本当に、本当にありがとうございました。
「・・・」
37Bは何も言わない。片手で自身の胸を貫いた槍を抜こうと掴むが、腕に力が入らない。ウィルスに侵されたあの時からずっと壊れたままの彼女は、ついにそのままぐったりと動かなくなった。
14Sが槍を引き抜くと、37Bはその場に倒れる。
「・・・これで、良かったんですか?」
倒れて動かない37Bをじっと見つめる14Sの背中に9Sが問いかける。
「・・・いいんです、これで。37Bさんはずっと僕のことを忘れずに守っていてくれた。なら、その記憶から解放するのが僕の役目です。彼女はもう、忘れるべきなんです。彼女のことを忘れてしまった奴のことなんて、忘れてしまうべきなんです。こんな場所で停滞せずに、前に進むべきなんです」
37Bは死んだ14Sの義体をずっとそばに置き続け、14Sを守るためにずっと近づく者を殺し続けてきたのだろう。ウィルスによって理性を失っても、「守る」という思いだけは忘れなかった。
「その代わりに僕は絶対に忘れません。37Bさんが僕を守ろうとしてくれたことを。1度は記憶を失ってしまったけど、もう絶対に忘れません」
その声は震えていた。2Bや9Sからは背中しか見えなかったが、14Sはきっと、泣いていた。
◇◇◇
それから、バンカーにて。
「はい、開いてますよ」
ノックの音を聞いて、アンドロイドは自室の扉を開ける。
「久しぶりと、言うべきなんでしょうか?」
「ふ、14S?」
「どうも、8Oさん」
突然現れた14Sに部屋の主、8Oは目を丸くした。
「そうですか、37Bさん、ようやく死ねたんですね・・・」
「やっぱり、知ってたんですね?」
37Bの事を8Oに話すと、彼女はどこは安堵したような顔をした。
「はい。私はオペレーターですから、あの作戦で死ぬ理由はありません。それに、37Bさんから『14Sには何も伝えるな』って言われてたんです」
言葉を続けていくうちに、8Oの顔は暗くなっていく。
「14S、貴方に謝らないといけないことがあります。私はあの作戦で貴方が死んだ後、復活する前の貴方のデータにハッキングを仕掛けて、貴方の記憶データを全て消去しました」
「記憶を・・・?」
「はい。37Bがあの作戦を生き残ったと思い込んでいる貴方が記憶を持ったまま復活したら、きっと37Bさんの現状に耐えられないだろうと思ったが故にです。私は司令官に相談して、貴方の記憶を消して新兵として扱うことに決めたんです。実際は37Bさんが無事でないことに気付いてしまっていたようですが」
そう言うと、8Oは頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい」
そんな8Oの肩に14Sはそっと手を置いた。
「いいんです。僕は僕の役目を、責任を果たしました。8Oさんも僕と37Bさんのために自分の責任を果たそうとしてくれたんですよね?その気持ちが嬉しいんです。ありかとうございます」
「こちらこそ、ありがとう、ございます・・・」
8Oは肩を震わせ、涙を流す。
遠くから見ていた者、忘れてから改めて知った者、そして忘れた者。記憶は三者三様で、どれが本当なのか分からない。もう、全てを知っている者は何処にもいないのだから。
だが、14Sが、8Oが流した涙に込められた意味は紛れもなく本物で、温かいモノだった。
◇◇◇
しばらくして、8Oはまたオペレーターとして14Sのサポートをすることになった。S型らしく、相変わらず現地調査ばかりだが、ポッドに頼り切りだった昔に比べて、自分自身でも機械生命体と戦えるようになっていた。そんなある日のことだ。
「14S。今日から貴方にはあるアンドロイドの任務に同行してもらいます」
司令部に呼び出された14Sは8Oの言葉に首を傾げる。
「同行、ですか?」
「はい、ああ、今来たようです」
8Oのその言葉に14Sが振り返ると。
「遅れてすまない。37Bだ。よろしく頼む」
記憶に焼き付いた姿が目に映った。
「ところで・・・」
37Bは14Sの前まで来るとその顔をまじまじと見つめる。
「私とお前、どこかで会ったことがあるか?なんだか見覚えのある顔をしているような・・・」
「・・・いえ、きっと気のせいでしょう?」
顎に手を当ててじっと14Sを見つめる37Bに、14Sはそう答えた。無理に思い出す必要はない。そう思っていた。だと言うのに。
「・・・ふ、フフッあははは!」
突然37Bは笑いだす。
「そんなにつれない事言うなよ。私とお前の仲だろう?14S?」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。理解と同時に戸惑いが生まれる。
「え?ええ!?お、覚えてるんですか!?」
「作戦の事は何も。だが、お前と一緒に任務をこなした日々は覚えているさ。定期的にバンカーにデータ同期をしているんだからな。何があったかは8Oから聞いたよ」
そう聞いた瞬間、14Sはへなへなと崩れ落ちた。
「な、なんなんですかもう・・・人が折角・・・」
折角忘れさせたのに。そう言おうとしたが、言葉が続かない。自分は絶対に覚えていると誓ったからか、それとも、彼女が覚えていてくれて嬉しい気持ちがあったからか。
「スマンな、なんか騙したみたいで。それと」
37Bは14Sへ手を伸ばす。
「これから、よろしく頼む」
そう言って、37Bは笑う。
「ハハ・・・こちらこそ、よろしくお願いします」
手を握り、立ち上がり、14Sもまた笑った。
「だから、2人だけで良い雰囲気作らないでくださいよ。私もいるんですから」
そんな2人を見て8Oも笑う。
彼にその記憶はもうないが、不思議と懐かしさを覚える光景がそこにあった。