黒い短編   作:K/K

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こういう展開やキャラが好きで書いてみました。


聖女の特効薬

 クラスの誰もが、転校生の加奈を「聖女」だと思っていた。 彼女はいじめられていた。クラスの一部女子グループから、執拗な無視や陰口、教科書への落書きを受けていたのだ。

 加奈は決してやり返さなかった。ボロボロになったノートを抱え、悲しげに微笑んでこう言うのが彼女の口癖だった。

 

「いいの。私さえ我慢すれば、みんなが仲良く笑っていられるんだから」

 

 その献身的な姿に、周囲の生徒たちは涙した。いじめている側を「悪魔」と罵り、加奈を「悲劇の聖女」として崇めた。やがてクラス全員が結託し、加奈を救うためにいじめグループを教室から追放しようという機運が高まった。

 

「加奈ちゃん、もう大丈夫だよ。あんな奴ら、私たちが許さないから!」

 

 クラス委員長が力強く宣言したその時だった。教室のプロジェクターが勝手に起動し、一つの動画が流れ始めた。

 映像に映っていたのは、加奈が転校してくる前の、別の学校の風景だった。そこには、今とは似ても似つかぬ冷酷な表情で、一人の女子生徒の頭から泥水をかける加奈の姿があった。

 

「ねえ、なんで泣いてるの? あなたが惨めであればあるほど、周りの子は『自分はマシだ』って安心できるんだよ。あなたはみんなの平和のための生贄なんだから、感謝してよね」

 

 映像は次々と切り替わる。加奈がいじめ抜いた結果、精神を病んで退学した生徒は十数人にのぼった。

 更に映像が切り替わり、今の学校映し出される。そこでも加奈による陰湿ないじめと暴力が行われていた。ただ前の映像と違う点があればいじめの被害者は彼女をいじめていた者たちであった。実は加奈をいじめていた者たちは彼女に心を徹底的に叩き潰され、従順な「人形」に作り替えた被害者たちだったのだ。

 今の学校での「いじめ」は、加奈の恐怖政治による被害者たちを操っての茶番に過ぎなかった。

 静まり返った教室の隅で、一人の女子生徒が笑っていた。 彼女は加奈の「一番の親友」として、誰よりも加奈を擁護し、いじめっ子たちを糾弾していた少女だ。しかし、映像を流したのは彼女だった。

 彼女は、加奈によって人格を壊されかけた過去を持つ「元お気に入り」である。 絶望に染まる加奈を見つめながら、少女は冷たく言い放った。

 

「どうしたの? いつものアレ、言いなよ。『私さえ我慢すれば、みんなが幸せになれる』って……ねえ、今この瞬間、あなたの化けの皮が剥がれて、クラスのみんなは『自分たちは騙されていた被害者だ』っていう正義感で一つになれてるよ。最高に幸せな光景じゃない」

 

 加奈はガタガタと震え、何も言い返そうとしない。少女は、かつて加奈が自分に教え込んだ「誰かを犠牲にして平和を作る」というロジックを、そのまま加奈に叩き返したのだ。

 周囲の生徒たちが、手のひらを返したように加奈に罵声を浴びせ始める。その怒号を聞きながら、少女はカバンから自分の退学届を取り出した。復讐は終わった。この地獄のような連鎖に、もう未練はない。

 彼女は教室のドアを開け、最後に一度だけ、加奈がよく使っていた「聖女の微笑み」を完璧に模倣して見せた。

 皮肉を込めて少女は言う。

 

「……ねえ、今この瞬間、あなたの化けの皮が剥がれて、クラスのみんなは正義感で一つになれてるよ。これこそ、あなたが望んだ『みんなが幸せな世界』じゃない」

 

 暴露映像を流した元被害者の少女、沙織は勝ち誇ったように言い放った。 教室中が加奈への嫌悪と怒りに染まり、罵声が飛び交う。「最低」「人殺し」「死ねばいいのに」。聖女として崇められていた反動は、凄まじい濁流となって加奈に襲いかかった。

 しかし、加奈はもう震えてはいなかった。彼女はゆっくりと顔を上げると、口元に深い、三日月のような笑みを浮かべたのだ。

 

「……あはは。そうね、その通り。さすが私が育てた最高傑作、沙織ちゃん。いい指摘だわ」

 

 加奈は教卓の上に座り込み、優雅に足を組んだ。その堂々たる姿に、怒号を浴びせていたクラスメイトたちが気圧されて黙り込む。沙織も啞然として足を止めてしまった。

 

「みんな、映像を見て怒ってるみたいだけど、一つ聞かせて? 私が提供した『特効薬』は、偽物だったかしら?」

 

 加奈の視線が、クラス委員長に突き刺さる。

 

「委員長、あなたの不登校だった妹さん。私が毎日相談に乗って、学校に来られるようにしてあげたわよね。今、彼女は毎日笑って通学してる。……私の過去がどうあれ、その『救済』は消えるのかしら?」

 

 次に、加奈はいじめに加担していたグループを指差した。

 

「あなたたちも。万引きの証拠を揉み消してあげたわよね? 警察に突き出される恐怖から救ってあげたのは誰? 私よね?」

 

 教室に沈黙が降りる。加奈は立ち上がり、一人一人の顔を覗き込むように歩き出した。

 

「私は確かに悪人よ。前の学校の人間をモルモットにして、その犠牲の上に今の『平和なクラス』を築き上げた。でも、その恩恵を一番享受しているのは、私を叩いているあなたたちじゃない」

 

 加奈は沙織の前に立ち、その頬を優しく撫でた。沙織の手が恐怖で震え出す。

 

「沙織ちゃん、あなたが私を告発できたのは、私があなたに『自信』を与えて、『立ち向かう勇気』を教えたから。……私の技術(いじめ)があったからこそ、今の強いあなたがいるの。感謝してほしいくらいだわ」

 

 加奈は教室の中央に戻り、両手を広げた。

 

「さあ、選んで。私を追放して、また明日からバラバラで、つまらない普通の日常に戻る? それとも、過去には目をつぶって、私の『完璧な支配』の下で、平和で幸せな学園生活を続ける?」

 

 クラスメイトたちは顔を見合わせた。彼らは知ってしまったのだ。加奈という「悪」がいなければ、自分たちの今の幸せが維持できないことを。彼女を断罪することは、自分たちの受けてきた恩恵をすべて投げ捨てることと同義だった。皮肉にも加奈の裏側が暴かれたことで彼女のもう一つの強さも知ってしまった。

 一人、また一人と、生徒たちが視線を伏せていく。

 

「……加奈ちゃんがいなきゃ、またクラスが荒れるし」

「前の学校のことなんて、俺たちには関係ないだろ」

「実際、俺たちは救われたんだし……」

 

 空気は一変した。怒号は消え、加奈を肯定する「静かな同意」が教室を支配した。 暴露された悪行さえも、彼女のカリスマ性を高めるエッセンスへと変質してしまったのだ。

 加奈は、絶望に顔を歪める沙織の耳元で、甘く囁いた。

 

「残念だったわね、沙織ちゃん。みんな、正義よりも『自分たちの幸福』が大事なのよ」

 

 加奈は教壇に立ち、いつもの聖女のような、けれど底冷えするような笑みを浮かべて宣言した。

 

「ええ、私は過去も現在も、救いようのない悪女。……でも、だからこそ、あなたたちを幸せにしてあげられるのよ」

 

 その日、加奈の支配は完成した。 全クラスメイトが目の前の平穏の為に彼女に屈したのだ。

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