純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第21話 仮面の探索

 自分の命とフラウロスの代金を稼ぐため、シノン・ハスコック二尉としてアリアンロッドで戦うことを選んだシノは、ノーアトゥーン要塞基地へ降りることはなく、リバースクイーン艦内に留まっていた。

 まだシノン・ハスコックという存在がアリアンロッド全体に伝わっていないので混乱を避けるためと、リバースクイーン艦内を頭に叩き込むためである。これはこれから自分が暮らす場所の全体図くらいは知っておきたいとシノの方からガエリオに提案したことだった。

 しかしリバースクイーンはギャラルホルンの艦艇の中でも最大級のスキップジャック級戦艦。一人で探索などすれば迷うこと必至だ。

 そのためシノには案内人がつけられた。

 

「二尉。こちらがトレーニングルームとなっています。IDを提示して頂ければ問題なく使用できます」

 

 事務的に説明するのはジョニー・ジョンソン三尉。宇宙空間を漂っていたフラウロスを回収した、レギンレイズのパイロットである。

 もし彼がフラウロスを鹵獲していなければ、シノは救助が間に合わず死んでいたことは間違いないため、命の恩人というべき人物だ。

 彼自身はアリアンロッド中枢からは遠い位置にいる一般兵だが、そういう経緯と彼の生真面目さを信用されたガエリオによって、彼にはシノの事情も知らされている。今回シノの案内役を任じられたのもそのためだ。

 

「あちらの廊下を進むとレクリエーションルームとなっております。ダーツ、卓球、ビリヤード、カラオケと大抵のものは揃っていますので、休みの日などはご利用ください」

 

「やっぱ天下のアリアンロッド艦隊。うちと比べると色々充実してんな」

 

 イサリビにあったのは古めかしいトレーニングルームくらいで、ビリヤードなんてハイカラなものはありはしなかった。

 艦の広さや士官室の立派さなど細かいところで格差を思い知らされる。

 

「……二尉。二尉殿の出身につきましては小官を含めた一部の者以外には内密のことです。余り大きな口でそういったことを言われては」

 

「悪ぃ悪ぃ。あんまそういうの気にしたことがなかったからな」

 

「気を付けてください。ただでさえ二尉殿はその点…目立つ格好をしているのですから」

 

「しゃあねえだろ。この仮面に関しちゃよ」

 

 シノは現在二尉の階級章をつけたグリーンの軍服を着ている。医務室から脱走する際に拝借したものをそのまま使っている形だ。

 これだけならシノはアリアンロッドのその他大勢の士官の中に埋没してしまって、特に印象をもたれることはなかっただろう。だがガエリオから渡された『仮面』がシノの存在感を良くも悪くも際立たせていた。

 常識的な話である。ある日、通路を歩いていてすれ違った人間が顔を覆う仮面をしていれば、よっぽど抜けた人間でない限り印象に残るだろう。この仮面のせいでシノは既にちょっとした有名人だった。

 ガエリオが事前にシノン・ハスコックはボードウィン家に仕えていた自分の近衛であるとアナウンスしていなければ、今頃どうなっていたか分からない。

 

「こいつは鉄華団のノルバ・シノとアリアンロッドのシノン・ハスコックを分けるもんだ。こいつを被ってる限り俺はシノン・ハスコック。例え戦場でおっ死んでもそれはノルバ・シノとは関係ねえ。そういう風になってるんだよ」

 

「小官には理解しかねます」

 

「奇遇だな。俺もよく分かってねえ。ガエリオが言うにゃ政治ってやつらしい」

 

 シノは学がないなりに自分を弁えていた。知識のない自分が政治だのなんだのに口出ししたところで余計な手を煩わせるだけ。だからそういった物事は本能的に信じられる人間に全てを任せると決めていた。

 その信頼できる人間とはオルガ・イツカのことでもあるし、クーデリアでもある。

 実働一番隊の隊長なんて重責を背負ったりもしたが、自分の本質はどこまでいっても兵士。なにも考えず思いっきり戦うほうが性に合っている。

 立場が180度変わりはしたが、そのスタンスを変えるつもりはなかった

 

「ところで小官ならぬ娼館とかはねえのか? あの小奇麗な士官室で一人シコシコと処理すんのがいい加減空しくなってきたんだが」

 

「ありません。そこは民間施設でどうにかして下さい」

 

「だよなー」

 

 ちなみにシノは小奇麗などと言ったが、それは大きな誤りだ。

 綺麗だったのは最初の一日目までで、今のシノの部屋は脱ぎ捨てられた服などが散乱し汚部屋と化している。

 

「ん? 民間っていうけどよ。この戦艦が停泊してるのって要塞基地なんだよな。ンな施設あるのか?」

 

「大きな施設でしたら近くにコロニーなどがありますが、ノーアトゥーン付近には有人コロニーの類はありませんね」

 

「駄目じゃねえか!」

 

「…………そうですね。これも現状の我々が潜在的に抱えている問題の一つといえます」

 

 シノの悩みは下らないように思えるかもしれないが、実際にはとても笑い飛ばせるものではない。

 軍隊生活というのはストレスが溜まるものだ。ましてや現在アリアンロッドはギャラルホルン革命政権との戦争状態にあるため、緊張は平時の比ではない。そういった緊張をほぐすのに、人肌の温もりというやつは実に効果的なものなのだ。

 だがこの状況下でそういった発散ができるのは、全体の一割にも満たない女性兵士を口説き落とした者に限られる。それ以外は十代の新兵も五十代のベテランも平等に禁欲を余儀なくされた。

 この戦争が一か月やそこいらで終わればいいが、一年二年と続けば限界はくるだろう。

 

「そういや聞いてなかったな。アンタはなんで俺を助けてくれたんだ?」

 

「小官はフラウ……流星号を鹵獲しただけで、二尉殿を助けた記憶はございませんが」

 

 シノの視線を受けてフラウロスと言いかけたのを直しながら若き士官は答える。

 ノルバ・シノに繋がりかねない流星号という名称は公の場では自重するよう求められている反動で、事情を知っている人間だけの場だと流星号を強調する悪癖がシノに生まれていたのだ。

 

(勿体ぶってるんじゃなくて心底覚えがねえって面だな)

 

 ジョンソンの顔色を察しながらシノは続ける。

 

「フランツ先生が言ってたぜ。俺は運が良かったってな。もし普通のパイロットに見つかってたら、俺みてえな不正規兵は捕虜になる前にリンチにあってただろうって」

 

「申し訳ありません」

 

「責めてるんじゃねえよ。俺はお前達の大将をやったわけだろ。もし俺がアンタ等の立場だったら同じことするだろうしな。けどアンタは大将の仇の俺を殺さなかった。礼の一つくらい受け取っといてくれよ」

 

「受け取れません。自分はギャラルホルンの軍規にのっとって行動しただけですので」

 

「アンタも強情だなぁ。なんなら火星に来た時に綺麗な姉ちゃんのいる店を紹介していいぜ。うちの新入りにそういうことに詳しい奴がいてよ。そいつの行きつけのソープランドがまた最高で」

 

「お気になさらず」

 

「もしかして内心じゃ大将をやった俺のことが憎くて憎くてたまらねえのか? だったら命をやるわけにはいかねえが、何発か殴っても構わねえぜ」

 

「上官への暴力は禁止されています。それに小官は二尉殿を恨んでなどいません。自分がアリアンロッドに配属されたのはついこの前で、エリオン提督のことも何も知りませんので」

 

「そっか」

 

 アリアンロッド艦隊のボスということでシノはラスタル・エリオンを自分にとってのオルガで置き換えていた。それはアリアンロッドの大多数の将兵には間違いのない対応ではあったのだが、目の前の若き士官にとっては違ったらしい。

 新参者の彼にとってラスタルは、自分の所属する艦隊の一番偉い人以上の認識はなかったのだろう。

 

「じゃあ戦友とかはいなかったのか? 頼りになる先輩とか、ほっとけねえ後輩とか」

 

「後輩はいませんが、頼んでもいないのに自分に話しかけてくる鬱陶しい同僚ならいました。口を開けば自分が贔屓しているラグビーチームの話ばかりしている男で、自分は興味がないと言ってるのに毎回毎回飽きもせずに話しかけてきて。

 彼の話に相槌をうつのは煩わしくて溜まらなかったはずなのですが、もう彼のラグビー談議を聞くことがないのかと思うと……なぜか、侘しい気持ちになります」

 

「やっぱ、あの戦いで?」

 

「はい。レギンレイズ・ジュリアと共にガンダム・バルバトスの足止めに参加したと聞いています」

 

「じゃあアンタのダチをやったのは俺の家族だな」

 

「!」

 

「やっぱ殴るか? アンタには命を拾われた恩もある。腕の一本や二本折ったって文句は言わねえよ」

 

「いえ。上官への暴力は禁止されていますから」

 

 間髪いれずにそう答えたジョンソンだったが、さっきと異なり僅かに右手が震えていたことをシノは見逃さなかった。

 外からだとお高くとまった偉そうな連中にしか見えなかったが、ギャラルホルンにはギャラルホルンなりの苦労があるのだろう。

 そんな風に珍しく真面目に世の中について考えると、使わない機能をいきなり活用したせいでエネルギーを消耗したのか、腹が空腹を訴えだした。

 

「……腹減ったな。なあ、飯を食う場所はどこなんだ?」

 

「失礼、そちらに気を回すべきでした。食堂はこちらです」

 

 ジョンソンの案内で食堂へ向かう。幸いレクリエーションルームから食堂まではそう離れた距離ではなかったので、程なく到着した。

 しかしそこでシノは思わぬ再会をすることになる。

 

「むっ」

 

「げっ!」

 

 ライトを反射してテラテラと輝く頭。

 前にシノに格納庫への道を教えたスキンヘッドの軍人がそこにはいた。

 

「お前はいつぞやの迷子になっていたパイロットではないか。そんな如何わしい仮面をつけて食堂にくるとはどういうつもりだ!? ここはコスプレ会場でも仮面舞踏会でもないぞ!」

 

「ブラウン二尉」

 

 ジョンソンがシノに代わってスキンヘッド――――もといブラウン二尉に説明する。

 シノがボードウィン家に仕える人間で、単独で彼の下に馳せ参じたこと。没落貴族出身で素顔でいると不都合なので仮面をつけていることなど。

 全てガエリオが考えた捏造された過去であったが、ジョンソンの機械的な説明が逆にリアリティーを生む結果となっていた。

 

「なるほどな。道理でMS格納庫の場所すら分からなかったわけだ。にしても貴族出身にしては、気品というやつが感じられんが」

 

「貴族っつっても物心ついた時にゃ明日の命すら分からねえ生活してたからな」

 

「そうか。いや過去を詮索するような真似をして悪かった。食堂にきたということは、これから飯か?」

 

「ああ。そうだ、ここを利用すんの初めてなんだけど、お勧めとかあったら教えてくれ」

 

「――――お勧めはなにかって、そりゃ……かつ丼だろう」

 

「かつ丼?」

 

「おう、ギャラルホルンには欠かせねえもんよ。きつい取り調べで精神がくたくたになった容疑者に、冷たい麦茶とかつ丼を差しだす。そんで故郷のお袋さんの話をしてやれば、どんな容疑者も泣いて罪を告白するんだよ。俺も警務局時代にゃこの手で何人も容疑者を自白させたもんだ」

 

「そんなに凄ぇのか?」

 

「小官は統制局での経験しかありませんので、分かりかねます」

 

 上官の手前そうぼかしていたが、もしブラウン二尉の階級が下であればジョンソンはばっさりと否定しただろう。

 ギャラルホルンは食事までスペシャルなのかと戦慄しかけたシノだが、ジョンソンの塩対応にほっと一安心する。

 

「細ぇことぐちぐち言ってるんじゃねえ。とにかく食え! そうすりゃ分かる」

 

「お、おお。じゃあ頼んでみるわ……」

 

「必ずだぞ」

 

 勢いに押されて約束してしまう。かつ丼の布教に成功したブラウン一尉はるんるんと去っていった。

 かつ丼に自白剤じみた効果があるのかは兎も角、ブラウン一尉がかつ丼を好きなのは間違いないだろう。

 

「あー、じゃあかつ丼食うか」

 

「……はい」

 

 男二人、微妙なテンションでテーブルを挟む。

 幸いだったのはかつ丼がブラウンが太鼓判を押す通りに美味かったことだった。

 

 


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