域にはない。阿頼耶識抜きで彼と"戦い〟に持ち込めるのは、ガエリオやジュリエッタのような極一部のエースパイロットだけである。
つまるところ彼等は戦いすらさせてもらわなかった。悪魔の魔手から逃れたジュリエッタが一息つく間もなく、バルバトスは二機のMSを瞬殺する。
生々しいほど人間染みた動きで二人の人間を殺害した挙動は、見る者に否応なく潜在的恐怖を与えるもので、それはジュリエッタすらも例外ではなかった。だが皮肉にもそのお陰でジュリエッタの頭に冷静の二文字が戻ってくる。
『こ、こちらアーマゲドン! エリオン公が死んだとはどういうことだ!? 誤報ではないのか!』
『ふざけるな! ラスタル様がそうそう死ぬはずがないだろう!』
『だったらどうしてラスタル様はなんの指示も出さないんだよ! おかしいじゃないか!』
『うろたえるな! ラスタル様が戦死なされたのなら、今こそイオク様に指揮をとっていただくべき時!』
『馬鹿野郎! クジャン公はラスタル様と一緒にブリッジにいたんだよ! 一緒に戦死なされたに決まってるだろうが!』
『復讐だ! 我らの主君を害した連中に思い知らせてやれ!』
『聞こえるか、こちら第七中隊っ! バエルが、マクギリス・ファリドが、うわああああああああああああああああああ!』
『畜生! やっぱりファリド公はアグニカに選ばれていたんだ! それに逆らうなんて間違いだったんだ……っ!』
頭が冷えたことで周囲の状況を確認すれば酷いものだった。
ラスタルが戦死したことを受け入れずスキップジャック級に通信をとろうとする者、ラスタルやイオクの復讐に敵へ猛攻を仕掛ける者、恐慌状態に陥り逃げ出そうとする者。まったくばらばらで統制がまるでとれていない。
『ミカ、シノ! やってくれたなお前等! 敵が混乱してるうちにさっさとずらかるぞ!』
オルガ・イツカのアリアンロッドとは対照的な弾んだ声色は、正にこの戦いの勝敗を暗示するかのようであった。
確かに認めたくはないが、きっとこの戦いはアリアンロッドが負けるだろう。艦隊やMSは依然としてアリアンロッド艦隊が勝っているが、そんなことは関係ない。
ラスタル・エリオンかマクギリス・ファリド。どちらの大将が生き残るか。元からこれはそういう戦いだったのだから。
しかし例え敗北しようとも、ラスタルを殺した鉄華団をみすみす見逃してやる道理はない。
「逃がす、ものかっ!」
もう感情に身を任せた馬鹿みたいな突撃はしない。宇宙を自在に飛び回りながらバルカンをばら撒いて、バルバトスとフラウロスの二機の足止めに徹する。
鉄華団は精鋭であるが寡兵だ。こうしてここに足止めさえしていれば、復讐心に滾る一部のパイロット達がここに集まってくるだろう。そうすれば彼らを倒すことができる。
「私の命に代えても! 全てに賭けても! せめ――――」
瞬間。ジュリエッタはMSがツインメイスによって砕かれる音を聞いた。
「あっぐ、ぁあ……」
『さっきからごちゃごちゃと五月蝿いな』
バルバトスの通信機から聞こえてきたのは、ぞっとするほど冷たい声だった。
全身を焼かれるような激痛に意識が朦朧となる。視界は自分の流した血で赤くなっていて、メインカメラも死んでいた。
それでも気迫のみで意識を保ち続け、去っていこうとするバルバトスの足を握りしめる。
「行かせ……は……しな……」
『へぇ。まだ死んでないんだ』
『深入りするなミカ! もうやるべきことはやったんだ! 戻ってこい!』
どんな権力者の命令にも頷きそうにない
レギンレイズの腕を蹴り飛ばすと、用は済んだとばかりに飛び去っていく。それと同時に鉄華団の旗艦であるイサリビから先ほどの奇襲と同じようにナノーミラーチャフがばら撒かれた。
「待て……待ちなさい……待……」
ジュリエッタはその背中を見送ることすらできない。出血と激痛が限界に達したジュリエッタは、ゆっくりと意識を手放した。