ガエリオ達によるマグワイア基地接収は滞りなく完了した。
司令官代理であるジュン・チヴィントンを殺害(実際に殺害したのはガエリオ達ではないが)して半ば乗っ取りというべきやり方でのものだったので反発も想像していたが、結局予期していたものはなかった。ジョン・ギボンを殺したジュン・チヴィントンに従ったように、ジュン・チヴィントンを殺した(正しくは殺したのは破軍という男だが)ガエリオ・ボードウィンに従っている。
元々マグワイア基地はエリオン閥が多数派で、革命政権に反対的人間のほうが多い。そのことが原因の一つだろう。
だが一番の理由は今この基地で一番強いのがガエリオ・ボードウィンだからだ。もしこの場にマクギリスなりエルネストなりが現れて、ガエリオを殺すことがあれば、彼等は今度はその人物に尻尾を振るだろう。
ジョン・ギボン派の骨のある人間がジュン・チヴィントンによって殺され、ジュン・チヴィントン派の骨のある人間がガエリオ達の反抗によって死んだ。残ったのは骨なしのチキンばかりというわけだ。
反骨精神旺盛な者ばかりでも困るが、骨なしばかりでも困る。
マグワイア基地への降下はデトロイトへの中継地点という以外に、戦力補充という意味もあったのだが、この分だと後者については余りあてにしないほうがいいだろう。
「貴方には降下早々に大変な目に遭わせてしまったようだな。すまない」
「か、顔をお上げください。幸い乱暴なことはされませんでしたし、宇宙に上がった時に一応覚悟のようなものも決めていましたので」
そう言ってジャン・べトゥーラス弁護士は汗をハンカチで拭った。
ガエリオ達の地球降下にベトゥーラス弁護士も同行していた。そもそもラスタルの遺書を持ってきたのが彼なわけだから当然である。
しかし背広姿で明らかにギャラルホルンには見えなかった彼は、ジュリエッタ等とは別に監禁されていたのだ。ジュン・チヴィントンのことだから、ガエリオの後に『尋問』でもするつもりだったのだろう。
「覚悟か。失礼でないようなら聞いていいか?」
「なんでしょう」
「弁護士である君が戦場に同行してまで、俺達にラスタルの遺言を届けてくれた理由だよ」
「弁護士倫理に則って、なーんて言えれば格好良いんですけどね。単にエリオン公には高いお金を頂いてましたから、その分の働きをしているだけですよ」
「金か」
「ええ。私共も慈善事業じゃないので安い金では安い働きしかしません。ですが地球人百人分の人生を買収できるくらいの札束を積まれたら命がけで働くしかないでしょう」
人間百人分ではなく〝地球人〟と呼んだのは、宇宙在住者と地球在住者の人間では所得に大きな格差があるからだろう。
ドルトコロニーでの一件を切っ掛けとして改善はされてはいるが、未だに宇宙出身者差別は残っている。マクギリスの革命政権は差別撤廃を叫んではいるが芳しくはない。なにせ差別意識は民衆規模で根付いているのだ。これをいきなり消し去るのは例えマクギリスでも不可能である。
なにせ差別根絶の難しさは旧暦の先人たちが歴史をもって証明済みだ。それに法と権力で差別することを禁止しようとも、民衆全体の心の在り方を変えることはできない。
「どうですか、ボードウィン卿? 幻滅されましたか?」
「いや。金を稼ぐために命を張る。それも命の使い道の一つだろう。金を貰うだけ貰っておいて、その責任を果たそうともしない人間よりは好感が持てる。落ち着いたら一つ俺の遺書も預かっておいてくれるかな」
「お任せ下さい。
あのラスタルが遺書を任せた弁護士事務所の男だけあって中々図太いようだ。そうでなければ天下のセブンスターズの一角相手に商売などできないのかもしれない。
ベトゥーラス弁護士が退室した後、ガエリオが呼んだのはマグワイア基地所属のモリーナ一尉だった。ジュン・チヴィントン亡き後の同基地最上位階級の人間で、ガエリオに降伏することを決断した男でもある。
「な、なにか失礼がありましたでしょうか、ボードウィン卿。私共はジュン・チヴィントン司令代理に従ってまでで……その、テレビなどではファリド公が正義のように報道していたので……ああ、決してボードウィン卿を害そうなどと思ったわけではなく」
モリーナ一尉は185㎝の図体に相反した度胸の持ち主で、アリアンロッドの首魁であるガエリオを前に明らかにびくついていた。
ギャラルホルンの法において貴族、それもセブンスターズの人間への殺人未遂は死罪と決まっている。モリーナ一尉は自分が責任をとらされて処刑されないか気にしているのだろう。一応彼等が降伏した直後に『全ての責はジュン・チヴィントンにある故に他の者の罪は問わない』と明言しているのだが。
「落ち着け。俺にはこの一件で君を殺すつもりはないし、今後もそのつもりはない。君を呼んだのはこれからについて話すためだ」
「は、はいっ! ボードウィン卿のご温情に感謝いたします!」
地面に叩きつけるような勢いで頭を下げるモリーナ一尉。ガエリオは嘆息を一つ零しながら、
「まず一つ。俺達はこれからデトロイトへ向かうが、その移動にあたってこの基地にある一番性能の良い地上艦を貸してもらう」
鉄華団はエドモントンへ船と鉄道を使っていたが、陸上戦艦を使えば素早くMSを大量輸送できる。突発的な戦闘にも対応できるだろう。
欠点として動力がエイハブ・リアクターのため都市部を迂回しなければならないことだが、それでも他の方法よりは早いし安全だ。
「どうぞどうぞ! なんなら艦を動かす人員もこちらで用意させて頂きますが」
「そうだな、ベテランを何人か借りれるとありがたい。長く務めた人間であればあるほどいい」
勤務年数というのは忠誠心と比例しやすい。長年勤めたベテランほどマクギリスへの反抗心は強いし、旧来のギャラルホルンへの忠誠心は強いだろう。
逆に若い人間は潜在的にマクギリスの思想に共感している可能性がある。地球降下でいきなりトラブルに見舞われた上にこれ以上のトラブルは避けたかった。
「それとこの基地にはフックスベルガー三佐と五分の一の兵を残す。臨時だが彼をここの司令官として従ってくれ」
「分かりました。私から基地の者に言い聞かせておきます」
モリーナ一尉はよっぽど司令官――――立場が一番上という重責から解放されるのが嬉しいのか喜んで頷いた。
良くも悪くもアリアンロッドにはいなかった小市民的な男である。ある意味、信頼はできないが信用できる男らしい。
(本当なら全軍でそのまま向かうはずだったんだが)
主導したジュン・チヴィントンは死んだが、流石に一度裏切ったマグワイア基地の人間をそのままにはできない。
フックスベルガー三佐はガエリオを除けば、地球降下組では階級の一番高い人間。指揮官としてもパイロットとしても一線級の実力者だ。ここに残していくのは痛手だが、他に基地を任せられる人間がいないので止むを得なかった。
ジュン・チヴィントンという人間が存在せず、計画通りジョン・ギボンと合流できていればと天を仰いだ。
ふと時計に視線を向けると、短針が4の数字を指し示したところだった。
机に置かれていた電話が鳴る。
「どうした?」
『ボードウィン卿、ブラウン二尉です。この基地に陸上戦艦を中心とした部隊が近づいてきています』
「早いな、例の近衛隊か!?」
『いえ、白旗を掲げてます。たぶん違うでしょう』
近衛隊なら反逆者である自分たちに白旗をあげてくる筈がない。
「どこの部隊か分かるか?」
『MSはゲイレールなどの旧式中心でグレイズは僅か。しかも全機に紺色に塗装されてるとなりゃ……あれはSAU防衛軍ですな。あ、奴さんから通信です』
アーヴラウとの戦いでも国内に駐留するギャラルホルンに任せて、防衛軍を出し渋ったSAUがここにきて自前の兵力を出してきた。このことの意味が分からないガエリオではない。
ガエリオは短く「こちらに繋げ」とブラウン二尉に命じた。