「嘘つき……」
上坂大輝は心臓を鷲掴みにされたような悪寒を覚えて、ベッドから飛び上がった。
いやな汗が背筋を伝い落ちる。ドクンドクンと激しく脈打っている胸に手を当てながら、部屋を見渡してみる。
当然のことだが、彼以外には誰もいない。六畳一間の慣れ親しんだ自分の部屋だけが、そこにはあった。
「くそ……」
大輝は悪態をついた。
これは今に始まったことではない。もう何年も前から続いている。しかし、回復の兆しは一向に表れない。それが自分の心の問題だと、大輝自身が理解していても。罪の意識や後悔の念と言ったものは、ジレンマのように大輝に付いてまわっている。
部屋の机の写真立てに目を向ける。そこには、大輝と一緒に二人の大学の仲間が写った写真がはめ込まれている。しかし、その中の小柄の友人は、大輝たちの日常からいなくなった。その原因の一部は、自分にあると彼は思っていた。ほかの友人や本人は否定してくれたが、自分のせいだという思いが捨てきれなかった。
――あいつは俺を怨んでいたのではないだろうか。
そういった感情をあの日から抱き続けている。人を怨むなんてことをする奴じゃないと、頭でわかっていたとしてもだ。
「ごめんな、明日香……」
彼がいくら写真に向かって謝っても、現実は変えられない。現に写真に写る水谷明日香は、ぎこちない笑顔を浮かべ続けている。色白の肌に、まわりに写る彼らに比べて一回り小さい体。そこに渋々といった笑みをこぼしながら、明日香は大輝の横で小さくなって写っている。
「写真撮られんの、苦手なんよ」
いつだったかそう話していた彼女の声が、大輝の脳裏によみがえる。それが、先ほどまで緩みかけていた涙腺を再び刺激する。
「大輝! 早く起きなさい! 今日はあんたの大事な日なんでしょ?」
階下からの大声で、はっと我に返った大輝は、荒っぽく目尻を拭う。
「言われなくてもわかってるよ!」
声を張り上げて叫び返す。両手で頬を打って気合いを入れる。母に言われなくてもわかっている。今日は自分が生きてきた人生で、一番大切な日と言ってもいいだろう。なぜなら今日は……。
大輝はベッドから立ち上がり、一晩中つけっぱなしにしていたクーラーの電源を落とした。昨夜から消すのを忘れていたので、部屋は薄ら寒くなっていた。一度身震いをしてから、窓を覆っていたカーテンを開け放つ。瞬間、陽光が差し込んであまりの眩しさに目を細める。空は抜けるような青空で、換気のために窓を開けると、夏特有の湿った空気が部屋中に流れ込んできた。
「ふう」
目を閉じてひとつ深呼吸。
「大輝! いい加減にしなさい!」
あまり時間も経っていないというのに、母が足音を響かせながら階段を上ってくる。
「わかってるよ! 今行くって」
気が短い彼の母に苦笑して、寝間着代わりに着ていたシャツとジャージを脱ぎ捨てた。クローゼットから、今日着ていくための服を探しだす。きっちりと鏡の前で服装をチェックしてから、もう一度、改めて写真に視線を移す。
「明日香。今のお前が俺を見たら、なんて言うんだろうな? 俺のこと恨んでるのかもな。いや、お前のことだ。絶対にそんなことねえんだろうけどさ……やっぱり、俺はまだお前に顔向けできねえよ。だから、ちょっとばかし待っといてくれねえか? そしたらちゃんと、俺が俺を認められた時、挨拶に行くから。
今日はお前と約束したあの日だ。俺のこと見守ってくれなんて言わない。でも、俺は精一杯できることをやってくるよ……じゃあな、いってきます!」
大輝は写真に背を向けて歩き出す。その横を一陣の風が通り抜けていく。それにのって聞こえてきた、「頑張って!」というエールは、きっと気のせいなんだろう。
「じゃあ、いってきます」
父と母に一声かけたあと、ご無沙汰になっていた自分の自転車を車庫の奥から引っ張り出してきた。ざっと見たところ、籠の部分に若干錆が出始めていたが、大丈夫そうだ。
大輝は自転車に跨って、ペダルを強く踏み込む。数年来、整備もしていなかったので走るかどうか不安なところがあったが、軽快に走り出せたところを見ると、大丈夫だったようだ。
向かう場所は、大輝が上京してから一度も訪れていない、希望峰情報工科大学。大学までの道のりはそれなりに長い。自転車では、片道四十分ほどかかってしまう。
それでも、大輝はこれで学校に向かう。あの時の気持ちを忘れないために。抱えてきた気持ちを思い出すために。出会いと別れを経験したあの場所へ、大輝は自転車をとばしていく。
彼は大学を約一年で中退したが、慣れ親しんだ通学路を進んでいると、当時の記憶がよみがえってくる。
「俺を置いてくなんてひどいんじゃないの、大輝」
「……真介」
自分を現実に引き戻した声の発生源に目を向ける。
大輝の横に並走してきたのは、親友の竹谷真介。小学校の頃からの幼馴染で、大学までずっと一緒だった腐れ縁。いつもジャージ姿のラフな格好をしていたのだが、今でもそれは健在らしい。半袖半ズボンの黒ジャージを着ながら、四年前と変わらぬ笑顔を浮かべている。
「元気そうで何よりだな」
「お前もな。相変わらずジャージばっか着てんだな」
「そんなことより、帰ってきてたんなら連絡ぐらい入れて欲しいんだけど。おふくろさんが連絡してくれたから一緒に行けるけどさ……」
「やっぱ、母さんか……」
「さあ大輝、俺を仲間外れにした言い訳を聞こうか」
「わりいな。でも、これは俺が決めた俺のルールだから」
「はあ……人のこと全然言えないって。そうやって一人で抱え込むところなんて、逆に酷くなってるんじゃないのか?」
「……そうかもな」
真介の言ったことが的を得ていて、自嘲染みた笑みを浮かべることしかできない。
「もうあれから四年経ったんだな」
「……ああ」
四年経ってしまったのだ。あっという間だった。
年を取るごとに体感時間は早くなる。どこかでそんなことを聞いた気がするが、あながち間違っていないのかもしれない。
「後悔、してるのか?」
「……どうだろうな。そんなこと、考える暇もなかったよ」
しているに決まっている。
脳の冷静な部分が、そう告げていた。
「大輝が中退してから四年……か」
――それと、俺が明日香の人生を壊してしまったのも四年前だ。
あの日の後悔は、一度たりとも忘れたことはない。
大輝と明日香が出会ったのは、大学に入ってから間もない頃だった。それまで彼は、そんな名前の人がいることも知らなかった。話をするきっかけになったのは、大学の食堂が込んでいたのが原因だった。
大輝は昼休み、いつものように食堂で素うどんをすすっていた。さすがこの大学で一番学生にやさしい一品ということもあって、値段相応の味気ないものだった。雀の涙程度、うどんに添えられているわかめが、一層濃い哀愁を漂わせる。学生でごった返しているまわりを見回してみても、素うどんをつついているのは大輝だけだ。それがまた彼を惨めな気持ちにさせていく。空いている左手で頬杖をつきながら、自分の隣の席をじっと見つめた。
その席の主は竹谷真介。小学校からの友人で、中学、高校、大学のすべてが同じの言わば腐れ縁。
中肉中背で、今日は上下共に茶色のジャージ姿。前に一度、上はピンク、下は緑という奇抜な素晴らしい配色センスを目にしたときは、笑うのを通り越して若干引いたことを覚えている。髪は茶色の癖毛で目が悪くもないのに黒縁の眼鏡をかけている。いわゆる伊達眼鏡だ。見た目通り軽いノリのお調子者なのだが、一概に不良と言うと少し語弊がある。言うなれば、不良になりきれていない不良と言ったところだろうか。
大輝の視線に気づいて、真介がアジアンチキンを咥えながら、目でどうしたと問いかけてきた。口に物を入れて話すのを自重するだけの分別は、真介にもあった。
「真介はいいよな。そんな高いもん食えて……」
彼が今食べている定食は、値段でいえば大輝の昼食の約三倍になる。そんな高額なものを隣で食べられている大輝としては、恨み言の一つや二つ、言いたくなる気分だった。
「大輝も食べればいいじゃん。ここの食堂は俺らが行ってた高校より、百円ぐらい安いんだから」
「……俺が金無いこと知ってるだろ?」
「あ、そうだったね。悪い」
少し罰が悪そうに、真介が目を伏せる。そして、大輝と自分の手元を交互に見返してから、
「……食べるか?」
と、遠慮がちに三割程度残っていた定食を差し出してきた。
「いや。遠慮しとく。これ以上惨めな気持ちになりたくないし、気持ちだけもらっとく」
「そっか。なんか悪いな」
「いいって。俺に金が無いのは、真介のせいじゃないんだから」
大輝の財布が軽い事情は、彼の家庭が荒れているからという理由はなく、もっと健全な理由のためだった。
高校二年の冬の季節、大輝は有名な俳優や声優を輩出している養成所のオーディションを受けた。
試験会場には、三百人ほどの受験者が集まっていた。周り全員が自分より年上で、大輝の目から見ても演技が上手いと思える人が何人もいたことは記憶に新しい。当たって砕けるつもりで、自分のすべてを試験ではぶつけてみた。落ちて元々、いい経験ぐらいになるだろう。そのぐらいにしか思っていたのだが、大輝は狭き門を潜り抜けて、見事合格した。
なぜ自分が受かったのだろう。郵送で送られてきた合格通知を見たときは、喜びより先に疑問があったことを覚えている。
現在、大輝はこの大学――希望峰情報工科大学に通いながら、養成所にも通っている。平日は学校に通い、休日は実家から少し離れた養成所に通う。これが去年から続いている彼の日常のサイクルだった。
そして、その養成所に通うことが彼の財布を寂しくさせている理由だった。
元々、大輝は高校を卒業したあと養成所一本で行くつもりだった。ところが、その旨を両親に伝えると猛反対。彼がその類の職に就くとしても、大学は出ろとのお達しがあったのだ。また、大学に行かないのであれば養成所も辞めさせるというおまけつきで。
当然、大輝はこれに反発した。自分の人生なのだから自分の好きなようにやらせてくれと要求した。しかし、両親は首を縦には振らなかった。
一週間ほど家族関係はぎくしゃくとしていたが、妥協案が掲示されたおかげでピリオドが打たれることとなった。それが、両立の生活である。大学の学費は親が払う代わりに、養成所の費用は大輝が払う。これで彼の家庭の冷戦状態は終焉を迎え、現在に至っている。余談だが、大輝が親の命令に従ったのに養成所の学費を自分が払うトラップに引っかかったことに気づいたのは、それから二か月後のことだった。
そして、その養成所の学費がばかにならない。この春から払うことになったが、養成所に通うのが休日になってしまうので、稼ぎ時の土日が大輝には存在しない。結局、アルバイトができるのは大学が終わってからの時間帯で、そこでは思うように学費を稼ぐことはできない。春休みに短期で雇ってもらった際の貯蓄も、前期の講習代を賄うことが出来ずに消えてしまった。残っていた金額は出世払いということで、両親に借金をして捻出した。
大学が始まって一週間。早くもこの生活に破綻の色が見え始めている状況に、大輝は焦りを隠せていない。
「そうそ。こいつにお金無いのは、別に真介君のせいじゃないんだから。気にしなくてもいいのよ」
「美月ちゃん。さすがにそれは酷いんじゃ……」
「美月、お前な……」
大輝の対面でお盆を机に置いて、すぐさま箸を動かしているのは、真介と同じく彼の幼馴染の谷口美月。
ショートヘアと日焼けした肌。それに加え、出るところは出た体型。そのスタイルと容姿で高校時代から人気があったが、大輝は美月の浮いた話を聞いた例がない。誰に対しても引くことを知らない男勝りな性格が災いしているのかもしれない。
「事実なんだからしょうがないでしょ?」
「それはそうだけどさ」
「まあまあ。美月ちゃん、それぐらいにしとかない? これ以上責めたら大輝が自殺しかねないからさ」
「誰が自殺なんてするか!」
「いやいや、わからないよ? 年々日本の自殺者が増えてるから、もしかしたら大輝もその一員になるかもしれない」
「俺はちゃんと生きがい持って生きてるから大丈夫だ!」
ふん、と美月が鼻を鳴らす。
「大輝が自殺するかはどうでもいいわ。あたしには関係ないし。そんなことよりあんたたち、悠長にご飯食べてるけど課題したの?」
課題? と大輝と真介が頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせる。それを見た美月が嘆かわしそうに額に手を当てた。
「出てたでしょ。微積分のプリントが一枚」
「……そんなもんあったな」
「はあ……なんで大学になってまで、あんたたちの面倒をあたしが見なくちゃいけないのよ」
「悪い。でも、俺は美月がこの大学に来るとは全然思ってなかったんだけどな」
「あ~、その気持ちはわかるよ、大輝」
「は? 何? ふたりはあたしが先生になりたいっていうのが意外って言いたいの?」
「そうじゃねえって。お前がこの情報系の大学に来たことが、驚きだって言ってるんだよ」
思い返せば、大輝は美月がこの希望峰情報工科大学に進学するとは、夢にも思っていなかった。
彼女は中学の頃から、何かしらの教師になるのが目標と言っていた。なので、この大学に来ること自体に問題はない。ここでも教職課程を終えれば、情報と数学の教職免許を取得できる。しかし、美月は高校時代に陸上部のエースで、全国大会にも出場したことがある実力者だ。そういう経歴を持つ彼女なので、てっきり体育大学に進学するものだと勘違いしていた。ところが、美月が目標にしていたのは数学の教師だった。そういったいきさつがあって、彼女はこの希望峰大学に進学したというわけだ。
「美月ちゃんは、陸上で全国に行ったこともあったからね。俺は体育大学に行くと思ってたんだけど」
大輝の気持ちを代弁するかのような真介の言葉に、大輝はうんうんと頷きながら同意する。
「別に。陸上が目標にならなかっただけよ。あたしが仕事としてやり続けられると思ったのがあくまで数学の教師だっただけ。ただそれだけのことよ。それと、陸上もやめるつもりはないからね。サークルにでも入ってみようと思ってるし」
「ふ~ん。授業に教職にサークルねぇ。お忙しいことで」
「あんたよりはましだと思うけどね。あたしはバイト、まだやるつもりはないから。
それより、あたしがここに通うことを意外って言うならあんたはどうなのよ。あたしは未だに、あんたがここに通ってることが信じられないんだけど」
「あ~、それもわかる」
「どういう意味だ、それは」
二人がニヤニヤとした笑みを向けてくるので、大輝は居心地の悪さを感じた。
「いやだってさ。大輝は俺たちに、高校卒業したら養成所一つで行くって言ってたからさ。なんとなく、ここに居るのがまだしっくりこないっていうか」
「そうそ。でもそれが、まさか親の了承をもらってないなんてあたしたちは思ってなかったから。それで、いざ蓋を開けてみたらおんなじ大学でしょ? ちょっと意外に思っても仕方ないわよ」
本当は、大輝としてもどこかの芸術大学に進学したかった。
しかし、両親の反対を受けたのは夏休みの半ば。受験というスタートラインに立つのが、あまりにも遅すぎた。受験に対する意識の低さと、心のどこかで頷いてくれるだろうと考えていた予想ゆえの失態だった。また、夏合宿が養成所のほうであったりと、あまり受験に打ち込むことが出来なかったのも災いした。秋から猛勉強したはいいが、長期休暇をおろそかにしたツケは取り戻せず、目標にしていた大学には届かなかった。結果として、滑り止めとして受けた希望峰にしか受からず、辛くも理系の大学になってしまった。数十分かけると、自転車で通学できるという点だけが、大輝にとって唯一の救いだった。
「……俺の黒歴史を掘り返してそんなに楽しいか?」
「楽しいよ」
「人の不幸はなんとかの味って言うでしょ」
「くそ……」
自分の恥ずかしい過去を掘り返され、大輝はそっぽを向きながらうどんをすすった。その頬は心なしか赤くなっている。
「ごちそうさまっ」
「ふーん。ずいぶんと早いのね」
「俺はお前らと違って定食じゃないからな」
定食の部分を強調したのは大輝なりの仕返しだった。真介は苦笑いを浮かべ、美月はまた鼻で笑う。いつも通りの、小さい頃から続いた日常風景だ。大輝自身は不本意であるが、この面子でいるとき、彼はどうしても二人からからかわれる立ち位置になってしまう。
「それで美月。物は提案なんだが」
「課題なら見せないわよ」
「そんな殺生な! 美月様! 何卒! 何卒!」
一年間学んできた演技力をここぞとばかりに発揮する。
あまりの低頭さに、
「……あんたにはプライドってもんがないの?」
半眼で美月が痛いものを見るかのような目つきで見つめてきた。
「プライドを取るか単位を取るかって訊かれたら、俺は瞬時に単位と言える自信がある」
「何の自信よ、まったく……貸しひとつよ」
「ありがとうごぜえます」
満面の笑みの大輝に、美月は心底疲れたような表情でA4のプリントを渡す。それを受け取り、せっせと答えを移す作業に入る。
「ごちそうさま。美月ちゃん、俺も写させてもらっていいかな?」
「いいよ。だけど大輝と同じで貸しひとつだから」
「了解。またスイーツでもごちそうするよ」
「ありがと……でも、あんたたちホントにこの大学に何しに来たの? 初っ端から課題忘れるなんて、相当な鳥頭か馬鹿よ?」
「それって意味がおんなじなような気が……まあでも、一般教養はどうしてもやる気がね。今やってるこの問題にしても、高校の復習の範囲だからどうにも。俺がここで学びたいのはプログラミングとかそっち方面なんだよねぇ。少しぐらいは必修じゃないの、落としてもいいかなって思っちゃって」
「俺は、別にやりたいことはないな。親が大学出ろって言われたからそれに従ってるだけだし。この大学を選んだのも、ほかに選択肢が残ってなかったからだしな」
プリントから目を離さずに答える大輝。まじまじと見られている気配を感じながら、追及はしなかった。してしまうと、また自分が言葉責めを受けることが明白だったから。
「俺たちのことより、俺はお前の方が心配だぞ。美月」
「あんたに心配されることなんて何もないわよ」
明らかに話題を変えようとしている大輝に、真介たちは食い下がってはこなかった。かわりに返ってきた素っ気ない態度に、大輝は内心ほっとした。
「いやいや。大学が始まってもう一週間になるのに、まだ俺たちだけとつるんでるのはどうかと思うぞ? 自分以外の女の子の一人や二人、捕まえておくべきじゃないのか?」
「……そりゃあ、あたしもそれは考えたわよ。でも、ここは情報系の大学よ。あたしがひとりも女の子をひっかけられてない理由を察せないのは、あんたがここを残念な理由で選んでるから無理はないけど……」
「ちょっと待て。露骨にバカにされてるよな。俺、明らかに下に見られてるよな?」
「そんなの今に始まったことじゃないでしょ。続けるわよ」
「はいはい。どーせ俺は残念なヤツですよ」
「この方面に来る子の多くは、プログラマーとかそういう方面に就職したいからでしょ?」
「そうだね。俺もその一人だから。なんとなく美月ちゃんの言いたいことはわかってきたよ」
「じゃあ真介君。あとの説明任せるわ」
「え~、俺まだ課題終わってないのに」
「それを写させてあげてるのは誰?」
「まったく、美月ちゃんは人使いが荒いねえ」
真介が不満の声を上げたが、得意げな美月に一蹴されて肩をすくめた。
「じゃあ、話の続きだけど……大輝、情報系に来る人のほとんどがどういう人かは理解したよね?」
「ああ」
「なら、そういう人たちはどういった生活を高校で過ごしてきたと思う?」
「普通、じゃねえの」
「……これは俺の偏見かもしれないからあんまり強く言えないんだけど、情報ってあんまり女の子が得意な……っていうか好きな分野じゃないと思うんだ。やっぱり女の子って文系志望の子が多いからね。そもそも情報に来る絶対数が少ない。で、そんな物好きが集まるってことは、高校ではサブカルとかに通じてるんじゃないかな。美月ちゃん、これであってる?」
真介がまるで推理をしている探偵のように、シャーペンの背を美月に向けた。口にパイプを銜えてないのが少し残念なほど、それは決まっていた。
大輝たちの中でのサブカルチャーの普及率。つまりは現代の言語を用いると、オタク文化に分類されるであろう事柄を娯楽としているのは、真介ぐらいだった。美月もそういう分野を否定したりはしないが、好んで自分もそれに身を投じるということはしていない。夜遅くまで陸上の自主練を欠かさなかったのだから、当然とも言える。大輝に至っては、アニメなどは一種の観察対象として観る傾向がある。演技などを研究するためにそれを観て、映像や内容などは二の次といった次第だ。
当の美月は言い当てられたのか、少し物憂げに首肯した。
「そういうこと。実際真介くんの言う通りで、全然共通の話題が見つからなかったわ。もうちょっと探せば、この大学に渋々合格した大輝みたいな子もいるかもしれないけど……そんな努力、するだけ無駄だと思ってる。だから、無理してそんな子たちと話を合わせるよりは、あんたたちといた方が気が楽ってことよ」
諦観にも似た表情を浮かべながら、美月はため息を吐いた。
「あの、すみません……ここの席って空いとりますか?」
「え?」
そう美月に声をかけたのは、一人の女学生。両手で持ちながら、その顔は申し訳なさからなのか苦笑で彩られていた。
腰まで伸びたつやのある黒髪。肌は陶磁器のように白く、顔はロボットのように整っている。
「えっ、ああ……大丈夫。空いてます」
珍しく美月が動揺しながら椅子においていた自分のカバンを床にどける。
「ホンマですか、よかったぁ。どこも座る席なかってどうしよか思っとったんですよ」
これが、大輝たちと水谷明日香の邂逅だった。