オルガのみならず団員全員にとって苦い思い出となった公開処刑の翌日。半ば強制的に団員の気が引き締まったタイミングで、組織の再編成が発表された。
ウトガルド宙域会戦によってギャラルホルン火星支部の権利を引き継いでからというものの、鉄華団は拡大を続けている。
入団希望者は一気に十倍以上に跳ね上がったし、カーンのリストに記載されていた面子をスカウトしたことで幹部も増えた。収益も文字通り桁違いに増加し、団員の給料も大幅アップだ。
規模が膨らめばこれまで通りのスタイルではいられない。火星の一企業から、一足飛びで火星の国軍になりつつある……というより、ならねばならない鉄華団でもそれは例外ではなかった。制定された鉄血禁戒もそういった組織再編の一貫である。
「前々から予告していた組織の再編成が一先ず出来上がった。細けぇものはこの後に配布するファイルを見て貰うが、隊長格以上の幹部についてはこの場で発表する」
ごくりと生唾を呑み込む音がそこかしこから聞こえる。
ザックなどは「もしかして俺、隊長に抜擢されたりして?」と調子にのった発言をして、デインに「それはないと思う」と秒速で駄目だしされて落ち込んでいた。
幹部もしっかりファイルの組織図に記載されているので、別にこうして団員を集めて発表する必要はない。しかし敢えてこういう形で大々的に発表するのは、幹部の顔見せと権威付けの意味合いが強かった。
「まず鉄華団を仕切る頭についてだが、」
「おいおい。ボケっちまったのか、オルガ!」
「んなもん発表するまでもねえことだろ!」
古参の幹部達から呆れ交じりの笑いが飛ぶ。
鉄華団の頭。自分たちのリーダーはオルガ・イツカ以外の誰でもない。それが古参兵のみならず、ウトガルド宙域会戦以前からの全ての団員に共通する思いだっただろう。
けれど、
「それについては新しく〝総長〟の役職を作ることにした。その総長はユージン、お前にやってもらう」
『…………は?』
瞬間。名指しされたユージンは愚か団員全員の表情が固まった。あの三日月すらが驚きを隠せないのか目を見開きオルガを凝視する。
指で耳垢を穿り出し、視線を周囲と泳がせ、他の団員が自分と同じことをしていることを見て、漸く団員達はさっき聞いたことが聞き間違いでもなんでもないことを呑み込んだ。
「ど、どいうことだよオルガ! 俺が頭って!? お前はどうなるんだ!? 鉄華団団長はオルガ・イツカだろうがっ!!」
まず口火を切ったのは指名された張本人であるユージンだった。
副団長のユージンが言ったことでダムが決壊したように他の団員達からも疑問の声が上がる。
「鉄華団団長は引き続き俺だよ。団員達に対する責任を誰かに押し付けるつもりはねえ。だがな、これから俺は火星独立の事やらで鉄華団の仕事に関わるのが難しくなってくる。だから必要なんだよ。俺の代わりに……いや、俺の後を継いで鉄華団を率いてくれる人間がな」
火星は半ば独立したも同然となっているが、これから本当の独立のために本格的に動き出すことになる。
マクギリスとの取引もありオルガは既に火星連合王国(仮名)の国家元首として就任することがほぼ内定していた。そうなるとオルガは国家運営にかかりきりで、鉄華団を直接運営するというのは難しくなってしまう。
「そんな、今まではどうにかやってこれたじゃねえか!」
「今までは、な。だが今でさえ俺がこの基地にいられる時間は一週間の半分以下だ。これからどんどん減ってくだろう。一か月に一度も戻れねえって時もくるだろうな。半端に両立して半端な仕事するなら、信頼できる家族に鉄華団を任してぇ。そしてその役割が一番相応しいのは……ユージン、お前だ」
オルガがユージンを総長に指名したのは、副団長で現状のナンバーツーだからなどという消極的理由ではない。
ユージン・セブンスタークはお調子者のようでいて、実は鉄華団でも一番の真面目で勤勉な人間だ。
確かに人を有無を言わせずに従わせるようなカリスマ性はない。だが彼は副団長になって以来、ずっと人の上にたって家族の命を預かる重みに正面から悩んできた。
そんな彼だからこそオルガは全幅の信頼をもって鉄華団を任せられる。否、彼以外になど任せられない。
本当は総長の職を新設なんて面倒なことをせず、団長職そのものを引き継ぐほうがいいのかもしれないが、そこはマクギリスの言葉に対する細やかな反抗だった。
「どうだ、ユージン。やってくれるか? 総長」
「…………間違ってるぜ団長。そこはやってくれるか、じゃねえだろ。〝やれ〟で十分だ」
「…!」
「任されたよ。やってやろうじゃねえか総長。こちとらずっとお前の背中を追いかけてきたんだ。鉄華団を今以上にでっかくして、この機に追い越してやるよ」
意気揚々とユージンが言い終わるのと、彼が古参団員にもみくちゃにされるのはほぼ同時だった。
この分ならきっと上手くやっていけるだろう。なんだかんだで団員達にユージンのことを本気で舐めていたり、軽んじていたりする者は皆無なのだから。
「じゃあ続けるぞ。ユージンの後の副団長にメリビット・ステープルトン」
「わ、私ですか!? けど私は元テイワズからの出向で」
「関係ねえよ。アンタは俺達がテイワズの傘下からも抜けた後も俺達に付き合ってくれた。総長のユージンが強面だから、アンタが副長になって支えてやってくれ」
「おい! 俺は強面じゃねえよ!」
ユージンが文句を言うと団員達からも笑い声と、同時にメリビットの副団長就任を祝う拍手が響いた。
どちらかというとユージンは厳しいタイプのリーダーなので、団員達の母親分になって接するメリビットは良いバランスだろう。
「参謀にジン・カーン」
「はい、承りました」
ユージンやメリビットとは対照的にジン・カーンは『当然だ』ともいうべき余裕で訓示を受け取る。対照的なのは周りの反応も同じで、前の二人と違って拍手のようなものが起きることもなかった。
元出向という点ではメリビットと同じ立場のジン・カーンだが、ここまで反応が極端に違うのは単純に人望だろう。しかし現実問題として他に参謀職が務まる人間が鉄華団には存在しないので、反対意見は出なかった。
それに彼は参謀としての発言力はあっても、子飼いの兵がいないため実現する実行力がない。ラディーチェの裏切りを教訓に、裏切り対策はしっかりとされていた。
「会計主任にデクスター・キュラスター。整備主任におやっさ……ナディ・雪之丞・カッサパ」
「木っ恥ずかしいもんだな。こんなところで大々的に自分の名前を呼ばれるってのも」
「私も同じ気分ですが……ええ。ここまできたのです。最後までお供させてもらいます」
会計と整備。どちらも最初期から屋台骨として活躍してきた二人の就任は和やかなものだった。驚きも反対もなく、ただそれが当然という流れの中で受け入れられていく。
三日月のバルバトスのような華々しい活躍はないが、彼等二人が鉄華団でなした功績は余りにも大きい。
雪之丞がいなければバルバトスは起動することもできなかっただろうし、デクスターがいなければ今後の見通しをたてることは不可能だった。
周りからの拍手に照れくさそうにする二人の大人へ、ありったけの感謝とともにオルガは目礼した。
「一番隊隊長に三日月・オーガス。二番隊隊長に昭弘・アルトランド。三番隊隊長にノルバ・シノ。この三人は隊長陣の中でも上位隊長として、参謀、会計主任、整備主任と同等とする。
つってもシノのほうは現在特殊任務についていて鉄華団には戻れねえから、三番隊は副隊長に監督してもらうことになるがな」
一番~三番隊は鉄華団における最強の三人のパイロットがリーダーを務める最精鋭部隊だ。
最精鋭部隊のところで疑問を感じた者は正しい。アリアンロッドで別人になっているシノは置いておくにしても、この中で三日月はパイロットとしての能力は高いがリーダーとしての指揮能力はそうではない。おまけに右半身が不随とくれば、隊長職をやるのが難しいことなんてサルにも分かることだろう。
なのに最も栄えある一番隊隊長に任命されたのは、これはもう箔付けの意味合いが殆どだ。
単身でMAを撃破した鉄華団の鬼神バルバトスの知名度は、もはや団長であるオルガ・イツカのそれに匹敵する。当然ながらバルバトスのパイロットである三日月にも注目は集まっていた。
実際に功績が多く世間からも注目されている三日月をただの平団員にしておくわけにはいかない。かといって立ち位置が曖昧な遊撃隊長としておくのにも問題がある。
そこでシノの実働一番組を三番組へ回し、元々の遊撃隊をそのまま一番隊にしたのだ。一番隊に所属しているのは隊長である三日月と、流れで副隊長に地味な出世をとげたハッシュの二人だけ。もはや隊としての形をなしていない。
頼りになるシノも不在なので、この最精鋭部隊を引っ張っていくのは昭弘・アルトランドになるだろう。
「四番隊隊長ダンテ.モグロ、五番隊隊長カンリュウサイ・タケダ、六番隊隊長テオドール・ゼルテ、七番隊隊長フランシス・スフォルツァ、八番隊隊長デルマ・アルトランド、九番隊隊長ボブ・カーター、十番隊隊長チャド・チャダーン」
四番以下の隊長の発表までくると古参兵に交じって、会戦後に入団した新入りの名前も出てくるようになる。
ニューディエゴ自警団のボスをしていて、彼の地の顔役でもあったテオドール・ゼルテ。
傭兵団〝緋色の荒鷲〟のリーダーをしていたフランシス・スフォルツァ。
規模において二者に劣るとはいえ、元ギャラルホルンの精鋭を囲っているボブ・カーター。
彼等は元々鉄華団とは独立した組織であり、それは鉄華団に加入した今も完全に変わったわけではない。
スフォルツァは金で雇われただけだし、テオドールはニューディエゴの治安を守るために傘下に入ることを頷いただけだ。ボブ・カーターに至っては入団前に『もし鉄華団が腐ったギャラルホルンと同じ道を辿るなら背後から撃ち殺す』とわざわざ忠告までしてきたくらいだ。
しかもジン・カーンなどと違い、彼らは子飼いの手勢を有している。そのため下位隊長でありながら実質的には上位隊長よりも強い発言力を有していた。
地球支部の責任者経験のあるチャドを殿の十番隊に据えたのも、彼等に対する抑えという意味合いが強い。
鉄華団においては新たな不安要素である彼等だが、一方で実力の方も折り紙つきだ。彼等のような人間を上手く使いこなせるかどうかが、今後の鉄華団を左右する試金石となるだろう。
団長:オルガ・イツカ
総長:ユージン・セブンスターク
副団長:メリビット・ステープルトン
参謀:ジン・カーン
一番隊隊長:三日月・オーガス
二番隊隊長:昭弘・アルトランド
三番隊隊長:ノルバ・シノ
四番隊隊長:ダンテ・モグロ
五番隊隊長:カンリュウサイ・タケダ
六番隊隊長:テオドール・ゼルテ
七番隊隊長:フランシス・スフォルツァ
八番隊隊長:デルマ・アルトランド
九番隊隊長:ボブ・カーター
十番隊隊長:チャド・チャダーン
会計主任:デクスター・キュラスター
整備主任:ナディ・雪之丞・カッサパ
幹部陣を発表し終えると、巨大モニターに名前が映し出される。
こうして一覧にして目立つのは三番隊隊長を務めるシノが不在なことと、三日月が右半身不随のため隊長としての職務を果たすことが不可能なことだろう。
事実上唯一の上位隊長として働かなければならない昭弘は、自分の背負うことのなる職責の大きさに嘆息した。
「取り合えず今後はこの編成でいく。だが覚えておいて欲しいのは、あくまでこれは現時点での編成ってことだ。デカい働きをすりゃ古参新兵なく幹部に抜擢する! 逆に古参の幹部だろうとデカいヘマをすりゃ降格もあるだろう。
平団員は幹部を目指して気張れ! 幹部は平団員の範になるよう気を引き締めろ! 以上だ、解散!」
「――――では今日が勤務日の団員は通常業務へ戻って下さい。夜勤明けや休日出勤している団員はこのまま帰宅して結構です。ちゃんと残業代は出るので安心して下さい」
テキパキと仕事をしているジン・カーンを横目に眺めながらオルガは目を細める。
スフォルツァなどの新幹部を引き入れたことで、鉄華団は軍事組織としてはかなり形になってきた。
こういう言い方は不遜だと思うが、今ならばテイワズとだって真正面から戦えるだろう。
(つってもそれは軍事力に限った話だ)
やはりまだデスクワークができる文官肌の人間が足らなすぎる。
メリビットやデクスター、そしてジン・カーンが必死こいて回しているが、こんな無理がいつまでも続くはずがない。事務方の増員は急務だろう。
(……いや事務方をただ増やしゃいいってわけじゃねえ。人事担当の部署も必要だし、将来的にゃ内部監査する部署も作らなきゃならねえ。こりゃ暫くはゆっくり寝られねえな)
火星の若き英雄オルガ・イツカ。彼が惰眠を貪れる日は、まだ遠い。
あのまま働かせ続けるとオルガが冗談ぬきで過労死するので、これまでの団長としての仕事はユージンが引き継ぐことになりました。あと総長になったからといって別に三日月の介錯で切腹したりしません。
メリビットさん副団長は真面目に鉄華団再編成について考えていたらこうなりました。副長だけど鬼じゃなくて仏ポジションです。まあ史実の土方さんは優しい人で、鬼の副長は創作の産物なのである意味じゃリスペクトしてるかもしれません。
それと質問の多かった一か条の判定が曖昧という件に関してですが、実はあれはジン・カーンが潜在的不穏分子を禁戒違反の大義名分で合法的に粛清するため、あえて曖昧にして草案を提出したことが原因です。