衛星軌道上にあるヨルハ部隊の基地「バンカー」。その自室で9Sは目を覚ます。
廃工場で2Bと共に目標の大型兵器をアンドロイドの動力源である核融合駆動システム「ブラックボックス」を用いた自爆で撃破した。そのことを9Sは記憶していないが、他のヨルハ部隊から聞いた話や作戦の記録データではそうなっている。
アンドロイドはバンカーに個体データのバックアップを取っておくことで、たとえ死んでもデータがあればまた蘇ることは可能だ。ただし、記憶は最後にバックアップを取ったところまでしか引き継がれない。
9Sには、廃工場で2Bと合流してからの記憶はない。
◇◇◇
「さてと、そろそろ2Bさんのセットアップを手伝いに行かなきゃな。多分、もう部屋で待っているだろうな」
そんな独り言を言いながら9Sは自室を出て2Bの部屋と向かう。
セットアップは任務だと分かっていても、女性型アンドロイドの部屋に入るというのは男性型としては少し緊張する。
ヨルハ部隊に所属するアンドロイドは規則として感情を持つことを禁じられているが、実際にそんな規則を律儀に守ろうとしているアンドロイドはほとんどいない。厳格で冷静沈着なことで知られるヨルハ部隊の司令官ですら、私生活はずぼらだという噂があるくらいだ。面倒臭がりなのだろうか。想像はできないが。
9Sも、そんなアンドロイドの例に漏れず、知的好奇心が旺盛なところがある。そんな訳で、内心緊張しつつ、平静を装って2Bの部屋のドアを開ける。
「失礼します。あ、もう始めてるみたいですね」
9Sが部屋に入ると、2Bはベットに寝ており、その上では彼女のポッドが何やら作業をしているようだった。
9Sも2Bにハッキングを行い、2Bの起動セットアップを開始する。
「2Bさん、聞こえますか?起動セットアップを始めますね。まず、システムの明度設定を・・・」
9Sは2Bのシステム面のセットアップを手伝っていく。明度設定で明るさを調節し、音声認識で声の聞こえる大きさを調節する。「9Sの声って何か安心する」と言われ心拍数が一時的に上昇したり、何故か自爆許可の項目が消えていたり、多少問題はあったものの、セットアップは無事に終了した。
全ての設定が終わり、ハッキングを終了させようとしたが、そこで9Sは妙なことに気付く。1つ、おかしな項目が増えていた。
エンディング取得数。
その奇妙な項目には、取得数1とだけ書かれている。何かをアイテムとして所持している訳ではない。気になって調べて見ると、それは行動の記録のようなものだった。ゲームで言うならばプレイ時間や、集めたトロフィーの数のようなものだろうか。
ウィルスの類でも無いので、とりあえず9Sは項目をそのままにしておく。間違って消したりでもして、それが2Bの大事なものであったならば大変なことになる。
9Sがハッキングを終えると、2Bが目を覚ましてベッドから起き上がる。
「おはようございます。司令官からの命令で、2Bさんのメンテナンスを担当することになったんです。これから定期的にチェックしますね」
「・・・そう」
9Sの言葉に複雑そうに返す2B。不安を与えてしまっただろうか。
「心配は要りませんよ?僕達9Sモデルは優秀な事で有名ですから・・・って自分で言うことじゃないか」
「・・・9S」
「え?なんでしょう?」
「敬称はいらない」
「え?」
突然の言葉に思わず呆けた返事をしてしまった。
「・・・私の名前に『さん』はつけなくていい」
「は、はい・・・分かりました」
不思議だった。突然そんなことを言われたのも不思議だったが、彼女がその言葉を言い慣れているように見えたのも不思議だった。もしかしたら廃工場の時にも同じことを言われたのかもしれない。
「・・・あ、そうだ。司令官が呼んでいたから一緒に行きましょう。2Bさ・・・いえ、2B」
何故だろうか。彼女を敬称無しで呼ぶことに嬉しさを覚えた。これからも頑張っていける。そんな気持ちになれた。だからだろうか。9Sにはその後の彼女の行動が理解できなかった。
「待って、司令官のところへ行く前にやっておく事がある」
「やっておく事ですか?」
◇◇◇
突如としてバンカー中に警報が鳴り響く。あちこちで爆発が聞こえる。激しい振動がバンカー全体を襲う。
「一体何がどうなっている!?」
揺れる司令部で司令官が叫ぶ。
「ど、どうやらバンカーで爆発が起きたようで、そそ、その爆発によって次々と爆発が連鎖的に起きてるようです!」
困惑しながらも、オペレーターの1人がなんとか答える。
「爆発の原因は!?」
とにかく指示を出す。こんな状況でも司令官として素早い行動をしなければならない。
「ど、どうやらアンドロイドの1人が自室で自爆したようで・・・」
「はあっ!?」
予想もしていなかった理由に普段なら絶対にしないような叫び方をしてしまう。答えたオペレーターが「ひぃっ!?」と縮こまる。そんなに恐ろしかったのだろうか。
「それで!その自爆した馬鹿者は!?」
「そ、それが・・・2Bさんらしいです」
「2Bだと!?」
馬鹿な。彼女は人一倍任務に忠実だったはずだ。オペレーターの言葉を疑う訳ではないが、正直考えられない。だが、こうしてバンカーが爆発しているのも事実なのだ。
「クソッ!!」
司令官は、普段の自分なら絶対につかない悪態をついた。
◇◇◇
バンカーで自爆した。連鎖的な爆発によりバンカーは崩壊。落下する姿はまるで流れ星のようだったと言われている。
バンカーでの自爆決行。宇宙空間に放り出された司令官が鬼の形相で虚空を見つめていた・・・。
NieR:Automata
deb[U]nked
◇◇◇
「・・・あれ?ここは・・・」
気がつけば、9Sはバンカーの廊下に立っていた。目の前には「2B」と書かれた扉がある。
9Sは見たはずだった。確かにこの目で2Bが自爆するのを見たはずだった。
それなのに自分はバンカーにいる。どうなっている。
「ポッド、現在の状況は?」
「報告、ヨルハ機体2Bのセットアップサポート前。現在、ヨルハ機体2Bはセットアップを始めている模様。推奨、扉を開けてヨルハ機体2Bのサポートを開始」
9Sが自分のポッドに確認すると、ポッドは2Bのポッドとは違う、女性的な声でそう答えた。
「失礼しまーす・・・」
9Sが部屋に入ると、全く同じ状況で2Bはベットに寝ており、ポッドは作業をしている。
9Sはそのまま2Bのセットアップに入るが、その流れも、2Bの反応も、全く同じだった。まるで同じ時間を繰り返しているような気分だった。
状況が状況なので、「2Bさん」と呼んでみたが、「『さん』はつけなくていい」と言われた。まさか本当に時間を繰り返しているのか。
「・・・司令官が呼んでいるので一緒に行きましょうか。2B」
「分かった」
9Sの言葉に2Bは素直に頷いた。また自爆でもされたらどうしようかと思ったが、今度は大丈夫なようで9Sはほっとする。
「・・・これで2つ目」
「2B?何か言いました?」
「いや、別に」
そう言って2Bはさっさと部屋から出て行ってしまう。9Sは慌ててその後を追った。