純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第52話 代償行為

 戦いが終わって、気づけばシノンは旗艦トラベラーの格納庫へ戻ってきていた。

 どうやってここまで戻ってきたかはよく覚えていない。そもそもグレイズ・ツヴァイに乗っていたヴァイオレットとの戦いをどうやって中断したのかも覚えていなかった。

 ガンダム・フレームの限定解除(リミット・リリース)による人機一体。これによりテンションがハイになっていた副作用というべきものだろう。

 唯一はっきり覚えているのは、ジョンソンが切羽詰まった声で『撤退命令が出ました! もう止めてください!』と叫んでいたことだった。

 ジョンソンにはまた迷惑をかけてしまったらしい。後で埋め合わせをしなければならないだろう。

 

「あ?」

 

 何をするでもなく背もたれに寄り掛かっていると、レギンレイズが大破したMSを運び込んでいるところだった。

 その中にブラウンが乗っていたレギンレイズもあってシノンは身を乗り出す。

 意外ではあったがブラウン機の損傷はそれほどではなかった。グレイズ・ツヴァイと殺し合いを繰り広げたフラウロスなどよりもよっぽど軽傷である。

 これはブラウン機が一撃でコックピットを串刺しにされるという形で撃墜されたが故のことだった。

 ブラウン機のコックピットを覗き込んだ整備兵は、吐き気を堪えるように口元を抑えた。

 

「うわっ、こりゃひでぇ。中身が真っ赤だ」

 

「直せそうか?」

 

「駄目っすね。こりゃ修理するよりコックピットだけ丸ごと交換したほうが安上がりですよ」

 

「じゃあコックピットをこじ開けてから遺体の回収すっぞ」

 

「遺体って……どこに〝体〟が残ってるんですかねぇ。良くて破片ですよ?」

 

「破片でもなんでもあるだけは回収だ。指一本見逃すなよ。後で見つかったら面倒だぞ」

 

「へーい」

 

 ベテランの整備兵ばかりなこともあって、ショッキングなコックピットを目の当たりにしても作業の手を止めない。

 彼等は決してパイロットの死をどうでもいいものと思っているわけではなかったが、慣れが彼等の死に対する感受性を一部麻痺させていたのだ。一々まともに衝撃を受けていたら精神が保たないが故の防衛本能が働いているのだろう。

 火星では珍しくもない。CGS時代は死体処理のような誰もやりたがらない仕事は参番組に押し付けられてきたので、自分もそれなりに経験はあった。

 遺族がいる幸運な兵士のためにバラバラの遺体を拙い技術でくっつけたこともある。思えばあの時に人の部品は木材のようにボンドじゃくっつかないと知ったのだった。

 だが全員が彼等のようなベテランではない。まだ経験の浅い新人整備兵などは、顔を真っ青にしていた。気分が悪くなって、片隅で死んだように横になっている者もいる。

 

『ハスコック二尉、ハスコック二尉。大丈夫ですか?』

 

 ブラウン機を眺めているとフラウロスのコックピットの前にジョンソンがいた。

 

「大丈夫って、なにがだ?」

 

 コックピットハッチを開くと、ジョンソンは『何言ってんだおまえ?』というような顔になる。

 

「帰還してから外に出ることもなく、ずっとMSのコックピットに籠ってれば誰でも心配になりますよ。グレイズ・ツヴァイとかなり激しく戦っていましたし、体になにか異常があったのかと……」

 

「わりぃわりぃ。ちっとボーっとしててな。今出る……うおっ!」

 

「二尉!?」

 

 阿頼耶識との接続を切った途端、バランスを崩してそのまま鼻を打ち付けた。

 駆け寄ってくるジョンソンに大丈夫だということをアピールするために手を振ろうとするが、脳の命令を右腕が受け付けることはなかった。

 それに左脚も動かない。さっきバランスを崩したのも左脚が動かないのに、右脚だけで立ち上がろうとしてしまったせいだ。

 

「はは、やっぱり単純にパワーアップとは……いかねぇよなぁ。世の中そう都合良くねぇか」

 

 三日月・オーガスは悪鬼を倒すために右手を、MAハシュマルを倒すために右半身を犠牲にした。

 であれば同じように力を欲した自分が代償を支払うのは当然のことだろう。左脚一本右腕一本で力を得られたなら安いものだ。

 しかしそれは誤りであったと直ぐに気づくこととなる。

 シノン・ハスコック――――否、ノルバ・シノが失ったのは、それだけではなかったのだ。

 

「あ? 変だな……」

 

 鼻血が口に入ってしまったはずなのに、

 

「鉄の味が、しねえ」

 

 

 

 ガエリオ・ボードウィンがシノン・ハスコック(ノルバ・シノ)の病床に駆け付けることが出来たのは、マグワイア会戦終結より二日も後のことだった。

 優秀なパイロットである以上にその存在が戦略政略に影響しかねないシノン・ハスコック(ノルバ・シノ)はガエリオにとっても無視しえぬ存在である。なのに二日もの間、様子を見に行こうとしなかったのは単純にそのことを知らなかったからだった。

 別に伝えてすぐにどうこうという問題でもないし、合流したエドワード・リー級やデトロイト行きなどで多忙なガエリオに、更に余計な悩み事で煩わせるではないだろうと、軍医のフランツ・ブラント、副司令官フックスベルガー、技術主任ヤマジン・トーカ、護衛のジュリエッタの四人が協力して気をまわした結果である。

 自分に彼のことを伝えなかったことに憤りを感じえなかったガエリオだが、彼等が自分のために気を使ってくれたことが分からぬほど頑迷ではなかったため、文句を言うことはなかった。それに正直に言うとガエリオには怒る体力すら惜しかったのである。

 そんなわけで(ようや)くシノン・ハスコックの病室を訪ねたガエリオの第一印象は、

 

「……意外に元気そうだな」

 

 右腕と左脚が不随になり、味覚障害まで患う。

 これで落ち込まない人間などいないだろう。ガエリオだって部下の手前気丈に振舞っても、陰鬱な影を完全に隠し通せるかどうか自信はない。

 だというのにシノン・ハスコック(ノルバ・シノ)はといえば、

 

「よう、ガエリオ。そっちは怪我なさそうだな」

 

 ジョンソンにリンゴを口に運ばせながら、片手で器用に漫画本を(まく)ってゲラゲラ笑う。そんな彼の姿にガエリオにあった労りの心はいきなり出鼻をくじかれてしまった。

 自分が不随になったという自覚はあるのかと怒鳴ればいいのか、皆に心配をかけるまいと敢えて気丈に振舞っていると判断してその思いを()んでやればいいのか、或いは仕事を思い出して帰ればいいのか。ガエリオには複数の選択肢が浮かんだが、暫く悩んでから予定通り見舞うことにした。

 物事においては深く考えず前へ進むというのも大切である。

 

「右腕と左脚、それと味覚が駄目になったと聞いた。ガンダムに力を求めたそうだな? どうしてそんな真似を」

 

「そうしてなけりゃ殺されてたから仕方なく……って応えられたら楽だったんだろうけどな」

 

「違うのか?」

 

「ああ。あの状況から逃げようと思えばたぶん逃げれたよ。お宅だって損傷したから一時後退させてくれって命令を却下するほどブラックじゃないだろう」

 

「当然だ。そこまでの献身を俺は君に強要しない。それは俺のような骨の髄までギャラルホルンに浸かっている男の仕事だ」

 

 あそこでグレイズ・ツヴァイ相手に健闘していたフラウロスが下がるのは痛手ではあったが致命的ではない。

 犠牲はより多くはなっただろうが、最終的にエルネストは退却して、こちらの勝利になっていただろう。

 

「だからこりゃ俺の問題なんだよ。あのグレイズ・ツヴァイってのがエドモントンで襲ってきたデカいMSとどうにも被っちまってな。今度は負けねえ、絶対にぶっ倒してやるって思った。

 そしたら手の届く所に〝力〟があったからそれに手を伸ばしたんだ。ああ、覚悟ならあったぜ。俺の家族の一人が同じようなことになってたからな。下手したら男のマグナムがもってかれて若くしてEDになったらどうしようかと思ってたが、そうならなくて良かったぜ」

 

「…………笑い話では、ありません」

 

 絞り出すようにジュリエッタが言う。

 今のシノの姿はジュリエッタのありえたかもしれない未来だ。ラスタルのために我武者羅に力を欲していた彼女に、もしも体を犠牲にすることで力を得る手段が提示させられていたなら。彼女はきっと悪魔の手をとってしまっただろう。

 

「どうするのですか貴方は? 右腕と左脚が動かないなど軍人としては致命的です。契約はここで打ち切って鉄華団へ戻っても」

 

「なーに。そんなネガティブに考えるなって。フラウロスと阿頼耶識が繋がってりゃ元通りにやれるんだ。俺の命はこんな戦一回に勝ったくらいで払いきれるほど安いもんじゃねえからな。まだばりばり稼がせてもらうぜ」

 

 三日月・オーガスもそうだったが、シノもまたフラウロスと繋がることで麻痺や障害がなくなることは確認済みだった。

 そのためシノとしては病室ではなくMS格納庫に行きたいのだが、フランツ・ブラント軍医が許してくれなかった。

 理由を聞いても検査のための一点張りである。

 

「ごほんっ。さて俺には伺いたいことがある。アリアンロッド艦隊の医療主任と技術主任が二人雁首揃えて二日間だ。まさかなにも手を打っていないなどということはないだろうな?」

 

「あらら。もしかして私、期待されてるー?」

 

(やかま)しいな。そもそも事の発端はお前が私の患者の阿頼耶識を勝手に弄ったからだろうが。あれがなければ『限定解除(リミットリリース)』なんぞに耐えうる性能は得られなかっただろうに」

 

「阿頼耶識施術者なんて初めてだ! って内心興奮してたのはどこの誰だったかな」

 

「わ、私はあくまでデータをとらせてもらっただけでなにもしていないぞ! 患者の基本的人権を無視してあれこれ弄るような腐った医者と一緒にするな!」

 

「でも優等生のブラントくんは腐ったものにも興味津々なんだろぉ。阿頼耶識のこととかよく私に聞きに来てたよねぇ」

 

「ぬぬぬっ……」

 

 ヤマジン・トーカの目は楽しみにしていた獲物を甚振(いたぶ)って遊ぶ猫だった。

 捕食者の手元で愉快に転がされるフランツ・ブラントは袋の鼠か、まな板の上のコイか。

 軍医主任というある意味誰もが頭の上がらない存在であるブラントがいいように遊ばれているのを眺めるのは面白いが、このままでは話が進まない。咳払いを一つ入れてからガエリオは自分の胸の内にある問いを口にした。

 

「フラウロスと接続すれば元の五体満足な状態に戻るのなら、繋げずとも繋がるようにすることはできないのか? 待った。言い方が変だったな。要するにインターネットの無線LANのように有線接続から無線接続にすることは出来ないのか?」

 

「難しいね。技術的には無線で阿頼耶識とMSを繋げるのは不可能じゃないけど、そのMSの動力源がねぇ」

 

「ああ、そうか」

 

 MSの動力は言うまでもなくエイハブ・リアクターだ。子供だって知っている世界の常識である。そしてエイハブ・リアクターから発するエイハブ粒子が、電波や無線を妨害するのもまた世界の常識だった。

 つまり無線で阿頼耶識とMSを接続したとしても、MSの動力炉のせいで妨害されてしまい上手くいかないのである。

 するとシノンが顔を輝かせ我が意を得たりとばかりに口を開いた。

 

「いいこと思いついたぜ! 無線が駄目なら」

 

「接続するケーブルのほうを滅茶苦茶伸ばせばいいとか言うなよ? 格納庫中にしっちゃかめっちゃかになったケーブルを解くように、なんて司令官命令を出すのは御免だぞ」

 

「………………」

 

 黙り込むシノン。この様子だと図星だったらしい。

 

「ヤマジン、ブラント。ケーブルを伸ばす以外で良い案はないか?」

 

「技術主任としての意見を言わせてもらえば、彼の右腕と左脚が動かなくなったのはガンダムとの一体化による反動だよ。MSの力を引き出すために肉体の一部を代価に支払うなんてオカルト染みているけど、そうとしか説明しようがない。ガンダム・フレームには未知の部分が多くあるからね」

 

「そして医者としての見解を言わせてもらうと、彼の麻痺した部位に医学的に調べた範囲での問題はありませんでした。ですので治すというのは現段階では難しいでしょう。そもそも何をどう治せばいいのか検討がつかないので。

 ですが代案を提出することはできます。シノン・ハスコック……彼の阿頼耶識を使って、フラウロスに持って行かれた分の機能を補う補助機器のようなものを作ることができれば、取り合えず腕と足はなんとかなるかもしれません」

 

「ヤマジン。そういった物を作るのは可能か?」

 

「技術的には十分可能だよ。細かい調整は必要だろうけどね。あと完全オーダーメイドになるだろうから結構値が張るよ」

 

「金に糸目はつけなくていい。それくらいは労災ということで俺が支払う」

 

 セブンスターズの一角であるボードウィン家は世界有数の金持ちでもある。

 まだマクギリスに抑えられていない銀行から引き出せる分だけで、軽く戦艦は購入できるだろう。補助機器の代金くらい安いものだ。

 

「なんか悪ぃな、色々と」

 

「君を雇ったのは俺だからな。当然のことさ」

 

 元のように人として動けるようになれるならばそのほうがいい。

 ガエリオの(まぶた)の裏には、もはや人としては生きられなくなってしまったアインのことが映っていた。

 

 

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