なにもみえない   作:百花 蓮

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本戦

「……ふぁ〜」

 

 あくびが出る。最近とても眠い。別に夜更かししてるつもりもないし、なにか特別に変わったこともない。なにかおかしかった。

 それでも家事に支障が出ているわけでもないし、たぶん気にすることでもないと思う。

 

 今日もいつも通りの日々が始まる。なにも変化がなく、平凡とした日々が続く。続いてほしい。

 この一族には、どうにもピリピリとした空気が漂っていた。いつか、あっけなくこんな日常が終わりを告げてしまうのではないかという嫌な予感がまとわりつく。

 

 だからって、そんなことを考えてもどうにもならない。私は家事をこなすだけだ。

 

 この間の呼び出された件。まだ、大人たちには話していない。正直なところ、この件に関してはどう振る舞えばいいのか測りかねていた。

 

 里への反感。一族への疑念。どちらにも染まることはできずに、どちらからも距離を置き、孤立しかけていた。里は、()()()である私を拒み、一族は、眼を失った私に価値を見出さない。拒まれ、疎まれ、私には居場所がない。

 

 だからこそ、家族という繋がりは大切にしたいと思う。唯一の拠り所なのだから。とりあえずこの話は、イタチにだけでもしておこうかな。

 

 そうそう、家事のことなんだけど、大抵のことは私一人でもこなせるようになった。今はミコトさんから大部分を引き継いでいる。信頼を得たということだ。私の今の生きがいでもあるのだから、これ以上に嬉しいことはなかった。

 

「…………」

 

 今は掃除をしているわけだけど、さっきから強い視線を感じる。柱に隠れて、ジッとこちらを見つめている。もちろん、正体はわかっている。

 いつもなら、修行に出かけていないはずなのに、今日はどうしたのだろうか。

 

「サ〜ス〜ケ、言いたいことがあるんじゃない?」

 

 気付かれていないと思っていたのか、名前を呼ばれてビクリと肩を震わせる。

 どうやら観念したようで、私の前へとどこか元気がないような雰囲気をもってやってくる。

 

「今日、兄さんは中忍試験でしょ?」

 

「ふふ、そうだね」

 

 今日は本戦。仲間の不調により、一人で挑むことになったのだが、あのイタチだ。予選は難なく通過できた。

 このぶんなら、問題なく中忍になることができるだろう。

 

「それで、母さんにお願いしたんだ……」

 

 サスケも忍者を目指している。いや、兄さんの後を追いかけているのか。

 当然のようにその背中をしっかりと見つめていたいと思うはずだ。

 

「ダメだって言われたの?」

 

「うん……」

 

 中忍試験っていうのは、忍と忍が命がけで戦う場だ。血だって流れるし、最悪の場合、本当に運が悪ければだけど、死者だって出る。そんなところに、普通は子どもを行かせられない。

 

 実のところフガクさんは、この一族の代表は、サスケに中忍試験を見せることに対して乗り気だった。もう四歳だと、むしろ進んでサスケに中忍試験を見せたがっていた。本当にこの人はなにを考えているかわからない。

 

 ただ、それに待ったをかける人物がいた。

 他でもない、うちはイタチだ。滅多にない、強硬な姿勢で、ミコトさんに釘を刺した。もし、サスケが行きたいと言ったら、全力で止めてほしいと。

 

 フガクさんは、見せてもいいと言ったけれども、四歳になったサスケに見せるべきだと言ったけれども、見せろとは言っていなかった。命令はしていなかった。そんな中で、普段はおとなしいイタチの、あのしつこい頼み事を受ければ、絶対に見せようとはしないはずだ。

 

 ただ、一つ、迂闊だった点がある。イタチの唯一の失態だ。ミコトさんにはしっかりと出発前に何度も何度も同じ忠告を繰り返したのに対して、私にはなにも言わなかったのだ。

 

 理由はわかる。

 イタチは、もれなく私もわかっているものだと。そばで見ていた私は、彼の心に背かないと、そう思い込んでいるはず。言わなくてもわかるって、そう驕っている。

 

 その自分勝手な信頼に報いるべきか、それともサスケのために信用を地に落とそうか、悩ましい。

 

「行きたい?」

 

 だからサスケに問いかける。その意味を理解したのか、聡いサスケは逡巡を見せる。

 

 このまま私がサスケを連れて行ったなら、私はミコトさんの意に逆らったことになる。そしたら私に責任が生まれる。それをサスケはわかっていたのだ。

 

 だからこそ、サスケは言い出せずにいた。言ってしまえば、私が連れて行ってくれるとわかっていたから。

 

「う、……う」

 

「ふふ、私は構わないんだよ?」

 

 そう言って、私はサスケの頰を撫でる。サスケは優しい子だ。こんな私に気を使ってくれるのだから。

 

「うん……行きたい。兄さんを応援したいんだ!」

 

「じゃあ、決まりだね」

 

 ミコトさんに見つからないように、気付かれないように行動しなくてはいけない。

 すこしでもあやしいところを見せてしまえば、きっとバレてしまうだろう。私たちの秘密の作戦が始まったのだ。

 

 

 ***

 

 

 中忍試験本戦の会場には、あっさりとついた。

 備えあれば憂いなし。数日前から影分身で工作を行っていたのだ。入るくらいなら簡単だった。

 

 ただ、問題は私たちが子どもだということだ。観客席にいる人のうち、見たところ、私たち以外で子どもといっても十二くらい。今年で五歳のサスケや、九歳の私くらいの子はいない。おかげで、少しばかし目立ってしまう。

 

 補導されるかとも思った。

 奇異の目線が突き刺さるのを嫌というほど感じ、少しばかり人混みを歩くだけでも狼狽をしてしまった。

 ただ今は、サスケが気づいて〝大丈夫?〟ときいてくれたおかげで、救われた気持ちだ。

 

 しかし、その心配は杞憂に終わった。背中の家紋のパワーのおかげだ。うちは一族は、最近ピリピリとしている。コソコソと話しはすれど、だれも触りたくないのだろう。結局、なにも言われることなく、私たちは席につけてしまった。

 

「兄さん……まだかな……」

 

「もうすぐだよ、サスケ」

 

 事前の下調べにより、イタチがどの時間に試合をするかはわかっている。完璧にぴったり、というわけにはいかなかったが、あと数分で試合が始まる。

 ちょうど、前の試合が終わってから、私たちはここにたどり着いたのだ。

 

 サスケを膝に乗せて、私たちが使っているのはひと席分だ。背のまだ低いサスケのことを思ってでもある。席が一つしか空いていなかったわけではない。

 会場は普通に混み合っている。しかし、私たちの両隣だけ、不自然にスペースが開けられていた。

 これが()()()の力だと感心する。そして寂しさを感じてしまう。

 

「隣いいか?」

 

 不意に声がかけられる。

 男の人の声だった。なんということか、うちは一族の威光に怖気づかない人がいたのだ。

 

「はい、いいですよ?」

 

「ああ、すまない」

 

 そうしてその人は隣に座る。強そうな人だった。確実に忍であろう。ただ、額当てを見つけ出すことはできなかった。今は休みで付けていないのだろう。

 

 会場で、動きがあった。ようやくイタチが登場する。その様子を、サスケは目を輝かせて、身を乗り出さんばかりにその兄の姿を焼き付けようとしている。

 私はサスケが飛び出したりしないように、お腹に手を回して抱きつくくらいのことしかできない。

 

「同じ、うちは一族のように思えるが、親戚か?」

 

 とうとつに、私たちに対して隣に座った男の人は尋ねてきた。当然の疑問だろう。同じ一族でわざわざ見に来ているのだから、そう思って当たり前だ。

 

「兄さんだから!」

 

 自慢げにサスケはそう答える。その気持ちはよくわかる。私だって、イタチのことは誇らしく思っている。絶対に失われてはいけないくらいの逸材なんだ。

 

「兄弟……か……」

 

 その言葉に妙な感慨が含まれていた。

 私は首をかしげる。この見知らぬ人を、どう扱えばいいか測りかねている。

 

 そうだ、質問をされたのだから、私からも一つきこう。こんなふうに私たち(うちは)に関わってくる。だったら言ってもおかしくないことを言っていないのだ。

 

「あの、私たちに、子ども二人でこんなところに、とか言わないんですか?」

 

「ああ、言えた義理ではないのでな……」

 

 なんとなく、この人がどんな人かわかってしまった。フガクさんと同じく、きっと不器用な人なのだろう。それほど私は嫌いじゃない。

 

 身分の高い人ほど、立場があり、子どもに思うように接することができなくなる。

 きっとこの人は忙しかったりして、子どもに対しておざなりになって、そんな今をダメだとは思っている。けれど、変えられない。

 苦悩が伝わってきた。

 

 ただ、私の関するところではない。これ以上ひっかきまわすのも藪蛇だ。試験会場に意識を集中させることにする。

 

「一つ、いいか?」

 

 また男の人は私に尋ねてきた。やけに質問の多い人だ。まあ、でも、こうやって会話するのは悪くない。家族以外とこうして気楽に喋るのは、とても久しぶりだった。

 

「なんですか?」

 

「ああ、目を閉じてるのは、どうしてだ?」

 

 デリケートな部分に触れてくる。これは答えてもいいものなのだろうか。まあ、この男の人を信頼して、ある程度は本当のことを言ってあげよう。

 

「実は、私、目玉が両方ともないんですよ」

 

 悲しみを感じさせないよう、できる限りの笑顔で答えた。だが、男の人はどこか面食らったようだった。驚くのは当たり前か。

 

「うちは……一族……なのにか……、いや、苦労してるんだな……」

 

 私の頭に手が伸ばされた。

 もうそれに怯える私はいない。けれど、どうしてそんなことをしてくれるのかわからずに、私は首をかしげた。

 

 ふと、会場から視線が送られていることに気がつく。間違いない。イタチの視線がこちらで固定されていた。物言いたげにじっとこちらを見ているのだ。

 

 しかたがないから、私は意思疎通を図ろうとする。まず手始めに口パクで〝来たよ〟と伝える。

 イタチはあからさまに、呆れたようにため息をついた。きっと伝わったのだろう。

 

 私の真似をしてか、イタチも口を動かしなにかを伝えようとしていた。しかし残念。私は読唇術など全く習得していないのだ。忍者学校(アカデミー)で習った気もしたけど、もうかなり前で覚えてない。だから、その行為は無駄に終わる。

 

 ただ、長い付き合いで、言わんとしていることはわかった。きっと、〝どうするつもりだ〟みたいなことを言っているのだろう。

 血みどろの戦いを、イタチはサスケに見せたくないんだ。

 

 遅いか早いか、単純にそんな問題だと思う。けれど、それはとても重要なことだ。私もそれはわかっている。

 だから伝える。もう一度、口を開いて伝える。

 

 〝信じてる〟と一言だけ。

 

 イタチは諦めて、もうなにも言ってこなかった。後で絶対、怒られるかな。

 

「ねえ、姉さん、いま、兄さんなんて言ってたの?」

 

「ん? どんなヤツだろうと、大したことないって言ってたんだよ」

 

 私の最後の台詞で、言い返さなかったってことは、つまりこういうことだろう。この大雑把な要約をサスケに伝える。

 

「そうだよね。兄さんは強いもんね!」

 

 サスケは納得してくれたようだ。

 そして、隣で見ていた人の興味が、また私にそそがれてしまった。

 

「……わかるのか?」

 

 この私たちやり取りを、認識していたのだろう。目が見えない。そう言った私がそんなことをしているのだから、不思議に思われてもしかたがない。

 やっぱり、この男の人は強い人なのだろう。

 

「だいたい、日常生活に不便ない程度には……」

 

「はは、不便ない程度か……」

 

 乾いた笑いだった。どこか納得してくれていない。そんな感じだ。

 そうしてまた詰問が始まる。

 

忍者学校(アカデミー)は?」

 

「もう卒業しました」

 

「その歳でか……となると今は……」

 

「家事をやってます」

 

「な……っ」

 

 絶句された。

 妙な空気が流れる。私はなにかおかしなことを言っただろうか。眼のない()()()は、一族の誇りを失った私は忍なんてとうてい無理だし。

 

「火影はなにをやっているんだ……。まったく、まだその歳なら間に合う。オレから打診しておいてやろう」

 

「へっ……?」

 

「同盟国の損失は、オレたちの損失でもあるからな」

 

「どうめいこく?」

 

「ああ、オレは砂の忍だ」

 

 なにか話が思わぬ方向に転がっているような気がする。どうして砂の人が木ノ葉の民衆に混じっているのか、いろいろとわけのわからないことは多い。

 

 深く考えるのは止めよう。きっと、この人がなにをしたって、簡単に動く木ノ葉上層部ではない。もしそうであるなら、うちは一族は隔離などされていないはず。

 

 きっと、きっと、これからも何事もなく、私の日常は続いていく。

 

 中忍試験、イタチの試合が始まった。最初こそ相手の奇抜な戦闘スタイルで、イタチが押されているように見えたが、実力の差は明白だった。

 イタチは写輪眼で攻め、ついに戦闘不能に追い込んだのだ。

 

 その試合をもって、イタチは本戦のトーナメントから外された。これ以上は戦う意味がないと判断されたから。文句なしの中忍への昇格だった。

 

 

 ***

 

 

「おめでとう、イタチ!」

 

 サスケの手を引いて、私はそうイタチに語りかける。

 中忍試験は終わった。あの砂の男の人は〝見事な試合だった〟と言って去っていった。そして私たちはイタチを迎えに来て、三人で帰ろうとしている。

 

「どうして来た……」

 

「応援したいからだよ、ね」

 

「う、うん」

 

 明らかにイタチは怒っている。ただ、サスケを味方につけている私に、イタチは強気に出れないでいた。

 

 やはりイタチはサスケに甘い。おそらくはそれが唯一の弱点だろう。私にはそこそこに厳しいのに。

 

「もういい、帰るぞ。母さんにはオレから説明しておく」

 

「あれ、いいの?」

 

 意外だった。もっときつく怒られるものだと思っていたから。

 

「もう、すぎたことだ。いつから計画を練っていた?」

 

「ん……あの星の夜から……漠然と、かな」

 

 当初は私だけが見に行くつもりだったけど、途中でサスケも見に行きたいだろうな、って計画を変更したりもした。計画っていうほど、大したものでもないんだけど。

 

「……そうか。らしいな」

 

 そうイタチが呟いた。らしい、とはどういうことだろう。

 

 それにしても、疲れたサスケがうとうとしてきてしまっている。気づいたイタチはサスケをすぐにおぶった。

 

「それで、らしいって……?」

 

「お前のその気遣いだ。オレの試合の直前に、試験の会場へとたどり着き、その後すぐに、オレを迎えに行こうと言ってそこを離れた。そうだろう?」

 

「そうだけど……」

 

「誰も損をしないようにする、そんな気遣いがお前らしい。オレへの無茶も含めてな……」

 

 不満を言っているのだろう。愚痴をこぼしているのだろう。だが、それだけだ。改善を求めたりはされない。

 

 私だって、できないことは頼まない。できるって信じてるからそういう計画にしたのだ。今回はなんとかうまくいってよかった。

 

「そうだ、イタチに言わなきゃいけないことがあったんだ」

 

「なんだ?」

 

 それほど重要なことじゃないけど、とりあえずは言っておかないとダメだと思った。サスケは今、ぐっすり寝ちゃってる。この機を逃すと、いつ話せばいいかわからなくなりそうだった。

 

 そう、この間、暗部の人に連れて行かれたときのことだ。

 

「火影さまに会ったんだよね」

 

「そうか」

 

「それで、私の通ってる道のことを聞かれたんだよね」

 

「……なっ、もうか。どう答えた?」

 

「知らないって、私の行動に文句つけられる筋合いはないって」

 

 たしかだいたいそんなことを言ったはずだ。いま思えば、少し、ほんの少しだけ、失礼だったかもしれない。

 

「なら、まだ大丈夫か……」

 

「大丈夫、ね」

 

 どうすれば、この里が平和になるか。イタチはそれを考えている。それがイタチだ。そして私はそれを応援する。ひっそりと影から。

 

 それでいいんだ。それがいいんだ。

 賑やかな本戦会場から、里の隅、静かな私たちの集落へ。

 玄関では、ミコトさんとフガクさんが二人で並んで私たちを待っていた。

 

 いつまでも、家族でいたいとそう思った。




 すみません、時間がかかりました。少年漫画の二次創作なのに全然戦闘を書いていないことに気がついた今日この頃。中忍試験の試合も文字数と時間と労力の無駄と全力で端折ったり。ただ、やるときはやりますからね、ええ。

 ここから大きく動かします。そのせいで、書いてる自分の首を自分で締めてるみたいな気分がしてます。
 まだ主人公、詰んでませんから!!

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