純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第50話 戦士の戦い、軍の戦い

 キマリスの刀は届かなかった。

 スレッジハンマーは間に合わないとコンマ一秒で判断したエルネストが、直前にブレードシールドを展開したことで僅かに刺突がずれたのである。

 けれど完全に外したわけではない。 刀はエルネストのいるコックピットの真上を貫いている。MSはコックピット周辺に重要な機器が集中するよう作られているので、ここを刃に貫通されるというのは洒落にならない損害といえる。

 証拠にアスタロトのツインアイの片方が光を失っていて、全体的動作もどこか鈍いものになっていた。

 

『ふっー。今回ばかりは金玉が小さくなりかけたぜ。腹にこうもでっかい穴あけてくれちゃって。俺が妊婦なら極刑ものの蛮行だぜ。俺は男だがね』

 

「貴様のような女がいてたまるか」

 

 ブレードシールドをキマリスの刀ごとパージしながら、エルネストは余裕綽々に下品な軽口を叩く。とてもコンマ一秒の差で死ぬ危機を脱した男とは思えない。

 ただエルネストの方は兎も角、機体は彼の面の皮ほど分厚くはなかった。

 アスタロトの損傷は普通のMSならとっくに機能停止していても不思議ではない。これでもまだ動けるのは兵器としてのずば抜けた耐久性を表しているといえよう。三百年前にMAという化物と戦って、現代でも第一線で活躍を可能とする性能は伊達ではない。

 ガエリオは改めて厄祭戦時代の技術力に舌を巻いた。まったく厄祭戦なんてものがなく、人類が安定して技術力を高めていったら、今頃はどんな未来世界の風景が現実のものとなっていたか想像もつかない。

 

『そうでもないさ。世の中には俺よりデカい体をした女だっているぜ。それに俺は女じゃないが女の気持ちは分かっているさ。なんたってそっちも試したことが』

 

「もうやめろ。頭が痛くなる」

 

 MSで殺し合っている最中にどうして下らない(下ネタという意味で)話を聞かねばならないのか。

 エルネストとの会話は精神を無駄に消耗させるだけで利益などない。そんな無駄話はさっさと終わらせるに限る。

 刀はブレードシールドに巻き込まれて失ってしまったが、キマリスの膝部には必殺のドリルニーが残っていた。上手く近接に持ち込めば勝てるだろう。

 

『まだ続けるのかい? 互いに武器もないってのに? いいねぇ。MS同士のステゴロってのも悪くない。思う存分やり合おうじゃないか…………と、俺としては言いたいんだがな。俺はこれでも司令官なんだぜ』

 

 瞬間アスタロトを守るように近衛隊カラーの黒紫のレギンレイズ二機が現れ、キマリスに発砲する。

 

「奇遇だな。俺もだ(・・・・)

 

 それと同時にアリアンロッドカラーのグリーンのレギンレイズ二機がキマリスを庇うように飛び出して、アスタロトに発砲した。

 キマリスもアスタロトも損傷は甚大で、マシンガンの一撃が致命傷になりかねない。それを両軍のパイロットが素早く察知して助けにきたのだ。

 

『エルネストの大将。そろそろ退きましょうぜ、もう十分でさあ!』

 

『元海賊のロバーツと同じことを言うのは癪ですが、残念ながらその通りです。敵軍後営を混乱させるという当初の目的は果たしました。退きましょう』

 

 デヴィッド・ファラガットとバルトロマイ・ロバーツ。

 生粋のギャラルホルンと元海賊。正反対の経歴をもつ部下の進言を受けたエルネストは暫く考え込む。

 ラスタルによってエリオン本家より追放状態にあったがエルネスト・エリオンは、自ら陣頭にたって戦うセブンスターズの気質を色濃く受け継いでいる。自分自身にマクギリスのものと同じ阿頼耶識の施術を施したり、危険な強襲作戦にあたって自らガンダム・アスタロトで出撃したことなどはそういう気質が如実に現れた例であろう。

 ただ彼は勇猛であっても蛮勇ではなかった。空中からの本陣急襲という奇策も、大将首を討ちとって一発大逆転などを狙ったわけではなく、あくまで全体の戦局を有利に進めるための一手でしかない。

 単刀直入に言うとこの強襲の真の狙いは敵旗艦を直接攻撃することで、全軍への指揮を阻害し混乱させることだ。

 近衛隊エクェストリスは総兵力では劣ってはいるが、統一された装備と一定水準の練度など軍団としての完成度では勝る。敵軍の指揮を阻害させることができれば、両軍の差はより決定的なものとなるだろう。

 その目論見は当たった。

 ガエリオ率いるアリアンロッド軍団は他に手段がなかったとはいえ、総指揮がフックスベルガー三佐へ移ったことで僅かな間だが指揮に空白が生まれた。

 幸いフックスベルガー三佐が十分及第点の指揮力を発揮したことと、外様であるSAU防衛軍のマクレラン少将が階級が下であったにも拘わらず(マクレランはギャラルホルン時代は一佐)積極的に指揮へ従う姿勢をみせたことなどによって、ウトガルド宙域会戦でみせたような醜態を演じることはなかった。

 それでも絶妙なバランスで持ちこたえていた天秤がエクェストリス側に傾いてしまったことは否めない。

 

「野郎ども! ボードウィンの洟垂れ息子は我等の攻勢に恐れをなして逃げていくぞ! 逃げていく腰抜けどもを踏み殺してやれ!」

 

 近衛隊旗艦テカムセでエルネストから指揮権を委ねられていたジョージ・カスター二佐は、旗艦トラベラーが後退するのを見るやそう号令した。

 ジョージ・カスターはもうすぐ誕生日を迎える三十一歳。エルネストのようなセブンスターズでも、プリマーのような他派閥からの合流でもなく、マクギリス本人に忠誠を誓って蜂起した革命将校の一人だ。SAU北部出身の猛将で、嵐のように無慈悲で容赦のない攻勢から『長髪の壊し屋』として恐れられる。

 エクェストリス内にあってはヨセフ・プリマーと共にナンバーツーを務める人物でもあった。

 その彼が出したこの号令は実際の事実からは掛け離れたものであったといえよう。トラベラーは強襲を避けるために後ろに下がっただけで、別に撤退したのでも逃げたわけでもない。ボスであるガエリオに至っては自らMSで出撃しているので、逃げたとは真逆である。

 だがジョージ・カスターにとってはそんなことはどうでも良かった。

 要するにトラベラーが後ろに退いて、それを自軍と敵軍の最前線にいる将兵が『ガエリオは逃げた』と思えばそれで士気高揚には十分だったのである。

 ガエリオからフックスベルガーに指揮権が移譲される間に生まれた空白、更にはカスターが流したガエリオ・ボードウィンが逃げたという誤情報。それらの相乗効果によってアリアンロッド側が弱まった瞬間、カスターの号令によって猪となった近衛軍団が突撃していった。

 ジュリエッタ隊とプリマー隊が一進一退の攻防を続けているポイントや、覚醒したシノン・ハスコックとグレイズ・ツヴァイが殺し合っているポイントなどは未だ健在である。だが壁を破壊して潜り抜けるのに、律儀に破片まで砕いてやる必要はどこにもない。

 他に空いた大穴から近衛軍は一挙に中軍へ流れ込んできた。

 

『ははははははははははははははははは! どうやら俺の勝ちだな、ガエリオ・ボードウィン! MS戦の勝敗はそっちにくれてやる。拍手してやるとも。見事な戦いぶりだった! 感動した!

 だが軍隊同士の戦いじゃ勝ち星は俺のもんだよ。喝采してくれよ、なぁ? 俺は俺に反抗的だったやつが命惜しさに尻を振る様がとても好きでね。ここでMSに乗ったままでいいからケツを振ってくれないか? 目に焼き付けたい』

 

『無礼な! ボードウィン卿に向かってなんたる非礼!』

 

『貴様をラスタル様の後継者とは認めん! やはり貴様に屈服せずにボードウィン卿を信じたのは正解だった!』

 

 エリオン閥にいたパイロット二人はエルネストの倒錯した性癖を隠そうともしない発言に激怒する。

 

『まったく酷いねぇ。アリアンロッドには前時代的な性差別の風潮が強く残っているらしい。嘆かわしいことだ』

 

『黙れ! これは性差別などではない! 第一私は病症性愛者(ノソフィリア)だ! 性的マイノリティに対する差別だと? 笑わせるなよ、なにがマイノリティだ! 私からすれば同性愛などはとっくにマジョリティだ! 多数派だ!』

 

『え? じゃあお前が下半身不随で寝たきりの幼馴染を甲斐甲斐しく介護し続けて、自分と相手方の両親の反対を押し切って結婚したのってまさかそういう……』

 

『どうだ見たか! 士官学校時代からいつも一緒に戦ってきた十年来の親友すら、性癖を知った途端に後ずさる! これこそが圧倒的少数派の受ける差別だ!

 だが私はお前がマジョリティだから幻滅したんじゃあないぞ! お前が自らの性的欲求を満たすためにボードウィン卿にセクシャルハラスメントに及んだからだ!

 どんな性癖があろうとそれは人の勝手! 性癖に貴賎なし、オール・セクシャル・イーヴンリー!! 退役した後はSAUの議員として政界に転じ、いつの日か性的マイノリティに対する差別を根絶してみせます! その時は応援して下さい、ボードウィン卿!!』

 

「…………あ、あぁ。頑張ってくれ。セブンスターズだから直接の援護はできないが、応援はさせてもらうよ。うん」

 

『おやおや。アリアンロッドの奴等は堅物ばかりと思ったら中々エキセントリックな奴もいるじゃないか』

 

 エルネストはにやにやと笑いながら言う。

 笑いたいのはガエリオだった。ラスタル時代からの最精鋭の中にこんな愉快な人間がいたなんて青天の霹靂である。

 どうやらエルネスト・エリオンのような奔放な人間は、周りの者も釣られてオープンにさせてしまう能力があるようだ。

 

「貴様の側にはエキセントリックというより血液がニトログリセリンで出来ている危険人物ばかりに見える。特大の爆弾は無論貴様自身だが」

 

『否定はしないよ。うちは地球外縁軌道統制統合艦隊と違って色んな連中を寄せ集めて作ったからな。従わせるにゃボスが相応に乱暴になる必要があるのさ。

 それより随分と悠長に話しているな? 全軍の司令官としては一刻も早く旗艦に戻って指揮を交代したいんじゃないのかい。それとも一人で逃げる算段でもしてるのかい?』

 

「まさか」

 

 鼻で笑う。ここで逃げたところで助かるのは一時の命だけだ。

 逃げ込む場所などありはしない。いずれマクギリスの手の者に捕まって、味方を置いて逃げた卑怯者として処刑されることになるだろう。

 そうなるくらいだったらここで死んだほうがマシだ。

 

「詳しく話せば敵と内通することになるから言えないが…………それでも強いて一つだけ言うならば――――――軍同士の戦いも、俺達が勝つ」

 

『な……にっ!?』

 

 エルネストが驚愕する。それはガエリオの発言に対してではない。大気圏外から雲を突き破って降下してくる巨大な物体に目が釘付けとなったのだ。

 宇宙と大気圏の双方での幅広い運用を目的に建造されながら、コストの高さから量産はされなかった伝説の宙陸両用戦艦。その一番艦たるエドワード・リー。

 嘗て先代クジャン公が旗艦として乗り回し、数々の武勲をあげた伝説の戦艦である。

 

『お待たせいたしましたボードウィン卿! イオク様親衛隊改めガエリオ様親衛隊が一番槍モーリス・リトルビッグホーン! ここに推参致しましたぞ!』

 

 宙陸両用戦艦エドワード・リーとクジャン家の軍の登場。

 傾いた天秤は次はまた逆方向に傾き始めていた。

 

 

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