『私、ガエリオ・ボードウィン・エリオンはここに改めて宣言する! 逆賊マクギリス・ファリドを――――討つと!』
生涯唯一の友にして宿敵となった男の演説を見て、マクギリスはらしくなく目を丸くした。
久々に胸の奥から形容しがたい高揚にも似たなにかが湧き上がってくる。コーヒーカップを持つ指が微かに震えているのが、表面の波紋で分かった。
「面白そうですな、元帥」
護衛役としてマクギリスに同行していたヨセフ・プリマーが、マクギリスが無言のまま口端を釣り上げているせいで微妙になっている空気をどうにかするように声をかける。
エルネストと共にマグワイア基地での戦いに参加していたヨセフ・プリマーだが、事情説明のために単独でヴィーンゴールヴへ帰還したため、第二次アフリカンユニオン征伐には加わってはいなかった。
「君にはそう映ったかな? だとすればきっとその通りなのだろうな。ふふふふっ、しかしあのガエリオがな」
「そんなに意外で? 元帥はエリオン公就任を認めぬ立場であることを推測し旧来の通りに呼びますが、私は貴方がガエリオ・ボードウィンを一番高く評価していると思いました。なにせ本質的には誰に対しても心開かない貴方が唯一友人と呼ぶ男だ」
「勘違いするな。私は能力が高いからガエリオのことを友人と思っているわけじゃない。そもそも友情に能力を求めるのは、友情を金で買うのと同じくらい無粋な真似じゃないかな」
「ごもっとも。それで本当のところは」
「ガエリオが人品優れた男であることは知っていた。だがこうして私の存在を脅かすほどになるとは思わなかった」
マクギリスにとってガエリオは常に自分の背中にいた男だった。
初めて出会った少年時代、ハイスクール時代から、ギャラルホルンに正式に入隊してからもそう。士官学校時代の成績表を引っ張り出せば、一番上にマクギリスがいてその次にガエリオがいる表が何枚も出てくるだろう。
そう。今にして思えばただの一度たりとも着かず離れずピッタリと背中にくっついていたことを警戒するべきだった。
マクギリスは決してこれまでの人生を同じペースで進んできたのではない。むしろ多くの知識を吸収して成長するごとに走るスピードは徐々に増していた。なのにガエリオは一度たりとも引き離されることはなかったのだ。
直接戦えば学力でも運動でもマクギリスが勝ったが、それだって圧倒したことは一度もない。必ず両者健闘の末の勝利だった。
士官学校の成績表とて二位と三位には大きな差はあるが、一位と二位には大した差がない。
ここまで一度としてガエリオがマクギリスを上回ることがなかった最大の要因は、言うまでもなくマクギリス自身の才覚がずば抜けていたからだ。だがもう一つの要因としてガエリオが自分で『マクギリスには勝てない』と限界を定めていたのではないか。あるいは『マクギリスを立てる』という考え方が知らずのうちに足を引っ張っていたのではないか。そういった要因がもしなければ、或いは一度くらいはガエリオがマクギリスに勝つということも有り得たかもしれない。
「あいつを変えたのは俺か」
マクギリス・ファリドの裏切りが、ガエリオから彼の心のブレーキを粉微塵に破壊してしまった。
自ら進んで日陰者の月見草に甘んじていた男が、遂に日の当たる舞台へと出てきたのである。
もうガエリオは背中になどいない。自分の横に立っている。マクギリス・ファリドを追い抜くため…………いや、殺すために。
「やっとお気づきになられたので。私が見るに貴方は多くの才幹でガエリオ・ボードウィンを上回っているが、たった一つだけ足元にも及ばないものがある」
「なにかね?」
若き独裁者は不快な顔一つせずにヨセフ・プリマーの皮肉交じりの言葉に応える。
ある種の幼稚性をもちながらも度量の方は巨大なマクギリスは、直言や毒舌をむしろ楽しんでいる風があった。性根が捻くれていて慇懃無礼な態度をとるプリマーを好んで傍に置きたがるのも、マクギリスの性格が強く表れた結果だろう。
「敵を作らない能力です。貴方は敵を倒す能力はガエリオ・ボードウィンを凌ぎますが、同時に大勢の敵を作ってしまう」
「そうだな。ハイスクールに入ってからは性格も改め広く交友するよう努めたが、私に群がる人間と同じくらいに嫌う人間がいた。逆にガエリオのことを嫌う人間は少なかったな。この私も含めて」
もしもマクギリスがガエリオを謀殺などせず味方のままにしておけば、現在のごたごたはなかったかもしれない。
だがあれは必要なことだった。革命ではなく、マクギリス自身が微温湯の安息と決別し、怒りの中で生きていたあの頃へ戻るためにも。
「ああ、それともう一つ足りないところがありますな。気遣いです。兄と想い人との板挟みになって傷心の婚約者をおいて、私みたいな粗忽物とばかり話されるのは良い男ではありません」
そこで漸くマクギリスは自分がいるのがファリド家の屋敷で、久々のアルミリアの様子を見に帰宅していたことを思い出した。
これまでマクギリスはアルミリアに対しては常に紳士的な態度を心がけていた。でありながらこの醜態である。どうやら自分は余程ガエリオの演説に衝撃を受けていたらしい。
「すまなかったね、アルミリア。誰よりも辛い立場なのは君だというのに」
俯いたまま肩を震わせるアルミリアの手をそっと握りしめる。
恐らくこの世界で誰よりも複雑な感情でガエリオの『純血演説』を見ていたのはアルミリアだろう。
聡明な彼女はこの放送で兄と婚約者が戦争という最悪の形で殺し合う未来を想像してしまったのだ。
(やっと訪ねてきた私に紅茶を淹れてくれるほどに持ち直してくれたというのに――――ふっ。このことでガエリオを恨むのは筋違いか。そもそも彼女の悲しみの原因となっているのは俺だ)
儘ならないものだ。戦いに勝つ方法は幾らでも思いつくのに、目の前の女性から流れる涙を止める方法はまるで思いつかない。
「お兄様が大勢の人の前で話してるのを見て分かっちゃったの……マッキーだけじゃなくて、お兄様も止まるつもりはないんだって………」
「私を恨めばいい。ガエリオがああしているのは、私の責任だ」
「それにボードウィン家を捨てるって。もしかしてお兄様は私やお父様のことを見捨て、」
「それは違う」
自分でも驚くほど強い口調でマクギリスは否定する。
アルミリアが自分を嫌おうと仕方ないことであるが、自分のやり始めたことのせいで彼女の中の兄まで奪ってしまうのは許せなかった。
「あいつは家族を見捨てるような男じゃない。友を裏切った私とは違う」
「マッキーは変よ。お兄様を殺そうとしているのに、どうしてお兄様のことを庇うようなことを言うの?」
「敵意と殺意は似て非なるものだよ。殺さなくてはいけない相手だからといって好意をもってはいけないということはない。逆に嫌いな相手でも殺さず握手をしなければならないという事もある」
「……仲直りはできないの?」
「ああ。私とガエリオが仲直りしようとしても、もはや他の者が認めはしないよ。そして私もそのつもりはない。きっとガエリオもそうだろう」
マクギリスはカルタ・イシューとアイン・ダルトンを謀殺した。
大昔の法典にのっとってイーブンになるには、ガエリオがマクギリス・ファリドから大切な人を奪うしかない。だがマクギリスにとって唯一大切な他人を奪うことはガエリオには不可能だ。それはガエリオにとっても決して殺せぬ人物なのだから。
マクギリスはアルミリアの手を握りながら視線を合わせる。
「貴女には過酷な運命を強いてしまった。例えどのような結末を迎えようとも、貴女は兄か婚約者かのどちらかを失ってしまう。私は駄目な夫だな」
「……私は、マッキーの妻だから」
「アルミリア?」
「マッキーに罪があるなら、一緒に罪を償う。マッキーが負けたらお兄様に直訴してでも、一緒に牢屋に入れることになってもマッキーの命だけは助けてくれるようお願いする。だからもしもマッキーが勝ってしまっても――――」
それは前にも聞いたお願いだった。そして彼女を幸せにする義務をもつマクギリスが、唯一絶対に聞き入れられない願い事だった。
彼女の願いは半分しか叶わない。厄祭戦から三百年、歴史の神は喉を乾かしている。神は己の渇きを癒すため、戦争の指導者のどちらかの血を欲するだろう。
冷血のマクギリスか、或いは純血のガエリオか。残る血は片方だけだ。