なにもみえない   作:百花 蓮

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曇天

 大変なことになった。

 今、私の目の前には、三代目火影がいる。その右後ろには、闇を背負った男がいて、左後ろにはご意見番の二人がいる。

 

 私がなにをやったというんだ。

 日差しが気持ちいい日だなぁって思って、今日も楽しく家事をしていたら、庭の方で異変を感じた。もしや不審者か、と思うがミコトさんは買い物でいない。サスケは修行に出かけていた。

 

 恐怖を感じながらも確認をしに行ってみれば、人がいた。〝付いて来い、火影様の命令だ〟って言われた。

 

 変な人だったらどうしようかと思って、影分身を使ったら、その瞬間に本体の私は抱えられて持ち去られてしまったのだ。なにもできずにボケっとする影分身を家に置いて。

 

 きっとその後、影分身の私は慌てふためいて、結果、消えてないから大丈夫だと、能天気に家事を再開しているはずだ。私のことだからよくわかる。今は帰ってきたサスケあたりと楽しくお茶してるかもしれない。

 

 なにか無性に悔しくなってきた。こんなことになってるとも知らないで……。

 

「頭を上げよ」

 

「はい」

 

 火影様からそう声がかかる。なんで忍でもなんでもない私なんかを呼び出したのか不思議でならない。あんな荒っぽい方法まで使って。

 

「まずは詫びをしよう。このような形で招集をかけることになってしまってすまなかった」

 

「…………」

 

 謝られても、どう答えたらいいかわからなかった。

 適当に、私などには畏れ多いお言葉です、とでも言って許せばいい、それはわかる。でもとっさに言葉が出てくることはなかった。どうしてもためらってしまう自分がいた。

 

 火影様は咳払いをし体裁を整えて、真剣な雰囲気のまま問いかける。

 

「なぜ、ここに呼ばれたのかわかるか?」

 

「いいえ、存じません」

 

 私に向けられる視線がとても辛い。なんというか、厳粛でとってもピリピリしてる。今にも逃げたい気分だった。けれど、この実力者たちの中でそれはできない。

 

 どうするのが最善だろうか。どうするればつつがなくこの状況を脱することができるだろうか。

 私の頭はクルクル回る。

 

「そうか、では、うちはミズナ。お主がうちは居住区の中で、いつも普通では考え付かないようなルートを通り行動をしていると聞いたが、その理由を聞かせてもらっても構わぬか?」

 

「気分です」

 

 相談役の二人がざわついた。でも、なにもおかしなことは言っていないはず。

 ただのそんなことで私はここに連れてこられたのか。そうしたいからそうしているだけのに。なぜこうして、問い質されなければいけない。

 

 火影様はため息をついた。まるで私の態度が気に入らないようにだ。そして彼らの側近たちと言葉のない意思疎通を図った。

 

 卑怯だと思う。私なんかは孤立無援でなんとかしなきゃいけないのに。いいご身分だよ。イラ立ちだけが募っていく。

 

 今度は火影様じゃない。声の響きの冷たい男が私へと問いかけた。

 

「なにが、お前の望みだ?」

 

 

 ――望み?

 

 

 どういう意味で言っているのだろう。

 私の奇っ怪な行動の意図について、再度、訊き直しているのか。それとも、私の願いを条件によって叶えるから、その代わりに正直に話せと促しているのか。

 むずかしい。

 

 でも、いいや。どうせ、あちらの期待するような回答を私はできないのだから。

 

「私はただ家族と平和でいたいだけよ。それより多くは望まない。それより多くの望みはない」

 

 あ、口が滑った。

 まずい。不敬罪でどうにかされてしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 そんな心配とは裏腹に、なにごともなかったかのように、火影様はまた私へと今度は違う質問をした。

 

「お主の感知能力の高さは耳にしておる。それを木ノ葉のために役立てるつもりはないか?」

 

 要約すれば、忍にならないか、ということだろう。いや、もしかするともっと違う意味が含まれているのかもしれない。

 

「お言葉ですが、三代目。両眼を失った私に価値などないのです」

 

 つねづね私はこう言われ続けてきた。残念だと、可哀想だと、憐れみと同情の目線を向けられてきた。

 だから私もそういうものだと思っている。

 

「ふん、所詮(しょせん)それは、うちはの価値観というやつだろう? そんなものに囚われていれば見えるものも見えなくなる。今のお前のようにな……」

 

 私の台詞は、側近の男に切って捨てられた。正論だとは思いもするが、簡単に納得はいかない。人間の頭はそれほど柔軟ではないのだから。

 

「ワシもおおむねダンゾウと同意見である。おそらくであるが、それほどの感知能力であるなら、目の見えぬことなど大したハンデにはならぬと思うのじゃが……?」

 

 私がどのくらいわかっていて、どのくらいわかっていないか知っているような物言いだった。

 確かに不自由はしていないけど、それは日常生活において。戦闘となればそれは別だ。もっとも、まともな戦闘を私が経験したことはないけど。

 

 いや、幾度となく死戦をくぐり抜けて来た火影様が言うのだから間違いないのかもしれない。私には全く及びもつかないことだけれども。

 

「知りません」

 

「お主の実力は忍者学校(アカデミー)ですでに飛び抜けておった。今のお主も、イタチと同じく下手な下忍では敵わぬほどなのではないか?」

 

 辛い。

 まるで値踏みをしているかのような口調。そうやって責め立てられる。私が現役の忍者よりも強いなんて、買いかぶりすぎもいいところだろう。

 

 きっと、イタチがすごすぎるせいで色眼鏡がかかり、私もそんなふうに映ってしまっているだけ。知識さえあれば、努力さえすれば、私と同じくらいのことなど誰だってできるはずだ。

 

「無理です。そんなことはありません」

 

 だから私が特別であるはずがない。

 それでも、火影様は納得のいかないようだった。

 

「では……」

 

「ヒルゼン、ダンゾウ。お前たちの思い違いということではないのか?」

 

 なおも追及を続けようと火影様はするのだが、それに待ったをかける声があった。相談役の一人である。

 それに反論をするのは、火影様ではないもう一人の方。

 

「今になって、なにを言い出す?」

 

「こんな()(わっぱ)にそれほどの実力があるとは思えないのだ」

 

「ダンゾウ、すまない。ワシもそう思うぞ」

 

 もう一人の相談役もそれに賛同した。火影様はなにも口出しをしようとはしない。二対一、側近の男は不利な状況へと追いつめられてしまった。

 

「ヒルゼン!! お前も納得してこの場を用意したのだろう? ならば、なにか言ったらどうだ」

 

「……これ以上は、意味がないのではないか? ダンゾウ」

 

「…………」

 

 火影様のその言葉に、その男は反論ができないのか、黙り込んでしまった。

 少しして、沈黙を受け、火影様は私へと本来持つその穏やかな声でお達しをする。

 

「こんな真似をして本当にすまなかった。送りの者を用意してあるのだが……」

 

「結構です。私一人で帰れますので」

 

 〝やはり、うちはの娘は……〟なんて呟く声が聞こえる。気にしないで、火影様に一礼をして、ふらふらとその場を後にする。

 背を向けて前に進む。手探りでドアを開けて、また直進する。

 

 そんな私を見つめる視線を感じた。おかしい。あの陰険な側近の男だ。そして、なんだろう。うっすらと、気味悪く、笑っているような気がした。

 そちらに気を取られていると、突然、物理的な衝撃が走った。

 

「……痛い……」

 

「本当に……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です」

 

 私としたことが、壁にぶつかってしまったのだ。悲しくて涙が出てきそうになる。

 改めて、そのまま壁伝いに廊下を歩いていく。ため息が後ろから聞こえてきた。

 

 嫌な予感がする。思えば、あの闇を抱える男は簡単に言い負かされて、諦めるという選択肢をとっていた。でもあの笑みは……。

 

 そもそもだ、私を呼び出すという発案をしたのは火影様とあの男。相談役の口ぶりから考えればそうなる。そして、あの温厚すぎる火影様が、こんな無理やりに私を召喚するかと言えば、それは違うはずだ。

 

 ともすれば、あの男が主導で私は呼び出された。なのに、ああもすんなりと引き下がってしまったのだ。意図が読めない。一体なにが目的だったのだろう。

 考えれば考えるほどにわけが分からなくなっていく。

 

 それにしても、ジメジメしてきた。もしかしたら雨が降るかもしれない。晴れてたんだけどなぁ。残念だなぁ。

 とりあえず、帰って分身から仕事を引き継ごう。

 

 

 ***

 

 

 目が見えないからだろう、壁にぶつかり、そこから壁伝いに、うちはミズナは去っていく。

 

「やはり、送りの者を一人つけるべきか……」

 

「その必要はないだろう? なにせ自分から断ったのだから」

 

 相談役――水戸門ホムラは冷淡にそう告げた。根深く木ノ葉に続いている()()()への風当たりの強さを、しみじみと感じてしまう。

 

 人としではない。それ以前に里長として行動をしなくてはならない。私情で行動することは避けなければならなかった。あらゆる意味で、自身の行動に歯がゆさばかりを感じてしまう。

 

 相談役のもう一人――うたたねコハルが口を開く。

 

「ダンゾウ、やはりあの()()()の娘が気付いているとは思えなんだ」

 

「偶然、映らないルートを通っていたという可能性も考えられる。そして、これはワシの独自の調査の結果なのだが、あの娘はここ数年まともに外を出歩いていなかったというではないか」

 

 改めて、招集をかけたあの少女から話を参考にして、思い思いな所感をそれぞれ述べていく。それは一つの方向に固まりつつあった。

 

「しかし、バレてるやもしれぬ。やもしれぬではダメなのだ。そんなもので里の未来が潰されてみろ? 後悔してもしきれんぞ」

 

 だが、それに異議を唱える者もいた。他でもない、この会議の立案者で、この里の闇を一身に背負っている、背負わせてしまっている男だった。

 いつものように、この男らしい言い回しで相談役の心を揺さぶっていく。

 

「しかし、ダンゾウ。あの口ぶりでは、どうしてここに呼ばれているか理解できていないように思えた」

 

 明確な証拠は出なかったのだ。だからこそ、あの釈放のしかたになった。

 ただそれにも、この男はくだらないと鼻を鳴らだけだった。

 

「ふん……。そんなもの、どうにだってなる。相手には得体の知れぬ瞳術―( )―写輪眼があるのだ。もしも記憶を操作されたとなれば、ボロなど出さんだろうな……」

 

 その理屈には一理ある。あの瞳術は、そしてそれを操る忍は、敵にすれば厄介極まりないものたちばかりだった。

 先の忍界大戦で、うちは一族はおおいに里に貢献をしてくれた。味方にすれば心強いが、今は里が一丸となる戦時ではない。

 

 敵がなければ団結も弱まる。余裕ができ、仲間だったはずのものたちの中で対立が生まれ始める。もともと浅いヒビが入っていたともすれば、より大きな亀裂となる。それは避けられなかった。

 

 重く、苦々しい空気が部屋の中を満たしていく。

 

 もう、決意は固まった。ようやく、火影として口を開く用意ができたのだ。

 咳払いで、体裁を整える。

 

「……うちはについては……現状維持でいく……」

 

「ワシの話を聞いた上で言っているのであろうな? ヒルゼン」

 

「ああ、そうじゃ……ダンゾウ。お前の気持ちもわからんではないが、可能性を考えていけばキリがないはずであろう。それに―( )―おそらく、今のうちはミズナはカメラの存在をわかっておらぬであろうしな……」

 

 あそこまで動じずに知らぬ存ぜぬで通していた。忍者学校(アカデミー)にかよったとは言え、彼女は一般人だ。普通ならどこか動揺してもいいだろうに。

 

 さらに、最後に壁にぶつかるという醜態を見せた少女だ。言われていた感知能力の高ささえ疑問視できる。

 

 今回は否定する証拠しか得られなかった。この判断が周りを納得させるために妥当なものだ。

 もちろん、それで納得のできない者も―( )

 

「他でもない。火影であるお前の判断ともなれば、従うしかあるまいな」

 

「すまぬの……ダンゾウ」

 

「だが、監視は続けさせてもらうぞ? 構わぬな」

 

「……あぁ」

 

 今回は、無用に不安を煽っただけに見えるその男。しかし、その存在がいて助かる部分もいくつかあった。

 

 全員が全員、同じものを妄信する。現状に思い上がり、何も考えない。それではダメなのだ。

 もしものときがないとは限らない。そのときのために、疑いの目線に立ってこの里を見る者が必要になってくる。その役割を、闇を抱えるこの男に任せ切ってしまっていた。

 

 ただ、その疑いが杞憂であること、それが木ノ葉にとって、最良であることに違いなかった。

 

「早まるでないぞ? ダンゾウ」

 

「わかっている」

 

「では、この件については、以上にする。異存はないな?」

 

 〝友〟に忠告を残して、今回は解散をする。一抹の不安はあるが、〝友〟を信頼し、普段の公務へと戻ることにする。

 

 全員が帰り、一人残った。窓から見える空。晴れていたはずであったが、いつのまにか雲に覆われている。

 そうしてだ、一つだけ、貼り付いた違和感に気がつく。

 

「ヤケにあっさり引き下がるのだな……ダンゾウ」

 

 いつもなら、いくらか長引いているはずであった。それこそ、一雨降るくらいには。




 難しい局面に入ってきたので、ペースが落ちます。すみません。

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