各経済圏の政治家や政党は親ギャラルホルンと反ギャラルホルンに分けられる。これは良くも悪くも世界がギャラルホルンを中心として動いているためだ。
アーブラウで代表を務めている蒔苗東護ノ介などは反ギャラルホルンでも特に有名な人物だろう。
ただどの経済圏においても親ギャラルホルンも反ギャラルホルンも決して一枚岩ではない。
特に表立って反ギャラルホルンの姿勢を露わにしているアーブラウにおいても、関係の断絶や国内からの排除を訴えているような過激派は少数派だ。
翻って親ギャラルホルンもまたセブンスターズのどの家に近いかで立ち位置が変わってくる。
現SAU大統領アブラハム・デイヴィスは記憶に新しいアーブラウとの内戦では、当時地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官だったマクギリスに協力を要請するなど、親ギャラルホルンの中でもファリド家側に近い男だ。
「つまり大統領閣下。貴方は遠路遥々逆賊を討伐しにきた我々に尻尾巻いて帰れと?」
そのため彼が近衛隊の進軍を阻止するような事を言ってきたのは、エルネスト・エリオンにとっては意外であった。
『そうではないよ、エルネスト長官。私は物事の道理の話をしているだけだ。貴方達が正当な手続きと理由で来訪されたのであれば私にはそれを拒絶するつもりはないとも。アーブラウの蒔苗氏がどう言おうとも、私は君達ギャラルホルンを良き友、良き隣人と認識している。
しかし個人としては君達を歓迎したくても、公人としては私は大統領だ。心苦しいがちゃんとした手続きをしてくれと言う他ないんだ』
今年で62歳になる大統領は、南部訛りのある喋り方で言った。
牧場の牛のように朴訥とした調子と心から申し訳なさそうな態度は、清廉で無垢な人間ならば無条件で誠実を信じ込んでしまうことだろう。
ただエルネスト・エリオンは清廉でも無垢でもなく、むしろその正反対の属性をもつ人間なので、大統領の真摯な言葉にもまるで心を動かせることはなかった。
「ガエリオ・ボードウィンが貴国の領土内に降下した。彼はギャラルホルン転覆を企む大罪人だ。これを庇うということは、犯罪者を匿うということになるがいいのかい? これは国家規模の犯罪だ。俺が犯罪者って呼ばれる連中に対してどういう対応をしてきたか……大統領閣下はご存知かな」
『当然だとも。若き俊英、未来のギャラルホルンを背負って立つ若者の活躍は耳にしているよ。悪辣な海賊を次々に討伐する辣腕ぶりは素晴らしいものだったとか』
「間違っちゃいないが……俺は海賊を捕えたっていう結果の後について言っているんだぜ」
アブラハム・デイヴィスは言葉を濁す。
通常であれば海賊が討伐されれば、その財産は没収され捕らえられた者については投獄されるべきだ。しかしエルネストは捕えた海賊の財産は自分と部下達で山分けにし、捕まえた海賊は気に入った者は私兵として登用し、そうでないものはヒューマンデブリとして市場へ流した。またエルネストが個人的に気に入らないと判断した者は私刑にされたし、虫の居所が悪いと降伏を聞かないふりをして撃沈することもあった。その様はとても正規軍といえたものではなく、海賊を餌にする海賊そのものだったといえるだろう。
曲りなりにもエリオン家の血筋を引いていること、功績そのものはあげていること、そもそも地球に住む人間が圏外圏の人間の生死に無関心であること。そういった数々の理由があってエルネストの非道が表沙汰にされることはなかったが、情報通な人間であれば知っているものだ。
「なぁ、話は変わるんだが大統領閣下。岳飛なんかが有名だがよく大昔の名将を讃えるのに『略奪を許さなかった』って文句が使われるよな。あれはなんでだと思う?」
『民衆を慈しむ高潔な人間が讃えられるのは世の道理だと思うが、その口ぶりだとこんな凡庸な回答は正解じゃあないんだろうね』
「
残念なことだが俺はあの男、マクギリスや伯父ほどの大人物じゃないし気取るつもりもない。これがどういうことか分かるだろうな?」
『それは脅しかね』
「自由に解釈すりゃいいさ。SAUは自由と共和制の国なんだろう。俺がそいつを尊重するかどうかはまったくの別問題だが」
『これは明らかに過度な内政干渉だ。ファリド元帥に強く抗議することになるが』
「だから自由にやればいいだろう。断言できるのは二つだ。アンタがあいつに送る抗議文をしこしこ考えているのを俺達が待っている保障は無いこと。例え元帥だろうと時間を巻き戻すことはできないことだ。全ては後の祭りってね」
話は終わった。エルネスト・エリオンは通信を切る。
ガエリオ・ボードウィンがマグワイア基地にいるのは100%確かなことだ。SAUの大統領がどれだけ文句を言ってこようと止まるつもりはない。
後でSAUが文句をつけてきたらテロ支援国ということにして武力制圧すれば済む話だ。それでも国民が騒ぐようなら見せしめに幾つかの都市の住民を皆殺しにすれば立場を弁えることだろう。
エルネスト・エリオンという男が優れているものの一つに決断力があった。もしもここにいたのが石動・カミーチェであれば一先ず進軍を停止して、マクギリスの指示を仰ぐなりしただろう。
極論すれば兵を指揮することも、作戦を考えることも他人に任せることができる。しかし最後の決断を下すことができるのはトップの指揮官だけだ。指揮官が判断を迷い決断を三十分遅らせれば、それは三十分間軍全体が停止してしまうのだ。その点においてエルネストは名将たる要素を一つ満たしていたといっていいだろう。
とはいえ決断力が高いということは自分の判断力を過信していることの裏返しでもあり、独断専行を招きやすいという欠点もあった。
エルネストの決断が英断となるか愚行となるかは今後の結果次第といえた。
無論エルネストの立場としては、自分の行いを愚かな真似だったと歴史書に記録されるつもりは毛頭ない。近衛隊エクェストリスの行軍は迅速だった。
素早く港を制圧すると予め連絡をつけてあったギャラルホルン駐屯基地から陸上戦艦を接収。一気にマグワイア基地を目指した。
SAUの国民たちはお世辞にも近衛隊のことを歓迎していなかったが、最新鋭の武装をした近衛隊相手に反抗する無謀な人間がいるはずもない。エルネスト・エリオンは暴力と武力の信仰者ではあったが、流石にプラカードを掲げて文句を叫んでいるだけの民衆を無差別に殺すほど不寛容ではなかった。
「敵は基地に立てこもらず、基地の外でこちらを迎撃する方針のようだ。マグワイア基地の兵力を吸収して、SAU防衛軍が合流していることを鑑みると総兵力においてはこっちを凌駕するとのことで」
「戦いってのは算数じゃない。練度も装備もなにもかもバラバラな連合軍を数字通りの戦力として計上することはできねえさ」
参謀の作成した文書を読み上げるプリマーに、エルネストは余裕の態度で応える。
内心ではそんな余裕をもって戦える相手ではないことは承知しているが、指揮官としてそういうポーズは必要なのだ。
「これは一度アリアンロッドと矛を交えたパイロットとしての意見だが、ガエリオ・ボードウィンは強いですよ。素の実力でもエース級だ。よくは知らんが阿頼耶識システムの力とやらを発動したら手がつけられん。鉄華団の鬼神と一緒でMA一機と同じ兵力として計上するべきだ。
更に言えば脇を固める兵力も豪華だ。ジュリエッタ・ジュリスはあの鉄華団の鬼神を単独で長時間足止めした怪物だし、鹵獲されたガンダム・フラウロスのパイロットも中々の使い手。一般パイロットも他の部隊なら全員エース扱いの凄腕揃いだ」
「だろうね。特に完全な力を解き放ったガンダムフレームに単独で対抗できるのは、同じだけの力を発揮したガンダムフレームだけだ。うちで言えばマクギリスだけだな」
マクギリス・ファリドの駆るガンダム・バエルの戦闘力は壮絶の一言だ。
武装としては二本の剣に牽制用の電磁砲のみとグレイズ以下の貧弱さだが、それをマクギリス・ファリドの超人的技量が化けさせている。
エルネストも興味本位でマクギリスとシミュレーターを用いた模擬戦を行い、十戦にして十敗した。ちなみに言うとエルネストはパイロットとしてもエース級の凄腕である。
「だがやりようはあるさ。新たな改良を施したシュヴァルベ・グレイズを受領した『黒紅の醜星』の活躍に期待できるし、こっちにも阿頼耶識システムはあるからな。だろう? デイジー、ヴァイオレット」
「「はい」」
エルネストの問いにコンマ一秒のずれもなく同時に応えたのはプラチナブロンドの双子姉妹だった。
まだ年齢は十三歳で人形のように造りものめいた愛らしい容姿と、それと正反対の印象を与える背中から生えた三本の突起物が特徴的である。三本の突起物の正体は言うまでもなく阿頼耶識システムだ。
エルネストが以前叩き潰した麻薬カルテルのボスが愛玩動物兼護衛として飼っていた元ヒューマンデブリで、今はエルネストの愛人兼私兵である。
三度に渡る阿頼耶識の施術に加え、マクギリス配下の技術部門による改良。そして姉妹が持っていた元々の素質。これらが合わさることで彼女達はギャラルホルンのエースパイロットをも上回りかねない戦闘力をもっている。
エルネストの私兵(愛人)の半分以上は元ヒューマンデブリで阿頼耶識施術者も多いが、姉妹の実力はその中でも最強だった。
ここに過去のデータから改良を施された例のMSが合わせれば、相手がガンダム・フレームだって十二分に役目を果たすことができるだろう。
「お前たちの相手はガエリオ・ボードウィンだ。キマリス・ヴィタールのデータは何度も見せたな。俺の期待に応えてくれよ。もし首尾よく足止めできたらご褒美だ」
「私のような下賤で汚れた小娘に機会を授けて頂きありがとうございます」
「腕が千切れても、目玉が抉れようとも。絶対にご期待に応えてみせます」
「二人だけじゃない。ずっと俺についてきてくれたお前たちにも期待してるぜ」
「任せてください。大将についてきたお陰で辺境から天下の近衛隊に入れたんだ。これからもついていきますぜ」
今度は辺境時代から自分に仕えてきた者達にも声をかける。双子姉妹などの愛人たちと違って彼等はギャラルホルンの正規兵だ。だが長年の辺境任務によりギャラルホルンというより宇宙海賊染みた野卑さが滲み出ていた。
ヨセフ・プリマーはそんな彼等をどこか冷めた目で見つめる。しかしモラルは兎も角、彼等が強いということは歴戦のプリマーをして認めざるを得ないところであった。