純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第25話 内部粛清

 無礼講のどんちゃん騒ぎの祝勝会から三日後。鉄華団本部の広場には再び団員が集められていた。

 といっても前のように全員集合というわけではなく、いるのは全体の半分ほどである。ただ会戦後に入団した新入りは、隊長待遇者も見習いも含めて全員が揃っていた。

 団員達の輪の中心には五つの鉄柱が立てられており、そこにはそれと同じ数の男達が拘束されていた。

 男達は全員目隠しによって視界を塞がれており、がっちりと手錠で繋げれているため鉄柱から逃れることもできない。

 全てを見届けるためにこの場にいるオルガは、暗闇の視界でがちがちと歯を鳴らして震える団員を見て何かを叫びかけたが、それを声にして発することはできなかった。

 

「執行人。前へ」

 

 参謀のジン・カーンが機械染みた声で言うと、銃を構えた五人の団員が進み出る。

 彼らは全員が〝童貞〟であるため、これから自分たちのやる仕事に恐怖し顔面を蒼白にしていた。もっともその恐怖は鉄柱に縛られている者と比べれば微々たるものだが。

 ここまでくれば如何に平和ボケした人間だろうと……それこそCGSに訪れたばかりのクーデリアであろうと、これから何が起こるか察せるだろう。

 

「オルガ団長、ご命令を。最初にケジメをつけるなら、それは団長である自分の仕事。でしょう?」

 

「分かってんだよ。テメエが言った言葉だ、テメエが忘れるものかよ」

 

 これから行われるのは処刑だ。

 縛られた五人は無知蒙昧にも最初に鉄血の掟を破った、最初の犠牲者なのである。

 祝勝会の翌日に広布された規則は団員達に衝撃を与えた。

 鉄華団ほどの軍事組織になれば、ギャラルホルンのような軍規を導入することは決して珍しくはない。鉄華団内においても近々そういうルールを制定することは告知されていたので、そのこと自体は特に驚くようなことではなかった。

 団員達を震撼させたのは、広布されたルールの恐るべき内容に対してである。

 

 

一.筋に反すること

二.正当な手続きなく団を去ること

三.勝手に金策をすること

四.家族を裏切ること

五.みだりに暴を振るう者

 

――――以上の禁戒を破った者は、銃殺刑に処する。

 

 

 これが団長であるオルガによって『鉄血禁戒』と名付けられた五か条の法令である。

 第一条の筋に反すること。これはオルガの性格が強く表れたものといっていいだろう。CGSの大人達によって不当に虐げられてきたことで、オルガは『自分はあんな腐った大人達と同じことはするまい』と心に誓っている。わざわざ追い出したCGSの大人に退職金を支払うなど、オルガの妙な潔癖さはこういったところに如実に出ていた。

 第二条、第三条、第四条は組織としては当たり前のことを書いているだけである。

 退職届も出さないで手前勝手に会社を辞めること。自分だけの判断で会社の名をかたり借金すること。会社を裏切ること。全て社会人なら常識的に駄目だと分かる行為だ。

 第五条の暴力を振るわないというのは元来血の気の多い団員達の抑止と、これからギャラルホルンに代わって治安維持を行っていく意思の表れでもあるだろう。治安を守る組織が、逆に治安を乱しては本末転倒だ。

 そう、鉄血禁戒とは第一条の曖昧さを除けば、実は当たり前のことを当たり前に書いているだけなのである。最後の但し書きを除けば。

 たった一つでも破れば、裁判すら行われず問答無用で処刑。新兵であろうと幹部であろうと例外はなく全て処刑。

 余りの過酷さに新兵どころか古参の中にも、この禁戒の実行性を疑う者は多かった。

 こんなのはただの脅しだと。なんだかんだで懐の深いオルガなら、脱走くらいなら拳骨で許してしまうだろうと。

 そういった甘さは今日この日、木っ端微塵に打ち砕かれることとなる。

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

 縛られている大人の一人が無言で近づてくる死神を追い払うように叫ぶ。

 

「なぁ許してくれよ団長さん! たしかに黙って逃げたのは悪かった! 土下座だってするし、なんなら罰金だって払えるだけ払う! だから命だけは勘弁してくれよぉ! 殺されるほど酷いことぁしてねえだろ!?」

 

「俺は! か、家族がいるんだ……っ! さ、三歳になる息子も……妻だって……ッ! 情緒酌量を……せめて弁護士を……ッ!」

 

「――――そんなに家族が大切なら、なんで逃げだしやがったんだ馬鹿野郎が」

 

「ひっ!」

 

 訓練がきつい程度で逃げ出して命を棒に振った男へ、オルガは遣る瀬無い怒りを向ける。

 彼らの言う通りだ。彼らは確かに情けない根性なしではあったが、こうやって殺されていいほどの極悪人ではない。平和な時代の平和な国で生まれていたら、平凡な社会人として可もなく不可もない一生を終えたことだろう。

 

「キツい訓練だったのは知っている。訓練にはくれぐれも手を抜くなって教官担当に言ったのは俺だからな。けどよ。自分の命と天秤にかけてまで逃げたくなるようなもんじゃなかったはずだ」

 

 彼等の最大の罪は脱走ではなく軽率さだろう。

 禁戒なんてただの脅しだと勝手に思い込んで、脱走という最悪の手段をとってしまった。そんなことをせずとも暫く訓練を耐えさえすれば、退職届を提出して何事もなく団を去れたというのに。

 彼らは一刻も早く地獄の訓練から抜け出したいと安易に考え、自ら本当の地獄へ足を踏み込んだのである。

 

「団長。時間です」

 

 腕時計に視線を落としていたジン・カーンが、アラームのように告げた。

 

「構えろ」

 

 吐き捨てるようにオルガが言うと、執行役に選ばれた新兵たちが脱走兵達に銃口を向ける。

 彼等新兵からすれば、縛られている脱走兵たちは有り得たかもしれないIFの自分たちの姿だ。銃口もトリガーにかかった指も震えていた。

 死刑執行役を新兵にするよう提案したのは、禁戒の制定を提案したのと同じジン・カーンだ。見せしめの処刑で規律を引き締めつつ、実戦を知らぬ新兵に殺しを慣れさせようという魂胆だろう。

 なるほど合理的ではある。だが、

 

「――――いや、待て」

 

 立ち上がったオルガはずかずかと処刑場に踏み入ると、銃を構えた震える新兵たちを下がらせる。

 

「団長、なにを……? この期に及んで臆されたか!」

 

 ジン・カーンが慌てふためくのと対照的に、縛られた者たちには安堵の色が浮かぶ。

 彼らはオルガが寸前になって処刑を躊躇って中止しにきたと思っているのかもしれない。けれど残念ながらそれは不正解だった。オルガは処刑を止めにきたのではない。

 

「違ぇよ。あんな震える手つきの奴に銃なんか撃たせたら何処に飛んでくか分かりゃしねえ」

 

「では代わりの執行役を」

 

「必要ねえ。俺がやる」

 

 オルガはワインレッドのスーツから久しく使っていなかった銃を取り出した。

 鉄華団を率いる団長として、団員達を危険な最前線に立たせながら、自分は決してそこに行かぬという決意。それをした時からオルガにとって銃は不要なものになった。代わりにトリガーを引いたのは、いつも自分の傍らに立った三日月・オーガス。

 しかしこれは三日月には任せられない。それは決して三日月が右半身不随で動けないという身体的なものではなく心情的理由からだ。

 鉄華団最初の内部粛清。それを最初にするのは団長であるべきだ。

 

「……ご随意に」

 

 オルガの迫力に負けたのか、それとも覚悟の強さを察したのか。意外なほどあっさりとジン・カーンは引き下がった。

 

「や、やめてくれ団長さん……やめ、」

 

「お前等の死んだ後、残った身内には手当を用意する」

 

 五発の銃声が火星の空に反響する。

 実戦から遠く離れていても腕は衰えてはいなかった。放たれた五発の弾丸は、きっかり一発で五人の心臓の鼓動を止めていた。

 

「――――結構な手前で」

 

 隊長格で雇われた傭兵隊長のフランシス・スフォルツァが、煙草の煙を吐き出しながらニヤリと笑う。

 だが彼のように飄々としているのは一握りで、殆どは眼前で繰り広げられた公開処刑に顔を真っ青にしていた。

 それが真っ当な反応である。壱番組にケジメをつけた時には寒いほど何も感じなかったオルガの心は、まるでゴキブリが胃腸を這いずり回っているかのような嫌な感覚が残っていた。

 フランクだかフランスだかの国が革命で盛り上がっていた時代は、処刑が平民の娯楽として楽しまれていたという話を耳に挟んだが、こんなものを楽しむ連中の神経がオルガには欠片も理解できなかった。

 

「テメエ等! 今の光景をちゃんと目玉に焼き付けただろうな!」

 

 鷹の眼光で居並ぶ団員達を睨み、オルガは声を張り上げる。

 

「禁戒を破った奴は命でケジメをつけることになる! 例外はねえ! 隊長だろうと平団員だろうと。当然、団長のこの俺でもだ!」

 

 だから願わくば、

 

「それが分かったら今後絶対に禁戒を破るんじゃねえぞ!」

 

 これが最初で最後の粛清となるように。

 祈るようにオルガは団員達に叫んだ。

 

 




 禁戒のモデルは言うまでもなく局中法度です。元ネタと大きく違うのは正規の退職は認めていることですね。社会人の皆様におかれましては、退職する時は上司や相応の人物に必ず退職届を提出しましょう。さもないと(鉄華団では)銃殺です。
 一応ガエリオ主人公な本作品ですが大正義陣営は作りたくないので、マッキー陣営やガエリオ陣営にも今回のような暗黒面を描写していきたいですね。

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