純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第33話 名将の素質

 MSや戦艦の動力炉である永久機関エイハブ・リアクターが発するエイハブ・ウェーブには一つ一つに異なる固有周波数がある。リアクターの製造を独占しているギャラルホルンは、その周波数を測定することでMSの識別を可能としているのだ。

 だからスレイプニルから出撃してくるMSに『ガンダム・キマリス』の周波数があることを確認して、ユリシーズ・グラントは口端を釣り上げた。

 セブンスターズの七家門は初代当主が搭乗したガンダム・フレームを、バエル神殿の格納庫に其々保管している。ガンダム・キマリスは初代ボードウィン卿が搭乗したもので、同家の家宝とも象徴ともいうべきMSだ。そしてウトガルド宙域会戦においてはガエリオ・ボードウィンの愛機としてガンダム・バエルとも互角に戦ったことで、今やマクギリス体制への反抗の象徴にもなりつつある。

 そんなMSを他人に乗ることを許すかどうか。ユリシーズ・グラントは否と断言する。

 ガンダム・キマリス――――もといキマリス・ヴィタールに乗っているのは確実にガエリオ・ボードウィンその人で間違いないだろう。

 ということはこの戦場でキマリスを撃墜することができれば、戦いは決着する。局地戦における戦術的勝利ではなく、反乱軍に対して戦略的勝利を収めることができるのだ。

 

「なんだっていうんだこれは……」

 

 だというのにユリシーズ・グラントの楽観は、それを超える絶望によって塗り潰されていた。

 

「なんなんだこれは!?」

 

『うぉぉぉぉおおお!』

 

 外縁軌道上で高らかに放たれるガエリオ・ボードウィンの雄叫び。それはMS同士の接触時に起きる通信機の誤作動で、戦場全体へと反響した。

 まるで人間が乗り移ったかのように機敏で生物的な動きをするキマリス・ヴィタール。機械的な動きをする地球外縁軌道統制統合艦隊のグレイズは、それに対応できず翻弄されっぱなしだ。

 四機がかりによる四方を取り囲んでの斧による同時攻撃。どんなエースパイロット相手であろうと必殺を確信できる連携もキマリスには通用しない。前方のグレイズをドリルランスで貫き、それをバトンかなにかのように振り回して他の三機を弾き飛ばしてしまった。

 連携が崩れてしまえば後はもう簡単。全身に近接武器を仕込んだキマリス・ヴィタールは本当に呼吸すら許さない早業でグレイズを撃破していった。

 ビーム兵器を無効化し、実弾にも高い耐性を誇るナノラミネートアーマーの存在によって、MSはその他の兵器(MAは無論除く)に対して無敵といってもいいほどの戦闘力を誇る。

 MS同士の戦闘でもナノラミネートアーマーの性質上、決定打を与えられるのが大質量の打撃兵装に限られるため、実戦でMSを撃墜するのは相当難しいことなのだ。実際ギャラルホルンでは一機でもMSを撃墜していれば一人前。二機もMSを撃墜していればエース扱いを受けたほどだ。十機もMSを撃墜していればスーパーエースである。

 なのにガエリオ・ボードウィンはこの戦いだけで既に十機のMSを撃墜している。常識外れと、そう言う他なかった。

 いやガエリオ・ボードウィンが巧みなのはそれだけではない。

 ガエリオは自分という人間の命が、敵にとってどれほどの価値を有しているか知っている。自分が前に出れば、勝利を焦った将兵が自分に群がってくることも。

 そして自分に注目を集めさせておいて、他のパイロット達を指揮しているのだ。ガエリオ・ボードウィンという極上の餌に釣られた者たちを横合いから殴りつけるために。

 地球外縁軌道統制統合艦隊は完全にガエリオ・ボードウィンの術中に嵌まってしまっていた。

 

「ふざけるな、ふざけるなよ! こんな醜態を、許せるものか!」

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊はアリアンロッドが欠けたことで、悪化の一途を辿る宇宙を救うべく、その治安維持を一手に委ねられた存在だ。

 ウトガルド宙域会戦以前よりマクギリス・ファリドの指揮下にあり、会戦では革命軍の一翼を担った誇りある軍隊なのである。

 あのエリオン家出身というだけで腹心の地位に収まったエルネスト・エリオンだとかいう男。奴の指揮する近衛隊などより遥かに元帥の親衛を名乗るに相応しい軍なのだ。

 それを、

 

「……――――――」

 

 手が鬱血するほど握りしめていた操縦桿を離す。

 眼球の血管が浮かび上がるほどに憤激していたユリシーズ・グラントは、自らの高ぶりを鎮めるように気を整える。

 殺意を解き放ち我武者羅に暴れてもガエリオ・ボードウィンは殺せない。殺意の刃を氷のように冷たく研ぎ澄ませなければ、喉元を切り裂いてやることは出来ないのだ。

 

「なにを無様な戦いをやっている。それが革命の最前線に立つ地球外縁軌道統制統合艦隊か」

 

 ユリシーズ・グラントの殺気は不甲斐ない部下達にも向けられていた。

 栄えある地球外縁軌道統制統合艦隊麾下にいながら、彼等には致命的に覚悟が足りていない。元同胞であるアリアンロッド艦隊の連中を殺すのに土壇場で躊躇いを見せている。だからああもあっさり殺し返される。

 それも無理のないことか。革命思想に共感した者を中心として集められた近衛隊と違い、地球外縁軌道統制統合艦隊の殆どは単にマクギリスが司令官だったから革命に参加しただけ。狼の顔色を窺うだけの羊だ。

 そういう臆病者を死ぬ気で戦わせるには、こちらも殺す気で指揮をしなければならない。

 

「ん?」

 

 丁度良いタイミングで敵のレギンレイズがマシンガンを連射しながらこっちに向かってきた。

 地球外縁軌道統制統合艦隊側のレギンレイズはユリシーズ・グラントが搭乗しているこれ一機だけである。それでこのレギンレイズが指揮官機だと当たりをつけてきたのだろう。

 

「恐怖感を与える生贄にはうってつけだ」

 

 斧を振り落としてきたレギンレイズの手首を蹴り飛ばすと、お返しにこちらも斧でまずはメインカメラのある頭部を叩き潰す。

 それから土を耕すようにコックピットの周囲を斧で打ち付けて、コックピットハッチを強引にこじ開けた。

 

『な、なんの真似だ! 生きて虜囚の辱めを受けるつもりはない! 殺すなら殺せ!』

 

「若いな、まだ二十歳そこいらか。更にうってつけだ」

 

 レギンレイズの銃口を向けながらユリシーズ・グラントは、地球外縁軌道統制統合艦隊全部隊へ通信を繋げる。

 

「聞け。敵軍の半数以上が地球への降下準備のために出撃していない今、敵MSは我が軍と比べて少数だ。殺されるならそれでいい。せめて目の前の敵を道連れにしろ。百人殺されても百人殺せば――――こちらの勝利だ」

 

 今からやり方を見せてやる。そう言ってからユリシーズ・グラントは無慈悲にトリガーを引いた。

 無音の銃声。対MS用のマシンガンが生身の人間が喰らえばどうなるか。その生きた見本例が実演された。

 死の恐怖に覚えながら啖呵をきっていた勇敢な兵士は、骨も残さずにこの宇宙から消滅した。

 

「やれ、命令だ」

 

 ユリシーズ・グラントの鬼気迫る命令は、戦場に出るMSパイロット達から否応なく平時では美徳であっただろう甘さを捨てさせた。

 もしも命令に逆らえば今度はこちらが殺されるかもしれない。それ以上にあんな風に骨も残さず塵となって消えるのは嫌だ。そういった恐怖が軟弱者達を兵士に変える。

 ここにきてキマリスを始めとする反徒達に、地球外縁軌道統制統合艦隊は粘りを発揮した。

 

「全体の戦況は持ち直した。後は大将首を獲るだけ。私に続け、ショー二尉」

 

『了解です!』

 

 ロバート・ショー二尉の乗るシュヴァルベ・グレイズ他四機。居残り組でも特に練度の高いパイロット達を集めて、尚も戦場で無双の戦いをするキマリス・ヴィタールへ飛びかかっていく。

 有言実行。指揮官であるユリシーズ・グラントもまた、相手がガエリオ・ボードウィンであるなら道連れにしてでも殺す覚悟だった。

 

「ガンダム・キマリス。逆賊ガエリオ・ボードウィンだな」

 

『……そうだが、そういうお前が指揮官だな。あの通信は聞かせてもらったが随分と荒いやり方をする』

 

「その了解がとれれば十分だ。問答するつもりはない。眠れ、平和の礎になって!」

 

『悪いがお前の手が俺に届くことはない、決して。何故なら』

 

「阿呆め、その余裕が命取り――――ぐおっ!?」

 

 斧を掴んだレギンレイズはその瞬間、遠方から放たれたレールガンによって頭部のメインカメラを撃ち抜かれた。

 

『何故なら、今さっき頼もしい味方が出撃したからだ』

 

「馬鹿な……この距離からこの威力など……」

 

 こちらに全速で近づいてくるMSの固有周波数が示すのはガンダム・フラウロス。

 ピンク色というふざけた塗装のそれが、ユリシーズ・グラントには血塗れた悪魔のように映った。

 

『悪ぃな、ガエリオ! 格納庫からりゅ……フラウロスを引っ張り出すのに時間がかかっちまってよ』

 

「おの……れ……」

 

 ガンダム・フレームの援軍。それだけでも災難なのに輪をかけて最悪なのは、一旦持ち直したかに見えた全体の戦況がまたもや悪化し始めたことだ。

 なにやら矢鱈と腕のいいレギンレイズが、グレイズ相手に八面六臂の大暴れをしているようで、通信機からは部下たちの悲鳴があがってきていた。

 

『なるほど。やけに腕利きのレギンレイズ乗りがいるかと思えば、乗っていたのはジュリエッタか』

 

『おお。ジュリア引っ張り出すのも待たずにレギンレイズで一人出撃しちまったぜ』

 

 幸いにしてメインカメラをやられただけなのでグラントのレギンレイズはまだ動く。

 だがメインカメラなしのレギンレイズでガンダム・フレーム二機と戦うのは現実的ではなかった。それを知ってかショー二尉からの通信が入る。

 

『グラント三佐! これはもう無理です、撤退を!』

 

「しかし!」

 

『このまま戦っても百人殺す前に全滅するだけです、ご決断を! 私達はこのことを石動一佐や地上の元帥閣下に伝える義務があるはずです!』

 

「………………口惜しいが、その通りだ。退くぞ!」

 

 名将は退き際を弁えているものというのなら、グラントにはそう呼ばれるだけの素質はあったと言えるだろう。

 ガエリオの目的が地球への降下ならば、リスクを負う覚悟で追撃はしてこないと読んだのである。その読みは正しくガエリオは追ってくることはなかった。

 

「この口惜しさ、忘れんぞ」

 

 負け犬の遠吠えと知ってなお、ユリシーズ・グラントは吐き捨てた。

 必ず屈辱を返すという決意を込めて。

 

 

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