純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第35話 死神推参

 オセアニア連邦にてカエル・コーソンと密会していた男――――破軍。そして彼に付き従うは破軍と同じく北斗七星の名を与えられた六人の男達だ。

 闇の最も深い場所に身を置く彼等は、カエル・コーソンの命によりガエリオ・ボードウィンの監視を行っていた。オセアニア連邦が嘗ての姿へと回帰するためには、ギャラルホルン同士の血で血を洗う内乱が必要だったからである。

 そんな彼等は運良くというべきか必然というべきか、ガエリオ達が地球降下直後に裏切った味方によって虜囚になるという醜態の目撃者にもなった。

 

「まったく巨星の後継者を名乗りながらガエリオ・ボードウィンも不甲斐ない。所詮はマクギリス・ファリドという日輪草の陰に隠れた月見草か」

 

 遠眼鏡でマグワイア基地の様子を眺めながら破軍はぼやく。

 こういう仕事をしているだけあって彼は口数の少ない男であるが、そんな彼ですら言葉に出して愚痴りたいくらいの事態だった。

 ガエリオ・ボードウィンは現状唯一マクギリス・ファリドの対抗馬となりうる人物である。

 他にマクギリス・ファリドに対抗しうるだけの知名度と実力を有しているのはテイワズのマクマード・バリストン、大富豪のノブリス・ゴルドン、革命の乙女クーデリア・藍那・バーンスタイン、鉄華団のオルガ・イツカの四人だ。

 うちマクマードは自分があくまでヤクザ者であるという分を弁えた人物であり、歴史の表舞台に大々的に打って出ることはないだろう。そもそも彼はマクギリスよりもラスタルとのパイプが太かった男だ。

 ノブリス・ゴルドンは地球圏と圏外圏の双方に絶大な影響力をもつ金持ちだが、彼は良くも悪くも根っからの商人だ。マクマードとは別の理由で自分が旗頭になることなど望めない。

 一番可能性がありそうなのはクーデリアだが、彼女は鉄華団と深い結びつきをもっている。

 最後の鉄華団はあのウトガルド宙域会戦でマクギリス側について戦ったわけなので論外だ。

 そうなるとオセアニア連邦……というよりカエル・コーソンが胸に秘めた野心を形にするためには、絶対的にガエリオ・ボードウィンが必要となってくる。

 彼がこの時点でマクギリスの手に落ちてしまえば、世界の趨勢は決するだろう。潜在的不穏分子も反乱を諦め、マクギリスに屈してしまう。これは看過できなかった。

 

「オセアニアの毒塗りの匕首たるべき吾輩等のやるべきことが、セブンスターズの小僧っ子の尻拭いとはな。文曲、MSはどうなっている?」

 

「全て滞りなく」

 

「ならばよし。廉貞、武曲、巨門。貴様等三人でMSへ切り込み騒ぎを起こせ。吾輩等はその隙にガエリオ・ボードウィンを牢から出す」

 

「はっ」

 

 ここはオセアニア連邦ではなくSAUの領土だ。言うまでもなくMSなど持ち込めない。そもそも破軍達がこうしてここにいることも不法入国という立派な犯罪だ。

 だが闇に生きてきた者には闇の道というものがある。破軍達はそこからMSの〝部品〟を密輸し、それを現地で組み立てるという荒業によってMSを持ち込むことに成功していた。

 オセアニア連邦の一部である日本の技術者によって開発されたグレイズの改良型、グレイズ・オウル。通常のグレイズよりサイズは頭一つ分小さくなってしまったが、分解組み立てが容易で隠密性に優れた性能からこういった仕事にはうってつけだ。

 

「お言葉ですが星主、発言を宜しいでしょうか」

 

「許可する。言え、貪狼」

 

「はっ。ガエリオ・ボードウィンなる男、果たして命を賭してまで救う価値がある男なのかと。こんなところで躓くようであれば所詮彼奴がその程度の男であったという証明。この場を生き永らえさせたところで意味などないのではありませぬか?」

 

 ガエリオ・ボードウィンの志がこんなところで潰えるのも天命。

 たかが運、されど運。古代名将の条件の一つに『運が良いこと』をあげられたほど、戦場において運というのは重要な価値があるものだ。ガエリオ・ボードウィンがどういう人格でどういう能力の持ち主かは知らないが、運に見放された男に先はない。それも頷ける考えではあった。

 

「彼奴に運がない……運がないか。それは早計だな。もしガエリオ・ボードウィンが本当に天運から見放されているのならば、こうして吾輩等が奴が虜囚になった事実を目撃することすらなかったのではないか?」

 

「星主はまだガエリオ・ボードウィンの命運は尽きてないと?」

 

「人とは不完全なもの。如何な英傑といえど路傍の雑草に足を絡めとられることもあろう。乱世の奸雄と呼ばれた男とて、女の色香に溺れた挙句に息子と忠臣を失うという醜態をみせたのだからな」

 

「……この戦いがオセアニアの礎へ繋がるのであれば、これ以上の否はありません」

 

 破軍も含めてこの場にいる七人はオセアニア連邦に、魂や肉体といった自分の全存在を売り払った者達だ。

 貪狼の発言も危険を恐れての物ではなく、自分の命が無駄に消費されることを嫌ってのもの。彼等に命を惜しむという生命体らしい感情など残ってはいない。そうでなければオセアニアという広大な国の闇をたった七人で担えなどできようはずがなかった。

 

「行くぞ。貪狼、禄存、文曲。吾輩に続け。あの基地のギャラルホルンは誇りではなく我が身を惜しんだ士の風上にも置けぬ狗コロ共だ。微塵の温情すらなく、ただ斬り伏せよ」

 

「はっ」

 

 MSでの陽動班と基地への潜入班に分かれた七人は、音もなく闇夜に溶け始めた。

 

 

 

 ギャラルホルンの人間として宇宙海賊やテロリストを多く捕縛した経験のあるガエリオだが、逆の立場になるのは初めての体験だった。初体験の感想は最悪の一言で十分だろう。

 ここの看守は仕事と趣味を完全に両立させた稀有なタイプで、牢屋入りして二時間ほどでガエリオは看守の〝教育〟で全身に苦痛を覚えることとなった。しかもマクギリスに引き渡すことを考慮して、なるべく痕を残さず苦痛だけを与える絶妙な力加減でである。金になるものを差し出せば教育を緩めてやる、という賄賂請求のおまけつきだ。

 絵に描いたような看守の働きぶりは、自分がマクギリスを倒してギャラルホルンのトップに立つようなことがあれば、真っ先に牢役人の腐敗を糺そうとガエリオに決心させるには十分すぎるものであった。

 そんなガエリオに来客があった。ガエリオを捕まえさせた張本人であるジュン・チヴィントンである。大名行列さながらに屈強な護衛を十人ほど連れての登場だ。

 

「やぁやぁガエリオ・ボードウィン。気分はどうだい?」

 

「……牢屋に閉じ込められて、四肢を鎖で拘束されてる男に対して馬鹿馬鹿しい問いかけだな」

 

「喋れるだけの体力はあると。どうやら程々に加減はしているようだな」

 

「へへっ。そりゃ彼のセブンスターズで遊ぶ機会なんて一生に一度しかないことでしょうが、天下の元帥様に目をつけられたくありませんからね」

 

「ふふふっ、ちゃんと物事を弁えているのは好印象だ。もし私が今回のことで中央に栄達したら君にはもっと多くの囚人を任せてあげよう」

 

 ジュン・チヴィントンは自分の薔薇色の未来を妄想しているのか、歯が浮き出るほどに口端を釣り上げて笑った。

 余りの阿呆っぷりにガエリオは失笑を堪えきれない。それを見たジュン・チヴィントンが不愉快に眉をひそめた。

 

「なにが可笑しい?」

 

「お前の能天気ぶりだよ。貴様は俺の身柄を引き渡すことでマクギリスに取り入って出世しようと思っているのだろうが、それは大きな見当はずれというやつだ」

 

「なんだと?」

 

「教育熱心な部下をもったのが運の尽きだな。マクギリスはお前のような腐った人間をギャラルホルンから排除するために革命を起こしたんだ。断言してもいい。お前の末路は断頭台だ」

 

「下らないな。私には反逆者の首魁であるガエリオ・ボードウィンを捕らえた功績がある。殺すはずがない」

 

「自分の野心のために親友や己を愛した女すら裏切り殺したあいつが、今更お前如きの命を奪うことを躊躇するとでも思っているのか? どうやらお前の脳内は相当にメルヘンチックなことになっているらしい。味噌ではなくわたあめでも詰まっているのか?」

 

「……………ふ、ふふふふははははははははははは。拷問されるのが嫌で脅しをかけているつもりなのか? だがうん、ことは私の命に関わることだ。念には念を入れておこうかな」

 

 そう言うとジュン・チヴィントンは銃を眉間に向けると発砲した。

 どさりと、脳天を貫かれた看守の死体が倒れる。

 

「捕虜を不当に虐待した腐った看守は、基地司令代理ジュン・チヴィントンによって銃殺刑に処された。これで問題は解決したなァ。私が殺される理由はなくなった」

 

「姑息な真似を」

 

 出世を約束しておいて清々しいほどの掌返しっぷりだ。

 だがマクギリスはジュン・チヴィントンが考えるほど生易しい男ではない。火星支部の査察では数々の妨害工作をあっさりと突破して、基地司令コーラル・コンラッドの不正の証拠を見つけ出したこともある。きっとこの行動はジュン・チヴィントンの罪状に不当な私刑という一文が加わるだけに終わるだろう。

 ガエリオはそれを口に出すことはなかった。わざわざ教えてやってまた無駄な死体を増やすこともない。

 

「――――――否、違うぞ。貴様の殺される理由は、消えてなどいない」

 

 牢獄内に染み入るように、未知の第三者の声がした。

 ガエリオだけではなくジュン・チヴィントンも驚いて声のした方向を振り向いた。

 

「な、なんだお前は。ふざけているのかその恰好は? 誰なんだ貴様」

 

 鉄色(くろがねいろ)の外套に身を包み、腰には鞘へ納刀されている太刀。

 まるで時代劇から抜け出てきたような時代錯誤な出で立ちと、生きているのに生気を宿さぬ能面染みた表情。

 驚くべきはそれだけ特徴的な外見でありながら、次の瞬間には記憶から消えていそうなほどの気配の希薄さである。

 

「名乗りは不要。吾輩のことは貴様に死を馳走しに参上した死神と記憶するがいい、匹夫」

 

 そう言って男は鞘から刀を抜く。

 日本刀は現代でも美術的価値から多くの好事家から愛されている。ガエリオも美術館などで何度かその美しさに目を奪われたものだ。

 しかし〝死神〟の抜いたそれは飾られていたものとは明らかに違っていた。

 美しさなど求めず、ひたすらに人を殺めることのみに洗練された人切り包丁。人の魂を刈り取る死神の鎌そのものだ。

 

「はっ! 野蛮人が。そんなアンティークなもので私を殺すだと? 舐めるなよタコがっ! 殺せ! 奴を撃ち殺せ!」

 

 ジュン・チヴィントンの命令で護衛達が死神へ発砲する。

 

「遅い」

 

 しかし死神はまるで瞬間移動したかのように距離を詰めると、あっという間に護衛達を切り伏せてしまった。

 自分を守る兵士たちを一気に喪失したジュン・チヴィントンは暫し現実を直視できずにいたが、死神が近づいてくるとみっともなく尻もちをついて命乞いする。

 

「ひっ! お、おたすけ…を……」

 

 死神は喋る価値などないとばかりに、無言でジュン・チヴィントンの首を刎ねた。

 最初に倒れていた看守のものと溶け合って、牢獄に血の池が広がる。

 自分を殺そうとした全てを返り討ちにした死神は、最後にガエリオに視線を向けてきた。

 

「確認する、お前がガエリオ・ボードウィンだな」

 

「そうだが、俺のことも彼等のように殺すのか?」

 

「……己の命の危機を前にして狼狽えぬか。少なくとも吾輩の足元に転がっている匹夫よりは骨があるようだ」

 

 そう言って死神は刀で鉄格子を両断すると、続けざまにガエリオを拘束していた鎖を断ち切った。

 斬鉄。創作世界では何度も目にしたことのあるものだが、よもや現実で目の当たりにすることになるとは思わなかった。舌を巻くほどの神業である。

 

「礼を言うべきなのか、これは」

 

「無用。吾輩は貴様のためなどに動いたのではない」

 

 男は刀を鞘へ納めると足元へ煙幕弾を落とす。ガエリオが煙を腕で払うと、そこに死神の姿はなかった。

 走り去っていくような足音は聞こえなかった。世の中には無音で走る術があると聞いたことがあるが、あの死神はその使い手なのだろう。

 

「ギャラルホルンではないな。だとすれば何処かの国のスパイかなにかか」

 

 自分を助けた死神の正体は気になるが、今はそれを考える以上にやるべきことがある。

 地震でもないのに地響きがして牢獄が揺れた。鳴り響く巨大な銃声と人の怒鳴り声。外では戦闘が起きているらしい。それも人と人の戦いではなくMS同士の戦闘が。

 

「……急ごう」

 

 死神の仲間か、それともアリアンロッドの仲間が隙を見てMSを奪取したのか。

 どちらかは分からないがともかく自分もここを出て味方と合流せねばなるまい。

 


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