ノーアトゥーン要塞基地内の会議場では、今後の方針を話し合うために主要将校達が集められていた。
主催者にして議長は言うまでもなくガエリオ・ボードウィン。
アリアンロッド艦隊で最上位階級の乃木一佐、ノーアトゥーン要塞基地司令のブリュネ三佐、イオク親衛隊のモーリス一尉なども参加している。
ジュリエッタも前回と同じくガエリオの護衛として控えていた。
「ウトガルド宙域会戦で敗れたとはいえ、我々アリアンロッド艦隊は未だ十分の戦力を保有しています。対してマクギリス・ファリドは会戦に勝利しギャラルホルンの支配権を確立させましたが、未だにその地盤は盤石とは言えません。これは我々の対処に自らは赴かず、バクラザン家のヨセフ・プリマーと腹心の石動・カミーチェを動かすだけに終わったことが証明しています」
ディスプレイに映し出されたレジュメを指さし棒で示しながら、参謀のロレンス三佐が朗々と説明する。
参謀長だったアームストロング准将などが戦死したため、今は彼が参謀では最上位の階級だ。
「奴が勝利の美酒に酔いしれ、迂闊にもこちらを舐めたからではないのか?」
エリオン家の武官が反論する。
「それは違います。奴は元帥としてギャラルホルンを掌握した後も、自らの支配権を確立するために精力的に働いています。彼は動かなかったのではなく、こちらの脅威を十分認識しながら動けなかったのです。大体マクギリスがそんな阿呆なら、それに敗れた我々はなんなのですか?」
「むむむ……」
マクギリスの能力を貶めれば、それに敗れた自分たちも巻き添えを喰らってしまう。
この返しには武官も口を閉ざすしかなかった。
「さっきも言った通りマクギリス・ファリドという男は極めて才に満ちた男です。ギャラルホルンでの自らの支配体制を確固たるものにするのは決して遠い未来ではないでしょう。
逆に我々はノーアトゥーンという要塞は得ましたが、物資を生産し税を徴収するための国を持ちません。時の経過は我々とマクギリスの勢力の差を絶望的なものにしていく……。
その前に! 未だ我々の戦力がマクギリスと拮抗しているうちに我々は攻めねばならないのです!」
「――ロレンス参謀。それでは君は速攻を主張すると?」
「正にです、ボードウィン卿! 全軍をもって打って出て地球へ降下。その勢いで一気呵成に地球本部ヴィーンゴールヴを陥落せしめ、マクギリス・ファリドを討つのです。
さすれば逆賊マクギリスに寝返ったセブンスターズや貴族達も、手のひらを返したように我々を支持するようになるでしょう」
「素晴らしい! その策であればイオク様とエリオン公の仇をとることもできよう! 更に内乱が早期終結することで民の犠牲も少なくなるという一石二鳥だな! きっと天国にて我々を見守っておられるイオク様も喜ばれるだろう……。
ボードウィン卿! 私、モーリス一尉以下イオク様親衛隊はロレンス参謀の意見に賛同します! どうか我等にヴィーンゴールヴへ進撃せよとのご命令を! 必ずやイオク様の仇をとってみせましょう!」
イオク親衛隊などの若手将校を中心として、ロレンス参謀の速攻作戦に賛意が集まる。
バクラザン家やファルク家などの貴族は、別にマクギリスの思想に賛同したわけではなく、ラスタルが戦死したと聞いて慌てて勝ち馬に乗っただけだ。もしもマクギリスが大敗するようなことがあれば、今度はアリアンロッドに擦り寄ってくるだろう。
ロレンス参謀の作戦は理に叶っていた。一方で問題もある。
「熱くなっているところに冷や水を被せるようで悪いが、そう事が上手く運ぶかのう」
その問題を提起したのはジュールズ・ブリュネ三佐だった。
会議場に響くブリュネ三佐の言葉は、霊山を流れる石清水のようで自然と熱していた将校たちが静まる。
「ブリュネ基地司令殿は反対と?」
「若者が血気にはやれば、それを諫めるのが年長者の役割じゃからのう。儂のような爺にもなれば若者に文句を言うのは習性みたいなもんじゃよ」
「理由を聞かせて貰っても宜しいですか? まさか本当に若者の言うことは気に入らないから、などという理由ではないでしょうな」
貴族出身でないにも拘らずアリアンロッド艦隊参謀になっただけあって、ロレンス参謀は23歳という若さに比例したプライドの持ち主だ。
老軍人に対する敬意こそ捨ててはいないが、不機嫌さは隠せていなかった。
「確かにアリアンロッドは未だ多くの兵力を有しておる。じゃが全軍で出撃するような派手な行動をとれば、間違いなくマクギリスもそれを察知するじゃろう。ヴィーンゴールヴへ辿り着く前に妨害の二つ三つはあるじゃろうな」
「そんなものは蹴散らせばいい! ヨセフ・プリマーや石動・カミーチェという障害を打ち払ったこそアリアンロッドはノーアトゥーンへ着いたのだ!」
反論したのはロレンス参謀ではなくモーリスだった。
だがブリュネ三佐はモーリスの激しい反論に対抗することなく、どっしりとした口調のままゆっくりと口を開く。
「うむ。まぁこの戦力ならヴィーンゴールヴへ着くことはできるじゃろうな。それでそこからは? ヴィーンゴールヴへ着けば敵が無条件降伏してくれるわけではない。当然マクギリスも迎撃するじゃろう。勝てるかね?」
「――――ご老体には既に耳にタコができるほど聞きなれた言葉を敢えて申すなら、戦争に絶対はありません。100%勝利できる戦いなどありはしない。ですが勝算は高い。
そもそもあの会戦だって我々は戦術的にも戦略的にもマクギリスを圧倒していました。我々が負けたのは鉄華団の無謀な特攻が運悪く成功してしまったせい。言うなれば流れ矢に当たったようなもの。もう一回やれば今度は私達が――――」
「参謀、お主は正しい。もしもまるっきり同条件であれば、十中八九アリアンロッドが勝つじゃろうな」
ロレンス参謀の言葉を肯定させつつ、鷹が隠した爪を晒すようにブリュネ三佐が攻勢に出た。
「じゃが参謀には既に耳にタコができるほど聞きなれた言葉を敢えて申すなら、戦争にもう一回やればなどというものはない」
「!」
「同条件にはならんよ。決してのう。戦場が宇宙から地上に変わるだけではない。ヨセフ・プリマーが誰の派閥に属しているのか忘れたのか? 前の会戦では中立だったバクラザン家とファルク家も、今度は参戦してくるじゃろう。もしもマクギリスが破れてアリアンロッドが復権するようになれば、逆賊に組した両家も大きな痛手を負うからのう。
少なくとも以前の会戦のように敵に倍する戦力は期待できん。良くて互角、悪くて敵に劣った兵力で戦わねばならん。これで参謀は勝率は高いと言えるのかね?」
ラスタル・エリオンが常勝不敗の名将として君臨していたのは、常に戦略的優位を確立した上で戦っていたからだ。
敵より多くの兵力を揃え、盤石の兵站を整え、必要であれば策謀も張り巡らせて。絶対に勝てる状況を作り出した上で戦う。これで現場を指揮を執るのが戦術指揮官としても抜群の能力を誇るラスタルなのだから、敵からすれば堪ったものではないだろう。
鉄華団特攻という計算不可能なイレギュラーを除けば、ウトガルド宙域会戦は正にラスタル・エリオンの指揮官としての性格が如実に現れた戦いだった。
しかし今回はそうではない。相手のホームであるヴィーンゴールヴで戦う以上、戦略的優位の確立は難しいし、なによりラスタル・エリオンという指揮官が存在しないのだ。
「所詮は寄せ集めです。精鋭のアリアンロッドと比べれば練度と士気がまるで違います。いざとなれば……ダインスレイヴの残弾はまだある」
「禁止兵器を名分なく使うというのかね?」
「後ろからナイフを持ったキチガイが追っかけてきてるのに赤信号で止まる馬鹿がいますか? いるはずがない。誰だって信号なんか無視して逃げる。何故ならそれが正義だからだ。
武力蜂起などという手段で不当にバエルと権力を簒奪したマクギリスを殺す。その正義の執行のためであれば、禁止兵器の使用も正当化される。勝てば官軍! 正義は法を凌駕する!」
「なんとも過激な発想だ。ここは正義について議論する場ではないので敢えてその部分は無視するが、ダインスレイヴを含めてもやはり勝算は高いとは言えんよ」
「待ってくれ基地司令! では貴方は我々に一生この基地で老いさらばえろと仰るのか! それは許容できんぞ!」
これまで黙っていた将校が初めて異を唱える。
「誰もそんなことは言っておらん。こうして意見は対立したが、このまま穴熊を決め込むことが愚策ということは、儂もロレンス参謀と意見を同じくすることじゃ。
攻勢には出るべきじゃろう。じゃがいきなりヴィーンゴールヴを目指すのではなく、まずマクギリス派によって支配された宇宙基地の解放を行っていき、奪われた統合艦隊本部の奪還を優先するべきじゃ」
「それでは地球でマクギリスの勢力拡大を許すことになります」
ロレンス参謀がブリュネ三佐の慎重策の問題点を指摘した。
「平行して反マクギリスや中立の者をこちら側に組するよう工作をする。ギャラルホルン内でマクギリスの革命政権を嫌う者はアリアンロッドだけではないからのう。敵を倒すのではなく、味方を増やす。これが儂の考えじゃ」
「進むのに石橋を一々叩いていては、橋の崩壊に巻き込まれますよ」
「崩壊に巻き込まれても大丈夫なように、命綱を用意しておこうと言っておるのだよ」
机を挟んで若き参謀と老軍人が激しく火花を散らす。二人の意見は完全に平行線で交わる気配がなかった。
どうしたものか、とガエリオは腕を組む。
ブリュネ三佐とロレンス参謀。どちらの意見にもメリットデメリットが存在し甲乙つけがたい。片方が正解でもう片方が不正解なのではなく、どちらも正解であり不正解でもある。実に意地悪な問題だ。
「大変です、ボードウィン卿!」
しかしガエリオの思考はノックもなく会議場に駈け込んできた兵士によって強制的にストップさせられた。
「何事だ!?」
「と、とにかくテレビを……テレビを見て下さい! マクギリス・ファリドが、とんでもない映像が全世界に!」
ガエリオが視線を送ると即座にジュリエッタがリモコンを操作して、モニターをTVの映像に切り替える。
チャンネルがなにか、と言いかけた言葉をジュリエッタは呑み込む。全てのチャンネルに同じ映像が流されていたからだ。
『……――――初めまして。さきほどマクギリス・ファリド元帥の紹介にあった通り、新設された武装近衛隊エクェストリス長官及びアリアンロッド艦隊新司令に就任したエルネスト・エリオンだ』
壇上では黒をメインに紫色のラインが入った、見たことのない軍服を着込んだ男が演説をしている。
察するにこれは近衛隊とやらの専用制服なのだろう。
「近衛隊……アリアンロッド………それにエリオンだと!?」
「エルネスト・エリオン卿。ラスタル司令の弟の息子、つまり甥にあたる人物です。疎遠と聞いていましたが」
乃木一佐が証言する。どうやらあの体格の良い男がエリオン家の人間というのは嘘ではないらしい。
『我が叔父ラスタル・エリオンがバエルに選ばれたファリド元帥に逆らい、あろうことか反乱を起こしたのは、全てガエリオ・ボードウィンが唆したからだ。もしもガエリオという男をちょっぴりとでも信用している人間がいるならば、俺は強い口調でこう告げよう。奴こそが全ての諸悪の根源! 人々の嘘偽りを並べ立て都合の良いように操っている詐欺師だ!」
「……」
「ヴィ……ガエリオ」
「心配ない…………心配などない……これくらいの侮辱、もうとっくに受けている」
こちらを気遣うジュリエッタにガエリオは努めて平静な顔を作る。
他の将校たちの見ている場面で狼狽するわけにはいかない。
『さて、アグニカ・カイエルの後継者への反逆は本来お家取り潰しとなっても仕方のない大罪だ。だが私はこうして正式にエリオン家を継承してこの場で話している。
これは全てファリド元帥の温情だ。ファリド元帥は全ての罪は奸賊ガエリオ・ボードウィンにあるとし、我が叔父を含めた反乱に参加した全ての人間の罪を特赦するよう命じられた。
きっとこの放送は遠い宇宙の彼方へいるアリアンロッド艦隊の将兵たちにも届いているだろう。この場を借りて俺は正式なるアリアンロッド司令として最初の命令を下したい。
夢から覚めろ。ガエリオ・ボードウィンこそ我らの敵だ。彼を捕らえ、投降するんだ。
我が叔父ラスタルの国葬は来月の六日に行う予定だ。私は叔父と共に長年戦ってきた君達にも是非参加して欲しいと思っている。詳しいことについては――――』
「もういい」
演説の途中でモニターが黒くなる。乃木一佐がリモコンを操作して電源をOFFにしてしまったからだ。
「の、乃木一佐! どうして途中で消されたのです! あれは間違いなくエルネスト様でした! ならば我々は」
「ならば我々は、どうするのだ? 彼に言われるがままにボードウィン卿を拘束して投降するのか。改めて表明するが私はマクギリスに降伏するつもりはない。もしボードウィン卿を拘束するなら、私を殺してからにしてもらいたい」
「乃木一佐の言う通りだ! 我々もイオク様の臣として、例え死んでも逆賊に屈したりはせんぞ! 新たな主君として仰いだボードウィン卿……否、ガエリオ様のためにもな!」
「え゛? 主君? なんだそれは聞いてないぞ」
いきなり元イオク親衛隊から主君呼ばわりされて、エルネストの演説にも動じずにいたガエリオが初めて仰天した。
そんなガエリオの様子に気づくことなく、元イオク親衛隊のモーリス一尉が熱のこもった雄弁を振るう。
「ガエリオ様。直属の部下ではない私達の命を心から惜しむ貴方の度量に惚れました。失礼ながらその度量は亡きイオク様に匹敵するものだと見極めさせて頂きました!」
(……イオクに匹敵する度量。喜んでいいのか?)
「例えエリオン公の部下たちが臆病風に吹かれるようなことがあれど、クジャン家に仕える者はそうでないことをお忘れなきよう!」
「聞き捨てならんぞ! 誰が臆病風に吹かれたか! 訂正しろ!」
モーリスが余計な一言を加えたことで、エリオン家側の将校が顔を真っ赤にして詰め寄る。だがモーリスも大人しく引き下がりはしなかった。
「事実エルネストだとかいう男の言葉に狼狽していただろう」
「エルネスト様はエリオン公の甥なのだ! このまま戦いを続けるということは、私達にとっては主家に矢を向けることになるのだぞ! 貴様等とは事情が違うのだ! それすら理解できぬ馬鹿殿の手下は黙っていろ!」
「き、貴様っ! 死者を侮辱するとはなんたる非礼! 私達への侮辱であれば甘んじて受けるが、イオク様への無礼は許せん。決闘だ! イオク様の親衛隊としての誇りを賭けて、貴様に決闘を申し込む!」
「望むところだ。エリオン家に仕える男の骨太さを教授してやろう」
売り言葉に買い言葉というべきか。エリオン家の将校も余計な一言を加えたことにより、モーリスまで怒りに燃えあがってしまった。
このまま放置していれば勝手にMSを持ち出して決闘しかねない。物資に限りがある現状で、そんな無駄なことに推進剤などを浪費させるわけにはいかなかった。
「――――いい加減にしろ!!」
ガエリオが肺から絞り出すように一喝すると、ヒートアップしていた二人が黙り込む。
少し安心する。これで二人が止まらないようならば、乱暴な手段を使うことになっていた。
「全員この調子じゃ会議どころじゃないだろう。今日は一旦解散とする」
エルネスト・エリオン。
ただでさえ前途多難だというのに、ここにきての新たな大問題の発生である。ガエリオは思わず天を仰いだ。
「どうでもいい考察その3」
たぶん鉄華団を一番苦しめた男筆頭であるイオク様は、それはもう全国のアンチイオク様の溜飲を下げる断末魔をあげながら散っていきました。。
前の話では部下のために命を捨てる覚悟でバエルに丸腰特攻を仕掛けるという、ちょっとだけ評価を回復させる行動をとっただけに、余計にこの時の醜態が目についてしまう。
いったい部下のためなら自分の命すら投げ打てるイオク様はどこへいってしまったのか。ハシュマル相手に命を賭した(無謀で無意味で足を引っ張る)狙撃攻撃を仕掛けた男気はなんだったのか。
これについてアレは単に自分のキャラに酔ってるだけで、いざ死ぬ直前に追い込まれたことで素が出たという意見もあるが、個人的にはこれには疑問を呈したい
だってイオク様にそんな高等なことを考える頭の良さがあるとは到底思えないからです!!
そこで改めて最期のペシャン公シーンとそれまでのイオク様が死を覚悟するシーンを見比べると、一つ決定的に異なる点に気づいた。ずばり死ぬ覚悟の有無と他人の存在です。
イオク様が死を覚悟する時には必ず、大切に思う他者がいました。
ボロボロの機体でハシュマルに攻撃を仕掛けた時は部下の仇討ちのためでした。シノがスーパーギャラクシーキャノンをぶちかました時はラスタルを守るため自ら割って入っています。最終決戦では自分以外を死なせないために自らバエルに丸腰特攻して『相手が先に攻撃した』という大義名分を得ました。まぁ最後以外は無意味なことしかしてませんが。
対して最期のペシャン公の時はどうだったでしょう?
敵MSであるグシオンはダインスレイヴによって半壊状態。宇宙では革命の指導者だったマッキーがガエリオに討ちとられており、勝負は99.9%決していたといっていいでしょう。
最後の0.1%を決するべく突撃して、見事に返り討ちになったわけです。この時のイオク様はまさか自分が死ぬなどとはまったく思っておらず、尚且つ守るべき他者もいませんでした。
結果としてイオク様はまったく覚悟完了していない精神状況下で、部下や上官を守るためという綺麗な理由もなく二階級特進しました。
それがあの無様な断末魔の理由なのではないでしょうか?
自分が「死ぬ覚悟をした戦い」や「死ぬに相応しい行動」では死を恐れないけど、そういう覚悟をしていない突発的な死には耐性がない。
昭弘が「勝ち戦で死にてぇヤツはいねぇだろうよ」と言ってましたが、これはイオク様にピッタリと当て嵌まる言葉だったかもしれません。