残存艦隊と共に逃げ延びたヨセフ・プリマー三佐と、石動・カミーチェ一尉は揃ってヴィーンゴールヴへ戻ってきていた。
事の次第の報告のため元帥執務室へ出頭するためである。石動の方はどうだか知らないが、執務室への廊下を歩くプリマーは処刑台に上っている気分だった。
幾ら兵数練度で劣っていたとはいえ、ノーアトゥーン要塞基地で待ち伏せ地の利を確保した状態での大敗である。プリマー艦隊の犠牲は少なかったが、作戦で最も過酷な役目を演じた石動艦隊は結局一隻の例外もなく宇宙の藻屑となった。
援軍艦隊全てを犠牲にしてでもガエリオ・ボードウィンを討ち取るという狂気染みた作戦を提案したのは石動だが、それに頷いたのは紛れもなくプリマー三佐。それに傍からはどうしたってヨセフ・プリマーは、援軍艦隊ばかりを酷使した挙句に敗戦したように映ってしまうだろう。
ギャラルホルン革命政権の地盤はまだ脆い。この時点でマクギリスが自らの懐刀である石動を処罰するというのは考えにくい。
石動は自分こそ一番責任があるというようなことを言っていたが、きっと彼の分の責任も纏めて自分がとることになるのだろう。マクギリスの命を受けて出撃したとはいえ、ヨセフ・プリマーはバクラザン家の派閥に属している人間。泥を被せてもマクギリスには痛くもかゆくもない。
(運が良くて辺境への左遷。悪くて予備役編入、最悪は銃殺か)
一応プリマー家はそれなりの貴族なので、これまでのギャラルホルンなら極刑はなかっただろう。
だがマクギリスの独裁制が敷かれている今のギャラルホルンでは良くも悪くも昔の感覚が通じない。地獄の沙汰を金でどうにかするのは難しそうだった。
「ファリド元帥。ヨセフ・プリマー三佐、および石動・カミーチェ一尉が参られました」
『通してくれ』
失礼します、と入る。
元帥執務室というから中世の玉座でも置かれているのかと思ったが、部屋の内装は必要最小限の物しか置かれてはいなかった。この部屋にあるもので唯一私物であろうと思われるのは、本棚にあるアグニカ・カイエルの伝記だけである。
「宇宙から休みもなくご苦労だった」
暗殺対策に砲撃だって通さない特殊合金のガラスを背に、貴公子然とした男が待っていた。
インゴットを溶かし込んだような金髪に、どんな宝石よりも澄んだ双眸。身体の黄金律は、女神が理想の男性像を彫りこんだのではないかと思うほどに完璧だった。
ガエリオ・ボードウィンと顔面を壊される前の自分もそれなりに男前だったが、目の前の宝玉と比べれば石ころだろう。
マクギリス・ファリドが社交界に出るようになってから、貴族の令嬢たちが彼のことを妾腹などと噂するのをピタリと止めたが、その理由をこうして直に目の当たりにして悟る。
この美しさを前にしてしまえば、そんなものは些末事にすらなりはしない。例えマクギリスが貴族ではなくそこいらの平民だったとしても、女であれば関係なく彼に愛の言葉を囁かれたいと願うだろう。
ヨセフ・プリマーはこの手の美しさを表現するのにピッタリな言葉を知っていた。
〝魔性〟
ただそこに在るだけで人の心を奪う毒の華だ。
一刻も早くこの場を離れたくなったプリマーは、らしくもなく急いた口調で言う。
「元帥閣下。このたび石動一尉の援軍を得ながらむざむざと敗戦し、閣下の名に傷をつけたのは全てこの私の責任。如何なる処分も覚悟しています」
「ふふふふ。もしかして嫌われてしまったかな?」
「―――っ。ご冗談を……」
内心を見透かされているような感覚に、プリマーは気づかれぬよう唾を呑み込む。
「ヨセフ・プリマー三佐、君とこうして会うのは初めてだったね。黒紅の醜星の勇名は聞き及んでいる。この機会にこうして君との対面が叶ったのは私にとって望外の幸運だよ。
勘違いしているようだが、私は君たちを罰するつもりはない。むしろよくやってくれたと私は感謝したいくらいだ。
君達がアリアンロッド艦隊の本部を速やかに占拠してくれたからこそ、私もここで缶詰になっていられたんだからね。これは敗戦の罪を相殺して余りある功績だよ。
だから自宅でコーヒーを飲んでいるように気分を楽にして欲しい」
(なんだ、この男は……違う、明らかに……これまで俺が出会ってきた連中とは、違う……っ!)
顔面を薬品でぐちゃぐちゃに破壊され、怪物のように肥大化した右目は虚飾を見抜く。
マクギリス・ファリドが今自分に向けているのは好意だ。それも100%の不純物が一切ない好意。
しかしそれは有り得ないのだ。いくら包帯で大部分を隠しているとはいえ、ヨセフ・プリマーの顔は人間のものではなくなっている。
聖人君子と呼ばれる人格者でも、この顔を目にすればどうしたって嫌悪や恐れといった負の感情を抱いてしまう。あのガエリオ・ボードウィンですら例外ではなかった。
別にプリマーはこのことで人間など欺瞞の塊などと断ずるつもりはない。むしろこの顔を見てそういった感情を抱かないほうが、人間としておかしいだろう。なにせプリマー自身が鏡を見て、そこに映っている人間を撃ち殺したくなるほどの嫌悪にかられたのだ。
だというのにマクギリス・ファリドにはプリマーの顔への忌避感がまったくないのだ。
一瞬だけ恐れを抱いて、直ぐにそんなことを思った自分への怒りが相殺したガエリオとも違う。
恐れや嫌悪以前の問題だ。マクギリスはヨセフ・プリマーの顔に欠片の関心も抱いていない。完全なる無関心だ。
これまで自分の顔に仰天した人々と同じ、化け物を見る目をプリマーはマクギリスへ向ける。
「それでは石動。一から経緯を説明してもらえるかな」
「はっ。ではご説明します」
プリマーの恐れなど気にせず、石動が淡々と戦いの流れを説明する。
マクギリスは時々相槌をうちながら静かにそれを聞いていた。
「ガエリオは生き延びたか。やはりあの男は易々とは死んではくれないな。散っていった兵達には可哀相なことをしてしまった。彼らのためにも、ガエリオは〝俺〟の手で……」
「元帥? 表情が、優れませんが」
「すまない。表に出てしまったか。最近碌に休みがとれず少々寝不足でね。
さてプリマー三佐。話も終わったことだし今日はゆっくりと休んでくれ――――と、言いたいのは山々なんだが、実は本題はこれからでね」
「本題?」
「こうして本部は私と革命の同志達によって掌握されたが、ギャラルホルンではアリアンロッド以外にも私に反発する者達がいる。またこの混乱に乗じるように世界各地では小規模な紛争が発生しているのが現状だ」
「…………自称正義の活動家共にとって、今のギャラルホルンは前よりやり易いように映るのでしょう。馬鹿としか言いようがありませんが」
この若く美しい独裁者が自分に逆らう者にどういう扱いをするかなど目に見えている。
反発しているギャラルホルンは兎も角、紛争を引き起こしている活動家達は例外なく叩き潰されることになるだろう。
「そう、馬鹿だ。馬鹿は死なねば治らんというなら、皆殺しにしてしまうのが一番効率的だろう。そのための私直轄の軍を新たに組織する予定だ」
「元帥直轄……さしずめ近衛軍ってわけですかい」
「そうだ。監査局と同じ特務階級をもち、最新鋭機も優先配備される。そして私の命令があれば管轄を無視して、如何なる戦場にも派遣可能な特権的部隊となるだろう。その指揮官の一人に君を迎え入れたい」
「本気ですか? 私はバクラザン家の派閥の人間ですよ」
「君が冷や飯を食わせられていることは聞いているよ」
「私より石動一尉が」
「石動は一佐に特進して、地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官に就任してもらう予定だ。アリアンロッド艦隊が抜けた今、地球外縁軌道統制統合艦隊の規模拡大は急務だからね」
たしかに宇宙に睨みを聞かせていたアリアンロッド艦隊がいなくなったことで、宇宙の治安は悪化し続けている。その悪化っぷりは地球の比ではない。
このまま放置しておけばコロニー中が独立した挙句に、宇宙海賊やテイワズなどを巻き込んだ戦国時代に突入してしまう恐れすらあった。
地球外縁軌道統制統合艦隊が果たすべき役割は大きなものとなるだろう。そしてその使命を全うできるのは、石動・カミーチェだけだ。
「もし受け入れてくれるなら、君は特務二佐として近衛軍のナンバーツーだ。どうだろう? 悪い話ではないと思うが」
「………………」
まるで悪魔に契約を持ち掛けられている気分だった。
いくら貴族出身といえどヨセフ・プリマーはこんな顔である。これ以上の出世など望めるような立場ではなかった。
このままバクラザン家の配下に留まったところで定年までいいように使われ続けるか、それまでに戦死するかだ。
ヨセフ・プリマーには自分の命以外に大切なものなどない。友人も恋人もいないし、家族だったものは全員死んだ。
(賭けに失敗したとしても、自分が死ぬだけか)
安いリスクだった。
「いいでしょう。その話、引き受けましょう」
「ありがとう。正式な辞令は追って伝える。今日はもう休んでくれたまえ」
「――――はっ」
退室してから早まったことをしてしまったのではないかと思ったが、どうせ考える時間をもらったとしても同じ結論に至っただろう。
それに『化け物』の顔にもまったく関心を抱かずに、ヨセフ・プリマーの中身のみを見たその神経。マクギリス・ファリドという男にも少しだけ興味がわいてきた。
「どうでもいい考察2」
鉄血世界で〝一番美形の男キャラは誰だ?〟という問いに、殆どの人はマッキーと答えるでしょう。昭弘みたいなガチムチタイプはタカキのようなショタ系統など人の好みは千差万別ですが、客観的かつ総合的に判断するにやはり一番はマッキーでしょう。では一体マッキーはあの世界でどのくらいのイケメンだというのか。
参考になるのは第一期13話のパーティーのシーン。ここで四人の女性が隣にいるガエリオはスルーしてマッキーに声をかけてきます。
ここで思い出して欲しいのは、このパーティーがマクギリスとアルミリアの婚約を祝うものであることです。つまり彼女たちは婚約者とその父親(しかもセブンスターズの一人)の列席している婚約パーティーで、マッキーにモーションをかけたことになります。どう考えても割に合わない。
対してガエリオはアルミリアの発言から婚約者も特定の相手もおらず、性格も良く、第二期でジュリエッタが「整った顔」と評していることからルックスも良いという超絶優良物件。ついでにマッキーが表向き「妾腹」という出自なのに対して、ガエリオにはそういったこともありません。打算的にも勝算的にもモーションかけて割に合う相手です。
なのに彼女達はガエリオには目もくれず、マッキーのところにいきました。これはもうマッキーがそういった打算とか思考回路から吹き飛ばすくらいの神話級のイケメンだったと考えるしかないでしょう。