純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第56話 一方その頃

 ガエリオ・ボードウィン・エリオンが全世界へ向けた演説、及びマクギリス陣営への宣戦布告は純血演説と呼ばれるようになった。

 近年度々名前があがり歴史を動かす中心人物となっているガエリオ含めた三人。マクギリス・ファリド、オルガ・イツカ。うちマクギリスは〝冷血〟と呼ばれ、オルガ・イツカは〝鉄血〟と渾名されている。彼等に準える形で〝血〟という表現をジャーナリストは使いたかったのだろう。

 妾腹の子とされ出自に関して良からぬ噂もあるマクギリス、火星の孤児出身のオルガ・イツカと比べれば、ガエリオは生まれも育ちも最高の血統書付きだ。純血という渾名に彼以上に適した者は他にいない。

 その純血演説によって各地の反マクギリス派が結集し一大勢力となったのは前述の通りである。だが当然のことだが純血演説によって影響を受けたのは当事者ばかりではなかった。

 SAUとアーブラウの小競り合いなどは所詮当事者同士の争いに過ぎなかったが、ギャラルホルン同士の内乱であればそうはいかない。否応なく全世界に影響が伝播する。

 例えばSAU、アーブラウと共に四大経済圏に名を連ねるオセアニア連邦の軍事委員主席を務めるカエル・コウソンなどもその一人だ。

 彼は純血演説の映像を執務室のPCで眺めながら祝杯をあげていた。

 

「いやぁ。どうやらガエリオ・ボードウィンは上手くやってくれたようですねぇ。いえいえ今は改めて新エリオン公と呼ばなくてはいけませんか。ともあれマクギリス・ファリドの一強体制が崩れたのは歓迎すべきことです。

 貴方も一杯どうです? ミランダコロニーの240年物ですよ。この件では陰の功労者なんですから遠慮せずに」

 

「不要。吾輩の肉体は常に最上の性能を引き出すために食事についても細かく定められている。アルコールの摂取はそれを壊す行いだ。軍事主席殿においてはゆめゆめ銃の手入れを粗末になされぬことだ」

 

「そうですか……」

 

 破軍を始めとした七人の精鋭のみで構成された闇の軍隊である北斗軍。七人で軍団と称するだけあって、所属しているのは兵士/密偵として大よそ考え得る全てに精通した精鋭だ。

 純血演説だって彼等がマグワイア基地に捕らわれたガエリオ達を救出しなければ実現しなかっただろう。

 カエル・コウソンも北斗軍のことは頼もしいと思っているし、頼りにもしている。

 だが完全に人間性を排除し、自らを徹底して兵器として扱う姿勢には懐疑的だった。

 公人として私心を排するのは素晴らしいことだが、これは幾らなんでもやり過ぎだと思う。ここまで人間味を捨てられるところには薄気味悪さを覚えた。

 

(それも北斗軍の育成環境がそうさせたんでしょうが)

 

 オセアニア連邦がギャラルホルンに隠して密かに裏の軍隊を養っていた。だが裏といってもそれは表沙汰になっていないだけで正規軍となんら変わるところはない。むしろ表だって訓練出来ない分、正規軍よりも生易しいくらいだ。

 その中にあって北斗軍だけは違う。十歳未満の孤児たちを毎年百人候補生として仕入れてきて、肉体思想の両方に徹底した教育を施す。さらには阿頼耶識などを含めた人体改造も並行して行われる。人倫など度外視した教育に99%の候補生は死亡するという。

 残った1%だけが予備兵になることを許され、そこから更に競争を生き抜いた者だけが北斗七星の名を襲名することを許される。

 聞くところによれば現首領を務める破軍は赤ん坊の頃から『養成所』にいたという。これでは真っ当な人間としての我欲が芽生えなくても仕方ないだろう。

 ギャラルホルンの腐敗がよく表沙汰にされるが、オセアニア連邦も負けず劣らずだ。北斗軍を引退した者については、国家に対する功労者として一定以上の扱いをされることだけが、オセアニア連邦の数少ない良心といえる。もはや偽善にすらならないほどのものであるが。

 

「もし……」

 

「どうしました?」

 

「もしも吾輩の功を評価して頂けるのであれば、二つ三つ聞きたいことがある」

 

「私に応えられる範囲でよければ」

 

「ガエリオ・ボードウィンは軍事主席殿の狙い通りマクギリス・ファリドの対抗馬へ成った。それで我が国は今後どうされるのか? SAUと同じく新生ギャラルホルンに与してマクギリスと戦うのか、もしくは……」

 

「はは、どっしり待つタイプかと思ったら意外に性急なんですね。新エリオン公と連合とかそんなことをする気はありませんよ。別に私は軍事の責任者であって国政を仕切る立場にはないので断言はできませんが、むしろオセアニアはマクギリス側に回るかと思いますよ」

 

 自らを一振りの刀であると自認している破軍も、カエル・コウソンのなんとも情けない言葉には怪訝な顔をした。

 態々敵地に潜入してまでガエリオ・ボードウィンに恩を売ったのである。それでいてマクギリスにつくなど本末転倒もいいところだろう。

 

「マクギリス・ファリドはギャラルホルンはおろか四大経済圏を中心とする現秩序すら破壊しかねない災厄。吾輩の脳が機能を果たしているのならば、確かそのような事を言ったと記憶しているが」

 

「言いましたよ。あれはニーチェが提唱した精神的超人に近い男です。妥協というものがありません。普通の人間は自分自身の願望と他人の願望とに適度に妥協して折り合いをつけて生きていますが、あの男に関してはそういったものはありません。彼には1か0かしかない。

 今はギャラルホルン内での覇権争いに留まっていますがね。賭けてもいいですよ。放置しておけばいずれマクギリスは四大経済圏にも手を伸ばしてくるでしょう。いずれどうにかしなければなりませんが、今はまだ事を構えるべきではない」

 

「故に静観すると?」

 

「はい。貴方もアフリカンユニオンの無様は見たでしょう? 時勢も読まずに勢いだけで単独でマクギリスに挑んだ結果、マクギリスどころかその下のエルネストとかいうぽっと出の小僧に三日で叩きのめされた。

 新エリオン公の地球降下でエルネストが一時撤退した時にでも講和すれば良かったのに、なにを間違ったか『自分達の奮戦によって退いた』などと勘違いした挙句に増長。SAUから戻ってきたエルネストに一日で再び叩きのめされ完全に牙を折られた。あれじゃ向こう百年はギャラルホルンに従順にならざるを得ないでしょう。

 SAUはそのあたり分かっていましたよ。あくまでガエリオ・ボードウィンという旗の影に隠れて、自ら直接的にマクギリスに叛意をあらわにすることはなかったんですから。

 ギャラルホルンは全世界の警察と軍事を支配しています。これは人体であれば両手両足が支配されているも同じようなもの。

 勝てるはずがないんですよ。戦術だとか戦略だとかそういう次元ではなく、そもそも戦いにすらならない」

 

 エルネスト・エリオンのアフリカンユニオン進撃もそうだった。

 アフリカンユニオン防衛軍が弱かったのも敗因なのであるが、それ以上にアフリカンユニオン内のギャラルホルンがエルネストに(なび)いたのが大きかった。

 警察機能の麻痺どころか、警察機能が敵に回ったのである。あのあり様ではアフリカンユニオンの指揮をとったのがユリウス・カエサルやナポレオンでも寿命を二日伸ばすのが限界だっただろう。

 

「アーブラウの妖怪爺は改めてやり手だと再認識しますよ。周りにばれない程度に本当にちょっとずつ国内のギャラルホルンの影響力を殺ぎつつ、固有の警察力を高めていった。さっさとくたばってくれると有難いんですけどね」

 

「その望みは叶うだろう。あの御仁、もはや数年の命だ」

 

「……初耳ですよ。なんですか、あの爺。妖怪の癖に病気にでもなったんですか?」

 

「否。あの御老人はよく食べられ、よく寝られ、よく働かれておられる。まったく健康そのもの。鉄華団なる集団との交流がそうさせたのか。生命の炎が(かつ)て以上に(たぎ)っている」

 

「その健康な爺さんがなんで数年以内に死ぬんですか?」

 

「単純なこと。蝋がなくなってしまえば灯も自然と消えよう」

 

「老衰、ですか?」

 

「左様」

 

 五体満足の健康体だろうと、寿命そのものが尽きかけている。

 言われてみれば納得だ。あの老人はカエル・コウソンが生まれる以前より老人として政界にあり続けた妖怪だ。とっくに生命として限界を迎えているのだ。

 改めてそう聞くと、カエル・コウソンにはなんともいえない寂しさのようなものが湧きあがってきた。

 

「まぁとにかく私が言いたいのは、単独でギャラルホルンと戦うのは無理ってことです」

 

「それなら(なお)のことガエリオ・ボードウィンとの縁を利用するべきではないかと愚考するが」

 

「駄目ですよ。そんなんじゃ」

 

 ガエリオと一緒になってマクギリスを首尾よく倒したとして、それでは結局は元に戻るだけだ。それでは足りない。

 ギャラルホルンを完全に追い出すというような夢物語は考えていないが、オセアニアが確固たる地位を得るには独自路線をゆく必要がある。

 

「マクギリスとガエリオにはたっぷり殺し合ってもらいましょう。そして双方に対する不満が溜まった時こそが我々の出番だ」

 




「後書き」
 マッキーサイドまでやって第一部完とするはずが、間に合わなくて結局オセアニアだけで一話使うことになりました。六日後に二話まとめて出せばいい話なんですが、この手の約束事は一度破ると癖がついて繰り返すようになるので……。すまない……本当にすまない…………。

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