純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第53話 到着

 宙陸両用戦艦エドワード・リーに乗り換えてマグワイア基地を出発したガエリオ達は、なんの障害もなくデトロイトに辿りつくことができた。

 途中にギャラルホルン駐留基地はあったのだが、マグワイア基地のジュン・チヴィントンのような抵抗をすることはなく、中には率先して恭順する姿勢を示す基地もあった。

 これは先日エルネスト率いるエクェストリス部隊を撃退したことが効いているのだろう。彼等は少なくともこのSAU内においてはガエリオ側の方が優勢であると判断したのだ。

 もしもあの戦いに負けていたらどうなっていたか。

 きっとSAU中の駐留基地がマクギリス側に靡き、行き場を失ったガエリオ達はノーアトゥーン要塞に帰還することも叶わず、この大地で野垂れ死んでいたことだろう。

 その意味でもエルネストとの戦いは天下分け目の決戦だった。

 これまで何度も勝ち星を稼いでいたが、それは局地戦における一勝利であって戦略的意義は乏しい。だがあの戦いはウトガルド宙域会戦と同じで戦略をも左右する戦いだったのである。無論、勝利の栄光の影には敵と味方の死骸が積み重なっているのだが。

 さて、そのデトロイトである。

 名目的にSAU領土ではあるが、事実上ギャラルホルン直轄地であるデトロイトは他の都市と大きく違う点がある。それは都市内にMS――――より正確にいうならエイハブ・リアクター搭載機でも入ることが可能ということだ。

 ギャラルホルンの法において都市内へのMS侵入は厳禁とされる。それはエイハブ・リアクターの発するエイハブ粒子が電波を阻害する性質を持つため、都市内に深刻な機能障害を齎してしまうからである。

 エドモントンにおいて暴走状態になったグレイズ・アインが都市内に入ってしまい、街を大混乱に陥れたことは記憶に新しいだろう。

 例外なのはその動力にエイハブ・リアクターを用いているため、最初からエイハブ粒子の影響下にあることを前提で設計されたコロニーの都市くらいである。

 しかしデトロイトは都市内に世界最大級の兵器製造工場を抱えるギャラルホルンの重要施設。そのためこのデトロイトはコロニー都市と同じような構造になっており、例外的にMSや戦艦が都市内に入ることを認められているのだ。

 そのため携帯電話の使用が出来ず、有線でなければインターネットに接続できないなどの不便さはあるが、ガエリオのようなギャラルホルンからすれば有難い話だ。

 デトロイト内の基地にエドワード・リーを停泊させたガエリオは、ベトゥーラス弁護士と共にべトゥーラス弁護士事務所へ向かった。

 同行者は護衛役であるジュリエッタだけである。ラスタル直筆の遺言書は、比喩ではなく世界の今後を左右しかねない爆弾。おいそれと関わらせるわけにはいかない。

 SAU防衛軍を率いるマクレラン少将にも『ギャラルホルン内のことだから』と残ってもらった。

 マクギリスと世界を二分する男を乗せた車は、一般車に埋没しながら目的地へと順調に走っていく。

 外を歩く一般市民たちは、自分たちのすぐ近くにガエリオ・ボードウィンがいることなど想像すらしないだろう。

 

「……平和ですね。ギャラルホルン史上最大の内乱の真っ最中だというのに」

 

 護衛として周囲に気を配っていたせいで、代わり映えのしない市民の日常を目の当たりにすることになったジュリエッタがそう呟く。

 そこには自国領土内で激しい戦闘が繰り広げられたにも拘らず危機感のない市民への憤りのようなものがあった。

 

「三百年間も大きな戦いがありませんでしたからね。戦争と聞いてもいまいち現実感がないんでしょう。前にアーブラウとやり合いましたが、それだって国境線上でドンパチしたくらいで本格的な全面戦争じゃないですからね」

 

 応えたのは運転しているベトゥーラス弁護士だった。

 

「それにしても少し呑気すぎる気がしますが」

 

「一応無関心ってわけじゃないんですけどね。有識者やタレントの革命の是非を問う討論番組とか凄い視聴率ですし、連日のニュースにファリド公やボードウィン卿の顔が出てこない日はありませんし。ただまぁ当事者ではなく傍観者意識が強いっていうのは否定できませんね」

 

 赤信号中に通行人の読んでいた新聞を盗み見すると『ギャラルホルンに吹き荒れる粛清の暴風雨』という見出しが出ていた。

 地球圏内の平定をエルネストに、宇宙の平定を石動に其々任せたマクギリスは、言うまでもなく二人に仕事を放り投げて遊んでいたわけではない。

 生まれや育ちに関係なく、競い合い望むべきものを手に入れる世界。それがマクギリスが革命の際に掲げていた理想である。

 マクギリスは元帥としての独裁権をフル活用して、凄まじい勢いで有言を実行していた。

 まずマクギリスは『地球出身者以外はギャラルホルンに入隊できない』という法を真っ先に廃案にした。これによりハーフは勿論のことコロニー出身者や他惑星移民者もギャラルホルンに入隊することが出来るようになった。

 被差別階級への規制を緩める一方で特権階級の引き締めも同時に行われた。士官学校における貴族枠廃止はその一つであろう。マクギリス陣営に組したファルク公とバクラザン公は連名でこれに反対したが、エルネスト・エリオンの賛成が追い風となってマクギリスは強行した。

 ただしマクギリスが主張した性風俗への締め付けには、エルネストが強硬に反対したことで、これについては妥協することとなった。

 そして監査局局長代理ライニ・フーシェ一佐に命じて、組織内の差別や汚職などを厳しく取り締まらせた。

 貴族階級出身であるが故に貴族の事情にも精通したライニ・フーシェの監査は過酷で、実に1000人にものぼる将校がギャラルホルンを不名誉除隊することになった。うち軍事裁判にかけられたのはその半数に及ぶ。うち確固たる物証があったのは更に半数である。

 

「討論番組か。きっとマクギリスの方が人気なんだろう?」

 

 学生時代でも一番人気は常にマクギリスのものだった。

 女生徒に言い寄られるのも、学業成績も運動も全て自分は二位止まり。二位がガエリオ・ボードウィンの定位置だった。

 それを悔しいと思ったことがないわけではない。ガエリオだって男だ。二番目より一番の方が好きだ。

 けれど悔しいという感情以上に親友を誇らしく思う気持ちが強かったことが、ガエリオとマクギリスを無二の親友たらしめていた。少なくともガエリオはそう思っていたのだ。マクギリスにとってはそうではなかったようだが。

 だからきっと今回もそうなのだろう、と思ったのだが、べトゥーラス弁護士の返答は意外なものだった。

 

「そんなことはありません。ボードウィン卿だって結構な人気ですよ。革命政権の勢力圏内じゃどうかは分かりませんが、少なくともSAUじゃ寧ろボードウィン卿のほうが人気なくらいです」

 

「世辞ならいいぞ。慣れているからな」

 

「いえいえ、お世辞なんかじゃないですよ。失礼ですがボードウィン卿はファリド公が関わると自己評価が低くなるのが欠点ですね。私のような下々から見たら貴方だってファリド公と同じ天上人ですよ。もっと負けん気を持たれたらどうです?」

 

「まったくその通りです。ラスタル様の後を継いでマクギリス・ファリドを倒す男が、その相手より自分を低く見積もっていたら勝てるものも勝てません。

 どこかの誰かのように自分を高く見積もり過ぎるのも愚かですが、低く見積もられたらその下で働く私達の立場がなくなります」

 

「耳が痛いな。まったくその通りだ」

 

 マクギリスと決別し倒す覚悟を決めたのに、つい彼と親友だった時代の尺度で物事を考えてしまう。

 それだけあの頃が自分の根っこになっているということだろう。

 

「けれど興味があるな。俺のなにがマクギリスに勝るほど人気なんだ? マクギリスのように大胆な改革を実行する人間は民衆好みだろう」

 

「一つには独裁者に対するアレルギーでしょうね。共和主義国家に生まれた人間の大多数は、独裁者=絶対悪という方程式を持っているものです。ついでに民主主義=絶対正義という方程式もね。

 反対デモを起こす連中はマクギリスを批判するのに、ヒトラーだとか大昔の独裁者を引き合いにしてますよ。アドルフ・ヒトラーの台頭を許した愚を再び犯すな、とね」

 

「旧世紀の第二次大戦時代の独裁者だったな。アグニカ・カイエルの後継者の次はヒトラーか。マクギリスも大変だな」

 

「なにも考えずに否定するのは、なにも考えずに肯定するのとなんら変わらないと私なんかは思うんですがね」

 

「…………」

 

 ガエリオにはなにも言えなかった。マクギリスを疑いもせずに信じていた嘗ての自分が、べトゥーラス弁護士の『なにも考えずに肯定する人間』と重なったからである。

 微妙な雰囲気を察してかベトゥーラス弁護士は素早く話を進めた。

 

「あとは改革の内容ですね。ファリド公の改革で地球外出身者差別は撤廃されました。宇宙ではマクギリスを称賛する声も強いと聞きます。待遇がマシになったのですから当然でしょう。

 翻って地球に住む市民にとっては、被差別階級の待遇が改善しようと別に自分たちが裕福になるわけではありません。そもそも地球外出身者への差別意識はギャラルホルンだけではなく、地球市民全体に根差していますからね。彼等からすればファリド公の改革は自分たち人間が、野蛮な宇宙人と同等になったように映って面白くないのでしょう」

 

「それは言い過ぎではありませんか? ドルトコロニーでのことが表沙汰になった時は、地球の市民もギャラルホルンとアフリカンユニオンへ怒りを叫んだと聞きます。

 もしも地球市民が地球外出身者を差別的に見ているなら、そんな風に反応することはおかしいです」

 

 ジュリエッタの反論にもベトゥーラス弁護士は顔色一つ変えない。

 

「何もおかしくなどありませんよ。犬猫などのペットが飼い主に酷い虐待を受けているというニュースが流れれば、善良な市民であれば飼い主に怒りを抱くでしょう。義憤に駆られペットを救済しようと動く者も出るかもしれません。それと同じです」

 

「地球外出身者はペットと言いたいのですか?」

 

「少なくとも地球市民はそう思っているんじゃないですかね。建前があるから口にはしないだけで」

 

 ジュリエッタは納得がいかない様子だった。

 彼女は身寄りもない孤児出身者である。謂わば地球外出身者と一緒で被差別階級だ。自分をペット扱いされて喜ぶ人間は、特殊な性癖の持ち主だけだろう。

 

(もし仮に……仮に俺達がいなくなれば)

 

 マクギリスがギャラルホルンを統一し、独裁を完全なものにしたとすれば。

 市民に根付いてしまった潜在的差別意識を根絶させることができるのだろうか。

 

(真っ当な手段では無理だろうな。一度根付いてしまったものをどうにかするには長い時間をかけてゆっくりとやっていくしかない。それこそ一世代どころか二代三代と重ねていって。

 だがマクギリスはそんな穏当な手段はとらないだろう。必ずや自分一代で改革を終わらせようとする。あいつは妥協しない。世界に自分を合わせるんじゃなくて、世界を自分に合わせる男だ)

 

 今でこそ貴族に対する粛清程度で収まっているが、それはまだバクラザン公やファルク公という重しがあるからのこと。

 もし全ての重しがマクギリスから消失したのであれば、行きつく果ても想像がついた。

 

「つきましたよ」

 

 ガエリオが冷たい未来図を想像したのと、べトゥーラス弁護士がそう言うのはほぼ同時だった。


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