純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第22話 祝勝会

 全ての団員が固唾を飲んで見守る中、団長のオルガ・イツカはすっかり馴染んだワインレッドのスーツに、鉄華団の象徴であるマークの刻印された制服を羽織り壇上へ上がる。

 結成初期から中核となって奮戦してきた元CGS参番組。雪之丞やデクスターのように旧CGSのメンバーでありながら残留した大人。ブルワーズからの吸収などで新たに加入した団員。メリビットやジン・カーンのように別組織から出向してきた変わり種。ザック、デインのようにエドモントン後に入団したメンバー。ウトガルド宙域会戦から新たに入団してきた新兵達。ジン・カーンの推挙でスカウトしてきた歴戦の傭兵隊長やその手勢。

 最初はCGSの孤児達(オルフェンズ)ばかりだった組織も、今や出自も年齢もばらばらだ。それなりに上等な生まれの人間から、妻帯して子供までいる人間もいる。新加入したデスクワーク担当職員の中には62歳で孫までいる爺さんもいた。

 そして最前列には三日月・オーガス。半身不随のため車椅子にのっている状態だが、その目は真っ直ぐにオルガへと注がれていた。

 彼の視線に応えるように頷くと、オルガは口を開く。

 

「――――皆、今日までよく頑張ってくれた」

 

 絞り出された声がマイクで拡大され、染み入るように団員達へ広がっていく。

 

「これまで俺たちは相当無茶な戦いをやってきた。死にかけたことだって何度もあるだろう。だが俺たちはやり遂げた。ゴールに着いたんだ。俺の無茶に、団員全員が気張ってくれたからだ。俺が引っ張ってきたんじゃねえ。お前たち全員が俺をここに連れてきてくれた。

 古参も隊長も新兵も関係ねえ。今日は無礼講だ! 俺達がゴールに着くために死んでいった家族の分も、盛大に飲んで騒いでくれ! 乾杯!!」

 

『乾杯!!』

 

 オルガの音頭に全員が唱和すると、爆発的な雄叫びが広場に轟いた。

 ある者は自分の武勇伝を語りながら、またある者は感極まって涙を流しながら。テーブルに置かれたご馳走に食らいついていく。

 この日、鉄華団では遅れながらの祝勝会が執り行われていた。

 ギャラルホルン火星支部の引き継ぎ作業や、新規入団者の受け入れなど諸々の戦後処理で、これまではとてもではないが団員全員での祝勝会をやる暇がなかった。今回それが一段落したので祝勝会が執り行われる運びになった――――というのが表向きの理由である。

 表と言っても決してそれが嘘という訳ではない。だが一部の団員にしか知らされていない裏の事情があるのだ。

 

「にしてもシノが無事で良かったぜ。ヤマギなんて見てられねえレベルだったし」

 

「まったくだ。帰ってきたらよくも心配かけさせたなって文句言ってやるよ。…………今だから白状すると、最近はちょっと諦めかけてたしなぁ」

 

 ダンテとチャドの言葉にオルガのところに集まってきた古参メンバーたちが揃って頷く。

 祝勝会が執り行われた裏の理由というのが、ノーアトゥーン要塞基地よりノルバ・シノの生存を伝えるビデオメールが届いたからだ。ビデオメールに映っていたシノはピンピンしており、命を拾われた借りを返すまでアリアンロッド艦隊に協力したい旨などを伝えてきた。

 余りにも衝撃的すぎる内容にオルガは喜びながら噴き出したものである。

 そういう事情もあってシノ生存については古参メンバーと一部団員にしか明かしてはいなかった。

 

「にしてもまさかアリアンロッドに捕まってたなんてな。道理で戦場中を探し回っても見つからなかったわけだ」

 

「俺達みたいな宇宙鼠はギャラルホルンに捕まったら即処刑とばかり思ってたしな。ビデオメールだと相当酷い怪我してたらしいし、普通は見捨てられるよなぁ」

 

「違ぇねえ」

 

 チャドの言葉に昭弘も頷く。自分たちが敵対組織として捕虜をとって、その捕虜というのがオルガを殺した者であれば、絶対に見捨てたであろうという確信が彼等にはあったのだ。

 とはいえ彼等の印象は間違いとも言い難い。アリアンロッドを新たに率いることになったのがガエリオ・ボードウィンではなく、他の誰かであれば確実にシノの命はなかった。例えアリアンロッドにおいては穏健派で尚且つ良識的といわれる乃木一佐がトップでも例外はない。

 ほぼラスタル・エリオンの軍閥と化していたアリアンロッド艦隊において、ラスタルの仇は親の仇よりも憎むべき相手。ギャラルホルンの法をも超える彼らの忠誠が、ノルバ・シノという存在を生かしておかなかっただろう。

 

「だからってあの馬鹿。俺達がやり合ってたアリアンロッドと一緒に戦うってなに考えてんだよ。あいつの治療費と助けられた恩とフラウロスの駄賃なら、どんだけ相手が釣り上げてこようと払うってのによ」

 

「シノはそうやって他人に尻を拭かれるの嫌がるからなぁ」

 

「けどよぉ」

 

「――――どうでもいいよ、そんなこと」

 

「三日月?」

 

 ユージンとダンテの会話に割って入ったのは、これまで黙っていた三日月だった。

 三日月は元来口数の少ない男である。戦場ではバルバトスに乗って鬼神の如き働きをするが、日常の場では寡黙な少年という印象しか他人に与えない。

 けれど彼の発する言葉には自然と人を従わせる威があった。

 火星ではクーデリアやオルガ。ギャラルホルンではセブンスターズの面々。彼等がもっていた人を熱狂させるカリスマとはまた違う。人の本能を狂奔させる狼王の威風だ。

 

「シノが生きていた。それだけで十分。みんなはそうじゃないの?」

 

「三日月……。まぁそりゃそうなんだけどよ」

 

「シノを守るのは俺の役目だったからさ。でもそんなのと関係なしにシノが生きていて………――――俺はクーデリアみたいに上手く言えないけど、ほっとしたよ」

 

「ふっ、そうだなミカ」

 

 三日月がこんなにも表情を表に出していることが微笑ましく、オルガはポンと三日月の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「死んでるかもしれねえと思っていた家族が生きていた。この嬉しさに比べりゃそれ以外のことなんざ小せえことだ」

 

 古参メンバーの心にはシノの安否が、喉に入った爪楊枝のように引っかかっていた。オルガもシノのことが気になって、貴重な睡眠時間なのにまったく寝付けなかったことが何度もある。

 それがはっきりと生きていると分かったのは、ウトガルド宙域会戦以来最高のニュースだった。

 

「でもシノのことをカーンの野郎にまで言っちまって良かったのか。参謀だなんだってデカい顔してるけど、あいつ元ギャラルホルンなんだろ」

 

「ダンテ。俺だってあいつが信じられねえって気持ちは同じだけどよ。平団員や雇われ隊長ならまだしも、参謀やってる奴に隠し通して置けるもんでもねえだろ」

 

「ユージンの言う通りだ。例え隠したってあいつなら勝手にシノのことを掴むだろう。下手に隠して余計な不信感抱かれるくらいなら、さっさと情報明かしたほうがマシだ」

 

「……ラディーチェのように裏切る可能性は?」

 

 こういった場所では積極的に発言しない昭弘が珍しく口を開いた。

 ラディーチェの裏切りとガラン・モッサの暗躍によって起きたアーヴラウ防衛戦で、昭弘は自分の姓を分け与えた兄弟ともいうべき団員を失っている。

 幹部の中でも裏切りに対する怒りと警戒心は人一倍だった。

 

「それとなく見張らせてるが、今のところそういった動きはねえな」

 

「でも今回のことで不満を持って……ってことはねえのか?」

 

「いや。シノに関しちゃあいつは逆に嬉しがってたぞ」

 

「は? マジでか!?」

 

「ああ―――」

 

 オルガはシノ生存について報せた時のジン・カーンとのやり取りを思い出す。

 

『ノルバ・シノがアリアンロッド艦隊に協力? それは……寧ろ好都合』

 

『好都合? てっきりアンタは敵のアリアンロッドにつくなんてふざけんなって怒鳴り散らすかと思ったが』

 

『ウトガルド宙域会戦でラスタル・エリオンを失い敗北したとはいえ、アリアンロッド艦隊は未だに宇宙最強の艦隊です。少なくとも我々鉄華団が単独でどうこうできる相手ではありません』

 

『そりゃこっちは強襲揚陸艦が一隻しかねえからな。練度じゃ負けねえ自信はあるが、物量が違い過ぎて勝負にならねえ』

 

『はい。あのガエリオ・ボードウィンも中々の人物です。これからの趨勢(すうせい)次第ではアリアンロッドがマクギリス・ファリドを打ち破って逆転することも十分に有り得ます。

 そしてギャラルホルンの実権を奪回したアリアンロッドがマクギリスの次にターゲットとするのは、あの会戦の立役者である我々鉄華団と火星でしょう。そういうことを回避するためにもアリアンロッド艦隊とは繋ぎをつけておきたかったのですが、こんな形で彼等とのパイプが手に入ったことは棚から牡丹餅(ぼたもち)ですよ』

 

『いっそマクギリスの奴と話をつけてアリアンロッドを完全に叩いちまうのは駄目なのか?』

 

『我々には第三勢力になる力はあっても、ギャラルホルンと天下を二分する力はありません。火星の完全独立を目指す我々にとって、ギャラルホルン革命政権を脅かすアリアンロッドの存在はありがたいんですよ』

 

 続けてもしもアリアンロッド艦隊が敗れてシノが捕まったとしても、ガエリオ・ボードウィンによって作り上げられた別人として戦っていたので政治的には誤魔化せるとも言っていた。

 

「と、いうわけだよ」

 

 ジン・カーンとの会話を要約して説明し終えると、幹部達は理解したのかしていないのか分からないという顔になっていた。

 話を呑み込めたのは察するにユージンとチャドの二人だけだろう。

 

「政治か。昔は雲の上のお偉いさんの成すがままにしかならなかったけど、俺達もそういうの関わっていかねえとならねえんだろうな。火星の王になっちまった以上は」

 

 ポリポリと頭を掻きながらユージンが溜息をつく。

 

「ああ。そうだダンテ。新しく隊長格になって最近どうだ? 苦労してることとかはねえか?」

 

「火星支部の連中との衝突が多いな。まぁこれについちゃ俺達が迷惑かけてるとこもあるから文句はつけにくいんだけどよ。

 他にはやっぱ新しく入った大人の訓練兵との衝突が多いぜ。流石に俺達のような隊長相手にはへりくだってるけど、それ以外の団員には餓鬼だからって舐めた態度をとる奴が多くてな。

 なぁオルガ。いっそのこと大人の新入りは全部隊に均等に配備したりとかせずに、一纏めにしたほうがいいんじゃねえか?

 

「それは――――」

 

「そいつは駄目だろう」

 

 オルガよりも先にダンテの意見に反論したのは意外なことにユージンだった。

 

「そりゃ俺だってCGS時代の一軍みてえな奴等を部下にすんのはしんどいけどよ。んなことしてたらいずれ鉄華団が古参と新規で真っ二つだ。下手すりゃ俺達が一軍にやったみてえに鉄華団を乗っ取られっちまうかもしれねえ。そっちのほうがどう考えたってしんどいだろ」

 

「お、おう」

 

「…………」

 

 自分の言おうとした内容をそのままユージンが言ったことに、オルガは少なくない衝撃を覚えた。

 古株のダンテを有無を言わさず納得させてしまう説明に、現状だけではなく将来を見越した思考。どれも嘗てのユージンにはなかったものだ。

 

「ユージンの言う通りだな。大体俺らだってもう何年もすりゃ全員二十歳越えて成人するんだ。子供だ大人だなんて区別はしてられねえよ」

 

「成人かぁ。俺達ヒューマンデブリが大人になるまで生きられるなんて奇跡だよなぁ。CGSに買い取られた時には想像もしてなかったぜ」

 

 人権のないヒューマンデブリは限界を超えた酷使で、殆どが二十歳になるまで生きられない。ヒューマンデブリに子供が多いのもそれが原因である。

 チャドの奇跡という表現は決して誇張ではない冷酷な現実なのだ。けれどそれを理解しつつオルガは吹き飛ばすように笑う。

 

「おいおい二十歳くらいでなに大袈裟なこと言ってんだ。二十歳どころじゃねえ。俺達全員で蒔苗の爺さんくらいの年まで生きるんだよ。んでそん時は互いの孫でも眺めながら茶ァしばこうぜ。シノも一緒によ」

 

「だな」

 

 古参メンバーでもう一度乾杯してから、全員其々の部下や弟分のところに散っていく。

 三日月もハッシュに車椅子を押されながらアトラの所へと戻っていった。残念ながらクーデリアはどうしても外せない仕事がバッティングしてしまったために不参加である。

 

「なんつーか。俺までこんな話聞いちゃって良かったんですかね。空気読んでずっと黙ってましたけど」

 

 場違いな雰囲気に一度も口を開くことがなかったハッシュが、解放されたように三日月に話しかける。

 

「別に。オルガが話したんだからいいんじゃない」

 

「はぁ。そういうもんですかね」

 

 ハッシュは右半身不随となった三日月の専属介護士みたいなことになっているため、平団員の立場では聞くことのないような話も耳に入ってくる。

 幹部でも古参でもないのにシノの生存を知っているのは、鉄華団内で彼だけだ。

 

「だから、これからも頼むよ」

 

「へ? 三日月さんが俺に頼むって……え?」

 

 目標としている人物に初めて頼りにされたことに感極まったハッシュが感涙し、それを三日月が鬱陶しく感じ、更にそこに駆け付けたアトラが説教する。

 そんなやり取りを笑いながら眺めながらオルガは猪口を口に運ぶ。

 久しぶりに飲んだ日本酒はさっぱりとした味わいだった。

 

 




 爺になったオルガは凄い貫禄だと思う(小並感)
 そういえば鉄血で一番死んでショックを受けたのはハッシュでした。
 オルガと三日月……というより鉄華団自体が一期の時点で最終的に全滅しそうと思っていたのである意味予想通り。名瀬の兄貴はポジション的に死亡フラグしかない。ラフタは直前で死ぬと予感したので覚悟はできた。けどハッシュは寸前まで生き残りポジと思っていたので、完全な不意打ちを喰らいました。

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