純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第36話 梟

 時間は僅かに遡り、ジュン・チヴィントンが破軍によって切り伏せられる直前のこと。

 マグワイア基地司令は三機のエイハブ・リアクターの粒子周波数を察知した。データベースには記録が残っていないUNKNOWN。だが目視でそれがグレイズを改修したオリジナルモビルスーツであることは基地の隊員にも分かった。もっともそれが分かった時、既に三機のグレイズ・オウルは基地へ侵入した後だったが。

 

「我等の役目は陽動。星主(破軍)が目的を遂げられるまで派手にやれ」

 

『はっ』

 

 廉貞が命じると武曲と巨門は短く返答した。

 北斗七星の名を暗号名として与えられている七人の諜報員集団の彼等だが、その中にも序列というものが存在する。第一位は星主と呼ばれる破軍、第二位がこの廉貞だ。

 ナンバーツーであるため別働隊の指揮は慣れたもので、その指示ぶりは堂の入ったものだった。

 鉄色(ぐろがねいろ)に塗装されたグレイズ・オウルは、必要以上に暴れまわり基地施設を徹底的に破壊していく。ナノラミネートアーマーには簡単に弾かれるマシンガンも、普通の外壁には脅威的な火力だった。

 当然マグワイア基地もそれを座して見ていたわけではない。次々に基地に配備されたグレイズが出撃し、暴れまわるグレイズ・オウルを止めにきた。

 

「遅い出動だ、弛んでいる」

 

 数と地の利はマグワイア基地側にあるが、既に魂を売り払っている彼等がその程度の不利に臆すはずもない。

 対MS用に鍛え上げられた太刀で群がってくるグレイズを切りはらっていく。まるで〝生身の人間が乗り移ったかのような生々しい動き〟に通常のグレイズはまったく歯が立たずに、次々に胴体やメインカメラを真っ二つにされていく。

 刀を振り回しての近接戦など前時代的と言う他ないが、MSがナノラミネートアーマーという堅牢な鎧を標準装備しているこの世界では極めて有効な戦術の一つだった。

 

「こんなものか。天下のギャラルホルンが不甲斐ない」

 

 今また無感動にパイロットの命を奪いながら、廉貞は呆れるように吐き捨てた。

 先代より廉貞の名を継承するために地獄の修練を重ねてきた彼にとって、マグワイア基地のパイロットの力量はお世辞にも高いとはいえないものだったのである。これならば他の大勢いた次期廉貞候補のほうが良い動きをしただろう。

 しかしそれも仕方のない話である。凶悪な宇宙海賊や非合法組織と戦うため、対MS戦を想定して鍛えぬいているアリアンロッドと違い、このマグワイア基地が想定しているのはモビルワーカーや歩兵なのだ。

 例外はジョン・ギボン二佐と彼が率いる『鉄の旅団』で、彼等は増加傾向のMSに対応するために対MS戦闘の訓練を積んできた。だがそのジョン・ギボン二佐は『鉄の旅団』と一緒にジュン・チヴィントンが粛清してしまったので、残っているのは普通の訓練しかしていない一般兵ばかりである。

 そのせいでマグワイア基地は侵入してきたたった三機のMSにいいように翻弄されるという醜態をさらしていた。

 このままなら冗談ぬきで基地を制圧することも夢ではないだろう。

 それはそれでオセアニア連邦の力を示すことになるかもしれないが、

 

『廉貞』

 

 通信機から聞こえてきた破軍の声が、廉貞を夢から引き戻す。

 

「……首尾は?」

 

『完遂した。退くぞ』

 

「はっ」

 

 自分たちの役目は陽動であり、基地の制圧など端から目的としてはいない。星主が目的を果たしたというのであれば退くべきだろう。

 下手に深入りして自分たちの同志が捕虜になってしまうほうがオセアニアにとって痛手だ。

 三機のグレイズ・オウルは侵入時と同じくらい唐突かつ鮮やかに、マグワイア基地から撤退していった。

 

 

 

 ガエリオの脅しが功を制したのか、彼以外のアリアンロッド将兵は牢屋に入れられることを免れた。

 しかしMSなどの兵器と、銃などといった武器は全て押収され、全員が基地の一室に閉じ込められてしまった。

 ガエリオを除いたアリアンロッドの人間に特赦を出したマクギリスに配慮しているのだろうが、実に適当な采配と言わざるを得ないだろう。軟禁するのはいいが、全てを一纏めにするのは適当に過ぎる。命令者であるジュン・チヴィントンの程度が知れるというものだ。

 

「で、どうすんだよこの状況? このまま大人しく大将見捨ててここに閉じ込められておくのか?」

 

 シノンが開口一番に挑発するように言う。それに閉じ込められた全員が「まさか」と肩をすくめる。

 ここにいるのは全員がマクギリスの勝利を許せずに、ガエリオ・ボードウィンについてきた者ばかり。つまりは根っからの負けず嫌いの往生際の悪い連中揃いだ。この程度で諦めるようなら全員こんなところにはいない。

 

「貴方に挑発されるまでもない。ここを脱出してガエリオを救出するのは決定事項です。これはこの場にいる全員の総意です。もし違うという方がいるならば今のうちに名乗り出て下さい。無理強いはしませんので」

 

 ジュリエッタの促しに挙手する人間は誰もいなかった。

 

「おい、ジュリエッタのお嬢ちゃん。無駄なホームルームもどきはいいから、さっさとボードウィン卿を助ける作戦でも考えようぜ。あんまりチンタラはしてられねえぞ。ここの基地の連中だけならともかく、ボードウィン卿の身柄を受け取りに近衛隊の奴等まできたら面倒だ。ここの基地の軟弱野郎共なんざ素手で料理できるが、近衛隊はそうもいかねえしな」

 

 ブラウン二尉の上腕二頭筋が自己主張するように盛り上がる。熊とだって相撲がとれそうな体格のブラウン二尉なら、確かに素手でも武装した兵士くらい軽く捻ることができそうだ。

 シノンは呑気に「昭弘と良いプロテインが飲めそうだな」とコメントしていた。

 

「基地内でジュン・チヴィントンに不満をもっている人間に声をかけて協力要請するのはどうでしょう? ジュン・チヴィントンは上官殺しをやって基地を乗っ取ったわけですし不穏分子はいるのでは」

 

「その不穏分子をどうやって見分けるんだ? 渡りをつける方法は? 少なくとも私達を見張っている兵士はそういう不穏分子ではないと思うが」

 

「それは…………すみません、浅はかでした」

 

 意見を出したジョンソン三尉だが、反論が出ると直ぐに意見を引っ込めてしまう。

 次に発言したのは驚くべきことにシノンだった。

 

「食事に睡眠薬を混ぜておいて眠ってるうちに基地の人間全員拘束するってのはどうだ? お勧めだぜ」

 

 それはシノンにとって壱番組へのクーデターを成功させた作戦だったので自信満々だったが、ジュリエッタが「どうやって食事に薬を盛るのか?」と聞くと押し黙ってしまった。そこまでは考えていなかったらしい。

 第一もしも食事に薬を盛る機会があったとしても、基地の隊員全員分の睡眠薬の手持ちなどないので、この作戦は絵に描いた餅以上にはならないだろう。

 

「やはりここを強引にも突破して、MSを取り返すしか。私たちの機体はどうなっていますか?」

 

「一応全機直ぐに動かせるよう仕上げてあるよ。それとMSにはロックをしておいたから、アリアンロッドの人間以外には動かせないようになってる」

 

 ジュリエッタが視線を向けるとヤマジン・トーカがつらつらと答えた。

 アリアンロッドの整備班長がかけたロックである。強制解除できるのは相当な腕と設備が必要だ。マグワイア基地にそんな腕利きはいないだろう。

 

「決まりだな。俺が今から扉を蹴り破る。そっからは行き当たりばったりだ。適当な奴捕まえて俺達のMSの場所を吐き出させて、そんでMSを奪った後はジュン・チヴィントンのチキン野郎を脅してボードウィン卿を助け出す」

 

「作戦というにはお粗末すぎますね」

 

 これにはジョンソン三尉もげんなりした表情を隠せない。

 しかし救う神あれば拾う神ありというやつで、彼等がその無謀な作戦に出る前にマグワイア基地に激震が奔った。

 

「なんだこの揺れは!?」

 

「……この巨大な破砕音に発砲音。MS同士が戦っています。機種は恐らくグレイズと、グレイズを改修したMSでしょうね」

 

「よくそこまで分かるな」

 

 ジュリエッタの地獄耳にシノンが感心する。だがそう呑気もしていられなかった。

 彼等を軟禁していた扉が爆薬らしきもので破壊されたからである。爆煙の中から現れたのは鉄色の外套で身を覆った三人の男。足元には彼等によって殺されたらしい見張りの兵士の死体が転がっていた。

 未知の来訪者にジュリエッタをはじめ全員が身構える。

 

「アリアンロッドの者達だな。そう、警戒するな。我々は敵ではない」

 

「……なら何者であるかどうか名乗ったらどうですか? そちらだけ一方的に私達のことを知っているのは不公平では?」

 

「無理だ。私達にも事情がある」

 

 三人の一人がすげなく応えた後、北の方角を指さす。

 

「この建物を出て北側にお前たちより押収した輸送艦を置いた格納庫がある。ロックのせいで動かせなかった故、一先ず押し込んだのだろうな。お前たちが自分の将を救いたいのであればそこへ行くがいい」

 

 自分たちの伝えたいことだけを一方的に捲し立てると、男は足元に煙玉を投げつける。

 ブラウン二尉がいの一番に煙へ突撃するが、そこにはもう三人の姿はいなかった。窓が割れているのでそこから飛び降りて逃げたのだろう。

 

「どうされますか?」

 

「例え罠だとしても行くしかないでしょう」

 

 ガエリオはアリアンロッド艦隊にとって失ってはならぬ旗頭である。失う訳にはいかない。

 だがそんな理屈などなしに、ジュリエッタはガエリオが気掛かりだった。

 


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