なにもみえない   作:百花 蓮

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夢路

 今日は朝からミコトさんとフガクさんがいない。

 仕事で、どこかに泊まりに行った。

 

 考えてみれば、フガクさんは一族の代表という役割を果たしている。そしてミコトさんはその妻だ。

 その二人が同時にお呼ばれをするということは、なにか大切な社交界があるのかもしれない。

 

 というわけで、私がこの二日間、家の維持を担当することになったのだ。

 

 重要な任務だ。食料はなんとかある。とにかく、私が、サスケとイタチの二人に不便ない生活を送らせなければならないと意気込んでいた。

 そのはずだった。

 

「ねぇ、イタチ。なんで今日、休みなの?」

 

「当然だ。今日は父さんも母さんもいないからな」

 

「……そんなに私のことが信じられない?」

 

「……いや、お前ばかりに迷惑をかけられないと思ったからだ」

 

 ちょっと、泣きそうだった。

 そんな私に、サスケは〝これ、あげる〟と、うちは煎餅(せんべい)を渡して慰めてくれた。優しい子に育ってくれて、私は誇りに思うよ。

 

 そんなわけで、今日は私、イタチ、サスケの三人だけという、なかなか実現したことのない組み合わせになった。

 

 とにかくそうして、私は早々に昼飯の準備に取り掛かっているのだが、障子を越えて二人の声が耳に入る。

 

「ねぇ、兄さん。兄さんはどんな任務をしているの?」

 

「猫を捕まえたりだな……。後は、経歴を騙り忍になろうとした一般人を懲らしめたりしている」

 

「へぇ、でも、もっとスゴイ任務はないの?」

 

 今、まだ、イタチは下忍だ。ランクの低い任務しか受けられていない。中忍試験を受ければ、間違いなく中忍になれるのに、もったいないことをしていると思う。

 

「…………」

 

 沈黙。

 

「……ん?」

 

 サスケは疑問の声をあげる。

 

「……今はないな」

 

 そうイタチは言い切った。

 なにが頭をよぎったのか、私は知らない。けれど、追及をしていい類いのものではないことだけはわかった。

 

 イタチはそうして、席を立つ。逃げるように、私のもとへやってきた。

 もちろん、サスケはそんな兄さんの後を一生懸命になって追いかけている。

 

「ミズナ、なにか手伝うことはないか?」

 

「ん? まだまだ昼まで時間あるし、別にいいんだけど……。手が足りなきゃ影分身を使うし……」

 

 別に見栄でもなんでもない。私の冷たい対応に、イタチは〝そうか〟と一つ頷き、隣に立つ。隣に立った。

 

 ……え?

 

「わかった……。オレもなにか作ろう」

 

 調合していたスパイスを取り落としそうになった。そんなにイタチが料理をしたいだなんて思わなかった。

 

 気合いを入れて、イタチはエプロンを装備する。私の知らない形、買ったばかりと想像できる新しいさ、どこから持って来たのだろうか。

 私の使っていないスペースで、見事な包丁さばきで、綺麗に野菜を切り始める。

 

「そんな……なんで……」

 

 私はか細い声をあげることしかできない。だって動きが速いんだもん。それでいて、正確に工程をこなしていく。

 イタチが料理をしている姿なんて見たことがなかった。もしかして、初めてでこれなのだろうか。

 こいつ……天才か……。

 

 そんなイタチに唖然として、動きが止まってしまっていた。だが、服の裾が引かれて、私はようやく再起動をする。犯人はサスケだ。

 

「姉さん……オレもやりたい」

 

 きっと、料理をしたいのだろう。なんて姉思いの良い弟だ。……兄さんがやってるから、サスケもやりたくなったのかもしれないけどさ。

 

「それじゃあ、ちょっと待っててね」

 

 そう言って、サスケの頭を撫でる。撫でた。撫でてしまった。不覚だった。今は料理中だ。もう一度、手を洗い直す。

 

 そんなことをしているうちにも、イタチはなにかすごい料理の下ごしらえをしている。いったい、何品作るつもりなんだ。

 

 材料を取り出し、目分量で測る。ボールに取り分け、手でこねる。そうやって、準備をして、サスケのところにボールとトレーを持っていく。

 

「それじゃあ、サスケ。ハンバーグ、作ろうか」

 

「ハンバーグ?」

 

「そうそう。こうやるの」

 

 材料をこねて丸める。適当に楕円形にしたらトレーに放り込む。

 簡単な作業だ。これならまだ幼いサスケにだってできる。

 

 そうして見せたら、さっそくサスケは材料に手を出そうとする。

 なにか忘れているような―( )

 

「あ、手、洗ってないでしょ……?」

 

「あ……っ」

 

 危ないところだった。サスケはすぐに手を引っ込める。

 

 こういうことは、小さいうちからちゃんとしておかないといけない。流し場で、私のむかし使っていた台を使って、サスケに手を洗わせる。

 

 イタチは相変わらず頑張っていた。

 ……というか、蟹。あんなのウチにはなかった気がする。どこから持ってきたのだろう。

 

 そんな疑問はともかくとして、いま大切なのはサスケだ。いったん知らないフリをしよう。

 

 材料で形を作らせる。ごく簡単な作業だろう。けれどサスケは一生懸命、材料と格闘している。

 

「姉さん。これでいい?」

 

 そう尋ねるサスケの声は真剣そのものだった。

 私の最初にいい加減に作ったものと、おなじ形、おなじ大きさ、おなじ重さ。そこまでしなくてよかったのに、と思わなくもないけれど、その努力をきっと否定してはいけない。

 

「偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なんだ。

 サスケは頰を赤くして、けれど誇らしげだった。嬉しいのだろう。当然だ。私だって褒められたら嬉しいもん。

 

「姉さん。あとも、こんなふうに?」

 

「うん、そうだね。なくなったら、また呼んで」

 

「わかったよ。姉さん」

 

 そうやってサスケは作業に集中する。その姿は職人さながらだった。

 これで、ようやく私も私の作業に移れる。そう思って厨房に。イタチは今、フライパンでチャーハンを作っていた。

 

 ――チ( )ャーハン?

 

「ちょっと待った。イタチ、ストップ」

 

 料理をする音がやんだ。イタチはこちらへ、少し不満げに声をかける。

 

「どうした、ミズナ?」

 

「それって、チャーハンだよね」

 

「……ああ」

 

 当然だろう、そういったニュアンスの入った返答だった。私はガックリとうなだれる。自身の至らなさを恨むばかりだ。

 

「もういいや、これでもくらえぇえ!!」

 

「なに……っ」

 

 調合をしたスパイスを容器ごと、イタチのチャーハンめがけて投擲する。私の悲しみを理解したのか、イタチは見事にその投げたすり鉢をキャッチ、中身は全てチャーハンに降りかかった。

 

「その……すまない」

 

「いや、別に構わないんだよ。構わないんだ。私は構わない。イタチがなにを作ろうと。それに私が楽になるだけだからね。ええ」

 

「怒っているか?」

 

 作ろうとしたものが被った。ただそれだけだ。それだけだけど、この気持ちは抑えられない。

 

「……まあ、少しは……ね」

 

「それなら、すまない」

 

 二度目の謝罪。見栄を張らずに感情を言葉に出したからか、私の溜飲も下がった。たったこれだけのことで、苛立ちを抱え続けるなんて馬鹿らしいだろうし、これでよかったはずだ。

 

「謝るくらいなら、美味しいご飯を作りさない」

 

「ああ……もちろん」

 

 少し気分のいいやりとりだった。

 きっとイタチは、私の期待を寄せただけ、いや、それ以上の成果を出してくれる。楽しみにしておこう。

 

 やることのなくなってしまった私は、サスケの方をフラフラと目指す。どんな調子でやっているのだろうか。私のことを呼ばないということは、作業は終わっていないことは確かなはずだ。

 

 楽しそうに材料をこねているサスケを見つけた。ある個数までは一様に、私の見本に正確に合わせているが、途中からはサスケの創造性が反映され始めていた。

 

 ええと、これは――勾玉の形が三つ。なるほど、写輪眼かな。

 それで、今作っているのが……円に一本の棒を突き刺したようななにか。

 

 うーん、なんだ、これは……。

 

「あぁ、うちはの家紋ね」

 

「……あっ、姉さん!?」

 

 私の声に身をビクつかせる。どうやら熱中していて私が近づいていることに気がつかなかったらしい。そして今まで作り上げてきたものたちを身体の影に隠そうとする。

 

 飽きてきて、遊んでいたのは明白で。けれどそんなサスケを責めるつもりなんてなかった。子どもなんて、だいたいそんなものであろう。

 

()()()は、好き?」

 

「えっ……?」

 

 つい問いかけてしまった。

 私はこの一族のことをあまり好ましく思っていない。眼を失った私が好ましく思われないのと同じように。

 

 それでも、サスケは、サスケの目には、この一族がどのように見えているのか知りたくなった。

 

「サスケは、()()()をどう思ってる?」

 

 その質問を受けて、サスケは困惑する。まだ早すぎた質問だったのかもしれない。

 私は諦めようとするのだが、サスケは絞り出すような声で言った。

 

「父さんが……よく言うんだ。……うちはの家紋に恥じぬようにって……」

 

 うちはの家紋……それはサスケにとって重荷になっているのかもしれない。産まれたときから、宿命のように背負わされて。サスケはそのせいで苦しんでいるのかもしれない。

 

 だったら私が……。

 そう思っていた。けれど、サスケの話はそこで終わってはなかった。

 

 顔をあげ、強い意志を感じる目で私を見据える。見えなくとも、私にも感じられる強い力だった。決意だった。

 

 

「だから、姉さん。オレは、兄さんみたいな立派な忍になりたいんだ」

 

 

 そういうことかぁ。

 イタチだって、うちはの家紋を背負っている。きっと、サスケの目には、兄の姿が家紋に恥じずに頑張っていると写っているんだ。

 

 サスケにとっては、うちは、というのは、父や兄のことなんだ。

 

「じゃあ、形を崩さないように料理しなくちゃね」

 

「あっ……」

 

 難しいけど、私、頑張っちゃうから。

 

 

 ***

 

 

「少し張り切りすぎたな……」

 

 結論から言うと、イタチの作った豪勢な料理たちは、余った。〝昼から修行をつけてもらうんだ〟って、サスケは言って、動けなくなると悪いから、あんまり食べなかったし。私にもイタチにも、全部食べる力はなかった。

 

「まあ、いいじゃない。残り物だって、一工夫加えれば、また違う料理になるんだよ?」

 

「それならいいんだが……」

 

「大丈夫。私を信じて」

 

 ふふ、こういうときこそ、私の腕の見せどころだ。張り切っちゃうぞ。

 

「あ、そうだ。ハンバーグ、どうだった?」

 

「ああ、美味かった……」

 

「そうでしょ? サスケと一緒に作ったんだから」

 

 なんとか私は崩さずに焼くことに成功した。思いの外たいへんで、ちょっと疲れちゃったかな。

 あり合わせで作ったハンバーグだったけど、けっこう美味しくできたと思う。

 

「ねぇ、兄さん! まだぁ?」

 

 待ちくたびれたサスケの声が聞こえた。イタチは私と一緒に後片付けをしていたから、サスケ一人が暇になってしまっていた。

 実際のところ、ここは一人でもなんとかなる。

 

「イタチ、行ってあげたら?」

 

「だが……」

 

「ねぇ、イタチ。どんなにあなたが優秀でも、あなたは一人、一人しかいない。だったら、必要とする人がいるところ、そこに行くのが一番なんじゃない?」

 

 まあ、影分身を使えばその限りじゃないけどね。そう付け足せば、イタチはくすりと笑った。

 

「確かにそうだな……。だったらオレはサスケに修行をつけるとしよう。お前はどうする?」

 

「私はそうだね。――分身の術っと」

 

 音を立てて、もう一人の私が現れた。雑務をするのが分身で、遊びに行くのは本体だ。いつもはだいたい逆なんだけどね。家のことは私自身でやりたいから。

 

「私、任せた」

 

「私、任された」

 

 互いに手を挙げ、一人芝居を演じる。どっちも私だから以心伝心だし、普通ならこんなことをする必要もない。でも、まあ、気分だ。

 私の分身は私に代わり、すぐに片付けに着手する。

 

「私も行こうかな。せっかくのこんな日だし。久しぶりに、的、持って行こうか?」

 

「いや、今日はサスケの修行だ」

 

「的って、大抵は動くじゃん」

 

「……サスケなら問題ないか」

 

 ということで私は的を投げる係として、くっついて行くことに決まった。第三者が聞いたら、いまいち掴み辛いような会話の流れだが、通じてるから別にいい。

 

 二人で協力して準備をして、もうすでにスタンバイをしていたサスケのところへ向かう。

 修行といっても、外に行くわけじゃない。庭で少し遊ぶだけだ。そう、遊ぶだけ、遊ぶだけ。

 

 私とイタチがいつもやってた的あてゲームの概要を説明した。

 

「兄さん、兄さん。じゃあ、手本見せてよ!」

 

「ああ、わかった」

 

 私は傍から、いつものように的を飛ばす。今日はサスケの前だし、特別に手加減をしてあげる。今回の的は紐が付いてる特別製だ。変なところに落ちないようにね。

 投げた的は放物線を描きながら、素直に横方向へと動く。(わたし)的には難易度(いち)だ。ちなみ十段階ある。

 

 イタチはそれに目がけてクナイを投げる。クリーンヒットだ。ちゃんと的のど真ん中をくり抜いている。まあ、兄さんだから当然か。

 

 紐を引っ張って、落ちる前に回収する。なんとか手もとまでたぐり寄せることができた。クナイを抜いて、次に備える。

 

「すごいや兄さんは。よし、オレも……!」

 

 クナイを構えて、的が投げられるタイミングを待つサスケ。投げ方はフガクさんに教わっている。私が反対をする権利はない。もういつ来てもいいように、目を凝らしている。この様子なら、きっと合図もいらないだろう。

 ピッ、と私は的を飛ばした。

 

 単純な軌道を描く的、その動きを予測することはたやすい。思いっきりサスケはクナイを投げる。一直線に的に向かって、だと思った。それくらいに、サスケの狙いは正確だった。

 

 

 だが――強い風が吹いた。

 

 

 流される。私の的は流された。予想外の出来事で、的は速度を上げた。

 不運にも、クナイの動きは変わらない。このままでは、的に当たらず素通りする。

 

 反射的に、私は紐を引っ張った。このままクナイがどこかに飛んでいくのはまずい。そう判断しての行動だった。

 

 クナイが的に突き刺さる。真ん中ではないく端の方。なんとかギリギリ間に合ったのだ。

 だが、刺さったクナイはそれだけではない。もう一本、中心を射抜いたクナイがあった。イタチのクナイだ。

 

 どうしてそんなことをしたのか、予想は簡単にできる。危惧したのは、きっと私と同じことだ。だからこそ、クナイを放った。

 

 イタチのクナイはサスケのクナイを弾くことで、外に飛んでいくことを防ごうとしたのだ。少なくとも、私がなにもしなければ、そうなったはずだった。

 

「酷いや、兄さんも、姉さんも……」

 

 その結果がこれだ。

 サスケのプライドを傷つけてしまった。

 弁明すればいいのだろうか。どうすればいいかわからない。紐の付いた、クナイの二本刺さった的が、虚しく地面に落ちていった。

 

 私が余計なことをしたばっかりに、こんなことになってしまった。私はオロオロとなにもできずにいる。

 

「サスケ……今のは……」

 

「もういいよ、兄さん。……励まさなくても」

 

 ツンとサスケは拗ねてしまっている。私だけが嫌われるのはまだいい。けど、イタチまでもが突っぱねられてしまっている。私のせいだ。

 

 ミコトさん、フガクさん。いや、誰でもいい。この際、シスイのやつだって構わない。誰か助けて……。

 辛かった。ものすごく辛かった。サスケにこんな対応を取られるなんて、初めてだった。今までにないくらい、私は動揺しているはずだ。

 

「ミズナ……? 大丈夫か!?」

 

 イタチが駆け寄ってくる。

 苦しい。うまく息ができないみたいだ。必死に呼吸をしようとするが、苦しさは止まない。

 

「深呼吸、しっかりと息をするんだ」

 

 抱きしめられる。普段なら安心できる温もりでも、今はそうはいかなかった。

 

 どんどん意識が薄れていく。けれどここで気を失うわけにはいかなかった。食器のために、影分身を解くわけにはいかなかった。

 

「姉さん……。大丈夫?」

 

 サスケに声をかけられた。サスケに心配されたのだ。

 それだけで、ちょっとだけ良くなった。苦しいには苦しいけど、もう意識がなくなるほどではない。

 

 頑張って、笑顔を作って、私を救ったサスケの声に、必死になって答えようとする。

 

「ありが……とう……」

 

「無理をするな……」

 

 そんな私はイタチに咎められてしまった。でも、無理をしてでも、サスケにお礼を言っておきたかった。

 

 時間が経って、症状がだんだん良くなって行く。イタチの介抱もあってか、嘘のように楽になった。

 

 原因は詳しくわからない。心因的な理由で起こったくらいのことなら、わかった。

 でも、わからない。私がなにを恐れているのか。私はなにを危惧してこんなことになるのか。

 

 落ち着いた私を見て、イタチは私の身体から手を離した。それでもサスケは心配そうにこちらを見ている。そんな視線を私は感じる。

 

 そんなサスケの方を向いて、できる限り、明るくつとめて私は言った。

 

「サスケ、もう心配いらないよ。じゃあ、続きやろっか」

 

「うん!」

 

 私の調子を理解して、サスケは大きく頷いた。

 

 

 不幸中の幸いか、小さな喧嘩は忘れ去られてしまった。

 

 

 ***

 

 

 私には光さえもわからない。広大な空に瞬く星々も、夜の世界を仄かに照らすおおらかな月の光でさえ、私は感じることができない。

 

 夕飯の後にイタチは提案をした。今日は外で寝ようと。そういうわけで、縁側に布団を敷いて、サスケを中心に川の字になっているのだ。

 

 もうサスケは寝てしまっている。意外と寝つきが良い。私はといえば、環境の変化にあまり上手く対応できていなかった。だから、こんなふうに感慨に浸っている。

 

「森の中、なら……そうでもなかったのになぁ……」

 

 想像もつかないほどの大きな、世界を満たす自然の流れが身体の中を突き抜けていく。その感覚が心地よかった。そんな思い出がある。

 

 ただ、今ここだって自然だ。それはいつだって私の中を流れている。だけど、心地よさとはなにか違う。

 

「眠れないのか……?」

 

 イタチがそう声をかけてきた。

 もう寝てるものだと思っていたから、少しビックリしてしまう。

 

「ちょっとね。……ねぇ、イタチ。今、空はどんなふう?」

 

 少し気になった。私にはもうわからないことだけど、未練がないわけではない。少し間を置き、イタチは答える。

 

「満天の星が見える」

 

 それが嘘か本当なのか、私には確かめる術はなかった。でもそんなことはどうでもいい。私にはもうどうしようもないのだから。

 次にまた私は問う。

 

「綺麗?」

 

「……あぁ……」

 

 逡巡が感じられた。見ることのできない私に、そう答えるのは(はばか)られる。だが、訊くというならそれも承知の上のはずである。だからイタチは、正直にそう答えたのだ。

 

「たくさんの星があって、こんな広い世界で、でも私たちがいるのはここだけ」

 

 当たり前だ。私だって、イタチだってここにしかいない。この木ノ葉、もっと言えば、()()()という狭い世界で繋がって、生きている。それが私たちだ。

 

「そうだな……」

 

 それが悪いことかは知らない。それでも、最近、周囲から負の感情を煮詰めたような、気分を害する空気が蔓延していると思えた。

 

「どんなに小さくとも、歩みは止めない」

 

 そういえば、一つ気になることがあった。たしかもう、そんな季節だったはず。

 

「ねぇ、イタチ。そろそろ時期だけど、今回はどう?」

 

「あぁ……。今年はなんとか受けられそうだ」

 

 中忍試験。前回はまだ周りの二人が未熟だからと受けられなかった。

 でも、班員が壊滅し、再編された今回はいいらしい。理解ある先生でよかった。

 

「今より、忙しくなるわね」

 

「いや、まだ、受かるとは決まってない」

 

 謙遜をするが、みすみす木ノ葉がイタチを落とすなんてありえないだろう。だったら、だれが中忍になれるという話になる。

 

 それにしても、イタチがついに中忍か。なにか少し寂しい気がした。わからないけど、こんな平和な日々がもう続かないんじゃないかって、嫌な予感もした。

 

「そう、じゃあ。こんなのも最後かな」

 

「いや、まだ……」

 

 自身の実力を、イタチはわかっている。まだ、なにが起こるかわからない。けど、それは万が一だ。考慮してはキリがない。

 それは、イタチも理解しているのだろう。

 

「まだ……きっと、次があるさ」

 

 それでもイタチはそう言った。また、三人で。こんな一日がもう一度、来ることを信じて。

 

 イタチが今日、休みをとったその理由が、なんとなくわかった気がした。

 

 

 ***

 

 キセルから紫煙が上がる。いつものように、呆れたように、古くからの〝友〟は渋い顔をする。いくつか小言を述べた後、ようやく本題に入った。

 

「ようやく中忍試験にイタチの名が上がったようだな……」

 

 書類を覗き見、そう声を漏らす。

 あまり感情を態度には出さない。いまもハタから見れば平生と同じ。だが、長い付き合いともなれば、だいたいの機嫌は察せらるる。おそらく今はいい方だ。

 

「お前がうちはの者に、そこまで肩入れするとはな……」

 

「ふん、うちはだろうとなんだろうと、使える駒は全て使う。木ノ葉のためだ」

 

「相変わらずじゃな……」

 

 鼻を鳴らして、いつもの通りにそう語る。その根底にあるものは同じだった。

 そのやり方に幾度となく眉をひそめてこそきたが、否定はできず、汚れ役を一身に背負わせ、ここまで来てしまっている。

 

「イタチと組んだこのメンバー……ヒルゼン、お前はどう思う?」

 

「率直に言えばいい。イタチの足を引っ張ると、そう言いたいのであろう。……しかしもう決まったものだ。そうやすやすと変更はできぬ」

 

 書類はすでに提出された。担当上忍の許可により、選抜された下忍たち。各々、チームワークを第一に、適切な仲間とスリーマンセルを組んでいるはずだ。彼らのことを考えれば、今更の変更などはありえなかった。

 

「なに、イタチは一人でも構わん。いや、むしろそちらの方が好都合だ。これなら今からでも……」

 

「ダンゾウ!!」

 

 行き過ぎた発言を咎める。ときおり、その木ノ葉を守るという強い意志が暴走をすることがある。それが若い忍に向けられるともなるのなら、黙っていることなどできない。

 

「安心をしろ、ヒルゼン。もう手は打ってある」

 

「なに……」

 

「イタチと組んだその二人は、根の者だ」

 

 なるほど、そういうカラクリか。書類を見直す。その中の一人には、イタチの班員――油目一族の少年がいた。

 まさかここまで手が回されていたとは。その気に入りように感心を越え薄ら寒さを感じてしまう。

 

「二人は棄権するが、イタチの参加は取り消すなと、そう言いに来たというわけか?」

 

「……そういうことだ」

 

「ならば先にそう言えばいい」

 

「いや、お前が勘違いをするのでな……」

 

 会話を振り返る。確かに最初はイタチの組んだメンバーについて尋ねただけであった。そこから、勘違いをさらに増すような説明の仕方をされ、さらに熱くなった。なにか一人芝居をしたようで、どっと疲れが出てきてしまう。

 

 気分を変えるため、キセルのタバコを詰め替える。

 

「それでお前は、イタチが単独で中忍試験を突破できるほどであると買っている、というわけか……」

 

「ああ、そうだ。なにせ忍者学校(アカデミー)を一年で卒業した天才なのだからな。そのくらいは、やってもらわねば困る」

 

 話によれば、卒業式にまでおもむいたという。それほどまでにこの男が執着するとは珍しい。

 イタチという男は将来は木ノ葉を背負って立つことになる。確かに、そう期待せざるを得ないほどの人物であった。

 

 中忍試験、というのは戦争の縮図である。

 次代を担う忍たちが死力を尽くして戦うのだ。世代はそのまま移り変わり、彼らの中忍試験の結果がその次の時代の争いの結果になろうともおかしくはない。

 

「そうだ……ヒルゼン」

 

 思考を遮る声がした。思い出したかのように、呼びかけられた。

 

 この男に限り、雑談などはありえない。どんな些細な会話でも、必ず意味を含んでいる。それだけに、いつも身構えてしまう。

 

「今度はなんだ?」

 

「うちはにはもう一人、注意せねばならぬ者がおる」

 

 そこまでで言葉を止める。予測しろ、ということだ。

 一族の代表であるフガクのことか。いや、違う。この男のことだ。それならば、こうして改まって言うはずもない。

 

 ならば、だれだ。次、思い浮かんだ人物がいる。その者の名を口に出す。

 

「シスイか……?」

 

 最近になり頭角を現した、うちはの忍だ。瞬身のシスイと名を轟かせている。

 

「ふん……」

 

 興味なさげに鼻を鳴らされた。どうやら正解ではなかったらしい。もう話す気はないとばかりに、そのまま去って行こうとさえする。

 

「待て、ダンゾウ。言いかけたのだから聞かせろ」

 

 呼び止められて、立ち止まる。何度も衝突を繰り返しては来たものの、それほど悪い仲ではない。こうして頼み込めば、無視はしないと、そういった確信があった。

 

 振り返らずに、その重い口が開かれた。

 

「うちは居住区。なんのために監視をしている?」

 

 責めるような口調だった。だが、心当たりがまるでない。

 念のため、そう押し切られてあの居住区には隠しカメラが設置してある。火影直轄部隊――暗部により監視をしているが、異常があったと報告はない。

 

「なにか……あったのか?」

 

 報告がない、そうであっても、なにもない、その状態でこの男がここまで言及するはずはなかった。

 

「あの量のカメラに、今までたった一度しか映っておらぬ人物がおる。これは偶然か?」

 

「なっ……」

 

 モニターに映る範囲で起こったできごと。それなら確かに報告はする。だが、この男の言うそれは、長期的に、しかも的を絞って調べなければわからない事実だった。

 

 勘が良ければ、違和感は覚えるはず。それを突き詰めて、この男はそう確信するまでに至った。

 

 もし、うちはフガクのような、注意するべき人物ならば、この男よりも暗部の方が先に気がつくはずである。自身の選び抜いた暗部たちは、それほどまでに愚鈍ではない。そうでないなら、きっとノーマークな人物のはず。

 

 気が付け、と言うのは酷な話か。

 

 それでも、それが正しいとするのなら。

 

「一体だれが……」

 

「――うちはミズナだ」

 

 その少女の名には聞き覚えがあった。彼女もまた、イタチと共にたった一年で卒業の資格を得たと。しかし、起きた凄惨な事件により、その忍生命は絶たれたと。

 

 確か、今は、うちはフガクの家に引き取られた―( )

 

「バレている、ということか?」

 

「やもしれぬ。だが、大して騒ぎ立てぬということは、案外、物分かりがいいのかもしれぬぞ?」

 

 嬉々として語られるが、それを聞いて狼狽する。もしバレているとしたのなら、それが不用意に里全体に拡散されたともなれば、木ノ葉隠れの里に不穏の火種がくすぶることなど簡単に予想できた。

 

「やはり、うちはの待遇を見直さなければならぬのか……」

 

 首根っこを掴まれたような気分だった。二代目から引き継いだこの体制、これを変えることに踏ん切りが付かずにいる。三十年以上、問題がなかったのだから。

 

「ヒルゼンよ。いい機会だ。真意を確かめるために、一度、呼び出してみるのはどうだ? 待遇については、それ以降でも遅くはないだろう」

 

 らしからぬ提案だった。この男ならば、裏で始末する、そういった横柄で乱暴な手段に出ると思っていた。思いの外、慎重にこの案件にあたっているらしい。

 

 それほどまでにこの男は、うちは、という一族を警戒しているのだ。

 

「だが、そうすれば、うちはフガクはどう動くか……」

 

 戦争中は(きょう)(がん)のフガクと名を馳せた男だ。油断ならなかった。

 

「今はワシら〝根〟が見張っておる。繋がりがあるのかどうか―( )―動きがあればすぐにわかる。……なんにせよ。最後まで白を切り通すことだ。わかっておるよな?」

 

「……あぁ」

 

 去っていく。その後ろ姿を見つめる。紫煙がくゆる。その男の輪郭をぼやかしていた。




 更新すると平均評価が下がり、お気に入りが減る。自業自得ですよね、これ。

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