純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第4話 虜囚

 ガエリオがキマリス・ヴィダールで戦場を飛び廻りながら指示を出し、アリアンロッド艦隊が戦闘宙域を離脱した頃には、既にグリニッジ標準時で日を跨いでいた。

 取り敢えずラスタルの乗艦と同じスキップジャック級戦艦リバースクイーンを仮の旗艦としたガエリオは、上がってくる嫌な報告の数々に頭を抱える。

 早い段階で撤退を決断したお蔭で全滅こそ免れたアリアンロッド艦隊だが、損害はかなり多かった。人員、MS、戦艦と実に艦隊の四割近い戦力が宇宙の藻屑となっている。そのうち90%近くがラスタルが戦死してからの損害というのだから、彼の死が与えた影響力は悪い意味で大きかった。

 お蔭でガエリオの仕事は山積みである。

 

「ああくそ……恨むぞ、ラスタル」

 

 MSの操縦というのはかなりの重労働だ。三時間もぶっ続けで操縦していれば、マラソン以上に体重が減る。

 ましてやガエリオの乗るキマリス・ヴィダールには疑似阿頼耶識システムが搭載されているのだ。普通の阿頼耶識と違って脳へのダメージはないが、肉体にかかる負荷は同じである。今のガエリオは気を抜けばその場で倒れ伏しそうになる肉体を、強靭な精神力で無理矢理に稼働させ続けている状態だった。

 

「かなり参っているようだね、ヴィダール。いや今はボードウィン卿と呼んだ方が良かったかな?」

 

「お前は……」

 

 ノックもせずに部屋に入ってきた女性を、ガエリオは幽霊でも目の当りにしたかのように凝視する。

 天然のオレンジブロンドにどこか猫をイメージする抜け目のない目。

 アリアンロッド艦隊整備主任ヤマジン・トーカ。ガエリオがヴィダールであって頃からその真実を知っていた数少ない一人である。

 

「どうして生きている?」

 

「あらま、酷い言い草だね。まるで私が生きていちゃ悪いみたいだ」

 

「悪くはない。知り合いが生きていたのは勿論嬉しいさ。だがお前はラスタルやイオクと同じスキップジャック級に乗っていたはずだ。一緒に戦死したと判断するのがまともな発想だろう」

 

 なにしろラスタルの乗っていたスキップジャック級には生存者なし。乗組員は恐らく全員死亡であるという報告書をたった今目を通したところなのである。

 もしかして本当に幽霊が化けて出たのかと頬を軽く抓ってみるが、目の前のヤマジン・トーカが消えることはなかった。

 

「正しい情報を知るためにも教えて欲しいな。一体どうやって轟沈した戦艦から生き延びた?」

 

「簡単なことさ、艦が爆発炎上する前に脱出したんだよ」

 

「そんな暇があったのか?」

 

「運が良かったんだよ。艦内に響いた衝撃音で直ぐにダインスレイヴが撃ち込まれたんだとピンときてね。丁度整備していたグレイズに咄嗟に乗り込んだんだ」

 

 衝撃音だけで即座にそれがダインスレイヴによるものだと見抜くとは、女だてらにアリアンロッドの技術部門を任せられているだけはある。

 命令もなしに独断でMSに乗って脱出というのは、軍人として余り褒められた行動ではないかもしれないが。

 

「それでそのグレイズに乗って脱出したというわけか」

 

「ああ。丁度私が宇宙に飛び出した途端にスキップジャック級がドボンさ。あれは数秒行動が遅れていたら私も運命を共にしていただろうね」

 

 それだけギリギリだったということは、他の仲間に危機を伝える時間もなかったということか。

 ここは彼女一人しか助からなかったことを嘆くよりも、彼女だけは助かってくれたことを喜ぶべきだろう。ヤマジン・トーカはマッドサイエンティストの気があるなど人間として人格者とは言えないが、ガエリオにとっては遠慮なく本音を言える数少ない相手でもあるのだ。生きてくれていたことは個人的にも嬉しい。それに彼女の技術力の高さは、アリアンロッド艦隊では生命線となりうる。

 

「話は分かった。君も色々あって疲れたろう。少し仮眠をとって、それから整備班の指揮をとってくれ」

 

「いや、仮眠をとるべきは私じゃなくて君だろう。鏡を見てみたらどうだい? 凄い顔だよ」

 

「そんなに酷い顔をしているか?」

 

「ああ。今のそれと比べたらヴィダールの頃の鉄仮面の方がまだ人間味はあったね」

 

 気になったので引き出しに入っていた鏡を覗き込んでみる。

 一目でヤマジンの発言がなんの誇張もないことを理解した。目の下には隈ができて、目は真っ赤に充血している。髪はぐちゃぐちゃになっていて、髭も自己主張を始めだしていた。

 まだまだ仕事は残っているのでもう四時間は頑張るつもりだったが、これは業務上問題になりそうなレベルである。

 

「分かった。一度シャワーでも浴びて髭も剃るさ。ボードウィンの嫡男が不潔などと噂されるわけにはいかないからな」

 

「シャワーだけ? 眠りはしないのかい?」

 

「元々俺はアリアンロッドでは外様だからな。中々効率よくいかなくてね。……マクギリスなら、平然とこなしてしまうだろうが」

 

「自愛しなよ。ラスタルとイオク・クジャンが戦死した今、君が倒れてしまえばアリアンロッドはおしまいだ。戦力云々だけじゃなくマクギリスと戦う大義名分がなくなる」

 

「理解は、しているさ」

 

 ヴィダールだった頃の自分は、ラスタルの客将としてただの一兵卒としていられた。

 セブンスターズとしての権威もなかったせいで、アリアンロッドの同僚達に正面から仮面のことを罵倒されたこともある。一方で仮面を被っている間は、ガエリオは人生で最も自由だった。しかし仮面を脱ぎ捨て本名をを名乗った時点で、ガエリオには死ぬ自由すらなくなったのである。

 

「ボードウィン卿、宜しいでしょうか?」

 

 どこぞの技術者と違って丁寧なノックの後にかかる声。

 ガエリオが許可を出すと「失礼します」と言って、一尉の階級章をつけた士官が入室してきた。

 

「どうした? なにがあった?」

 

「……内密にご報告せねばならぬことがありまして、その」

 

 士官はヤマジンのことをチラチラと伺う。

 

「心配しなくていい。こう見えて彼女は信用に値する人間だ。報告を聞かせてくれ」

 

 ヤマジンから『こう見えては余計だ』という抗議があったが黙殺する。

 彼女の文句を受け容れるのは、彼女が日頃の怪しい言動を止めてからだ。

 

「はっ。実は捕虜にした者の中に――――エリオン公を討ったと思わしきフラウロスのパイロットがいるのです」

 

 

 

 

 四代目流星号(フラウロス)が帰還していない。

 その報告は最後の大仕事を無事に終え戦勝ムードに浮かれていた鉄華団に、冷水をぶっかけるには十分すぎる効果があった。

 団長のオルガは目玉を剥き出しにして事実確認をしたが、やはりフラウロス――――ノルバ・シノが戻ってきていないという事実は変わらない。

 特にシノと仲の良かったヤマギの取り乱しようは酷いもので、今はメリビットにつきっきりで見てもらっていた。

 

「ミカ。お前はシノがどこへいっちまったか見てねえか?」

 

 フラウロスと一緒に後退したバルバトスであれば、何か知っているかもしれない。一縷の希望をかけて聞くが、三日月からの返答は無情なものだった。

 

「なにも見えなかったよ。周りはチャフで、あちこちでドンパチもあったし」

 

「そっか……」

 

 そもそも三日月がなにかを知っていたら、フラウロスが帰還していないと聞いた時に直ぐに言っているだろう。

 こんなこと普段なら考えれば分かることだった。自分がかなり動揺していることを、オルガのかろうじて冷静な部分が悟る。

 ナノミラーチャフでアリアンロッドの目を晦ませはしたが、それで彼等が完全に追撃を止めなかったわけではない。復讐に燃えるの艦やMSは見えない視界など知ったことかとばかりに当てずっぽうの攻撃をしていた。きっとその数撃った下手な鉄砲の一つが偶々フラウロスに命中してしまったのだろう。

 

「畜生っ! ラスタル・エリオンってのもやって、漸く最後の戦いが終わったんだぞ! 今日のヒーローがインタビュー前にいなくなっちまうなんて、そんなのねぇだろうが!」

 

 ユージンは鬱血するほど握りしめた手で壁を殴りつける。チャドやダンテも目尻に熱いものを浮かべながら俯いた。

 

「……まだシノが死んだって決まったわけじゃねえ。あいつがそう簡単にくたばってたまるか」

 

 誰もシノがやられた瞬間を目撃していないということは、シノが死んだという確たる根拠もないのである。

 オルガが強い口調で言い放つと、俯いていた彼等が上を向いた。

 

「じゃあ、あいつはどこかで生きてるのか!?」

 

「きっとそのはずだ。シノの捜索は引き続き続行だ。俺はマクギリスに連絡をとる。人手は多い方がいいからな」

 

「あの野郎が素直に手を貸してくれんのか? あいつからしたらラスタルをぶっ殺した後の俺達なんて用済みの荷物じゃねえのか?」

 

「あいつが不義理を働くならこっちも相応の態度をとるまでさ。こっちは家族の命賭けてあいつの博打に乗ったんだからな」

 

 イサリビにマクギリスの乗艦へと回線を繋ぐ。だが出てきたオペレーターによるとマクギリスはまだバエルに搭乗中で艦にはいないらしい。

 仕方ないので事情を話してバエルに直接回線を繋いでもらう。

 

『やぁ、お互い無事なようでなによりだオルガ・イツカ』

 

「アンタもな。それより忙しいとこ悪いがそっちに頼みたいことがある」

 

『表情から察するに余り良いニュースではなさそうだな。なにがあった?』

 

 オルガはフラウロス一機が帰還していないことをマクギリスに話した。

 ここでマクギリスが「たかが一パイロットのことなど知らん」などと応えれば考えがあったが、結局それは無駄な心配に終わる。

 

『分かった、こちらからも捜索を出そう。それにもしかしたらギャラルホルンの艦に回収されている可能性もある。そちらもチェックさせよう』

 

「助かる」

 

『聞く限りフラウロスとノルバ・シノは、この戦いの第一等の勲功者だ。革命軍としても全力を尽くすことを約束しよう。

 これからも君達とは良き関係を結んでいきたいものだ、オルガ・イツカ。それとも火星の国王陛下と呼ぶべきかな』

 

「よしてくれ。俺は鉄華団の団長だ。オルガでいい」

 

『そうかね。だが君が鉄華団の団長でいられるのも、残り僅かだと思うよ』

 

「!」

 

『では私はこのへんで失礼する。色々とやるべきことがあるのでね』

 

 含み笑いをしてマクギリスは通信を切る。

 オルガは自然と羽織っている鉄華団の制服を握りしめた。

 




ヤマジンさんはちょっとご都合で生存です。メタ的にはただでさえラスタルとイオク様の二人が死んじゃったので、展開的に彼女を殺すわけにはいかなかったのですが。
あとマッキーは友達には腹黒なのに鉄華団には紳士対応です。

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