うちは一族の集落の一画で起こった、残忍極まりない殺人事件。
被害者たる女性を殺したのは、その女性の実の子どもだった。
状況から、そうとしか考えられない。
女性の背に残った刺し傷は、全て浅く、甚振るように殺されていたが、その実、力の弱い子どもであるから、確実に殺すためにそうする必要があったのだと判断された。
だが、犯人はその子どもではない。うちはミズナではない。そう、木ノ葉警務部隊隊
今回の事件、うちはミズナも被害者だ。幻術にはめられ、操られ、母親を殺し、その眼を犯人に奪われた。それが、警務部隊が残された証拠から導き出した結論だった。
そんな人とも思えぬ極悪非道を行った真犯人は、わずかな目撃証言だけで手がかりはいっさい掴めず、依然として逃亡中だ。
それでも少なからず、その結論に異を唱える者はいた。
犯人の目的がわからない。殺害だけが目的ならば、幻術にかけるだけで済む。眼を奪うことが目的ならば、幻術をかけたときに奪えばいい。
その両方が目的だった。ならばなぜ、殺された女性の眼は手付かずなのか。彼女だって、うちは一族だ。
ただ、極一部――うちは一族でも、稀有な体験のしたことのある極一部の人間だけが、この疑問に淀みなく答えられる。その理由を知っている。
うちはシスイも、その極一部の人間だった。
「イタチ。それでお前はこの事件、どう見る?」
「わからない……」
事件のあらましを聞き、自身の弟分にそう尋ねる。だが、返答は少し予想外のものだった。
「どうしたんだ? らしくないな。いや、そう答えるのが普通なんだが……」
この子どもながらに聡明なイタチが、珍しく弱気だった。
だが、なにも考察していないわけではないのは確実。その証拠に、言いずらそうだが、イタチは自身の見解を述べる。
「オレの推測では……犯人は、ミズナだ。……だ
「――信じたくない……か」
この事件のつじつまの合わなさ。それを彼なりに埋めたのだろう。
どういう筋道を通って、イタチがそこにたどり着いたか。彼なりの考えがあるのだろう。
けれど、苦悩から抜け出せず下を向くイタチに、ニッとシスイは笑顔を見せる。
「大丈夫だ、イタチ。ミズナは犯人じゃない。このオレが保証するさ」
そんなシスイの明るい言葉に、イタチは戸惑いながらも顔を上げる。
この事件への考察を述べるために、まず一つ、説明しておかなければならないことがあった。
「イタチ、確かあの仮面の写輪眼の模様は、普通じゃなかったんだよな?」
「あぁ、そうだ。だから父さんに訊いてみたが、これ以上、この件には深入りするなと言われただけだった……」
やはり、あの眼についての詳細は、たとえ息子といえど説明はしたくはないのだろう。
そんな計らいを顧みないのは、少々、心苦しいが、言わないことには前に進めはしなかった。
「――万華鏡写輪眼」
「まんげきょう……?」
突然の用語に、イタチは疑問符を浮かべる。
知らなくてもおかしくはない。その開眼条件から、秘匿されるべき内容だからだ。
「ああ、写輪眼の一段階上。開眼条件は……もっとも親しい者を殺すことだ……」
「――っ!?」
賢いイタチだ。ここまで言えば、シスイがどうこの事件を見ているか、自ずと理解できるはず。
「まさか……それ欲しさに……」
仮面の人物の目的はそれだ。目的の一つはおそらくそれだとシスイは判断していた。
「いや、それだけじゃない。それだけなら、あの……なんだったっけ……ああ、イズミって子でも別に良かったんだ」
「なぜ、イズミが……?」
「あの子も写輪眼を開眼しているからだ」
「…………」
知らなかったのか。知らなかったのだろう。
九尾事件で父親が死に、そのときに開眼した。奇しくも、ミズナと同じ、片親の家庭だった。
「でも、そうじゃない。犯人は、明確な意思を持って、うちはミズナを狙ったんだ」
「なぜ、そんな必要が……まさか!?」
ここまで言えば、自身と同じ結論へと、イタチなら辿り着くだろう。
「そう……うちはミズナが優秀だった。そういうわけだ」
「…………」
イタチは黙り込んだ。歯を食いしばって、握る手を震わせて、悔しさを滲ませている。
なぜならば、もし本当にそうであれば、この事件の一因は、イタチにもあるということになってしまうから。
「
里の隅に追いやられた、うちは一族は、日々、不満を高まらせていたわけだ。
そんな一族が、力をつける。それだけは避けたかったに違いない。
「だが、あの仮面は写輪眼を持っていた……」
「戦争中、殉職した
「……いや」
いま思えばそうだった。写輪眼、という情報は記憶にあるが、両目あるかは曖昧だった。
シスイの推論が、現実味を帯びてくる。
優秀な忍になるはずだった、少女の未来が潰された。それだけでも、憂うべき事態なのに。
「まあ、これも可能性の一つでしかないけどな。証拠があるわけでもない」
気を落とすイタチの肩を叩き、シスイは慰めようとする。
ただの推論でしかないのは間違いない。証拠もない。けれど、嫌になるほど筋は通っていた。
それはなんの慰めにもならなかった。
一段落つき、イタチはあることを思い出した。あんな事件があって、すっかり忘れていたことだった。
「そうだ、シスイ」
「なんだ……?」
「あの、うちはの門のことなんだが……」
***
私の母の葬式は、とてもこぢんまりとした中で行われた。
私に特筆すべき親戚はいない。祖父母は、母方、父方ともに他界している。このご時世、特に珍しいことではない。
父も母も一人っ子で、叔父も叔母もいなかった。
あとは、血の繋がりの薄くなる、一度も顔を合わせたことのなかった親戚ばかり。
私はいわゆる天涯孤独の身であった。
ミコトさんに言わせてみれば、説得が楽で助かった、ということらしい。冗談交じりにとんでもないことを言うのだから驚きだ。
だからと言って、葬儀の参列者が少ないわけではなかった。
うちはの結束は固い。ご近所の人から見知らぬ人まで、話を聞きつけやってきたくらいだ。
思いの外の人数に、よく知らないおばちゃんが孤軍奮闘していた。
そうやって、葬儀を終えて、晴れて私はフガクさんの家に引き取られた。
いま私は、家事手伝いとかいう、ニートにも近い状態になっている。
紆余曲折あって、私は今は行ってない。特別措置、とか言われて、もう行かなくていいことになったのだ。ここら辺は、理屈がよくわからないけど。
そういうわけで、最近はミコトさんの手伝いをしながら、サスケくんと遊ぶ毎日だ。
それはそうと、イタチの
イタチはたった一年で
これでまた、イタチは夢に一歩、近づいていく。順調なペースだ。このままキャリアを積んで、さっさと火影にでもなってほしい。私は応援している。
だからということではないが、イタチのお祝いをしたかった。
実を言うと、私は心配なんだ。このままストイックな生活を続けていたら、いつかどうにかなってしまうんじゃないかと。
そんなわけで、息抜きは必要だから、ミコトさんに協力を要請して、お祝いをすることになった。
家族みんなでお祝いだ。家族みんなで……ふふ。
私たちは準備を終えて、あとは修行しに出かけたイタチを待つだけになった。
フガクさんより遅いなんてと、私は便利な箱を持って玄関の前で仁王立ちをしている。
この私を待たせるなんて、後でたくさん文句言ってあげるんだからね。
「ん? あれは……まさか、うちはシスイ……!!」
こっち目がけて歩いてくるのがわかった。
よくよく、感じ取ってみると、その背中にはイタチがおぶられていることがわかる。
イタチに限って、駄々をこねて甘えてるって、こともないだろうし、なにがあったんだろ。
しっかりとした足取りで、シスイは駆け寄ってくる。
私の前でピタッと止まった。
「すまない……。イタチのこと――」
「ねえ、イタチ、どうしたの」
「心配いらない、少し足をくじいただけだ」
なるほど、だからおぶられていたわけか。
便利な箱からテープを取り出して、イタチの足にぐるぐると巻きつけてやる。
「完璧。でも数日は、安静にしてなきゃだめだよ?」
「ああ、すまない……」
しかたのないやつだよ。まさか、こんなときに限って、怪我をして帰ってくるなんてね。
まあ、いいや。これで、都合のいい休ませる口実ができたのだから。
「肩貸してあげるから、掴まって?」
「……わかった」
イタチへと手を伸ばす。
背負われていたイタチは、怪我人とは思えない身のこなしで、スムーズに、シスイの背から私の肩へと移っていく。
シスイ氏には、お礼代わりにニコリと無言で笑いかけてあげた。
だが、私たちが中に入る前に、玄関の戸がガラガラと開いてしまう。
「ミズナちゃん、大丈夫? 寒くない? え、イタチ、どうしたの?」
「オレの不手際で……修行中に足を挫いてしまったんです」
私たちが答えるよりも早い。さすが、現役で忍やってる人は違うというわけか。
それでもミコトさんは、まだ少し訝しげに問う。
「あなたは?」
「うちはシスイです」
「あなたが……? 話なら、聞いているわ。うちは切っての天才だって」
そういえば、この忍、それなりに名を轟かせているのだった。警務部隊に所属しないで、任務がんばってるんだっけか。
ミコトさんなら、シスイのことくらい知ってて当然だろう。
「まだ……若輩者ですけど」
恐縮をするように、シスイはそう答える。
それに満足してか、ミコトさんは太陽のように暖かいオーラを出し、提案をする。
「どう? 寄っていかない? 人数が多い方が楽しいだろうし……ね」
「いえ、お誘いは嬉しいんですけど、親を心配させるわけにはいかないので……」
「……それもそうね」
大人の対応だった。
それにしても、どうかしてる。ミコトさんからの誘いをこうもあっさりと断るだなんて。もう少し、熟考する時間をかけてもいいだろうに。
「それじゃあ、イタチ。また、明日な!」
その台詞は私を苛立たせるのに十分だった。たぶん、反射的で咄嗟に出た言葉なんだろうけど、許せなかった。
答えそうになったイタチの口を塞ぐ。
「……なにするんだ?」
私の行動に、イタチは疑問を挟んだ。
シスイはもう、見えないところに行ってしまっている。早い。
なにもわかってない、イタチの耳もとで囁く。
「一週間、外出禁止だから」
「なっ……!?」
捻挫を甘く見てはいけない。それでも、一週間は多すぎるかもしれないけど、いつもが厳しすぎるイタチには、たぶんちょうどいいくらいだ。
三人で中に入る。
食卓では、難しい顔をしたフガクさんが、サスケくんの面倒を見ながら鎮座していた。
「母さん、これは……?」
イタチの目には、きっと、私が全力で飾り付けをした、部屋が映っていただろう。渾身の出来だから。ミコトさんも褒めてくれたから。
そうして、みんなで席に着くんだ。
「イタチ、
「すごいわよ、イタチ」
「……さすが、オレの子だ」
みんながみんなで、限りない賞賛をイタチへと贈る。
当の本人は、とても驚いているのか、言葉の出ない様子であった。
ゆっくりと、噛み砕いたのか、ようやく、一言だけ声を出した。
「ありがとう……」
なんかいいなって、私は初めて幸せを実感したかもしれない。
感想が来た。嬉しい。言ってみるもんですね。