純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第9話 約束の地

 ヨセフ・プリマ―の艦隊を退けることに成功したアリアンロッドは、一応の勝利を得たわけだが、だからといってそれで事態が改善されるほど世の中は都合が良くない。

 むしろ月の統合艦隊本部が革命軍によって奪取されたことで、アリアンロッドは帰る家を失ってしまった。

 古今東西。まだ人が弓と馬で戦っていた頃から、流浪の軍の寿命は短い。早々に落ち着ける拠点を見つけなければ、アリアンロッドは敵の攻撃を受ける前に空中分解してしまうだろう。

 これからのことを話し合うためにもガエリオは旗艦リバースクイーンの会議室に、乃木一佐を始めとした佐官を集めた。

 

「だから! もう一度反転して今度こそバクラザンの艦隊を全滅させるのだ!」

 

 ハーフビーフ級を預かる艦長の一人が、テーブルを殴りつけながら怒鳴る。

 一部の血気盛んな将校が同調する一方で、慎重派の人間がやんわりと窘める。

 

「艦隊を全滅させて、それからどうするというのだ?」

 

「無論! 反徒共に占拠された我々の城、月統合艦隊本部を取り戻すのです! あの基地にさえ戻ることができれば、もう一度革命軍と戦うだけの兵力を確保できる!

 そしてラスタル様を殺した憎きマクギリス・ファリドを討ち、ギャラルホルンの誇りを我等の手に取り戻す。これ以上の方針が他にありますか!」

 

「そう簡単にいくとは思えないがね。首尾よく敵艦隊を全滅させたとしても、革命軍が艦隊本部を爆破でもして逃げ出したらどうするとうのだ? 戦って残ったのが本部の残骸ではなんの意味もない」

 

「ふん。聞いていれば貴方達は先程から我々の提案に反対するばかり。我々の案が間違っていると仰るなら、せめて代案を用意して欲しいものですな。それがないのならば黙っていられよ」

 

「な、なんだと? お前の倍生きている人生の先輩に向かってなんたる口の利き方だ!」

 

 若い佐官を中心とした艦隊本部強襲派とそれの反対派で会議室は真っ二つである。

 静かなのはガエリオの護衛として後ろに控えているジュリエッタと、少し距離を置いて会議を眺めているイオクの配下だけだった。

 

(いやもう一人いるな)

 

 この場のナンバーツーである乃木一佐はさっきから聞き役に徹しているばかりで、賛成も反対もまったく意思表示をしていない。

 ガエリオの目には乃木一佐が議論が出尽くすのを待っているように感じられる。

 どうやら乃木一佐には今議題にあがっているものよりは建設的な案がありそうだ。だとしたらここは彼の望んだようにお膳立てをするのがガエリオの仕事だろう。

 

「二人とも、振り上げた拳を降ろせ。ここは会議室であってボクシングジムじゃないぞ」

 

「は、……は! 失礼しました!」

 

 ヒートアップしすぎて乱闘直前になっていた佐官達が慌てて着地する。

 こういう時セブンスターズの権威というやつは役に立つ。ガエリオがただの平民出身者だったら、若造は黙ってろと言われておしまいだっただろう。

 

「双方の意見はよく分かった。臨時の艦隊司令としてこの中から方針を決定したいところではあるが、まだ乃木一佐の話を聞いていない。乃木一佐、貴方はどう考える?」

 

 そこで漸く佐官達は自分達ばかりが盛り上がっていて、乃木一佐をないがしろにしていたことに気付いたのだろう。乃木一佐を蔑ろにしてしまった後ろめたさもあって、彼等は口を噤んで一佐の言葉を待った。

 誰も迂闊に反論できず、邪魔者に言葉を遮られない絶好の場を得られたことで、漸く乃木は重い口を開いた。

 

「……ボードウィン卿はノーアトゥーン要塞基地をご存知ですか?」

 

「聞いたことがないな。他の者はどうだ?」

 

 会議場を見渡すがノーアトゥーン基地なるものを知っている様子だったのは、年季の入った佐官が数人程度だった。

 若手将校達はまったく聞いたことがないようで頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「ノーアトゥーンは300年前の厄祭戦時代に基地として運用されたサテライトベースです。

 対MAのために用意された堅牢な外壁と針鼠のような火器管制。さらには周囲にスペースデブリが漂っているため、進入路も限定されている。

 300年前は多くのガンダムフレームがこの基地に集まり、迫りくるMAを撃退してみせたとか。正に難攻不落の要塞でした」

 

「過去形か?」

 

「ええ。厄祭戦も終わって300年です。戦いが終われば無敵の要塞もただの辺境。あの宙域にあったコロニーは百年前に人がいなくなってから廃棄されていますし、基地そのものもすっかり寂れていると聞きます。

 ですが基地機能は厄祭戦時代そのままだとか。我々が一時の拠点とするにはうってつけでしょう」

 

「厄祭戦時代の前線基地ということなら、艦隊の収容も可能だろうしな。だが月の統合艦隊本部のようにマクギリスの手に抑えられているということは考えられないのか?」

 

「まだラスタル様が討ち死になされた戦いから日が経っていません。この短期間に辺境基地にすら手を回せるとは流石に思えません」

 

「ならばそこの基地の司令官が革命軍に俺達を売ることは考えられないか? ラスタルが死ぬや否やマクギリスについたバクラザン家やファルク家のように」

 

「あそこの基地司令のジュールズ・ブリュネ三佐は私より五歳も上のご老体ですが、中々に金玉のデカい男です。利益欲しさに革命軍に我等を売ることはないでしょう」

 

 乃木一佐の年齢は61歳なので、それより五歳上となると66歳だ。

 ガエリオどころか下手したら父ガルス・ボードウィンが生まれる前から戦っていてもおかしくないベテランである。

 

「君の言い方だとまるでバクラザン家とファルク家が玉無しのように聞こえるな」

 

「し、失礼しました! 別にセブンスターズを侮辱するつもりは――――」

 

 乃木一佐は慌てふためきながら弁解する。それを臆病と言うことはできない。長年ギャラルホルンに仕えてきた彼のような人間にとって、セブンスターズとは絶対的権威の具現である。

 ましてや乃木一佐はアリアンロッド艦隊の幹部としてラスタルの威光を間近で見てきた分、その傾向はより強いだろう。

 

「いや、いい。俺が悪い質問をした」

 

 三百年に渡ってギャラルホルンの頂点に君臨してきたセブンスターズ。その威光はギャラルホルン内にあって階級や職域をも超えたものがある。腐敗と言うのは簡単だが、それを上手く利用して高い実績をあげてきたのがラスタルやマクギリスだ。

 ガエリオがあの戦いで艦隊を纏め上げることができたのもボードウィン家のお蔭であるし、そう考えると一長一短であると言えるのかもしれない。

 

「私は乃木一佐の提案を容れたいと思う。反対の者はいるか? 遠慮なく申し出てくれ」

 

「い、いえ。私は乃木一佐の案を支持いたします!」

 

「私も……」

 

 最年長で最上級の乃木一佐が提案し、セブンスターズのガエリオがOKを出せば、余程アホな案でなければ反対する人間はアリアンロッドにはいない。

 ついさっきまで殴り合い一歩手前の激論を交わしていた者達もこぞって賛成する。

 一先ず厄介な会議を終え、当面の目的地が見えてきたことにガエリオは肩を撫で下ろした。

 

 

 

 会議室を出たガエリオは司令室へ戻る。出来れば一杯のコーヒーでも味わいながら休憩といきたいところであるが、先の戦いでの損害報告など処理すべき仕事が残っているのだ。

 

「余り見ない光景でした」

 

 護衛として後ろについてきているジュリエッタがふとそんなことを言った。

 

「見ない光景? 今日のようにラスタルの護衛として会議に行かなかったのか?」

 

 ジュリエッタがラスタルのお気に入りの腹心であることは自他ともに認める事実だ。

 ヴィーンゴールヴで行われる七星会議のような特殊な場を除けば、ジュリエッタは常にラスタルの側に控えている。そう思っていただけに意外だった。

 

「勘違いしないで下さい。会議にはよく参加していました。ただ」

 

「ただ?」

 

「前はラスタル様が意見を言って、それを他の参加者が微細調整するという感じだったので、こういった皆が意見を言い合う会議らしい会議は新鮮でした」

 

「それはラスタルが優れた指導力と見識をもっていて、尚且つ絶対的な権限があったからできたことだ。俺の将としての能力はラスタルに及ばないし、彼等の心だって掴めてはいない。ラスタルと同じやり方をやっても、俺はラスタルにはなれないさ」

 

「真似などせずとも、自分は自分であると」

 

「哲学的な意味じゃない。人間には其々合ったやり方があるというだけさ」

 

 結局のところガエリオ・ボードウィンはお人好しだ。ラスタルやマクギリスのように相手の意見を端から封殺して我を通すことはできない。

 マクギリスのような本物の天才は例外として、本来そういった能力はラスタルのように経験によって培われるものだ。

 天賦の才か歴戦の経験。ガエリオにはその両方がない。だったら他の者の意見を訪ね、補うしかないのだ。

 

「私は、それでいいと思います」

 

「まさか支持してくれるとはね。てっきりラスタルのやり方を変えるなんて何事かと怒られると思っていたよ」

 

「ラスタル様のようにありたいと背伸びした挙句に方々に迷惑をかけた人を知っているので、それに比べたら貴方は十倍はマシです」

 

「誰かと聞いておくのはよそう。名誉に傷をつける」

 

 ジュリエッタと他愛ない雑談をしていたら司令室に着いてしまった。

 楽しい時間というやつは、どうしてこう長続きしてくれないのか。ガエリオは時空の神を呪う。

 だがまだ戦いは終わっていない。今は仕事があるため駄目だが、大人にとって重要なのは仕事終わりである。

 

「なぁ、ジュリエ――――」

 

「ボードウィン卿! ここにおられましたか!」

 

 ガエリオが仕事終わりにコーヒーでも付き合わないかとジュリエッタを誘おうとした時だった。

 汗をどっと流した一尉が走り寄ってくる。

 

「どうした一尉? 緊急時でもないのに廊下を走るな。ぶつかったらどうする?」

 

 折角の誘いに横槍を入れられたことの不快感は億尾にも出さずに言う。すると、

 

「これが走らずにいられますか! 再生治療中だったガンダム・フラウロスのパイロットが目を覚ましたんですよ!」

 

「な……お前は、馬鹿か!」

 

「ひっ!」

 

 最悪だ。よりにもよってどうしてジュリエッタがいる前でそのことを言ってしまったのか

 自分のことは大人の余裕で抑え込んだが、流石にこればっかりはガエリオも怒ることを抑えられない。

 

「……どういうことですか? ラスタル様を討ったフラウロスが鹵獲されていて、そのパイロットが再生治療中だったなんて。そんな話、私は聞いていません。どうして私に教えてくれなかったんですか?」

 

「…………ジュリエッタ、それは………」

 

「答え…、答えて、答えて下さい、ヴィダール!!」

 

 父親(ラスタル)を殺された少女(ジュリエッタ)の嘆きが艦内に響く。

 ここに及んで一尉は自分がとんでもない地雷を踏んでしまった事に気付いた。

 




 そういえば石動の階級ってなんだったんだろうと思う今日この頃。
 元監査局であることはマッキーの副官であることを踏まえると尉官以上なのは間違いないと思うのですが、佐官っぽくもないような気もするので一尉くらいでしょうか。
 しかしマッキーといいガエリオといいカルタといいラスタルといいイオク様といい、セブンスターズは部下には恵まれてますね。特に数十人単位で忠誠心MAXの部下がいるイオク様。
 マッキーの武力、カルタの高潔さ、ガエリオの人柄、ラスタルの知力、イオク様のカリスマ性を合体させればスーパーギャラルホルン人が生まれるかもしれません。

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