純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第46話 肉の味

 MS格納庫でヤマジン・トーカは悪戯を成功した子供のように邪気のない笑みを浮かべた。

 持っている端末は遂にフラウロスが力を目覚めさせたことを示している。

 

「ノルバ・シノ――――いいやシノン・ハスコックにフラウロスを任せることを私からも提案したのは正解だったよ。彼ならいつかやってくれると思ってた」

 

 MSに限らず兵器というやつは、ただ高性能にすれば完成するというわけではない。それを使いこなす人間がいてこそ兵器は完成するのだ。

 人の血の宿らぬ兵器はどれだけ優れていても完成とは程遠い。厄祭戦で無人兵器のMAが、有人兵器のMSによって駆逐されたことなどその代表例だ。

 そしてガンダム・フレームを完成させてくれるパイロットは、阿頼耶識使い以外には有り得ない。

 阿頼耶識Type-Eは人道的にも適合率的にも量産できたものではないし、そもそもキマリス以外への実装は亡きラスタルからも、現司令のガエリオからも固く禁じられている。ヤマジン・トーカはノリの軽く倫理観が薄いところはあるが、軍属であるという意識はあったので命令されれば背くことはできない。

 だから命令違反ではない範囲内で、自分が手を入れたMSの性能を最大限発揮できるように努力は欠かさなかった。

 

「良かったんでしょうか、技術主任。ボードウィン卿に許可もとらずにシノン・ハスコック二尉の阿頼耶識に手を加えたりなんかして」

 

 気の弱い部下がおずおずと不安を露わにする。

 ヤマジンは中破したMSを整備する手を止めることなく応えた。

 

「いいんだよ。別に二個目の阿頼耶識をくっつけたとかそういうわけじゃないんだ。ただ既存の阿頼耶識をちゃんとした技術で改良、というより改善させただけなんだから。MSのメンテナンスのようなものさ」

 

「それはそうですが……」

 

「一技術者として意見を言わせてもらうなら、施術をした奴は藪医者だね。品質の悪さは環境が劣悪なんだから仕方ないにしても、腕の悪さは唾を吐きたくなる。

 阿頼耶識の施術の成功確率は60%だそうだけど、私ならまったく同じ環境で確率を最低90%には上げられるよ」

 

「アリアンロッドで主任を務めておられる貴女と、辺境の技術者を比べるのは余りに理不尽と思いますが」

 

「だったら施術なんてしないほうがいい。命っていうのは大切な資産なんだ。無駄に潰すのは資産の浪費だよ。私の手元に百人の人間がいたら、骨一本無駄にしないで使い尽くしてみせるんだけどね」

 

「…………」

 

 部下が人非人を見るような目をヤマジンに向ける。

 技術者でも真っ当な倫理観を持つ彼にとって、人命を資産と呼ぶヤマジンの言葉はとても受け入れがたいものだったのだろう。

 

「冗談だよ。私だってギャラルホルンの軍属なんだ。人体実験を無理強いするような酷い女じゃないさ」

 

 もっとも相手が望むのならばそれを拒む理由はない。

 フラウロスについてもそうだ。例の覚醒はパイロット本人が強く望むことによってのみ起こるよう調整している。つまり望まなければ絶対にフラウロスが目覚めることはないのだ。

 結果的にはヤマジンの期待通りに目覚めてくれたわけだが。

 

「新顔に見せてやるといい。三百年前に天使達を駆逐した悪魔の真の恐怖を。ガンダムの力をね」

 

 

 

 ガンダム・フレームには通常時はパイロットの安全を守るためにリミッターが設けられている。

 もしもガンダムがフルスペックを発揮してしまった場合、それと阿頼耶識で繋がっているパイロットは命すら持っていかれかねないための処置だ。リミッターが解除されるのは基本的には、天敵であるMAと一定距離にまで近づいた場合のみである。

 だが基本的にということは、逆説的には例外がある証だった。

 パイロットである阿頼耶識使いが強く力を欲したのならば、悪魔の名を持つガンダムは望み通りの力を与えるだろう。搭乗者の魂を得る代価として。

 

〝限定解除《Limit Release》〟

 

 ガンダム・フラウロスのモニターに浮かび上がる文字列。悪魔召喚の儀式で使う魔法陣のようなものが瞼に焼き付く。

 自分の肉体がそこに宿る魂ごと引きちぎられていく感覚があった。こうしてフラウロスと繋がっている間は問題なく動くが、きっと接続を解除すれば三日月のように持って行かれた箇所が動かなくなるだろう。

 それは問題ではない。大事なのは自分にこれが扱えるかどうかだ。

 ガンダム・フレームの限定解除は並大抵のことではない。

 三回の施術を受けた三日月ですら、完全なる限定解除は半身を持って行かれてどうにか出来たのだ。二回の昭弘は耐えられなかった。

 自分の阿頼耶識は三日月どころか昭弘にも劣る一回きり。ちゃんと限定解除できたかは不安があった。

 だがその不安は杞憂に終わる。

 肩を震わせる、呼吸をする。そんな無意識の動作すらも阿頼耶識はMSへと伝え、機械とは思えぬ生物的な動作をフラウロスにとらせる。

 ノルバ・シノとガンダム・フラウロスは完全に一体となっていた。

 

『は、ハスコック……二尉?』

 

「ジョニィ、退いてろ」

 

 冷たく突き放すようにシノンは前へ出る。

 今の自分とフラウロスに余計な援護射撃はむしろ邪魔だ。単騎のほうが敵を殺し易い。

 

『へぇ。まだ戦いを諦めないなんて勇敢な男性なのね』

 

『これまでのヘタレなら命乞いしていた所なのだけど』

 

 目から流れる血涙を拭う。シノンの左目と同じ色に発光したフラウロスは、獲物を吟味する狩人のようにグレイズ・ツヴァイを見比べた。

 

『いいわ、死になさい! エルネスト様のために!』

 

『コックピットを潰した後、機体は頂いてあげる!』

 

 その無言を挑発と受け取った双子姉妹は柳葉刀と狼牙棒を持って接近してきた。

 つい先程までの自分であれば人間離れした反応速度にまったくついていけなかったのであろうが、

 

「なんだ、遅ぇじゃねえか(・・・・・・・・)

 

 この段階に至ったことで気づいた。

 過去の経験からグレイズ・アインとグレイズ・ツヴァイを同一視していたが、それは誤りだったらしい。

 性能面ではグレイズ・ツヴァイが上なのだろうが、阿頼耶識の深さはグレイズ・アインの方が上だった。完全な人機一体ではなく、ほんの僅かな遅れがある。

 全体像というやつは高所からでないと分からぬものだ。

 

『なっ!?』

 

『嘘っ!?』

 

 双子姉妹を凌駕する反応速度で容易くグレイズ・ツヴァイの攻撃を回避したフラウロスは、両手で機体重量を支えると、コマのような回し蹴りを喰らわせた。

 左右反対の側へと蹴り飛ばされていくグレイズ・ツヴァイ。狙い通りだ。殺すなら一匹ずつのほうがやり易い。群れられると面倒だ。

 

「食い殺してやるぜ」

 

 四足形態に変形したフラウロスは柳葉刀を持ったほうのグレイズ・ツヴァイへと襲い掛かっていく。

 こちらを選んだことに理由はない。強いて言えばこちらの方が近かったからだ。

 

『このぉ!』

 

 柳葉刀でフラウロスを追い払おうとするグレイズ・ツヴァイだが、無慈悲に前足でその手を抑えつける。

 ついでに至近距離からレールキャノンを喰らわせてやって頭を吹き飛ばしてやった。これで碌に目が効かないだろう。

 後はコックピットで震えている柔らかい肉を捕食してやるだけだ。

 

『い、いやぁ……やだよぉ。たす』

 

 命乞いは無視してフラウロスが牙をコックピットに突き立てた。

 

『あ、あ゛ぁぁああああああああああ!! いたい痛い痛い痛い痛い痛い痛い助けてお願い! 死にたくないのなんでもするから私を愛して』

 

 グレイズ・ツヴァイの分厚い装甲が仇となった。

 そのせいで一度牙を突き立てたくらいではコックピットは完全破壊されることはなく、中にいた少女は巨大な獣に生きながら食われる恐怖と苦痛を何度も味わうことになった。

 グレイズ・ツヴァイのスピーカーから漏れる少女の発狂は、およそ七回目に突き立てられた牙によって漸く止んだ。

 

「……不味い」

 

 フラウロスを人型に再変形させ、シノンは吐き捨てるように言った。

 

 


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