ヨセフ・プリマーと石動・カミーチェの背中を見送ったマクギリスは、一息つくように紅茶の味を楽しんだ。
石動の出世と地球外縁軌道統制統合艦隊司令官就任は予定調和だが、ヨセフ・プリマーの異動についてはそうではない。彼が断われば残念ながら諦めるしかなかった。
勿論元帥としての権限を使えば、プリマーの意思など無視して配属させることはできる。バクラザン家も持て余し気味の部下一人とられたくらいで一々文句は言わないだろう。
しかし『元帥直下武装近衛隊エクェストリス』はマクギリス・ファリドの手足となって動く部隊だ。
そこに配属されるのは自ら革命に参加した者や、正式な階級はなくマクギリス個人に忠誠を抱くものも含まれる。そういった者たちを統率するのは、命令に従って嫌々配属された者には困難だ。
「だが良かったのかい。黒紅の醜星なんて大層な渾名で呼ばれるだけあって実績は大したもんだが、あいつには色々と黒い噂もあるぜ」
「……なんだ、きていたのか? ノックくらいはして欲しいものだな。エルネスト」
勝手知ったるとばかりに執務室のソファでくつろいでいる男へ、マクギリスは呆れるように言った。
「そう言うなよ。俺とお前の仲じゃあないか、マクギリス」
ギャラルホルンの元帥に対して『お前』呼ばわり。現体制においては到底許せる言動ではないが、マクギリスは表情を変えぬまま叱責しようとはしなかった。
この事実がこのエルネストという男が只者ではないことを表している。
軍人らしい195㎝の立派な体格と、鍛え抜かれた筋肉は岩石のようで鉛玉だって弾きそうだ。
エメラルドグリーンの軍服のお陰でギャラルホルンであると分かるが、それがなかったらマフィアの若頭に勘違いされるような容貌をしている。
「それにお前の誘いが成功したなら、ヨセフ・プリマーは俺の部下ってことになるんだぜ。顔くらいは拝んでおきたかったのさ」
煙草に火をつけながらエルネストが言った。
エルネストは一尉から特務一佐に実に四階級もの特進を果たし、近衛隊長官になることが決定している。
近衛隊ナンバーツーになるプリマーは彼の部下になるのだ。
「彼と会ったのか?」
「廊下ですれ違ってだけさ。噂以上の壊されっぷりにはちっとばかし驚いたがね。十歳くらいの写真は可愛い顔してたのに、活動家共も勿体ないことしやがるよ。顔が良いなら有効活用すればいいってのに」
エルネストは子供の頃のヨセフ・プリマーの写真を灰皿へ抛ると、過去を凌辱するように煙草をぐりぐりと押し当てる。
「私には君の想定する有効活用のほうが不快に思うよ。君が私に友情を抱いているのならば、少なくとも私の耳の届く範囲でそういう下種な発言は控えて欲しい」
「おっと悪いな。立場が立場だからあんまり発言に気を遣う経験がなくてね。友であるお前を嫌な気分にさせる意図はなかった。気に障ったなら謝罪させてくれ」
「……分かってくれたならばいい」
さっきのヨセフ・プリマーの顔を惜しむ発言から察せる通り、エルネストは同性愛者だ。より正確にいうならば彼は女性も性の対象とするためバイセクシャルということになる。
養父イズナリオ・ファリドとの幼少期の経験からこういった人間に忌避感のあるマクギリスだが、彼は大切なカードなので付き合いを絶やすわけにもいかなかった。
それに彼自身の能力もまた得難いものがある。パイロットとしての力量ではヨセフ・プリマーに及ばないが、指導者としての能力では彼に勝るだろう。
「それでプリマーの悪い噂とはなんだね? 私は聞いていないが」
「呆れた。そんなことも知らないで奴を引き抜いたのかい?」
「士官学校時代の成績、これまでの経歴、日頃の勤務態度など。欲する情報は調べ終えたよ」
「しっかりとしたソースのある情報ばかりか。それじゃあ仕方ない。あれに纏わる噂は所謂『根も葉もない』ってタイプのもんだからな」
「少し気になる。教えてもらっても?」
今更たかが噂話程度でヨセフ・プリマーという人材をあきらめるつもりはさらさらない。
だがこれから腹心になる部下のことはしっかりと把握しておきたかった。
「ヨセフ・プリマーが11歳の頃に
「ああ。当時はニュースになったほどの事件だ。忘れられるものじゃない」
11歳のヨセフ・プリマーを拉致した
当時のプリマー家当主はギャラルホルン関係者に賄賂を送ってまで政治犯釈放に動いたが、結局それも無駄に終わりギャラルホルンは『テロに屈しない』という旧世紀から続く鉄則を遵守したのである。
警務局の働きで事件は三日目に犯人グループの半数を確保、残り半分を射殺という形で決着した。しかしアジトに突入した警務局の隊員が目の当たりにしたのは、要求を拒否された報復に顔面を壊された人質の少年だったのである。
11歳のヨセフ・プリマーが明晰な頭脳と美少年ぶりで社交界で有名だったことも手伝って、事件のあらましはセンセーショナルに報道された。けれど人間というのは熱しやすく冷めやすいもので、一週間もすれば次のニュースへ関心は移ろいでいき、やがてヨセフ・プリマーのことも人々の記憶から忘れられていった。
だが人々の記憶から消えようと、ヨセフ・プリマーの顔が壊された事実が消えるわけではない。
特殊な薬品によって顔面を溶かされたため、再生治療を行うこともできず、目の覚めるような美少年は一転して目を背けるほどの怪物に成り果てた。
息子を溺愛していた両親は変わり果てた顔を見るたびに薄まり、一か月が経つ頃には疎ましさが愛情に勝るようになっていた。
両親のそんな態度を
「それが切っ掛けだよ。屋敷の人間の虐待から逃れるように、アイツは家出同然に士官学校へ入学したんだ。屋敷を出たいアイツと、アイツの存在が邪魔な両親の思惑が一致したんだろうな」
「惨い話があったものだ。顔が瞑れようとも、彼自身の心は変わらず無事だったというのに」
「ヨセフ・プリマーにとって不幸中の幸いだったのは、あいつに素質があったことだろうな。奴の両親は息子が戦死するために危険な場所へ配属されるよう手を回していたみたいだが、その全ての地獄からあいつは生還した。
それでもこんなことがずっと続けば黒紅の醜星も落ちてただろうが、因果ってのは巡るもんらしい。あいつの両親と
肉親が全滅したことでヨセフ・プリマーは自動的にプリマー家を継承。屋敷に残っていた使用人は全員追放されて野垂れ死にしたそうだ。ま、自業自得だな」
セブンスターズでないとはいえプリマー家はれっきとした貴族。
使用人がどこにも再就職できず、国からの保護も受けられないよう手回しすることくらいは造作もない。
「成程。それで悪い噂、か。自分を虐待した家族へ復讐し、プリマー家当主となるために彼が事故を仕組んだと」
「そういうことだ。まぁこれはあくまで根も葉もない噂だ。証拠も何もない。というか死んだのが貴族だったから、警務局が入念に調査して事件性はなかったとはっきり証明したからな。ヨセフ・プリマーの肉親が死んだのは単なる事故だよ」
「そうか……殺してはいないのか、彼は」
「ほっとしたかい?」
「いや、少し残念だな。彼が両親を殺していたなら、もっと好意をもてたのだがね」
「…………く、ははははははははははははははははははははははははははははは! そうだったな、忘れていた! お前は養父を失脚させて、その地位についたんだものな! 両親殺しを嫌悪するような神経はもっちゃないか! 俺も人のことは言えないがね」
狂笑しながらエルネストは二本目の煙草に火をつける。
「エルネスト。俺は君との約束を果たした。だから――――」
「了解している。ラスタル・エリオンを殺してくれたら、お前に全面的に協力する。それが俺達の交わした約束だからな。男は約束を果たすさ」
「ならばいい」
エルネストにヨセフ・プリマー。二人とも有能ではあるが、石動と比べれば癖の強い男だ。
だが御しきってみせる。自分の理想を、この腐った世界で形にするために。