先行したモビルワーカーからスレイプニルを発見したという報告を聞いたユリシーズ・グラント三佐は、驚きから開けた口を隠すように手を当てる。
胡散臭さが服を着て歩いているような男からの情報だったため半信半疑だったのだが、二分の一のギャンブルに勝ってしまったらしい。
「まさか本当にいるとは。これでデマを掴まされたことを理由に、元帥をモンターク商会と縁切りさせられなくなった」
「でもチャンスですよ三佐。こうやってコソコソと地球までやってきたということは、きっとなにか大掛かりな作戦を企んでいるに違いありません。これを阻止すれば元帥のギャラルホルン統一に大きく近づくはずです」
士官学校でも優秀な成績を収めていただけあってロバート・ショー二尉の進言には頷けるものがあった。
どうもスレイプニルは降下輸送艦を使い部隊を地球へ降ろそうとしているらしい。この座標から逆算するに、降下先はSAU領内の何処かだろう。
(これは我々革命政権への直接攻撃を目的としたものじゃない。それならSAUなんぞじゃなくヴィーンゴールヴを狙うはずだ。アリアンロッドの連中からすればファリド元帥さえ討てば大逆転だからな)
革命政権側としては認めたくないことだが、その認識は正解だ。
ユリシーズ・グラントは石動・カミーチェのことを上官として尊敬しているし、元帥の懐刀として敬意を抱いている。しかし彼がマクギリス・ファリドに代わるカリスマを持っているとは到底思えなかった。これは他の者にも同様のことがいえる。
唯一エルネスト・エリオンは出自が出自なだけあって中々の指導力を持ち合わせているが、あれは崇高な革命の精神は持ち合わせていない。おまけに素行と性癖にも問題ありだ。
マクギリスの理想に心酔した青年将校は、彼にはついていけないだろう。少なくともユリシーズ・グラントはついていかない。
(ヴィーンゴールヴへの強襲ではないなら、目的はSAUとの交渉か? だとすれば非常に厄介だな。SAUの前身は旧世紀で君臨した合衆国。厄祭戦で軍事力を失ったとはいえ、経済力と工業力は未だに四大経済圏でも第一位。
もしもアリアンロッドの軍事力とSAUの経済力が結びつくようなことがあれば、嘗ての合衆国が復活する可能性すらあるぞ)
現世界の警察VS旧世界の警察なんて構図。映画の題材としては面白そうだが、現実の展開としては三流だ。
断じてそんなことを認めるわけにはいかない。
「……MS隊に発進準備を。スレイプニルはここで落とすぞ。ただしまだ出撃させるなよ。連中が半分以上MSを降下輸送艦に積み込むのを待つんだ」
「なるほど、分かりました。そのように指示をします」
(それに見方を変えるとこれは敵の作戦を潰す以上の価値があるんじゃないか? スレイプニルはボードウィン家が保有する艦だ。だとすればそれに乗っているのは……ガエリオ・ボードウィンである可能性が高い)
エルネスト・エリオンというジョーカーでアリアンロッドは内部分裂を起こしかけているだろう。そこにガエリオ・ボードウィンが戦死するようなことがあれば、完全にアリアンロッドは瓦解する。
よしんばそれを免れても連携を失った軍隊なら、地球外縁軌道統制統合艦隊で叩き潰せるはずだ。
目的の座標に到着したスレイプニルは、予定通り地球降下の準備を始めた。
MSの八割は降下輸送艦へ積み込むが、残りの二割は格納庫に残したままだ。それは人員についても同じことが言える。ガエリオを筆頭にした主要な面子は輸送艦で地上へ降りるが、艦長などはスレイプニルに残留だ。
これは地球へ降りるガエリオと違い、スレイプニルはノーアトゥーン要塞へ帰る必要があるからである。もしも戦力を全部地球へ降ろした結果、帰りに海賊に襲われて全滅なんてことになったら洒落にならない。
他にもちょっとしたアクシデントがあった。全体的な作業の遅れである。
アリアンロッドはあらゆる意味でギャラルホルン最強の軍隊だが、基本的に宇宙での任務ばかりなので地球へ降下するようなことは滅多にない。そのため慣れない降下作戦に必要以上に手間取っているのだ。
このあたりに関しては独自に地球降下権限をもっていて実際に訓練も重ねていた、地球外縁軌道統制統合艦隊の方がアリアンロッドに勝っているといっていいだろう。カルタ率いる地球外縁軌道統制統合艦隊ならMSでの単独降下からの強襲作戦はやってのけた。
何事も必要なのは経験。寿司を握った経験で、美味いパンは焼けないのだ。
だが問題というのはそれくらいである。
遅れはしたものの致命的と呼べるようなものでもない。多少のタイムラグはあったが、予定通り地球降下作戦は行われようとしていた。
マグワイア基地司令とも事前に連絡をとることができたので、降下した後の用意もしっかりできている。
計画はまったくもって順調。後はマグワイア基地と合流してから、デトロイトを目指すだけだ。
物資搬入作業が殆ど終わり、作戦成功に誰もが気を抜きかけたタイミング。
それを厭らしく突くように、オペレーターが敵の反応を検知した。
「こちらに接近してくるハーフビーク級三隻! 地球外縁軌道統制統合艦隊に所属するものです!」
「……察知されてたか。あと小一時間ほど待ってくれたら全て終わっていたのに、なんとも微妙な時にやってきたものだ」
キマリス・ヴィダールの積み込みが完了したので、自分もそろそろ行こうと腰をあげた瞬間のことだった。オペレーターが風雲急を告げたのは。
「敵は川を半分渡ってから倒す、兵法の基礎です。このタイミングも含めて敵の狙い通りでしょう」
艦長が厳めしい顔で言う。
降伏勧告する時間の惜しいとばかりに三隻のハーフビーク級は艦砲による攻撃を仕掛けている。
ヨセフ・プリマー三佐とは交渉の余地はなくとも話し合いの余地はあった。しかし今度は問答無用だ。話し合いの余地すらない。
「どうされます? このまま降下を強行されますか? 残留組の二割でも貴方達が降りる時間を稼ぐ自信はありますよ。私達は全滅することになるでしょうが」
「お前たちにはまだまだ働いてもらわなければいけないんだ。こんなところで死なせるわけにいくか」
「安心しました。私も娘を母子家庭にしたくはありませんからな」
「搬入作業を一時中断しろ。キマリスはまだ搬入前だったな? 俺もMSで出撃するぞ。他に動かせる搬入組も全て出せ。全機に大気圏降下用の耐熱シールドを装備させろ。いざとなればMS単独で降りてもらうことになる」
「それは貴方もですか?」
「勿論だ」
ピシャリと言い切るとガエリオはブリッジから飛び出していく。
司令官であるガエリオのキマリスと違い、フラウロスやレギンレイズ・ジュリアは真っ先に地上用に改修してしまった。つまり現有戦力で最も頼りとなるジュリエッタとシノンの二人の力を借りることはできないということである。
しかも地球外縁軌道統制統合艦隊はマクギリスの改革によってより実戦的な部隊に生まれ変わっており練度も低くはあるまい。
一番厄介な石動・カミーチェはコロニーの独立騒ぎの鎮圧に出張っているという情報を入手しているので、彼は不在だろうが易い相手ではないことに変わりはない。
素早くパイロットスーツへ着替えてキマリスのコックピットに乗り込む。
「地球が見える距離で戦うのはこれで二回目だな。あの時とは立場があべこべなのが奇妙な感覚だが」
『ボードウィン卿』
キマリスを起動させて直ぐ艦長からの通信が入る。
『敵ハーフビーク級から発進してくるMSにヘルムヴィーゲ・リンカーの固有周波数は確認できませんでした。少なくとも石動・カミーチェ一佐はMS隊の中にはいないようです』
「朗報だな、それは」
あのマクギリスが自らの懐刀にするだけあって石動・カミーチェは極めて有能な男だ。鉄華団のバルバトスのパイロットのような悪魔的強さや、イオク・クジャンのカリスマ性のように図抜けた能力はない。だが全体の能力に隙がなく、万事を卒なくこなす。指揮官としては派手な大勝はないが、堅実な勝ち星を積み重ねるタイプだ。今回のような背水の陣の戦いではそういう癖のない相手が一番厄介である。
石動・カミーチェがガエリオ・ボードウィンを討つ好機に自ら出撃しないなんて考えられない。であれば石動・カミーチェの不在は確かなのだろう。
「ガエリオ・ボードウィン、行くぞ」
背中に耐熱シールドを背負い、宇宙へ飛び出すキマリス・ヴィタール。
メインカメラで戦場を見れば敵ハーフビーフ級から出撃したMSがこちらに猛烈に突撃してきていた。
「MSは……グレイズが中心でレギンレイズは一機にシュヴァルベ・グレイズが一機か」
最新鋭量産機であるレギンレイズはその殆どがアリアンロッドに配備された。そのせいでギャラルホルン全体では未だにレギンレイズの配備は進んでいない。
アリアンロッドがギャラルホルンから分裂してからは、生産されたレギンレイズは近衛隊に優先配備されることになったらしいが、この分だと地球外縁軌道統制統合艦隊は後回しにあったらしい。
「とはいえ殆どのMSを輸送機に押し込んだせいで実戦力はこちらが不利、か」
艦長はガエリオがまだ特務三佐としてあった頃からなにかと苦労をかけてきた男だ。そして自分がアリアンロッドの仮司令となってからは、父の密命を受けて家族を置いてまで馳せ参じてくれた。
貴重なガエリオ・ボードウィン個人の配下であるなんていう打算的理由ではない。個人的感傷としても彼を失うわけにはいかなかった。
「――――アイン。久しぶりに二人で一緒に暴れるか」
起動した阿頼耶識システムType-E。赤く光を放つそれがガエリオには『了解』と答えたような気がした。