なにもみえない   作:百花 蓮

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相違

 出雲テンマが死んだ。

 その事実は、イタチの背中に重くのしかかっていた。

 

 大名の警護任務。とつじょ現われた仮面の男により、上忍や守護忍十二士、加えて暗部までもが幻術に嵌められる。

 

 大名のそばにいて、幻術を返すことに成功したのは、イタチとテンマ、その二人だけだった。

 

 そしてテンマは、実力差を鑑みず無闇に突貫。結果、あっさりと、目の前で、男の腕に貫かれて死んだのであった。

 

 木ノ葉の忍として、威信にかけても、大名に仇なす者を見逃すわけにはいかない。

 例えどんなに力の差があろうとも、例え自身が死んでしまおうとも。

 

 イタチもまた、震える身体を抑えつけ、仮面の男に向かって行った。

 

 幻術かなにかはわからない。拳が男をすり抜ける。次の瞬間には、男の腕が、掌が、眼前で止まっていた。

 

 〝はたけカカシ〟と、そう呟いて、男は眼を中心に渦巻く空間の中に消えていった。

 その後に、幻術を解いた暗部の者たちが現れ、諸々の処理をして、大名は火の国に帰ることになった。

 

 あの状況で、テンマを助けられるのは自分だけだった。けれどできなかった。 

 たった数時間前の出来事だ。それなのに、もう遠い日の出来事ように感じられてしまう。

 

 こうしてイタチが無力さを感じるのは二度目のことだった。

 昔となんら変わっていない。なにも救うことなどできていない。まるで進歩をしていない。

 

 イタチは今、布団の中でうずくまり、変わらない己へ絶望を感じていた。

 もっと自身が強ければ。思えることはそれだけだ。

 

「イタチ! ご飯、食べないの?」

 

 勢いよく戸が開かれた。必要以上の力で戸は跳ね返り、大きく空気を振動させる。

 

「……いらない」

 

 まだ日が暮れて、それほど時間は経っていない。サスケでさえ起きているほどだ。それなのに、こうして布団の中にいる自分を心配するのは当然だろう。

 

「聞いたよ。あいつ、死んだんだってね……」

 

 彼女も何度か顔を合わせたことがある。決して仲が良いとはいえなかった。けれど彼女の表情も少し切なげなものに見える。

 

「……あぁ」

 

 長く会話をするつもりにはなれなかった。こうして短く返答をする。できるのはそれだけだった。

 

「イタチは、どう思ってるの?」

 

 無神経に、そう尋ねてくる。テンマの死についてを。

 なにを思っているか。そんなこと、決まっていた。

 

「オレは……なにもできなかった」

 

 後悔、そして虚無感が胸の中を占めていた。イタチは震える。恐ろしいのではない。弱い自身に怒りを感じて震えている。

 

 優しい温もりが、柔らかく身体を包んで来た。

 

「そうじゃないよ。イタチは、尊い犠牲になんの価値を感じているか……訊いてるんだよ」

 

「犠牲? 価値?」

 

 理解できなかった。彼女の言葉ではない。彼女がなにを考えているのか。

 もう長い間いっしょにいる。それなのに、また、この感覚だ。

 

 彼女は顔を近づけ、妖艶に笑う。

 

「だって、あいつが死んでくれなきゃ、イタチが代わりに死んでたかもしれないし……」

 

 彼女の言う通りかもしれない。あと数秒、それだけの時間があれば、うちはイタチは殺されていた。

 テンマの稼いだ数秒で、イタチは死なずにすんだのだ。

 

 だが……。

 

「お前、見ていたのか?」

 

「見てはいないわ。見ては……」

 

 見透かしたように語る彼女におかしさを感じる。けれども、目の見えない彼女にそう尋ねるのは殊更おかしな話であった。

 けれども、意を汲んで、言外に彼女は肯定をした。

 

「家にいなかったのか?」

 

「いえ、居たわ。本体が」

 

「……影分身か」

 

 彼女は『影分身の術』を得意としていた。応用である『手裏剣影分身の術』も覚えている。もしかしたら、適性が高いのかもしれない。

 

「ごめんなさい……。私にはなにもできなかった」

 

「いや……、いい」

 

 彼女がいたからといって、どうこうできるような相手ではなかった。なにもしない方が賢明な判断だろう。

 

 それにしても、今日の任務は特別に大事なものだった。それゆえに、付いてくるなど、普通なら思いもしない。

 そもそも、暗部が周りに怪しい者がいないのか、警戒しているはずではなかっただろうか。

 

「…………」

 

 訝しみの目線を送ると、彼女は耳もとに口を近づけ、甘い声で囁く。

 

「言ったでしょう? 私は気配を隠すのが得意なんだぁ」

 

 いつかと同じ台詞だった。

 このことが正しいのか、それはわからない。ただ、暗部の精鋭に気付かれずに、一部始終を知ることができる。並大抵のことではない。彼女にはそれが行えたのだろう。

 

「ふふ、だから……私は感謝してる。イタチを助けてくれたんだから、彼は英雄よ」

 

 恍惚として、彼女はそう自論を語る。彼女は彼の死に意義を見出している。自責の念に苛まれているイタチにはできないことだった。

 惑わすように彼女は続ける。

 

「そしてイタチ、あなたは死んではいけないの」

 

「どういう意味だ?」

 

 計りかねる。どうしてそう繋がるのかがわからなかった。

 

 テンマの死に絶望すれど、自殺を選ぶイタチではない。彼女にはそう見えているのか。いや、諌めるような調子ではない。意見を他人に押し付けるような調子だった。

 

「あなたは国の長よ。一軍を率いて敵地に攻め込み、囲まれた。全滅は必至。ただし、あなたが囮になれば誰一人、死ぬことはなくみんなが助かる。けど、あなたが助かるには、みんなを犠牲にする必要があるわぁ」

 

 支離滅裂だ。

 もはや会話になっていない。ただ、そんな脈絡のない問いかけにも、イタチの頭は回ってしまう。

 

「ねぇ――どうする?」

 

「一軍を犠牲にし、長が助かるべきだ」

 

「そうよ。そうするべきね……っ」

 

 望んだ解答と一致したのか、彼女は上機嫌に満面の笑顔を浮かべる。彼女の手には力が入り、より強く密着する。

 

「あなたは犠牲の上に立たなければいけない。あなたが犠牲になれば、あなたの足もとにあるものは、踏みしめてきたものは、全てムダになってしまうわ。だから、あなたは、その全ての人が英雄になるような、そんな生き方をしなくてはいけないの」

 

 横暴な理論だった。誰もがそうあれるわけがない。だが、その声には力があった。強さがあった。否定することはできなかった。

 

 身体に、頭に染み渡るような声で、確信を持ったように彼女は言う。

 

 

「――あなたには、できるから」

 

 

 誰よりも自信に満ち溢れていた。その言葉には思わず心が震えてしまう。

 

 このままではいけない。このまま呑まれてはならない。どうにかまともに回らない頭を動かし反論をする。

 

「だが、テンマは……進んで死んではない」

 

「同じことよ。彼の死であなたは助かった。その事実に意思は関係ないわ。あなたの成したことが大きければ大きいほど、彼がより報われることに変わりはない」

 

 手首を掴まれ、それを彼女は自身の頰へと持っていく。

 成されるがままに頰を撫でると、心地良さそうに声を漏らす。そして、そのまま、首筋で手は止められた。

 

 脈動が伝わってくる。身近にある命を実感することができる。

 

「私は信じてる。あなたは、あなたなら、〝夢〟を実現させることができるって」

 

 争いを止めるためには力がいる。だから、全ての争いを流し去れるほどの強い忍になりたい。それがイタチの〝夢〟だった。あまりにも大き過ぎる〝夢〟だった。

 

 忘れてはいない。諦めてもいない。歩みを止めていない。ただひたすら走り続けている。

 

「そのためなら、私は――」

 

 疲れからか、急激な眠気が襲ってきた。その後の言葉は、イタチには届かない。

 

 

 ***

 

 

 私はイタチにお弁当を届けに行くことをやめた。

 早起きしてお弁当を作りきることができるようになったということだ。

 だけど、一番の理由は、お弁当を届ける口実でイタチのところに遊びに行ってたんだけど、もうそういうのはよくないと思ったから。

 

 ……どうしてそう思ったんだっけ。

 

 それとイタチの班は壊滅した。あの男の子が殉職。女の子は忍稼業から手を引いた。先生は、川で変死体として発見された。外傷もなかったらしいから、自殺だろうと言われていた。

 とにかく新たに構成された班で、イタチは頑張っている。

 

 ともかく、いろいろ変化はあった。

 ただ私に重要な、一番の変化はサスケだ。

 

「姉さん! 手裏剣術、教えてよ!」

 

 そう、私のことをいつのまにか姉さんと呼ぶようになったのだ。もちろん、イタチのことは兄さんと呼ぶ。

 

 あの舌足らずの可愛い呼び方でも、まだ良かったのに。少し寂しさを感じる。

 でも、サスケが成長したってことでもある。ここはお姉ちゃんとして、その成長を喜ぼう。えっへん。

 

「えっ、でも、クナイとか、危ないよ? 私はサスケがケガしたら嫌だなぁ」

 

「大丈夫だって。もうすぐ四歳だよ?」

 

「四歳って、そういう年頃かなぁ……」

 

 確かにイタチも四歳でクナイを持っていた。子どもの持っていいものじゃないと思う。

 

 私が難色を示そうとも、サスケは決して諦めない。洗い物をする私をジッと見つめていた。

 

 余談だが、私は身長が今それなりに伸びている。成長期ってやつかもしれない。おかげで、踏み台がなくても流し場に手が届くようになった。

 

「ねぇ、サスケ。そんなに焦る必要はないんじゃない? 私だって、初めてクナイ持ったのなんか、忍者学校(アカデミー)に入ってからだし」

 

「でも、それじゃあ、兄さんには……」

 

 どうやらサスケはイタチを意識してしまっているようだ。後を追いかける必要もないと思うんだけど。そういうわけにはいかないのかな。

 

 洗い物に区切りをつける。ちなみに、ミコトさんは買い物に行っていた。さすがに目の見えない私に買い物は任せられないらしい。

 

 本当のところは、私を外に出したくないんからだろう。ミコトさんは、周りの目で傷つかないようにしてくれているわけだ。

 

 とにかくサスケをどうにかしなければならない。しかたがないから、洗い物に一区切りつけて、相手をする。

 

「さすがに刃物は持たせられないけど……いいよ、じゃあ、私、秘伝の手裏剣術を見せてあげよう」

 

「秘伝……?」

 

 疑問の声。そして、ふざけ半分の大げさな物言いだったが、興味津々といったような、爛々と輝く期待のオーラが感じ取れた。

 悪くない。お姉ちゃん、頑張っちゃうから。

 

 そうしてサスケを引き連れて、家の中をガサゴソと探索する。忍者学校(アカデミー)時代に使っていた古い忍具を持ち出して、完全武装する。

 とっても久しぶりだった。

 

 外に出る。家の庭には、そんなに広くないけど、的の設置してあるところがあるんだ。

 クナイを一つ取り出して、サスケに見せる。

 

「サスケ、わかるかな? 物には重心があるの」

 

「重心?」

 

「そう、重さの中心。こういう風に、重心が上に来るように置くと……ほら」

 

 私の人差し指の上に、クナイが一本、安定した状態で乗る。

 

「……落ちない?」

 

 地面と水平にクナイが静止する。

 だが、もちろん、そこで終わりではない。サスケに見つめられたそのクナイは、私の指で支えたところを垂直に軸に、回転をしだす。

 

「え……っ?」

 

「ふふ、チャクラをクルクルって放出すればいいの。コツを掴めば、サスケだって簡単にできるようになるよ」

 

「うん」

 

 さすがにこの不思議な光景には、サスケも魅入っている。だって、何もないのに勝手に動き出したように見えるんだから、インパクトは大きいよね。地味だけど。

 

 それじゃあ、次いこう。

 

「振りかぶって、投げます」

 

 ピッと弾いてクナイを飛ばす。サスケの脇を通って、曲線を描き、的に向かう。それをサスケは目で必死に追いかけている。

 

 いよいよ的に到達。中心を捉え見事に当たったかのように見えたが―( )

 

「刺さらない?」

 

 ――掠めるだけ。

 クナイは勢いのまま、明後日の方向に向かっていく。

 

「ふふん」

 

 まあ、ワザとだけど。

 

 私のお道具箱から、いろいろな武器を取り出していく。クナイに、手裏剣術、あと森で拾ったカミソリとか。指の上でクルッと回してどんどん投げる。

 

 一つの武器が的に一筋ずつ線を入れる。そうしていれば、最初に投げたクナイが私のもとに戻ってきた。

 

「あ……っ」

 

 危ないと思ったからだろう。サスケは声を漏らした。

 でも大丈夫だ。飛んでくるクナイの回転、その中心に指を添わせて、また乗せる。

 

 手を使わない木登り、壁にチャクラで貼り付ける原理。それを使って、指の先で飛んでくるクナイを拾う。そうやってまた的に投げた。

 

 ジャグリングをするように、いくつもの武器を使って、執拗に的を切り刻む。

 手裏剣影分身の術も使い、武器を増やしながら、二周もすればもう飽きてくる。

 

 本体になる武器を選別し、お道具箱に放り込んでいく。分身を消すのには、ただ術を解くだけじゃ芸はないから、手裏剣術同士を衝突させて消滅させる。

 

「とお……っ」

 

 仕上げとして、最後の一個を放り投げた。

 的に向かって弧を描き、命中。ただ、ボロボロになった的はその衝撃に耐え切れず、バラバラになった。

 

 最後に投げたこの手裏剣、もちろんこれは分身で、後で片付けに行く必要もない。的に当たったその反動で消えてくれた。

 

「まあ、こんなところかな」

 

 これが私にできる精一杯だ。パフォーマンスとしては十分だと思う。実用性があるかは知らないけど。

 

「え……っ」

 

 サスケはなにか呆然としていた。

 正直なところ、真面目にクナイを投げたことはないから、手裏剣術の参考にはならないだろう。

 

「それじゃあ、この……爪切りでいいや。指先に乗せて回してみて」

 

 でも、このクルクルさせる練習は、チャクラコントロールを磨くことになる。ムダではない。

 

 私の手から爪切りを受け取り、指に乗せる。

 重心を掴むことは簡単だ。サスケの指先で爪切りは静止する。

 

「……あ」

 

 だがすぐに、滑り落ちてしまう。チャクラの力が均等に働かず、余計に動いて重心からズレるからだ。

 

「うーん。もうちょっと、力抜いたほうがいいかなぁ」

 

 頷いて、もう一度、挑戦をする。

 必死に指先に爪切りを乗せたままにしようとするサスケは、とても微笑ましかった。

 

 やっぱり忍になっちゃうのかな。私はどうすればいいんだろ。


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