純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第30話 単身赴任

 新たにスレイプニルの艦長を加えた作戦会議で、ガエリオのデトロイト行きは驚くほどスムーズに決まった。前回の会議では速攻策と慎重策で対立していたロレンス参謀とブリュネ三佐も、これには揃って首を縦に振った。

 これは現状でとれる打開策が他になかったことの裏返しでもある。このままだと内部分裂で自滅するということは、作戦会議に出席できるだけの階級の人間の共通認識だったのだ。

 しかしノーアトゥーンを出てデトロイトへ向かう艦が、スレイプニルだけということには反対意見も多く出た。

 

「今後を左右する作戦なのです。最低でも五隻の艦隊で行かれるべきでは?」

 

「いやいや、五隻でもまだ不足。ボードウィン卿に万が一があれば一大事。いっそ全軍の半分を出すべきだ」

 

 会議で出た意見は様々だが、どれも『一隻では戦力的に不安だ』という意見ばかりだった。

 けれどあくまで今回はガエリオがデトロイトへ着くことが目的であり、敵との交戦は必要ではない。むしろなるべくなら避けるべきものだ。

 艦隊規模で動けば確実に敵にキャッチされる。隠密のためにも出撃できる艦は一隻か二隻が精々。なら中途半端に一隻増やして発見される危険性を増すくらいなら、一隻で強行するほうが良いというのがガエリオの考えだった。勝手知ったるスレイプニルだけのほうが指揮をしやすいというのも理由である。

 だが向かうのが戦艦一隻となった代わりに、乗組員には最精鋭のものが集められた。

 現在はガエリオの護衛のような立ち位置になっているジュリエッタは愛機であるジュリアと一緒に同行。強力なMSであるフラウロスのパイロットで、表向きボードウィン家の家臣扱いのシノン・ハスコックは当然乗艦。あと元イオク親衛隊の三人もやたら強い熱意で乗り込むことになり、技術主任のヤマジン・トーカも一時リバースクイーンから所属を移すことになった。その他のパイロットも全員が最新鋭のレギンレイズを与えられた実力者揃いである。

 MSも積み込めるだけ積み込んでいるので、実質的には五隻の艦隊に匹敵するだけの戦闘力があるといっていいだろう。

 

「おうおう、こうもMSが並ぶと壮観だなぁ。ホタルビよりもでかい格納庫がMSで一杯じゃねえか。だがこうして比べてみると、やっぱり俺の流星号が一番カッコいいな」

 

 所狭しと並べられたMSを見下ろしながら、シノン・ハスコックは仮面の奥で目を細める。

 整備兵では地球降下後の装備換装のためにヤマジン・トーカを中心にした整備兵が動き回っていた。

 特にキマリス・ヴィダールは旧キマリスと同じ変形機構を導入するだとかで、そこの周囲にはかなりの人員が集まっている。

 

「聞き捨てなりませんね。人の感性についてとやかく口出ししたくはありませんが、流石にあの如何わしい色のMSが一番なんていう発言は許せません」

 

「おっ。ガエリオといつも一緒にいる彼女の姉ちゃんじゃねえか。お宅等も自分のMSを見にきたのかい?」

 

 ガエリオと一緒に格納庫へやってきたジュリエッタは、照れ隠しか本当に不機嫌なのか分からない微妙な感じに眉を潜めた。

 

「彼女ではありません。私が彼と行動を共にしているのが、私が司令であるガエリオ・ボードウィンの護衛であるからであって、そういった浮ついた理由は欠片もないと理解しなさい!」

 

「おや。俺は少しそういった気持ちがあったのだが、これはフラれてしまったかな」

 

「……貴方まで彼と同レベルの言動をしないで下さい。それでもラスタル様と同じセブンスターズですか」

 

「これでもセブンスターズだよ。それに日常でのちょっとした軽口はストレスを緩和させる甘味だよ。ずっと気を張っていたら肩がこる」

 

 頭でっかちのギャラルホルンの元締めなんて、輪をかけた頭でっかちばっかなのだろうという偏見は、ノーアトゥーンで過ごすうちになくなっていた。

 思い返せばギャラルホルンが野蛮な宇宙鼠と偏見を抱く鉄華団にも、タカキやヤマギのように野蛮というイメージからは程遠い団員もいた。電子系に強いという意外な特技をもつダンテもいる。それと同じようにギャラルホルンにも色んな人間がいることは、当たり前といえば当たり前のことだ。

 

「しかし流石は天下のギャラルホルンだよな。艦一隻にこんだけのMSなんてよ。全部が旧式なしの最新鋭機だし」

 

「これでもアリアンロッド艦隊の全戦力の一割にも満たない。万が一マクギリスがこちらの動きを完璧に察知していて、全軍で待ち伏せしていたら諦めるしかないな」

 

「ふーん」

 

「あんまり緊張していないな」

 

「そりゃ俺は二年くらい前に似たようなことやったしな」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 二年前。ギャラルホルンの妨害を潜り抜けて地球へ降下し、クーデリアと蒔苗の要人二人をエドモントンへ送り届けた。このことで鉄華団は『英雄』としての知名度を得て、広く知れ渡るようになったのだ。

 それと同時にギャラルホルンにとってはイズナリオ・ファリドの癒着や阿頼耶識技術などの暗部が露見した忌むべき事件である。

 

「ここにゃあの頃の俺達よりも戦力はあるし、素人意見だけど勝算はあるんじゃねえか?」

 

「油断は禁物です。ガエリオにも聞きましたが、二年前の戦いでは密かにマクギリス・ファリドが貴方達に協力していたそうですね。ですが今の我々にはマクギリスの革命政権にそのような内通者はいません。この差は大きいでしょう」

 

「ただ俺達には地球圏内にも協力してくれる勢力がある。地球の反マクギリスのギャラルホルンだな。二年前の鉄華団の今の俺達。作戦成功の難易度は五分五分といったところか。つまりは俺達の頑張り次第ということだ」

 

「この艦の行き先のデトロイトだったか。アーヴラウは行ったことあるけどSAUってあんまり知らねえんだよな。どういうとこなんだ?」

 

「正確にはこの艦で直接デトロイトへ行くわけじゃない。そもそも宇宙戦艦のこいつで大気圏に降下したら、地表に激突して全員お陀仏だ。

 スレイプニルで所定の座標に着いたら、そこから降下輸送艦へ乗り換える。そこから一先ずニュージャージー州のマグワイア基地に降下するんだ」

 

「にゅーじゃーじ? 新品のジャージか? それにまぐわう基地ってなんかエロい響きだな」

 

「ニューなジャージではなくニュージャージーです! それとマグワイア基地です! セクハラ発言はよして下さい! 貴方一人なら兎も角、アリアンロッド全体の品性が疑われます!」

 

「わ、悪ぃ悪ぃ。ジョンソンから色々勉強教わってるんだが地理はまだ途中までしか習ってねえんだよ」

 

「…………ジョンソン三尉、彼の給与には色をつけなければな」

 

「おう、頼むぜ。あいつにはなにかと世話になってるからな」

 

 ガエリオに雇われてからシノンはジョニィ・ジョンソン三尉から勉強を教わっている。

 最初は勉強なんて使っていない脳みそが蒸発しそうなこと死んでもやりたくなかったが、いざ真面目に取り込んでみるとこれはこれで中々に面白い。きっとジョンソンの教え方も上手かったのだろう。お陰でこの短期間にめきめきとシノンは学力をつけていた。

 といってもそれは小学校低学年が高学年になったというレベルである。世界の詳しい地理なんて分からない。

 

「ニュージャージーというのはSAUの州の一つだよ。マグワイア基地は反マクギリスの人間が司令を務めている基地でね。交渉で作戦に協力してもらうことになったんだ」

 

「他にもそういうマクギリスに逆らってる基地はあるのか?」

 

「マクギリスが権力を掌握した方法が方法だからな。不満をもってる基地は多い。ただ彼等には旗頭がいないから、今のところは殆どが表立った反抗活動が出来ていないがな」

 

「バエルだったか。マクギリスの奴がかっぱらってきたってガンダムフレームは。俺は頭悪いからよく分からねえけどよ。バエルってのはそんなに大事なもんなのか?

 創始者のアグニカだかの厄祭戦時代の愛機だとか言うけどよぉ。大切なのはMSじゃなくて中身だろ。俺はどこぞの馬の骨がバルバトスをかっぱらったとしても、そいつを三日月とは思わねえぜ」

 

「君は何食わぬ顔で鋭いことを指摘するな」

 

 驚きと呆れが入り混じったなんとも微妙な表情になるガエリオ。

 ガエリオではないがジュリエッタも渋い顔をしていた。

 

「実際バエルなんてギャラルホルン以外の人間からすれば、単なる三百年前の骨董品以上の価値はないんだが――――面倒臭いことにバエルにはアグニカの魂が宿っているという伝説があって、バエルに選ばれた者がギャラルホルンの頂点に立つと法で明文化されているんだよ。

 前の作戦会議でロレンス参謀が『正義は法を凌駕する』と発言していたが、ある意味じゃ正しいかもな。法を超える大義がなければ、戦争に挑むことはできない。勝敗云々以前の問題だ」

 

「あー、また小難しい話になってきたな。ジョンソンと勉強して頭良くなった気になったけど、そういうことはまだ分からねえわ。考えんのはそっちに任せるぜ」

 

 飲んでいたドリンクの紙コップを握りつぶすと、シノンはガエリオから背を向ける。

 

「何処へ行くんだ?」

 

「勉強だよ。まだ覚えることがあるからな」

 

 オルガもそうだったが、一番上の人間というのは難しいことをあれやこれと考えなければならないのだろう。

 人並み以上に欲があると自認しているシノンだが、偉くはなりたくなかった。

 ガエリオのように自分の手の届かないところまで考えて責任をもつのは恐ろしく過酷なことだ。それに比べればMSで前線に立つのは楽なものである。

 

(ガエリオ・ボードウィンか…………ったく、ありゃ抱え込みすぎだぜ。俺の命の駄賃のために雇われただけのつもりだったけど、あいつのためにもちゃんと働いてやらねえとな)

 

 シノン・ハスコックもといノルバ・シノ。

 人生初めての単身赴任先にそれなりの愛着が湧いてきた頃だった。

 




「どうでもいい考察その4」
 友人とどうしたら鉄血のオルフェンズがハッピーエンドを迎えられたかどうか話し合いました。
 マッキーが普通にガエリオとカルタと協力して、ラスタルを説得すればいいんじゃね? という結論に達しました。
 考察おわり。

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