純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第45話 代償

 必死に戦っているのはなにも最前線にいるMSパイロット達だけではない。

 将棋でいう王将、チェスでいうキングの役割を担う旗艦である陸上戦艦トラベラーのブリッジは、戦場全体から情報が濁流のように押し寄せてきて、冷房はきいているのにサバンナの熱気だった。

 

「第十二MS小隊壊滅! 敵新型MS、こちらに近づいてきます!」

 

「情報によれば敵新型はグレイズ・アインの後継機の模様!」

 

「新型の形式番号はEB-AX3! グレイズ・ツヴァイなる名称のようです!」

 

「ブラウン隊、グレイズ・ツヴァイと交戦開始!」

 

「ブラウン機反応途絶!」

 

 だがグレイズ・ツヴァイの活躍の報が入る度に、サバンナの熱帯にフィンランドの寒風が吹き荒れた。

 グレイズ・アインは悪名と共にその強さもギャラルホルン全体に知れ渡っている。悪鬼とまで忌み嫌われたMSの後継機がこちらの前衛を食い破り、旗艦に近づいてきているのだ。これに恐怖しない者はいない。

 数少ない例外は総司令官として指揮をとっているガエリオだった。

 

「マクギリス、お前はどこまでアインの誇りを踏み躙る気だ」

 

 ガエリオにとってグレイズ・アインは、尊敬する自分の部下の現身とすらいえるMS。

 マクギリスに対する激しい怒りは、恐怖に震えるキャパシティを心から失わせていた。

 

「俺を謀り殺そうとしたのはいい。生まれながらにセブンスターズの次期当主として育てられてきた俺が無思慮にお前の心を傷つけていたのかもしれないからな。ギャラルホルンの腐敗を嫌ったお前が憎むことも仕方ないかもしれない。しかしアインは……アインは違うだろう!」

 

 マクギリスの革命が生まれや所属に関係なく、実力こそが評価される世界を目指したものならば、アインこそがその理想を体現する人間だった。

 だからこそ彼のことを死後ですらいいように利用するマクギリスに対して、ガエリオは怒りを隠すことができなかった。

 

「ボードウィン卿。今は戦闘中です、ここで倒れればマクギリス・ファリドにしかるべき報いを与えることも叶いません。今は指揮に専念されて下さい」

 

「分かっている。参謀長の言う通りだ」

 

 参謀長のフックスベルガーの冷静な進言を受けたガエリオは、直ぐにマクギリスへの怒りを収めた。

 マクギリスへの怒りよりも、自分の預かる命に対しての責任感のほうが重かったからである。

 

「ボードウィン卿。もしもグレイズ・ツヴァイなるMSがグレイズ・アインと同等以上の戦闘力をもっているならば最低でも五倍、安全を期すのであれば十倍のMSが必要となるでしょう。作戦成功のためにも、この時点で旗艦に敵MSの接近を許すわけにはいきません」

 

「俺が出る、と言いたいがまだ司令官職を放り出すわけにはいかないな。かといって二十機もレギンレイズを援護に回せば他がおぼつかない。ジュリエッタの隊は?」

 

「現在〝黒紅の醜星〟が直接指揮する部隊と交戦中です。動かせません」

 

「なら第二、第七、第十六小隊を回せ」

 

「はっ」

 

 グレイズ・ツヴァイの猛攻は悪い誤算であったが、ガエリオの今日の運勢はそう捨てたものでもないらしく嬉しい誤算にも恵まれた。それは当初戦力としては殆どあてにしていなかったSAU防衛軍の奮戦である。

 ギャラルホルン最精鋭のアリアンロッド部隊には届かないまでも、マグワイア基地の部隊と同レベルの戦いをしていた。

 マグワイア基地の部隊の練度はギャラルホルンの平均を超えない程度のもので、それと同レベルというのは大したことのないように思える。しかしアーブラウの防衛隊が素人の寄せ集め集団にすぎなかったことを考えれば、ギャラルホルンの平均に練度が達しているというのは驚くべきことであった。

 

「マクレラン退役一佐をみすみす手放したのは損失でしたね。この短期間に曲がりなりにも『軍隊』と呼べるだけの組織を作り上げるとは」

 

「ああ。ギャラルホルンの立場としては防衛軍が力を持ちすぎるのは好ましくないが、今は頼りにさせてもらおう」

 

 SAU防衛軍がこれだけ戦ってくれているならば、そちらのフォローを任せていた部隊を他に投入できる。

 これで戦況を持ち直すこともできるはずだ。

 

 

 

 柳葉刀が抜き取られる。

 ブラウン二尉は死んだ。死んでしまった。断末魔の叫びや最期の台詞なんて気の利くものを残さないのが彼らしい。シノンはグレイズ・ツヴァイの接近に反射的に声をあげただけだったが、きっとブラウンは声に出すよりも反射的に体を動かしていたのだろう。

 実は重傷を負っているが生きている、なんてことは思わなかった。

 シノンはリアリストを気取るわけでもないし悲観論者でもない。出来れば生きていたら嬉しいと思っている。

 だが柳葉刀にぐちゃぐちゃになった人間の残骸が付着しているのを見て、まだブラウンは生きていると妄信できるほどシノンは馬鹿ではない。馬鹿になりきれないだけの思考力があった。

 

「てめえっ!」

 

 奥歯を噛み砕く。

 ブラウン二尉はなにかと自分に絡んでくるオッサンで、鬱陶しいと思っていた。

 軍服が崩れているだの、上官に対する口の利き方が論外だの、米粒一つ残さず食べろなど会うたびに小言を言われ続けてきた。

 だがもう彼の小言に悩まされる日々からはおさらばだ。自分が馬鹿やってもそれを窘めてくれる人はいなくなってしまった。

 

『あ、あ……二尉殿……どうして、階級の下の自分を庇って……』

 

 他人が取り乱しているところを目にすると、人はそれを鏡にすることで客観的視点を取り戻すことがある。ジョニィ・ジョンソンが普段の硬さを取り繕うことすら忘れて狼狽している様は、激情に任せて突撃しようとしたシノンをぎりぎりのところで踏み止まらせることになった。

 

「ジョニィ。ブラウンのおっさんが助けた命なんだ。お前は下がってろ――――なんて甘いこと言わねえぜ、俺は」

 

『ハスコック二尉?』

 

「おっさんに助けられた命なら、おっさんの仇をとれ! おっさんを殺った奴等をぶっ殺して落とし前をつけるぞ!」

 

 ただしそれも一時のことに過ぎなかった。

 ここで自分たちが逃げればグレイズ・ツヴァイが一気にガエリオのいる味方旗艦を狙うのは目に見えている。だとすれば例え相手が化物だろうと、死ぬ気で戦って倒すしかない。

 この場においては激情に任せた決断と、冷静に導き出された決断は同じだったのだ。

 三百年前の悪魔は、現代に生まれ落ちた新しい悪魔へ果敢に向かっていった。

 

『破れかぶれね』

 

『見苦しい真似』

 

 グレイズ・ツヴァイのパイロットは嘲るように笑いながら、シノンの決死の猛攻を捌く。

 性能面でそう差はないはずなのだ。むしろレギンレイズ・ジュリアの戦闘データを元に魔改造が施されたフラウロス・レオパルドゥスは、グレイズ・ツヴァイに勝るスペックをもっていた。

 なのに届かない。

 こちらが攻撃を仕掛けても、敵はその数瞬早く回避行動に移っている。相手の攻撃を躱そうと思ったときには、既に被弾してしまっている。

 阿頼耶識の深度の差ともいうべきか。鉄火場において絶望的なほど動きが届かない。

 

「畜生、またかよ。また俺はこいつ相手に不甲斐ねえ無様をすんのかよ……っ!」

 

 エドモントンでまったく成す術なくグレイズ・アインに撃破された記憶が蘇る。

 オルガから貴重なMSを預けられていたのに、あの時の自分は持ち場を守り切ることができなかった。三日月のバルバトスがいなければ、きっとグレイズ・アインによってオルガもクーデリアも殺されていただろう。

 あれから更なる特訓を積んでMSにも慣れたはずなのに、結局自分はなんら変わっていない。あの頃と一緒だ。違うのはここには三日月もバルバトスもいないということである。

 自分のヘマを代わりにケツ拭いてくれる誰かはいないのだ。

 

「もっとだ……」

 

 操縦桿を握りしめる。

 脊髄の阿頼耶識から心臓へ、そこから全身の血脈へ。冷たい殺意が流れ込む。

 三日月は悪鬼(グレイズ・アイン)を殺すために、悪魔(バルバトス)へ代償を払った。なら自分も同じことをするだけである。

 

「もっと力を寄越せ〝フラウロス〟!」

 

 自然と自らがつけた愛称ではなく、三百年前につけられた悪魔の名を呼ぶ。

 新たな契約者に歓呼するかのように、ガンダム・フラウロスのツインアイが赤く発光した。

 

 


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