ボードウィン家の象徴としてずっと大切に保管されてきたガンダム・キマリス。
ウォーレン家が月で発見し、同家が没落してからはバラバラに分解されアングラな市場を彷徨ってきたガンダム・アスタロト。
厄祭戦で共にMAと戦ったガンダム・フレーム同士でありながら、その経歴は天と地の差といえる。
だが三百年の時を経て二機は再び巡り合った。味方としてではなく、互いに食らい合う敵同士として。搭乗者がボードウィンとエリオンであることが残酷な運命をより強調していた。
「意外だな。近衛隊長官ともあろう男が自ら奇襲部隊の指揮をとるとは」
『指揮官の椅子は座り心地は良いんだが、俺のケツはMSの操縦席で程よい刺激がねえと収まりがつかなくてね。大体俺達セブンスターズの先祖は後方で安穏としていたんじゃあない。自らMSで最前線に立ったからこそ世界の支配者として君臨したんだ。偉大なる祖先には倣わねえとな』
「それには一部同意しよう」
エルネストの言う通りセブンスターズの初代は、自らMSに乗ってMAと戦った。
ガエリオ含めてセブンスターズ出身者がMSで出撃することを好むのも、偉大なる先祖の薫陶を受けているからだ。そして祖先ゆずりの才覚と幼少からの厳しい訓練を受けたセブンスターズ出身者は、エースパイロットとして名を馳せることが多い。
あのラスタルだってアリアンロッド艦隊司令長官に就任する以前は、MSに乗って武勲を積み重ねてきた男だ。
ギャラルホルンにおいてセブンスターズはエースパイロットの代名詞なのである。……一部例外もいたが。
「エルネスト・エリオン。お前個人に恨みはないが、立ち塞がる以上は打ち砕く」
『ふふふふふふふふふふっ。痺れる啖呵だ。写真でも結構な男前だったが、声のほうも結構好みだぜ。自分で獲りたがっていたマクギリスには悪いが、お前の命は俺がもらってやる。
ついでにそのガンダムも頂くぜ。チーム・マンハッタンの連中がキマリスに搭載されてるっていう阿頼耶識システムType-Eを欲しがっていたしな』
「……大概にしろ」
『ん? 怒ったかい?』
「お前達にアインを渡してなるものか。彼の誇りは、俺が守る!」
『アイン? ああ、グレイズ・アインの〝素体〟になったっていう男か』
尊敬する部下を実験動物扱いするエルネストの言動に激発しそうになる。
敵の挑発かもしれないので、ガエリオは直ぐにでもアスタロトの首を捻り潰したい衝動を寸前で押さえ込んだ。
『そういえば資料で見たアイン・ダルトンも結構な美丈夫だったな! ははははははははははは、もしかしてお前の愛人だったのか? 愛人を達磨にしてMSにするなんてお宅も良い性癖してるじゃねえの。初めてだぜ、話が合いそうと感じたのは』
限界だった。
「死ね」
自分をどれだけ侮辱されようと構わないが、アインを侮辱したことは許せるものではない。
阿頼耶識システムType-Eを起動。
もはやエルネスト・エリオンという生命を消し去ることに一欠片の躊躇もありはしない。ドリルランスをコックピットのある部分目掛けて突き刺した。
『っと危ない!』
だがエルネストとて数々の死線を潜り抜けてきた歴戦のパイロットだ。性根は腐っていても技量は腐っていない。
槍の一刺しをブレードシールドで受け流すと、スレッジハンマーを一振り。キマリスが回避したのを見計らってショットガンを連射しながら距離をとっていった。
『ご立腹だなぁ、ボードウィン!』
「汚い口を閉ざせ。死にたくなければ謝罪しろ」
『もしかして図星だったか!?』
こちらを嘲笑しながらガンダム・アスタロトは左右に体を揺らしながらスレッジハンマーで攻撃してくる。
キマリスがトルーパーによる高機動からのドリルランスによる一撃必殺に秀でていることを見抜き、それをさせまいという作戦だろう。
悪くはない。エルネストにはそれをなせる腕前もある。だが阿頼耶識システムType-Eを発動させたガエリオからすれば小細工に等しかった。
あっさりとアスタロトを捕捉するとまずスレッジハンマーを手から弾き飛ばす。
『この反応速度……マクギリスや鉄華団の鬼神と同等。こりゃ勝てんなぁ』
「覚悟!」
『
ガンダム・アスタロトの目が輝いたかと思うと、抜刀した太刀がドリルランスを持っていたキマリスの右腕を切断していた。
「これは、」
レバー操作で動かしている普通のパイロットには決して追いつけぬ超反応。エルネスト・エリオンがマクギリスと同じ施術をしているのだと、ガエリオは漸く気づいた。
しかしガエリオが絶句しているのはそこではない。ガンダム・フレームと組み合わせることでMAに匹敵する力を得られる技術だ。マクギリスが自分一人のものとして専有せず、それを腹心にも与えたのは自然のことだろう。
ガエリオが驚いているのは、アスタロトの太刀があっさりとキマリスの右腕を切断してみせたことにある。
『オラオラオラオラオラオラオラオラ! 逃げ回るだけじゃ俺を満足させることはできねえぞ! そっちからも突いてきな!』
アスタロトは自機と同じ色の太刀を縦横無尽に振り回す。
だがあれはただの太刀ではない。観察していて気づいた。あの赤い太刀とアスタロトの右腕は接続ケーブルで繋がっていて、そこから正体不明の反応を太刀へと与えている。
「キマリスとアスタロトは同じ厄祭戦のMS。しかも機体の製造番号を信じるならアスタロトはキマリスより前に製造されたMS。だったら」
保存されている厄祭戦時代のデータを引っ張り出し検索する。果たしてガエリオの期待通りガンダム・アスタロトのデータは残っていた。
身体は阿頼耶識システムType-Eによる自動防御に預け、目で素早く必要な情報を探す。
「あった。ガンダム・アスタロト専用武装γナノラミネートソード。刀身に圧縮したエイハブ粒子をケーブルを使って送ることで、特殊な『γナノラミネート反応』を発生させる。γナノラミネート反応はMAの装甲で、MSにも採用されているナノラミネートアーマー構造を破壊する効果をもつ。これにより敵MAの装甲を無力化して破壊することがガンダム・アスタロトのコンセプトで……ええぃ、そういうことか!」
ナノラミネートアーマーがどれだけ鉄壁だろうと、それが無力化されたのでは意味をなさない。対MAどころか対MS戦においても有効的過ぎる兵器だった。
「だが種さえ分かれば!」
左腰にマウントされていた刀を抜いて、γナノラミネートソードを受け止める。
ナノラミネートアーマーキラーのγナノラミネートソードだが、逆を言うならばナノラミネートアーマー以外にはただの太刀でしかない。
キマリスの刀は特殊金属を研磨されて作り出されたもの。ナノラミネートアーマーではない。よってアスタロトのγナノラミネートソードも普通に受け止めることができる。
『平気とでも!』
「くっ!」
γナノラミネートソードのせいでこちらは一太刀喰らえば致命傷になりかねないのに対して、エルネストはナノラミネートアーマーに守られている。
しかもキマリスは右腕とメイン武装のドリルランスを失っているので劣勢を強いられていた。
(このままじゃジリ貧だ。γナノラミネート反応さえなければ戦えるんだが……危うい賭けだが、試してみるか)
達人同士の果し合いをMSの大きさにスケールアップする殺陣の最中、ガエリオは敢えて命取りとも言える行動に出た。わざと急所――――即ちコックピット周辺に隙を作ったのだ。
エルネストは優れたパイロットである。それ故に反射的にγナノラミネートソードの斬撃が、ガエリオによって作り出された隙へと向かっていった。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
『!?』
ここでガエリオは斬撃を回避するのでも防御するのでもなく逆に前進した。左斜め前へ、アスタロトからすれば右側へと踏み込む。
それによりγナノラミネートソードはガエリオではなく、僅かにその右側を貫く。ほんの50㎝のずれがガエリオ・ボードウィンの命を救った。
実際ガエリオが右側を振り向けばすぐ隣には赤い刀身がある。
エルネストは自分が仕損じたことを悟るが、アスタロトがγナノラミネートソードを押し込むよりもこちらが早い。キマリスの膝から飛び出したドリルが、γナノラミネートソードから延びる接続コードを引きちぎった。
γナノラミネート反応が消えたγナノラミネートソードなど単なるソード。それも余計な手品に頼った分、純粋な切れ味ではキマリスの刀に劣るナマクラだ。
刀を地面に突き刺してから赤い刀身を握ると、思いっきりアスタロトの頭部目掛けて頭突きをかましてやる。
『ちぃぃっ! 純粋培養の貴族のお坊ちゃんが泥臭い戦いをするじゃないか!』
「生まれや育ちに関係なく、等しく競い合い望むものを手に入れられる世界。それがマクギリスの理想なのだろう。だったら貴族だからといって偏見を抱くのは誤りではないか」
『くくくっ、そりゃそうだ。もっとも俺自身も貴族なんだがなぁ!』
血統を否定した実力主義者であるマクギリスが近衛隊長官に任じたくらいである。この土壇場にあってエルネストは冷静であった。
ブースターを最大出力で噴かせると、逃げるように二時の方向へ向かっていく。アスタロトが目指す座標にあったのは、弾き飛ばされたスレッジハンマーがあった。
「させるか!」
地面に突き刺した刀を引き抜くと、トルーパー形態でアスタロトを追撃する。
さっきのγナノラミネートソードの一突きでシステム周りがやられたのか、警告音が鳴りまくっているが無視した。
逃しはしない。キマリスは瞬発力はフラウロスに、飛行速度であればアスタロトに及ばない。しかし地面での直線移動においてならば、キマリス・ヴィダール・トルーパーは全てのガンダム・フレームの上をゆく。
アスタロトがスレッジハンマーを掴む。それと同時にキマリスは既に刺突の構えに入っていた。
そして紫色の稲妻と緋色の鷲が交錯した。