純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第5話 命の行き先

 戦場で捕虜がとられるというのは別に珍しいことではない。

 そもそもギャラルホルンの性質は軍隊よりも警察組織に近い。警察組織なのだから殺害より捕縛が優先されるのが当たり前で、そのためにギャラルホルンの艦は捕虜収容のための営巣が多めに設計されている。

 例え百回死刑にしても足りぬ犯罪者であろうと、投降したのなら捕縛して裁判を受けさせるというのがギャラルホルンの基本ルールだ。イオク・クジャンの例のように余り遵守されていないのが悲しいところであるが。

 それを踏まえてフラウロスのパイロットが捕虜になったというのは、ガエリオにとって青天の霹靂だった。

 

「フラウロスを回収したのは誰だ?」

 

「ジョニー・ジョンソン三尉です。彼が帰還中に機能停止しているフラウロスを発見、そのまま拿捕いたしました」

 

「聞いたことのない名前だ。どういう男か知っているか?」

 

「職務に忠実な人間と聞いています。一応顔を合わせたことはありますが、余り印象には残っておりません」

 

 我が薄く淡々と役目をこなすタイプの人間か。こういうタイプはどこにだって一人はいるものである

 ガエリオがマクギリスと通っていた士官学校でも、絵に描いたような糞真面目軍人タイプはいた。

 

「悪運が強いな、フラウロスのパイロットは。もしもフラウロスを発見したのが他の兵であれば、間違いなく生きて虜囚となることはなかっただろうからな」

 

 フラウロスのパイロット、吸いだした情報によると名前をノルバ・シノ。

 ダインスレイヴを用いた強襲によってラスタル・エリオンを殺した、アリアンロッド艦隊にとって主君の仇とも言える男。

 ラスタルへ強い忠誠心を抱く彼等が、仇を前にして復讐の牙を引っ込めるはずがない。ましてやノルバ・シノはギャラルホルンではなく、雇われの鉄華団の兵士。リンチという行動に出るのに、アリアンロッドの大多数は躊躇しなかっただろう。

 それがこうして捕虜となり、ちゃんと医務室にも運ばれている。これはもはや一つの奇跡だった。

 

「どうなされますかボードウィン卿。殺せと仰るのであれば内々のうちに処分しますが」

 

「やめろ。捕まえた捕虜を正当な理由もなく殺しては、それこそマクギリスが嫌った腐ったギャラルホルンそのものだ。奴にこちらを攻撃する余地など作れるか」

 

 ノルバ・シノにとっての悪運はもう一つあった。ラスタルの後に指揮をとっているのがガエリオ・ボードウィンということである。

 もしもイオク・クジャンがラスタルと共に戦死しておらず、彼が指揮権を握っていたらどうなっただろう。きっとシノはベッドではなく磔台に寝かされていたはずだ。

 

「ところでそのフラウロスのパイロットは話せる状態なのか?」

 

「難しいでしょう。重要臓器などが幾つも失われており、現在再生治療中です。話すどころか今夜を超えられるかも分からないとか」

 

 送られてきたデータを閲覧する。

 捕らえられたフラウロスは完全にスクラップで原型を留めていない。この有様ではガンダムフレームやMSというより、鉄屑といったほうが適切だ。

 機体がこれではパイロットが生死の境を彷徨っているのも無理はない。というよりギリギリで現世にしがみ付いている方が不思議だ。これだけMSがやられれば中身のパイロットも普通は死ぬ。

 

「治療を続行しろ。それとフラウロスとそのパイロットのことに関しては緘口令を布く。今のアリアンロッドにこのことが知れれば、例え軍法会議にかけられようともラスタルの仇をとろうとする者が出てくるだろう。噂にすらされるなよ。特にフラウロスを捕らえたパイロットにはよく注意しておけ」

 

「はっ!」

 

「ヤマジン。フラウロスに関しては君に一任する。折角のガンダム・フレーム、遊ばせておくのは惜しいからな」

 

「時間はかかるよ。そこまで気前よくぶち壊されてると修理っていうより新調だからね」

 

「頼んだぞ」

 

 ガエリオ・ボードウィンがノルバ・シノとやらにとれることは全てやった。これで後は彼の生命力が死神を跳ね除けるか否かである。

 ここまで悪運を使って現世にしがみ付いているのだから、中途半端なところで力尽きて欲しくはないものだ。

 

「それとボードウィン卿」

 

 部屋から出ていく直前、一尉が思い出したように立ち止まる。

 

「どうした?」

 

「ジュリエッタ・ジュリスが意識を取り戻したようですよ」

 

「…………」

 

 それは嬉しいニュースだったが、ガエリオにとっては嫌な役目をやらなければならないことを意味していた。

 幸い仕事は一段落したところだったので逃げることもできない。ガエリオは嘆息しながらジュリエッタの病室――――に向かう前にシャワーへ入っておくことにした。

 この不潔な恰好で女性に会いに行くのはもはやセクハラだ。

 

 

 

 戦場で大破していたレギンレイズ・ジュリアを回収して、ジュリエッタを助けたのはガエリオ自身である。

 あのバルバトスを長時間に渡って足止めするという驚嘆すべき戦果の代償は、ジュリエッタの負傷だった。

 戦士として強靭な生命力をもつジュリエッタが意識を手放さざるをえないほどのダメージは、並の人間なら痛みだけでショック死しているほどのものである。そのため彼女は艦へ戻るや否や、直ぐに担架で医務室の再生治療室送りになったのである。

 

「入るぞ」

 

 ノックしてから病室へ入ると、再生治療用のカプセルの中ではジュリエッタが横になっていた。あれだけ酷い傷も九割方完治して、意識もしっかりしているようで、瞳は真っ直ぐに天井を眺めている。

 改めて現代の科学技術力の高さを思い知らされた。再生治療など存在しなかった旧世紀の医療技術では、完治まで最低半年はかかる大怪我も数日で治ってしまう。

 

「随分と見舞いにくるのが遅かったですね。お蔭で三時間も天井の観察を続けることになりました」

 

「すまんな。君が目を覚ましたことを聞いたのがついさっきだったんだ」

 

「…………ラスタル様は、どうなりましたか?」

 

 ジュリエッタはラスタルのブリッジにダインスレイヴが直撃した瞬間を目撃している。だからラスタルがどうなったかなんて説明されるまでもなく分かっているだろう。

 けれどもしかしたらラスタルが寸前でブリッジから脱出したかもしれない。敵の奇襲を予期して事前に別の戦艦に移っていたかもしれない。彼女の声にはそういった『かもしれない』希望に縋る切実さがあった。

 ガエリオ・ボードウィンはその希望に応えられない。安易な嘘で偽りの希望を抱かせることが、どれほど残酷なのかは知っていたから。

 

「戦死した。同乗していたイオク・クジャンも同様だよ。同艦における生存者は、寸前で脱出したヤマジン・トーカ技術主任だけだ」

 

 ジュリエッタは表情こそ変えなかったが、一瞬肩をビクンと揺らす。

 

「私は、」

 

「……」

 

「ラスタル様の盾になることが使命でした。あの戦いでもラスタル様から、大事な使命を任せられていました。なのに私は、その役目を果たせなかった」

 

「君はよくやったさ」

 

「お世辞はいりません」

 

「世辞じゃない。君以外の誰がバルバトスと戦って、あそこまで足止めできると思う? 君は自分のやるべきことを完璧に果たしたんだ」

 

「いいえ世辞です! 私はラスタル様が撃たれるのを間近で見ていました! あと少し……ほんの一秒でもフラウロスを止めるのが早ければ、ラスタル様は死ぬ事なんてなかったはずなんです! だから全て、私のせいなんです……」

 

「…………」

 

 今のジュリエッタにはきっとどんな慰めの言葉も無意味だろう。

 優しい言葉をかければかけるだけ、ジュリエッタは自分を責めて追い込んでしまう。ガエリオにも似た経験には覚えがあった。

 

「………………………この艦はこれから何処へ向かうのですか?」

 

「月の統合艦隊本部だ。もう一度マクギリスと事を構えるにせよ、まずは大勢を整えなければならないからな。補給だって必要だ」

 

「分かりました。それまでには治します」

 

「基地に戻るだけで戦闘なんてありはしないさ。無理をせずゆっくり養生するといい。ここ最近はレギンレイズの特訓ばかりで碌に休んでなかったんだろう」

 

「まるで見ていたかのような口ぶりですね」

 

「言っただろう。君に似ている者を知っていると」

 

 病室から出ようとする直前、ふと先程のジュリエッタの発言が脳裏を過ぎる。

 この艦はこれから何処へ向かうのか。さっきは反射的に馬鹿正直に行き先を応えただけだったが、もしそれが抽象的な例えだとしたら。

 

(俺達は、何処へ向かうんだろうな)

 

 傍らに友はなく、ラスタル・エリオンも戦死した今、ガエリオにそれを教えてくれる者は誰もいなかった。

 


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