純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第37話 騎兵

 軟禁された部屋より脱出したアリアンロッド将兵は、半信半疑ながらも『鉄色の外套の男』の言う通り格納庫へと走った。あの男達は如何にも怪しいが、他に宛てがなかったのである。

 幸いアリアンロッドはギャラルホルン随一の精鋭部隊だ。その強さはMS戦のみならず白兵戦においても十二分に発揮される。

 

「アリアンロッドの連中が逃げたぞ! 撃ち殺してでも止め……ぶへっ!」

 

「煩ぇぞタコナス! 持ってる銃寄越せオラァ!」

 

「うぉらおらおらおらおらおらぁぁぁあああ!! 退きやがれぇぇええええええ!」

 

 ジョンソン三尉がヘッドショットした相手からシノンがマシンガンを奪い取り、それを邪魔しにくる敵兵をブラウン二尉が筋肉で薙ぎ払う。

 補給は現地調達を地でいく無法者めいた暴れように、ごくごく一般的なマグワイア基地の兵士たちは気迫で負けていた。

 

「ち、畜生。ただでやられるかよ!」

 

 マグワイア基地の意地をみせてやると、兵士の一人が健気にも立ち上がる。が、そんな決意は野獣達の猛攻ぶりに五秒で萎えた。

 諦めて同僚と一緒に死んだふりをするだけの簡単な仕事に戻ろうとした兵士は、そこで野獣の群れにいる一人の少女に視線が釘付けになる。

 年頃な16か17といったところだろうか。少なくとも二十歳には届いておるまい。そんな少女がどうして精鋭のアリアンロッド艦隊の中にいるかは疑問ではあったが、あの少女なら自分でもやれそうだ。

 どうせ死ぬ(ふりをしてやり過ごす)にしても、どうせなら敵兵を一人くらい倒してからがいい。そして出来れば易い相手が望ましい。虚栄と臆病が混じった最も愚かしい選択をした兵士は、直後に手酷い授業料を支払うこととなった。

 銃口を向けられた少女――――ジュリエッタ・ジュリスは野性的直感で弾丸を回避する。

 

「え?」

 

 弾丸を回避するという神業に兵士は驚愕するが、ジュリエッタからすれば別にどうということでもなかった。

 ジュリエッタは幼い頃より歴戦の古強者ガラン・モッサより薫陶を受けてきた戦いの申し子。銃火が飛び交う戦場で生き残るために、それを掻い潜る術を叩き込まれているのは当然のことだ。

 そんなことを知らない兵士はパニックに陥りかけるが、彼も一応はギャラルホルンの末席に座ることを許された身。受けてきた訓練がパニックになる頭とは反対に、手元を冷静に動かして次弾を装填させる。

 だが彼が銃口を再び向けるよりも早く、ジュリエッタは壁と天井を足場にした三次元的動きで兵士と距離を詰める。

 イオクは彼女の動きを猿と揶揄したことがあるが、ジュリエッタの動きのキレを見ればサル山の大将も白旗をあげるだろう。

 

「おびっ」

 

 兵士が最期に聞いたのは、とても自分の口から出たとは思えない間抜けな断末魔だった。

 自分が今正に蹴り殺した、首があらぬ方向にねじ曲がった死体を一瞥することもなく、ジュリエッタは他のアリアンロッド将兵と一緒に施設の外へ出る。

 照りつける太陽。炎天下のマグワイア基地では鉄色の改造グレイズ三機が正に基地から離脱していくところだった。地面に転がっている無数のグレイズは、全てあの改造グレイズの戦果だろう。塗装色からあの外套を纏った男達の仲間に違いない。

 

「どうやらタイミングが悪かったらしいな」

 

 ブラウン二尉がぼやいた通り、タイミングは最悪だった。鉄色のグレイズの目的は知らないが、どうせならあと五分ほど頑張って欲しかった。

 お陰で自分たちに気づいたマグワイア基地のグレイズがこちらに向かってきてしまった。

 

「ブラウンのおっさん。出番だぜ、自慢の筋肉をあいつらに見せてやれよ」

 

「馬鹿野郎! どんだけ筋肉鍛えようと生身でMSをどうこうできるわけねぇだろうが!」

 

 シノンの無茶ぶりにブラウン二尉は怒鳴る。

 その通りだ。アリアンロッドがいくら精鋭である。MS同士の戦いでも白兵同士の戦いでも、アリアンロッドはマグワイア基地に完勝するだろう。しかしMSと白兵なら勝ち目がない。人力車と自動車がレースするようなものだ。マンパワーではなくマシンパワーが違う。

 だから接近するグレイズを一撃で粉砕して、ジュリエッタを含むアリアンロッド将兵を救ったのは同じMSだった。

 

『まったくタイミングが丁度良すぎるぞ。スケジュールは余裕をもって組んで欲しいものだな』

 

 ガエリオ・ボードウィンの嘆息がMSのスピーカーより零れる。

 ドリルランスによって貫かれたグレイズを振り払う。四本脚で大地に立ち、巨大なドリルランスを持って君臨する様は、白馬に跨った竜騎兵を想起させた。

 キマリス・ヴィダールを地上決戦用に更なる改修を施した、ガンダム・キマリスの進化形態。

 名をキマリス・ヴィダール・トルーパー。四本脚の悪魔騎士だ。

 

『操縦性は嘗てのキマリストルーパーのものと殆ど変わらないか。良い仕事をしてくれたな、ヤマジン』

 

 グレイズが袋叩きにするため囲い込んでくる。だがこのキマリスを相手にするには、彼等の動きは余りにもスローだった。

 キマリスは騎兵(トルーパー)形態の真骨頂たるホバークラフトで、大地を滑るようにして囲いを突破する。並みのMSでは到底追いすがれないその速度は、以前のキマリストルーパ―すら凌駕していた。

 旧キマリストルーパーが雷なら、キマリス・ヴィタール・トルーパーは雷光だった。

 とはいえ機動性能が上昇するということは、それに比例してパイロットの負担も大きくなる。トルーパー形態への改修がかなりの急ぎで行われたこともあって操縦性は劣悪となっているのだが、ガエリオ・ボードウィンは完全にキマリスを乗りこなしていた。

 阿頼耶識Type-Eは発動していない。かといってガエリオの腕前だけでも説明がつかない。初代ボードウィン卿から受け継がれてきた純血の血筋が、ガエリオに力を与えているかのようだった。

 トルーパー形態でのホバークラフトで複数の敵を翻弄し、狙いすました一機をドリルランスで串刺しにする。そこから再びホバークラフトで離脱して、次の一機を串刺す。

 単純なヒット&アウェイもそれをなすのがキマリスであれば必殺だ。

 マグワイア基地のMS隊の面々はキマリスに傷一つ与えることもできずに撃破されていった。

 しかしどんな基地にも一人くらいは骨のある人間がいるもの。ドリルランスで貫かれたグレイズが、最後の力を振り絞ると、柔道の押さえ込みの要領でキマリスの足を止めた。

 

『むっ?』

 

『相手がセブンスターズだろうと……たった一機にやられて……たまっかよ。さぁ! 俺ごとやれぇ!!』

 

 その覚悟に感化されてか。二機のグレイズが悲壮さを滲ませながらアックスをキマリス目掛けて横薙ぎに振るう。

 

『大した意地だが、キマリスを侮るなよ!』

 

 四脚の騎兵(トルーパー)形態から素早く二足の騎士形態へ変形。コックピット目掛けて膝蹴りをかます。

 キマリス・ヴィタールが膝部に仕込んでいた回転式パイルバンカー、ドリルニー。それはトルーパーへと改修されてからもキマリスへ継承されている。

 俗にいう暗器に近い兵装であるドリルニーだが、膝蹴りの威力とドリルの回転力が合わさることに生まれるパワーは、並みの大砲など及びもつかない超火力。膝より飛び出した大型ツイストドリルは一撃でグレイズの装甲を突き破り、コックピットを粉砕した。

 コックピットがやられたことで緩む拘束。キマリスがそこを抜け出すのと同時、目標を見失った二つのグレイズアックスは仲間同士で相打つこととなった。

 ガエリオは左腰にマウントされている刀を抜くと、二機のグレイズを速やかに切り伏せた。

 

『……………………ば、化け物』

 

 最初に襲撃してきた三機のグレイズ・オウル。その力を合計したものを凌駕する単騎のMS。この隔絶した強さをまざまざと見せつけられたことで、マグワイア基地のパイロット達は気が呑まれてしまっていた。

 遠巻きからマシンガンを構えるだけで、もうキマリスに近づこうとする勇敢な人間は一人も残っていなかった。

 マグワイア基地の将兵の心が折れたことを悟ると、ガエリオはオープンチャンネルを開く。

 

『お前たちの指揮官だったジュン・チヴィントンは既に死んだぞ。まだやるか!』

 

 グレイズに刺さっていたドリルランスを抜いて一喝する。

 元々マグワイア基地の大多数はアリアンロッド派でもマクギリス派でもない鳩だ。

 司令だったジョン・ギボン二佐がアリアンロッド派だったからそれに協力しようとして、そのジョン・ギボン二佐をジュン・チヴィントンが殺したから彼に従ったに過ぎない。

 そのジュン・チヴィントンが死んでしまえば、あとはもう流されるがままだった。

 

『わ、我々マグワイア基地は、ボードウィン卿の指揮下に入ります』

 

 ジュン・チヴィントン亡き後の最高階級の人間からそう通信があったのは、それから間もなくのことだった。

 

 


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