純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第6話 濡れ衣

 マクギリス・ファリド率いる革命軍との一戦でダメージを負ったアリアンロッド艦隊だったが、漸く統合艦隊本部まで程近い宙域までくることができた。

 革命軍はマクギリスの思想に共感した青年将校達と彼が長を務めていた地球外縁軌道統制統合艦隊を中核としている。前任者のカルタの時代は士気ばかり高い実戦経験皆無のお飾り艦隊は、マクギリスの改革によって大幅に質を向上させた。

 しかし如何にマクギリスといえどたった一年たらずで地球外縁軌道統制統合艦隊を、アリアンロッドクラスの規模まで拡大できるはずがない。依然として質・量ともにアリアンロッド艦隊は革命軍を凌駕していた。

 ラスタル・エリオンの死は大きすぎる痛手ではあるが、拠点に戻り形勢を整えさえすればアリアンロッドはまだまだ戦える。

 

―――という楽観を抱いていた少し前の自分を、ガエリオは殴りつけてやりたい気分だった。

 

 アリアンロッド艦隊の行く手を遮るように現れたのは、こちらに砲門を向けるギャラルホルンの艦隊だった。

 非友好的を通り越して明確な敵意を漂わせる艦隊は、よもや戦いで傷ついたアリアンロッド艦隊を態々迎えにきたわけではないだろう。

 

「ぼ、ボードウィン卿。これは……っ?」

 

「慌てるな。前方の艦隊の照合を急げ」

 

 舌打ちしたかったが、動揺する一尉の手前ここは堪える。

 仮とはいえ自分は彼等の司令官なのだ。狼狽えるわけにはいかない。例えハリボテだろうとラスタルのように憮然とした態度を示さなければならないのだ。

 

「照合結果出ました! こ、これは……地球外縁軌道統制統合艦隊のものでもファリド家のものでもありません! ファルク家に属する艦隊です!」

 

 想定しうる限り最悪の報告だった。

 ファルク家はバクラザン家と共にギャラルホルン最大の内乱に対して中立の立場をとったはずである。それがこうして出てきた。タイミングからして援軍という線は薄い。

 

「前方の艦より通信がきました。どうなされますか、ボードウィン卿」

 

「繋げ」

 

 リバースクイーンのモニターに目前の艦隊の司令官らしい異形が現れると、艦内から小さな悲鳴が上がる。

 顔の殆どは包帯によって覆い隠され、僅かに除く隙間から覗くのはどろりと爛れた腐った樹木だった。左目に対して右目だけが不自然に肥大化していて、眼球には赤い血管が浮き出ている。

 ガエリオはアインのことなどがあって認識を改善したことで、多くの地球人のように義手義足や阿頼耶識施術者に対しての差別意識はもうない。しかしそのガエリオですら反射的に忌避感を抱いてしまうほど、モニターに映った男は異常だった。

 

〝化物……っ!〟

 

 艦内の誰かが漏らした声はきっと、この場の全ての代弁でもあっただろう。

 しかしガエリオは見た目だけで人を嫌悪する無礼を犯すまいと、表情に出そうになったものを寸前で呑み込む。

 

『お初にお目にかかる、ボードウィン卿。バクラザン家保有艦隊司令代理ヨセフ・プリラー三佐だ』

 

 外見に反してヨセフ・プリラーから発せられたのは、よく響く鈴を転がすような声だった。

 そこで漸くガエリオは思い出す。

 プリラーというのは嘗てはイシュー家に仕える貴族の一つだったはずだ。イシュー家がカルタの死によって断絶した後、派閥に属していた貴族は他のセブンスターズに吸収されていったとラスタルから聞いたが、うちプリラー家はバクラザン家に拾われたのだろう。

 現当主であるヨセフは子供の頃に独立運動家によって拉致され『顔を壊された』という噂が実しやかに囁かれていたが、どうやら事実だったらしい。

 

「部下が失礼をすまない。現在臨時でアリアンロッド艦隊の指揮を執っているガエリオ・ボードウィンだ。

 同じセブンスターズの一家門であるバクラザン家の艦隊が、アリアンロッドの行く手を遮る理由を聞かせて欲しい」

 

『ぐだぐだと前置きするのはよしておこう。ガエリオ・ボードウィンに勧告する。直ぐに全艦の武装解除し投降せよ。なおも無思慮な抵抗を続ける場合、貴官等の命は保証しない』

 

「……! バクラザン家は反逆者に味方するのか!?」

 

『勘違いしているようだが反逆者は貴官の方だ。ギャラルホルンにおいてバエルに乗る者こそ絶対。セブンスターズであろうと、それに逆らう者こそが逆徒だ』

 

「バエルを持ち出されて中立を宣言したのはどこの誰か思い出すがいい。権威だなんだのと言って、本音は勝ち馬に乗りにきただけだろう。戦後の己の権力を維持するために」

 

『そうとも言える。だがそれは勝てなかったアンタ等の自業自得だ。アンタ等が勝っていたら、バクラザン家もファルク家もアリアンロッドについただろうさ』

 

 セブンスターズとしての誇りでも大義でもなく、自家の安寧のことのみを考え行動する。

 これが嘗てアグニカ・カイエルと共にMAを討伐して世界を救ったセブンスターズの末路と思うと、ガエリオは無性に空しくなった。

 

『貴方の御父上であるボードウィン公は頑強に反抗しておられるそうだが、ラスタル・エリオンとイオク・クジャンが戦死し他二家もファリド公についたことで大勢は決まった。大人の判断をすることを勧めるよ』

 

「マクギリスはアインを……誇り高いギャラルホルンの同胞を、自分の野心のために利用し、自分に恋焦がれた幼馴染みすら裏切って謀殺した男だぞ! そんな男にバクラザン家は――――いや、お前は従うというのか」

 

『そこで真っ先に自分を殺した事に触れないあたり人が好いな。だが貴官はファリド公が二人を殺したというが、一体どこに物証がある? 証拠は貴官の証言のみだ。それが貴官の吐いた嘘ではないという保証はあるのか?』

 

「う、嘘だと!?」

 

『本当はカルタ・イシューやアイン・ダルトンを殺害したのは貴官で、これ幸いとファリド公に全ての罪を擦り付けたのではないのか? そうだとすれば貴官も中々悪い人だな』

 

「……っ!」

 

 侮辱への怒りで人を八つ裂きにしたいと思ったのは生まれて初めての経験だった。

 これまで冷静さを保とうとしていた脳味噌が一気に沸騰して、隠し切れぬ憤怒がガエリオを鬼にしていく。

 

「ふざけるなっ! 俺が、ガエリオ・ボードウィンがカルタとアインを殺しただと!?」

 

 カルタはいつまで経っても自分を『洟垂れ小僧』扱いして苦手だったし、決して口には出さなかったが彼女の誇り高さを尊敬していた。彼女がいなければ、きっと自分は他大勢のギャラルホルンの貴族のように無自覚に腐っていただろう。

 アインは火星の血が流れているというだけで不当な差別を受けながら、それに折れることなく自身の矜持を示した。彼がいなければ自分はいつまでも歪んだ差別意識を矯正しなかっただろう。

 二人とも掛け替えのない大切な人だった。それをお前が殺したなどと言われて黙っているような者は男ではない。

 

「ヨセフ・プリラー、名前は覚えたぞ。人を侮辱する非礼は償ってもらう」

 

 初めてヨセフ・プリラーの異貌に動揺が奔る。どうやらガエリオの怒りぶりが余程凄まじかったらしい。

 

『……別に俺が言ったわけじゃない。ただニュースではそういう流れになっているというだけだ』

 

「ニュースだと?」

 

『ああ。一般回線を開いてみることだ。世界の声が聞こえるだろうよ』

 

 ヨセフ・プリラーは死刑宣告のように言った。

 

 

 

 そのニュースは地球のみならずスペースコロニーや、鉄華団の本拠地である火星にも流れていた。

 アドモス商会の社長室でクーデリア・藍那・バーンスタインもまたそれを見ていた。

 

『ラスタル・エリオンの反乱はマクギリス・ファリド〝元帥〟によって鎮圧されました。反乱の主導者であるラスタル・エリオンは死亡。もう一人の首謀者であると目されるガエリオ・ボードウィンは残存艦隊とともに逃走を続けている模様です。

 これを受けセブンスターズ合議会はガエリオ・ボードウィンのギャラルホルン内における全ての権限を剥奪。ガエリオ・ボードウィンには他にカルタ・イシューの殺害疑惑、ファリド元帥に対する名誉棄損、違法兵器ダインスレイヴ使用の疑いもかかっています』

 

 ニュースキャスターは淡々とマクギリスの革命に抗ったガエリオ・ボードウィンを悪に仕立て上げていく。

 マクギリスがモンタークの名前で不審な行動をしていたことを知っているクーデリアは、人はこんなにも嘘八百をさも本当のことのように語れるものだと感心した。

 

「元帥? 聞いたことのない役職ですが、ファリド公は准将だったはずでは?」

 

 一緒にニュースを見ていたククビータ・ウーグが疑問を発する。

 

「たしか旧世紀の軍隊の最高位の名称だったはずです」

 

「というとギャラルホルンで一番偉い地位に着いたということですかね」

 

「いいえ。私の知る限りギャラルホルンの最上位は統制幕僚長か監査局局長で、元帥なんて階級は存在しなかった。

 ファリド公は名実共にギャラルホルンの全権を掌握するために、敢えてギャラルホルンになかった元帥位を新設したのかもしれません。或はアグニカ・カイエルの継承者として、セブンスターズの枠を超えた者であることを強調したかったのか」

 

 それかその両方か、だ。

 ニュースキャスターによると新設された『元帥』は、セブンスターズ含めた全てのギャラルホルンに対する命令権と独裁権を有するらしい。

 ギャラルホルンにはバエルに選ばれた者には出自思想に関係なく従わねばならぬという法があるそうだが、これでマクギリスはバエル抜きでもギャラルホルンを統べる名分ができたわけだ。

 

『エリオン公はねぇ。たぶんガエリオ・ボードウィンに唆されたんじゃないかなぁ。私はあの人に会ったことがあるけど、あれほど思慮深い人はいなかったね。反乱なんて起こすはずがないよ』

 

 元帥についての説明が終わると、画面では有識者が全てを知っているような口でガエリオ批判を展開していた。

 彼によるとラスタル・エリオンはガエリオの嘘に騙された被害者に過ぎず、全てはガエリオ・ボードウィンの責任であるらしい。

 思慮深い人間なら簡単に嘘に騙されないだろうし、そもそも思慮深いからマクギリスの革命に同調しなかったのだろう――――と、その場にいたら思わずそう突っ込んでいたかもしれない。

 

『ファリド元帥はアリアンロッド鎮圧に当たって大きな功績をあげた鉄華団に、ギャラルホルン火星支部の権限を委譲することを各経済圏に通達しました。

 アーブラウを除いた各経済圏はこれに対して反対の姿勢を表明していますが、ファリド元帥は通信において確定事項であるとし、変更の意思はないことを強調しております。

 鉄華団といえば革命の乙女クーデリア・藍那・バーンスタインを地球へ送り届けた革命の雄として名声を馳せましたが、彼等が英雄から火星の王になることも遠いことではないのかもしれません』

 

 そこからニュースは鉄華団の紹介に映った。

 ガエリオ・ボードウィンが徹底して悪に仕立て上げられたのとは反対に、鉄華団は大々的に英雄扱いされている。特に団長であるオルガ・イツカとバルバトスのパイロットである三日月の持ち上げは凄まじいものだった。

 彼等の中でオルガはマクギリスと志を同じくした英傑で、三日月は正義のためならば百万の敵を薙ぎ倒す勇者らしい。生の本人たちを知るクーデリアからすれば、リアクションに著しく困るところである。オルガが現代のナポレオン扱いされた時は、色んな意味で目が点になりそうだった。

 

「おめでとうございます、と言えば宜しいのでしょうか」

 

「どう、なんでしょうね。彼等が無事で嬉しいはずなのに……」

 

 ククビータ・ウーグにクーデリアは曖昧にしか返せなかった。

 アーヴラウを含めた四大経済圏には、地球圏から遠く離れた火星を直接統治できるだけの実行力はない。そのために実効支配に関してはギャラルホルン火星支部に任せきりだった。

 そのギャラルホルンが火星からいなくなってしまえば、四大経済圏は火星から撤退せざるをえなくなる。

 ニュースキャスターの言っていた火星の王。これに関してだけは嘘ではない。

 程なく火星は独立することになるだろう。そして独立した火星の実権を握ることになるのは、確実にギャラルホルン火星支部の権限を譲り受けた鉄華団だ。

 

「余り社長の前でこんなことを言いたくはないのですが、彼等はやっていけるのでしょうか?」

 

 現実というやつは絵本の世界のように、悪い王様を倒してめでたしめでたしとはいかない。

 本当に大変なのは寧ろ王様を倒してからで、そこで失策をすれば自分が悪い王様になってしまうのだ。

 

「彼等だけでは厳しいかもしれません」

 

 鉄華団は武力こそ一企業を逸脱しているが、事務方の人員はそれに反比例するように乏しい。

 贔屓目に見ても彼等の力だけで火星統治という政治がやっていけるとは思えなかった。

 

「だから私も協力は惜しみません。今から各自治区の知り合いに連絡をとってみます。これからの火星を良くしていくために」

 

 火星のことは一先ず出来る限りのことをやるしかない。他に気になるのはやはりアリアンロッド艦隊とガエリオ・ボードウィンだ。

 このままアリアンロッド艦隊が消えてしまうとは考えられない。宇宙が治まるにはもう少し時間がかかるだろう。

 




 ちょっと迷いましたが、ちょい役じゃないオリキャラも投入することにしました。
 理由はギャラルホルン内乱メインなのに、ギャラルホルンのネームドキャラが少なすぎるからです。アーブラウ以外の四大経済圏の代表も分からないのでオリキャラでっちあげるしかありません。
 あとタイトル通り主人公はガエリオですが、合間合間に鉄華団火星統治についても書いていけたらと。
 原作主人公の三日月は武力95超えでも政治一桁台の呂布チックな感じなので、統治問題では出番が殆どないのが難点ですが。戦争の英雄も、戦いが終わればただの人というありがちなルートになりそうです。
それと今後は三日に一更新になりそうです。

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