純血のヴィダール   作:RYUZEN

42 / 58
第42話 出陣

 遂にエルネスト・エリオン率いるエクェストリスが姿を現した。

 元帥マクギリスの手足となって働くために組織された近衛隊は、ウトガルド宙域会戦を戦った青年将校たちで構成されている。長官であるエルネストの子飼いやバクラザン家閥から引き抜かれたプリマーなどもいるが少数派だ。そのためマクギリスに対する忠誠心はずば抜けており、士気も常に高く保っている。一糸乱れぬ隅々にまで調練の行き届いた行軍からも練度も相当のものだろう。

 エクェストリス。人類史上でも十指に入る英雄、ユリウス・カエサルの護衛軍団の名前を引っ張ってきたのは決して虚仮脅しではない。

 

「敵軍総兵力は我が軍のざっと八割ほど。ですがこれはSAU防衛軍やマグワイア基地のそれを戦力として数えた場合の話です。実際にはどうなるか」

 

 ガエリオがデトロイトへ出発した後のマグワイア基地を任せるはずだったフックスベルガー三佐は、近衛隊の来襲にあたって予定を変更し副指令と参謀長を兼務する形でガエリオの傍に控えていた。

 ラインである副指令とスタッフである参謀長を兼務することは極めて異例のことであるが、これはアリアンロッドにおける深刻な参謀不足とフックスベルガーの器量を見込んだガエリオの特例采配だった。

 戦闘中ガエリオが戦死、もしくはMSで出撃した際には指揮を代行する重職である。フックスベルガーは艦長と共にスレイプニルでノーアトゥーンまでやってきた数少ないボードウィン派の士官だ。MS実技や射撃などの運動方面が壊滅的で、逆に戦術学、戦略理論、経済学、政治学、法学などではずば抜けて高い成績で卒業し、将来の幹部候補として将来を嘱望された人材である。

 必ずやこの職務を全うしてくれるだろう。

 

「マグワイア基地は半ば俺達のせいで戦力を削られたようなものだが、SAU防衛軍の仕上がりについてはマクレラン少将の手腕に期待するしかないな。アーブラウ防衛隊は民兵に毛が一本生えた程度だったと聞くが、こちらはせめて坊主頭くらいであってはあって欲しいな」

 

「ゲオルク・マクレランは士官学校時代に軍組織について書いたレポートが賞をとったこともある組織運営のプロフェッショナルです。私も士官学校時代は彼の書いたレポートを教科書に学んできました。期待はできると思います」

 

「そうしたいね」

 

 一応ガエリオの見る限り行軍しているSAU防衛軍には、民兵上がりの拙さらしいものは見受けられなかった。

 やや指揮官であるマクレランに依存しすぎな節はあったが、それでもしっかり『軍隊』という形は整っている。彼という人材を手放す原因となったイズナリオ・ファリドにガエリオは心中で文句を吐いた。マクギリスによって失脚させられてからは行方知らずだが、息子がギャラルホルンの独裁者になっているのを彼はどんな目で見ているのだろうか。

 ガエリオはラスタルから聞かされたイズナリオとマクギリスの真実の関係性を思い出し、知らずのうちに拳に力がこもる。

 

(もしもイズナリオがマクギリスのことをちゃんと息子として扱っていれば……もしも子供の頃の俺が気づいていれば……。いや、今はそんなことを考えても仕方ないか。目の前の戦いに集中しないと)

 

 生きていれば再びマクギリスと邂逅する機会もあるだろう。過去にはその時に決着をつければいい。

 そのためにもこんなところでエルネスト・エリオンなどに躓いているわけにはいかないのだ。

 

「敵陸上戦艦からMSが出撃してきます!」

 

 オペレーターの声がブリッジに木霊する。

 エクェストリスには宇宙で矛を交えたヨセフ・プリマーが参加していると聞くが、エルネストは彼と異なりこちらに通信を入れてくることはなかった。不必要な問答はなしということだろう。このあたりは血縁だけあってラスタルと似ている。

 

「エイハブ・リアクターの照合確認! 敵MSのほぼ全てがレギンレイズです」

 

「どうやら近衛隊に生産されたレギンレイズが優先配備されているという情報は確かのようですね」

 

「らしいな」

 

 一般機とは異なり近衛隊の軍服と同じ黒と紫のカラーリングだが、そのフォルムを見間違うはずがない。グレイズの後継機にして、量産MSの一つの到達点とすらいえるレギンレイズだ。

 フックスベルガーの深刻な声色も頷ける。

 これまでの相手部隊は殆どがグレイズで、最新鋭のレギンレイズは一部のパイロットが受領するのみだった。流浪のアリアンロッドが何度かに渡る敵軍の襲撃を撃退できたのも、MSの性能差が一因だったといえよう。

 だが今回の戦いは寧ろあちらに性能面での優位がある。アリアンロッド所属の兵は兎も角、マグワイア基地に配備されているのはグレイズばかり。SAU防衛軍の部隊に至ってはグレイズより旧式のゲイレールが主力という始末だ。

 

「しかし敵のパイロットはまだレギンレイズを受領したばかりで扱いに熟達した者は少ないはずです。突破口があるとすればそこかと」

 

「自軍の練度頼りというのも情けない気はするがな。こちらもMSを出せ! 練度の高いアリアンロッドの部隊を中核にして迎撃しろ」

 

 本当ならば自分もキマリスを駆って最前線へ馳せ参じたいところだが、SAU防衛軍を率いているのがマクレラン〝少将〟であるためそれも出来なかった。

 いくらなんでも三佐のフックスベルガーに少将でギャラルホルン退役一佐のマクレランを指揮させるのは無礼だし、かといってSAU防衛軍少将の指揮でギャラルホルンが動くわけにもいかない。

 組織のしがらみというのは下らないことだが、破るというのも難しいものだった。

 

 

 

 司令官であるガエリオの命令で陸上戦艦の格納庫も一気に熱気を上昇させた。

 まず真っ先に先陣を切るのは、アリアンロッド随一の力量を誇るジュリエッタ・ジュリスのレギンレイズ・ジュリアである。

 

『ジュリエッタ・ジュリス、レギンレイズ・ジュリア。レディーファーストです。先に行かせてもらいます。シノン・ハスコック、データによればフラウロスは地上戦に秀でたMSとありました。貴方は仮にもガエリオ・ボードウィンの直臣なのですからそれだけの活躍をお願いします』

 

 慇懃に毒を吐くジュリエッタをノルバ・シノ――――もといシノン・ハスコックは苦笑いしながら見送る。

 天下のセブンスターズの直臣、火星の宇宙鼠出身の自分が随分ご立派な立場になってしまったものだ。あくまでも表向きのことであり真実でないとはいえ、これはわりと途轍もないことだろう。そこそこ学を身に着けた分、余計にそう思う。

 

『仮にもたぁ随分とまぁ嫌われたもんだなァ。ジュリエッタのお嬢ちゃんはラスタル司令の側近だったし対抗意識でも芽生えたのかねぇ』

 

 裏事情を知らないブラウンは「仮にも」というのを皮肉の類と受け取ったらしい。子供の喧嘩を微笑ましく見守る父親のように言った。

 

「まぁ、んなとこだよ。色々あって嫌われっちまったんだ」

 

 あれは額面通りの意味なのだが説明するわけにもいかないのでシノンは曖昧に流すことにする。

 実際ジュリエッタがラスタルを直接的に殺害した自分を快く思うはずもないので、あながち嘘とは言えなかった。

 

『対抗意識をもって競争するのは悪いことじゃないし、事情は知らんから仲良くしろなんて無責任には言えん。だが余計な足の引っ張り合いをするんじゃねぇぞ』

 

「そこんとこは大丈夫だろ。前と違って今は同僚だからな」

 

 夜明けの地平線団との戦闘で三日月とジュリエッタが激しく親玉の首級を奪い合ったことを思い出し、シノンはうっかり口を滑らせてしまった。

 やはりというべきかブラウンは『前と違って?』と疑問符を浮かべる。どう取り繕うか必死に考えを絞るシノンに救いの手を差し伸べたのはジョニィ・ジョンソンだった。

 

『派閥のことですよ、ブラウン二尉。イズナリオ様の引退以前はボードウィン家はファリド家側で、エリオン家側とは対立関係にありましたから。

 ボードウィン卿の側近だったハスコック二尉とラスタル様の側近のジュリエッタ・ジュリス嬢で……その表沙汰にできない類の因縁があったんです。ですよね、ハスコック二尉?』

 

「そうそう! それだよそれ!」

 

 ファリド派だのエリオン派などはよく知らないが、ジョンソンに全力で同意しておいた。

 

『セブンスターズに近い立場ってのも大変なんだなぁ。俺みたいな庶民出身には分からん世界だ』

 

 それには心の中で同意する。庶民どころか貧民出身の自分には政治だの派閥だのというのはよく分からない。

 

『やだやだ。関わり合いたくもない世界の話は終わりだ! 俺達も行くぞ! 敵はマクギリス・ファリドが新設したとかいう新顔部隊だ。新入りにいっちょ手厚い歓迎会をしてやるぞ』

 

「りょーかい、新人歓迎なら任せておけって! 憎まれるほど厳しくだろ?」

 

 笑いながら通信を一度OFFにして高らかに「五代目流星号!!」と叫んでから再び通信をONにして、

 

「シノン・ハスコック! 出るぜぇーっ!」

 

 久方ぶりの地上戦へと出撃して行った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。