純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第20話 ノーアトゥーン要塞基地

 戦いが終わって直ぐシノは半ば強制的にガエリオの私室に連れてこられていた。

 司令室ではなく敢えて私室を選んだのは、万が一にも話を誰かに聞かれるわけにはいかないからである。アリアンロッドの一般将兵にシノの存在が知られれば、それだけで大騒ぎだ。

 

「まったくとんでもないことを仕出かしてくれたな君は……」

 

「やっぱ不味かったか」

 

「不味いで済む話ならまだ良かったんだが」

 

 ガエリオにとってノルバ・シノは正直持て余し気味のカードだった。

 手元に置いておいても使い道がないし、表に出しても騒ぎになる。かといって立場的にも損得的にも無条件で解放するわけにもいかない。

 しかしシノがあろうことかMSを奪って、アリアンロッドに味方してマクギリス側の艦隊と戦うという滅茶苦茶をやったことで話は大きく変わった。

 もし仮にシノの存在と行動を全世界に向けて発信した場合、アリアンロッド、鉄華団、ギャラルホルン革命政権の三勢力全てが混乱に叩き込まれるだろう。

 今やノルバ・シノは単なる爆弾ではなく、被害の予測すら不可能な核爆弾と化した。

 

「俺のやったことがありがた迷惑なお節介だったなら、ケジメはつける覚悟はついてるぞ」

 

「止めてくれ! ここで君が自殺なんてしたら、話が余計こんがらがる。それと……余計なお節介なんかじゃないさ。君がフラウ……流星号で戦ってくれたことで、こちらの将兵の戦死者数は最低でも十人は減った。そこはお礼を言わせてくれ」

 

 十人というと少なく見えるかもしれないが、それは戦争というスケールの大きさが目を曇らしているだけだ。現実で十人もの人間が一気に死ぬというのは、かなりの大事である。

 それに増員の見込みのないアリアンロッドでは人的資源はMS以上に貴重だ。犠牲が少ないにこしたことはない。

 

「それじゃ俺をどうするんだい、大将さん。俺としちゃ流石にあれくらいじゃ命の借りは返せたとは思えねえから引き続きパイロットとして使ってくれ――――って言いてえが、雇う雇わないはそっちの決めることだからな。これからずっと牢屋で大人しくしておけってなら従うぜ」

 

「……一つだけ確認したい。君は敵軍に対して自分がノルバ・シノであることを伝えるようなことはしたか?」

 

「えーと、してねえ筈だぜ」

 

「そうか」

 

 ということはノルバ・シノがフラウロスで出撃したことを知っているのは、ガエリオとヤマジン・トーカの二人だけということになる。

 フラウロスがアリアンロッドに鹵獲されていることは、今回の一件でマクギリスにも伝わってしまうが、分かるのはそれまでだ。中身のパイロットには辿りつけない。マクギリスは鹵獲したフラウロスを改修して再利用した程度にしか認識できないだろう。

 

(起きてしまったことは仕方ない。ぐちぐち言ったところで過去はやり直せないんだ。建設的にいこう。今回の件……見方によっては、こちらのプラスにできるんじゃないか)

 

 ノルバ・シノがフラウロスでアリアンロッドの味方をした。これはつまりノルバ・シノがアリアンロッドに友好的であるとも受け取れる。

 そしてここで改めて思い出すべきなのはノルバ・シノが鉄華団の所属ということだ。

 

「幾つか条件がある」

 

「なんだ? ちっとの無茶ぶりなら呑み込む用意はあるぜ」

 

「一つ目。政治的理由から君を鉄華団のノルバ・シノとして雇うことはできない。そこで君には別人の名を名乗ってもらい、表向きはギャラルホルンの軍人として行動してもらう。立場は、そうだな。ボードウィン家に仕える没落貴族の息子ということにでもしておこう」

 

「俺が貴族……? おいおい貴族っぽい演技なんて知らねーよ」

 

「没落貴族だと言っただろう。君の性格に違和感のないような経歴は考えておくよ」

 

 ガエリオがアリアンロッド艦隊で外様であることが幸いした。

 ボードウィン家に仕える人間を援軍として呼び寄せたということにすれば、アリアンロッドの誰もそれを疑うことができない。なにせ誰もボードウィン家に仕える人間の顔を知らないのだから。

 

「二つ目。軍人として行動する以上、君にはギャラルホルンの軍規に従ってもらう」

 

「そりゃ当然だ。そっちに雇われる以上、そっちのルールに従うのが筋だからな」

 

「三つ目。軍人として違和感が出ないよう、ギャラルホルンの軍人なら知っていて当然の常識についても知ってもらわないといけない。要するに勉強してもらうぞ」

 

「べ、べぇんきょう!?」

 

 MSに乗って獅子奮迅の活躍をしたエースとは思えない、真っ青な表情をするシノ。

 彼にとって勉強は命がけの戦いよりも辛い相手のようだ。

 

「体動かすの得意でも頭回すのは苦手なんだけどな。……けど苦手だから逃げるってのも男らしくねえ。やってやろうじゃねえか勉強! どっからでも掛かってこいや!」

 

「四つ目の条件は簡単だ。君には火星の鉄華団団長へビデオメールを送ってもらいたい」

 

「へ? オルガに?」

 

「ああ。捕虜になったことからアリアンロッドに……いや、俺に雇われることになった経緯まで事細かく伝えて欲しい。俺のメールも同封させてもらうが」

 

「そりゃ俺としてもオルガに連絡がとれんのは願ったりかなったりだけどよ。いいのか?」

 

「……ああ。君も団長に無断で戦うのは本意ではないだろう」

 

 今のアリアンロッドにマクギリスと鉄華団を同時に相手する余裕はない。ここは鉄華団と妥協して、打倒マクギリスに専念するべきである。

 その繋ぎ役としてノルバ・シノは最適だ。別に鉄華団をアリアンロッド側につかせる必要はない。流石にそれは不可能だろう。だが鉄華団がマクギリスとの戦いに直接干渉することだけを防げればそれでいいのだ。鉄華団が恐ろしいのはその戦闘力であって、政治力や経済力ではないのだから。

 ビデオメールも一度再生すれば自動的に全データが復元不能に消去される特別なものを使用するので、シノがアリアンロッド側にいるという証拠も残りはしない。

 

「ビデオメールってのは俺の個人的なことも言っていいのか?」

 

「構わない。こんなことでケチケチしたりはしないさ」

 

「じゃあ任されたぜ。オルガ以外にも報告しねえといけねえ奴もいるからな。ヤマギにゃ無事だって伝えねえといけねえし、ユージンはケツ蹴っ飛ばしてやらねえといけねえし、ザックの奴にゃ口止め継続するよう言わねえといけねえからな!」

 

「気が早いぞ。まだ五つ目の……最後の条件を言い終わっていない」

 

「まだあるのかよ!?」

 

「ある。細かいが大切なことだ」

 

 そう言いつつガエリオは机の引き出しをあけて、中に入っているものを取り出した。

 名前と身分を偽るだけではまだ足りない。シノには人間が生まれながらにもつ最大の個人情報(パーソナル)である顔を変えてもらわなければならないのだ。

 

 

 

 プリマ―&石動艦隊の撃退に成功したアリアンロッドは、漸くノーアトゥーン要塞への入港を果たした。

 ノーアトゥーンは辺境基地といえど、厄祭戦時代には最前線基地として運用された施設である。三百年経った現在もアリアンロッド艦隊全てを収容して余りあるほどの余裕があった。この基地を拠点としようと提案した乃木一佐の見識は間違ってはいなかったのである。

 それに嬉しい誤算はノーアトゥーン要塞の兵達が思った以上に質が良かったことであろう。

 ギャラルホルンにおいて将兵の質は、往々にして地球との距離に比例する。マクギリスの改革によってマシになったが、二年前にコーラルが支部長だった頃の火星支部などは酷かった。汚職と不正に塗れて、ギャラルホルンの腐敗の縮図とすらいえる惨状となっていた。

 だからガエリオはノーアトゥーン基地の兵士達も同じようなものだろうと、要塞とブリュネ三佐を充てにしつつも配下には期待していなかった。先程の戦いでノーアトゥーン基地の援護を頼らなかったのも、基地防衛以外にもそもそも彼等が戦力になるか分からなかったからである。

 しかし実際にノーアトゥーン基地に入って、ガエリオは自分の考えが愚かな偏見であったと認めざるをえなくなった。

 ノーアトゥーン基地の兵士達は辺境軍という立場に腐ることなく、一定以上のモラルと士気を保っていたのである。

 組織というのはトップの才幹によって大きく変わってくるもの。これはブリュネ三佐の清廉実直な人柄が現れた結果だろう。流石にギャラルホルン最強の精鋭であるアリアンロッドには及ばないまでも、これなら十分に戦力として計算することができる。

 ともあれこれで会戦以来ずっと流浪軍だったアリアンロッドは、やっと船を降りる港を得ることができたのだ。

 

「改めて貴方には我々を受け入れてくれたことを感謝しなければならない。暴露するとここで貴方に受け入れ拒否されたら、俺達には行き場がなかった。他にも辺境基地は数あるが、アリアンロッド艦隊全軍を収容できるだけのスペースをもった場所は他にはないからな」

 

「感謝など不要です。儂はギャラルホルンとしての職責を果たしておるにすぎません。エリオン公には士官への道を儂に与えてくれた恩もありますしな。まぁ人生の最後にこんな形で恩返しをすることになるとは予想できませなんだが」

 

「俺もだ。彼があんなにも呆気なく戦死するなんて未だに信じられないよ。正直こうして時間が経った今でも、ラスタルは実は生きているんじゃないかと思うことがある。そんなことがあるはずがないのに」

 

 ラスタル・エリオンは数々の紛争を納めてきたギャラルホルン随一の名将だ。

 死んでもおかしくないような激戦を、彼は両手の指では足らぬほどに潜り抜けている。そんな英雄の死としては、あの会戦は呆気なさすぎた。

 

「劇的に生きることは容易くとも、劇的に死ぬことは難しいものです」

 

「そうかもしれないな……」

 

 ブリュネ三佐のしみじみとした言葉にガエリオは自然と頷いた。

 

「それにしても」

 

「どうなされましたかな?」

 

「いや、個人的所感なんだが――――些か設備が充実し過ぎではないかと思ってね」

 

 辺境基地でも元は前線基地だったからスペースがある。理屈としては分かるが、それだけでは説明がつかないことがあった。

 そもそもアリアンロッド艦隊を収容するスペースが、直ぐに利用可能な状態に整備されていたことがおかしい。普通使わないスペースは整備も余りされないものだろう。

 

「ラスタル様の指示ですよ。いざという時のためにトーアトゥーンは使える状態にしておけと命じられておりましてな」

 

「……ラスタルが。理由は聞いたのか?」

 

「いえ。聞いても『万が一の為』とだけ」

 

「そうか」

 

 ラスタル・エリオンは誰よりもギャラルホルン腐敗の実情を理解していた者の一人だ。

 もしかしたら彼は近いうちにギャラルホルンで内乱と呼べる規模の戦いが起きることを予見し、その時のためにノーアトゥーン要塞基地の機能を保存させていたのかもしれない。

 

(そういえば彼は幼い頃のマクギリスに会い、野心の一端を見抜いたと言っていたな)

 

 ヴィダールと名乗っていた頃の自分に、ラスタルが語ったことを思い出す。

 現状を踏まえれば、ラスタルの先見性が今の自分達を救ったといっても過言ではあるまい。こういった用意周到さはガエリオも、そしてマクギリスもまだ真似できそうにはない強かさだった。

 

(ん、あれは?)

 

 視界の端でこちらを睨むように見つめるジュリエッタが映った。

 

「三佐。今後の戦略については乃木一佐や他の将校も交えてやろう」

 

「はっ。それと僭越ながらボードウィン卿もどうかお休みをとられて下され。儂の老眼でも目に見えるほど疲れが(おもて)に出ておりますぞ」

 

「ああ。覚えておくよ」

 

 ブリュネ三佐の言うことは至極尤もだが、実行すると頷けないのが辛いところだった。

 それにガエリオには『例の件』でジュリエッタと早急に説明をしておかなければならない。これは後回しにはできないことだ。

 

「ジュリエッタ。俺になにか用かい?」

 

「察しはついているでしょう」

 

「そうだな。じゃあ司令室で話をしようか」

 

 一般兵のいる往来では出来ない話だ。

 ジュリエッタも事情は察しているため、こくりと頷いた。

 

 

 

「どういうことですか……っ! 説明して下さい!」

 

 司令室へ入るなり、ジュリエッタは決壊したダムのように怒りを吐き出す。

 ガエリオは彼女の怒りを甘んじて受ける。なんなら殴られる用意もあった。自分の決断はある意味において彼女の心を裏切る行為である。そのことはガエリオも理解していた。

 

「あのノルバ・シノを私兵として雇うというなんて! 気でも狂ったんですか!?」

 

「…………俺は正気だよ、ジュリエッタ。軍医のフランツ一尉の診断でもなんの問題もなかった」

 

「だったらどうしてです! 彼はラスタル様の仇……いいえ、それ以前に捕虜を私兵にするなんて」

 

「提案したのは彼からだ。命を拾われた借りを戦場での働きで返済したい、とね。まったく大昔の歴史小説の髭の猛将みたいな男だよ。鉄華団らしいといえばらしいと言える」

 

「はぐらかさないで下さい! そんな提案、断ろうと思えば出来たでしょう。私は貴方がそれを受け入れた理由が聞きたいんです」

 

「君も知っての通り俺はアリアンロッドでは部外者だ。彼等への指揮権も俺はまったく有していない。軍規に則るなら指揮をしていい人間じゃないんだよ。プリマ―艦隊との戦いで乃木一佐に指揮を渡したのも、そちらのほうが円滑に進むと思ったからだ。俺だと命令一つするのに一々将校の顔色を伺わなくちゃならない。

 だけど戦いって流動的だろう。時と場合によってはそんな余裕がないことだってある。だから自由に動かせる戦力が欲しかった、というのが正直な事情だ。フラウロス・レオパルドゥスが倉庫で腐らせておくには惜しい戦力というのもあるが」

 

 フラウロス・レオパルドゥスは特殊な操縦性から阿頼耶識施術者以外には運用困難なMSだ。

 しかしアリアンロッド艦隊には阿頼耶識施術者などいない。阿頼耶識システムType-Eはキマリスだけの装備であるし、他のMSに搭載させる予定は今後永久になかった。

 そうなると現アリアンロッド艦隊においてフラウロスを操縦できるのは、ノルバ・シノ唯一人だけということになる。

 

「それにこうして落ち着いたところで鉄華団とも一つの決着をつけておきたいところだったからな」

 

「鉄華団と決着……? どういうことです?」

 

「マクギリスと一緒に革命に参加していたが、彼等はマクギリスの同志というわけじゃない。色々なものに惑わされずに事実のみで判断するなら、マクギリスの提示した『火星の王』という成功報酬で雇われた傭兵だ。立場としてはマクギリス側に近い第三勢力と見做すべきだろう。

 今のアリアンロッドにマクギリスのギャラルホルン革命政権以外と敵対する余裕はない。ノルバ・シノを私兵として雇うと同時に、彼が火星へビデオレターを送った。俺自身の手紙も一緒にな。これで彼等を第三勢力として留めておくことができる」

 

 ノルバ・シノとの会話はガエリオにとって――――いや、アリアンロッド仮司令官として有益なものであった。

 彼等が筋を通すことに拘ることと、彼等が団員を家族と思い強い絆を感じていることを知れたのだから。こちらがノルバ・シノに誠意のある扱いをしている限り、彼等はこちらと敵対することはないだろう。

 

「待って下さい。ではノルバ・シノを私兵士にすることは悪手ではないですか! アリアンロッドにはラスタル様を殺した鉄華団に強い恨みをもつ人間が多くいます。……私とて、そのうちの一人であることに違いはありません。ノルバ・シノのことが知れれば、絶対に彼を粛清しようという人間は出てきます」

 

「そうならないために小細工を弄した。偽の経歴に偽の階級と偽の名前。そして」

 

 ガエリオはヴィダール時代に被っていたフルフェイスの仮面を引き出しから取り出す。

 

「まさか彼にも仮面を?」

 

「これと同じものじゃない。けど顔を隠すには仮面が一番うってつけだろう」

 

 セブンスターズの権威というのは実に便利だ。

 ラスタルがそうだったように、仮面を被った私兵の一人くらいは簡単に許容されるのだから。

 シノン・ハスコック二尉。それが今のノルバ・シノのギャラルホルン内での名前だった。

 




「もしも鉄血の最終回が他のガンダム作品風味だったら」

Gガンダム:三日月とクーデリアとアトラがラブラブギャラクシーキャノンぶっぱなして、アリアンロッド艦隊を吸収してスーパーバエルになったマッキーを倒す。鉄華団大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!

ガンダムW:三日月が単身火星に落ちてくるスキップジャック級を破壊して、ジュリエッタが「宇宙の心は彼だったんですね」という電波発言をする。

ガンダムX:トドが「前の戦争で、阿頼耶識を使う兵隊がいたという噂を聞いた事があるだろう?」と言って終わる。

種:鉄華団が革命軍とアリアンロッド両方ボコってるうちに、なんやかんやで和平成立。

00:鉄華団壊滅から数年後、タカキの視線の先には宇宙を奔るバルバトス・リペアの姿が……

00劇場版:宇宙から謎生命体が襲来して敵味方一致団結して倒す。最後には三日月がランクアップエクシーズチェンジしてメタル三日月になる。

宇宙世紀作品:戦いには勝つもマッキーとラスタルが死亡。強力な指導者がいなくなったことでギャラルホルンの腐敗が更に進行して治安悪化。今後は新勢力蜂起→鎮圧→ギャラルホルン腐敗進行のエンドレスワルツ。

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