純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第48話 緋色の鷲

 近衛長官エルネスト・エリオンの企てが始まったことを告げたのは、旗艦トラベラーのオペレーターだった。

 

「エクェストリス旗艦テカムセより高熱原体の発射を確認! 数10! こちらに向かってきます!」

 

「高熱原体だと? まさかこの距離で有線誘導ミサイルか!?」

 

 エイハブ・ウェーブ影響下の戦場では航空機は飛行できないし、ミサイルの誘導だって出来たものではない。地上戦がMSによる白兵戦がメインとなっているのもそのためだ。

 だから敵がこのような手をうってきたのはガエリオにとっても意外であった。しかし意外ではあるが別に対処できないことでもない。有線誘導ミサイルなど普通に弾幕で撃ち落とせばいいだけだ。

 

「い、いえ違います! 10の熱原体全てからエイハブ・ウェーブを確認! こちらへ向かってきているのはMSです!」

 

「なんだと!?」

 

 ガエリオの楽観を打ち砕くようにオペレーターからとんでもない事実が伝えられる。

 

「映像、きます!」

 

 トラベラーのモニターに表示されたのは外付けのフライト・ユニットを背面に装備した九機のレギンレイズと未知のMSだった。

 十機は弾丸めいた勢いで滑空し、地上でのMS同士の戦いを無視して真っ直ぐにこちらの旗艦トラベラーを目指している。

 恐らくカタパルトでMSを無理矢理に空へと発射したのだろう。エルネスト・エリオンは海賊染みたダーディーなやり方を好むという前情報にはあったが事実だったらしい。

 しかしガエリオを驚愕させているのはそれだけではなかった。

 十機のMSの中で一際目立つ真紅の塗装が施されたMS。

 両肩のブレードシールドを翼のように展開して、レギンレイズたちの先頭を滑空する姿は緋色の鷲(スカーレット・イーグル)だった。

 

「ガン、ダム」

 

 自分の愛機と同じ特徴的な外見を見間違うはずもない。

 あれが七十二機のガンダム・フレームの一機であるのは明らかな事実だった。

 

「固有周波数の確認はまだか?」

 

「今終わります。出ました! ASW-G-29! ガンダム・アスタロトです!」

 

「……ボードウィン卿。小官の記憶に誤りがないのであれば、ガンダム・アスタロトはウォーレン家が所有していたガンダム・フレームでは?」

 

 フックスベルガー三佐に同意するよう頷く。

 ギャラルホルンには〝公爵〟として君臨するセブンスターズ以外にも無数の貴族家が存在する。ウォーレン家というのは嘗てその一つに名を連ねていた名家だ。

 過去形で語った通り既にウォーレンという貴族家はギャラルホルンにはない。地球経済圏との癒着というタブーを犯したことでお家取り潰しの憂き目となったのだ。

 経済圏から独立した中立の監視者という大義名分をもって行動するギャラルホルンにおいて、特定の経済圏と深く繋がることは最大の禁忌。セブンスターズの一門であるイズナリオですら、露見すれば全ての職を辞さねばならなかったのだ。セブンスターズと違って替えは幾らでもいる貴族家では、致命傷を通り越して即死物の傷だ。

 

「ああ。ガンダム・アスタロト、月面の巨大クレーターから発掘されたガンダムだ。取り潰しになった家が管理していたMSなんて誰も好んで欲しがりはしなかったからな。ウォーレン家が取り潰された際に分解されアングラな市場に流れたと聞いているが…………まさかエルネストが回収していたとは」

 

 だが納得もする。エルネスト・エリオンは圏外圏で海賊まがいのことをやっていたという。ならばアングラな市場にも顔が利くのだろう。

 パーツごとにバラバラになったガンダム・アスタロトを全て買い戻すことも不可能ではないのかもしれない。

 

「グレイズ・ツヴァイで戦場の注目を集めておいて、空から一気に本丸を強襲する。まったくあの連中(鉄華団)みたいな乱暴な手を使う。

 だが何度もそんな奇襲でやられるほど俺達は学習能力が低くはない。フックスベルガー、旗艦トラベラーを下がらせろ。護衛部隊である第一MS中隊で敵奇襲部隊を迎撃する。後の指揮は任せる」

 

「了解です…………え?」

 

「俺もキマリスで出る。ヤマジンに準備をさせろ!」

 

「お待ちください。いくらガンダム・フレームがいるとはいえ十機程度の奇襲部隊なら第一MS中隊で十分対処できます。彼等は精鋭です」

 

「念のためだ。相手がただのパイロットなら第一MS中隊で十分対処できるだろう。だがもしもガンダム・アスタロトのパイロットが限定解除(リミット・リリース)すら可能な領域に達していた場合、悪戯に犠牲を出すことになる」

 

 限定解除したガンダム・フレームの戦闘力はMAに並ぶ。

 今のところその領域に達しているのはマクギリス・ファリドと、鉄華団の三日月・オーガス。そして阿頼耶識Type-Eの適合者である自分の三人だけだ。

 だがそれは絶対的なものではない。これから新たに四人目、五人目が出てこない保証などありはしないのだ。

 いいやグレイズ・ツヴァイなんてものを出したくらいだし、最低でもあと一人はマクギリス陣営に達した者がいるだろう。

 

「分かりました。どうかご武運を。自身の御命を第一にお考え下さい」

 

「辛い役目を押し付ける。責任は全て俺がとるから好きに指揮をしろ」

 

 今この瞬間にも十機の奇襲部隊は近づいてきている。ガエリオは廊下を全力疾走してMS格納庫へと急いだ。

 ヤマジンの整備チームの手際は流石で格納庫に着くとキマリスは完全に準備完了していた。

 

「ガエリオ、敵はガンダム・アスタロトだって? アスタロトは色々面白い技術が使われてるから、もし撃破して余裕があったら鹵獲しておいてくれよ」

 

 ヤマジンが注文をつけてくる。ことがMS関連になると相手が誰であろうと遠慮することがないのが彼女の美点だ。

 こんな図太い神経の技術者はギャラルホルン中探してもそうはいないだろう。

 

「安請け合いはできないな。まぁ期待せず待っていてくれ。――――ガエリオ・ボードウィン、行くぞ!」

 

 後退するトラベラーに反発するようにキマリス・ヴィタール・トルーパーが飛び出す。愛機ながら長い名前である。

 その瞬間だった。空中から急降下してきたガンダム・アスタロトが大質量のスレッジハンマーで殴り掛かってくる。ガエリオは反射的にドリルランスでそれを受け止めた。

 

『ふふふふふふふっ、いきなりナイスガイに出会えて嬉しいぜ。ガンダム・キマリス! そいつに乗ってるってことは、ガエリオ・ボードウィンだな!』

 

「その声……聞いたことがあるぞ。まさかアスタロトのパイロットは!?」

 

『お初お目にかかる。近衛隊長官エルネスト・エリオンだ。いいねぇ、最高だ! まさかこのご時世に大将同士の一騎打ちがやれるなんてなぁ!!』

 

 ガエリオとエルネスト。奇しくも最終局面はエリオンの後継者であることを欲する両者同士の戦いとなった。

 


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