憂鬱な気分を私は抱えている。
そんな私の頭の上に、小鳥が乗っかっている。名前はピーちゃん。未練がましく、私は前世で殺してしまった鳥と同じ名前を付けたのだ。
小鳥というのは賢い。私という人間を理解し、愛しくもじゃれついてくるのだ。
一年の絆だ。ピーちゃんは、三歳になった私の誕生日プレゼントとして贈られた。無論、その高揚は、のちに送られてきた紙切れ一枚で台無しになったのだが。上げて落とされる。今回の人生ではいまのところ最悪な日だ。
現在四歳、ひなたぼっこをしている。森の中、少し開けた原っぱに、私は横たわっている。自然の一部になることを目指してる系女子だ。
やることがない。
どうでもいいけど、影分身の術が使いたい。あと二年で学校らしい。行きたくない。ずっとここに横たわっていたい。代わりに分身に行かせても、経験は自分のものになるんだって。便利だよね。思う存分授業をサボれるんだから。
だけどね私。チャクラってものがわからないんだ。身体エネルギーとか、精神エネルギーとか、なんにも感じ取れないんだもん。だからこうしてぼーっとして一日を過ごすだけ。暇だ。
それにしても、私の母親は情けない。父が死んだ報告があってからは、もうほとんど育児放棄に近い状態になっている。ご飯は一応、適当なやつを作ってくれるから死にはしないが、滅多に構ってくれない。それじゃ、私はまともな子に育たないじゃないか、全く。
目尻から流れる涙を、ピーちゃんはその羽毛をこすりつけて拭ってくれる。気がきく子だ。ありがたいけど、ちょっと目に入って痛いかな。
こうして、ピーちゃんがいてくれるから、私はまだ孤独を感じずに生きていることができるんだ。
なぜだろうか、急に、ピーちゃんが鳴いた。騒ぐように。いつもはそんなことないのに、今日に限ってなぜだろう。
なにかを警戒しているような、そんな声。一体なんなのだろう。
その正体に視線を向ける。男の子がいた。
私と同年代くらい。不思議な子だった。
黒髪黒眼。私と同じうちは一族。悲しい血筋を背負った子。その目は、どこか達観したような、それでも諦めてはいない。大人びているようで、まだこどものような、そんな目だった。
「だれ?」
私は尋ねた。こんな辺鄙なところに顔を出すのは、野生動物か余程の変わり者しかいない。
もちろん私は後者の部類だ。ピーちゃんは、……どっちでもないや。
「すまない……邪魔した……」
「別に……」
来る者は拒まず、去る者は追わず、それが私の精神だ。
それにこの子は、なにか深く考えたいことがあるんじゃないかと思う。一人でじっくりと。だからこんなところに来た。
全く、この子の親はなにしてるんだか。
そう考えるのも一瞬で、意識はもう別の場所に行く。ただ、無心、本当に植物にでもなったかのように私は動かない。なにもせず、時間の経過を待つだけの毎日だ。
ひなたぼっこ、と銘打ちつつも、気がついたら空はどんよりとした雲に覆われていた。あたりは陽の光が当たらずに、嫌に薄暗くなる。
これじゃ、もうどうしようもない。
もう十分に時間を潰したし、そろそろ帰ろうかと起き上がった。髪の毛や背中についた葉っぱを払い落とす。
そしたら、じっと、こちらを見ている男の子と目があった。
「まだいたんだ……。帰らないの?」
「え、いや……」
私みたいな歳の子が、一人でいるなんて珍しいことだろう。もしかしたら、私みたいに放任主義なのかもしれないけど。まあ、どちらにしろ、暗くならないうちに帰ったほうが得策には違いない。
だが、彼の目はじっと訴えていた。お前は帰らないのかと……。
このままの流れでは、一緒に帰ることになってしまうのだろう。なんか嫌だ。もう一回私は草の上に勢いよく寝転がる。
「ここは私の場所だから」
言外にここを離れろと男の子に告げる。伝わっただろうか、伝わったよな。あからさまに動揺しているし。
警戒しているのかわからないけど、こちらに身体を向けたまま、すごすごと後ずさりをして森の中に消えていった。
私の作戦勝ちだね。
「じゃ、ピーちゃん。私たちも帰ろ?」
鳴き声をあげて、ピーちゃんは賛成をしてくれる。
さっきの子とは会わないように、遠回りになるけれど別のルートを通って帰ることにした。
***
「きょ〜もはれ〜、てんきははれ〜、あめがふら〜ずにだいちがかわく〜、みどりがかれる〜。はれ〜、はれ〜、きょ〜もはれ〜」
なに言ってんだこいつ? という鳴き声を漏らしながら私を見つめるピーちゃん。
なにって決まってるだろ、晴れの日の歌の三番だ。著作権? 問題ない。作詞、作曲、どちらも私だ。
いろいろと、結構ひどい曲だけど、周りにはだれもいない。日頃のストレスを吐き出すように大音量で歌っている。どうせ誰も聞いてない……て、え?
森の陰に、じっとこちらを見つめる姿があった。
私の直感が告げる。昨日の男の子だと。
なぜか固まって、一向にこっちへ近づいてくる様子もない。当たり前だろう。こんな変なやつがいるところに行きたいと思うやつはいない。
気まずい表情。その目とあった。
……見られた……だと……。
「うああああ゛あぁあ゛ああぁああぁ」
衝動は遅れてやってくる。とても恥ずかしい。私が正真正銘の子どもならまだしも、一回人生を終えている。精神年齢はそれなりに高い。こんな醜態を見られて、羞恥心を抑え切ることはできなかった。
「だ、だいじょうぶか?」
そんな私の異常な様子を見てだろう。男の子は心配をしながら駆け寄って来てくれた。
優しい子とも思えるが、その間に私の頭は少し冷静になる。いや、いくら恥ずかしくても、叫ぶとかありえないじゃん。というか恥の上塗りでしかない。自然と目に涙が溜まる。
「の……、呪ってやる……ぅ」
「えっ!?」
私の行き場のない、決して自分に向かない怒りは、この親切な男の子へと向けられた。
私の怪奇な行動の数々を受けて、男の子は混乱の極限へと追いやられているはずだ。私も自分がなに言ってるのかよくわかってない。
瞬間、頭に鋭い痛みが走った。耐えきれず、頭を抑えて、原っぱをごろごろと転がる。
「痛い、痛い、痛いっ。ピーちゃん、そんな強くつつかなくても……ぉ」
空を飛んで転がるの被害から逃れていたピーちゃん。痛みが薄れて腹ばいの姿勢で収まった私の頭の上に、蔑むように乗っかった。
なにもこんなボロボロな私にトドメを刺しに来ようとしなくていいじゃないか。
そこまで思ってようやく、目の前にいる男の子のことを思い出した。もとはといえば、私が変な歌を大声で歌っていたことが悪いんだ。それなのに、私といったら、勝手に奇行を繰り返し、さらには道理に叶わないことまで言った。おかしいのは私だ。
もうなんか、この子、取り返しのつかないくらい真面目な顔で憂慮してくれているみたいだし。
「……ひどいこと言って、ごめんなさい……」
さすがにピーちゃんにつつかれて、反省はした。
いま、一番悔いていることは、絶対に私はこの子に『変な子』っていうレッテルを貼られたことだ。できることなら数時間前からやり直したい。
「くっ……ふ」
だめだ。失笑を買ってしまった。もういい。笑いたければ笑えばいいさ。代わりに私は、膨れっ面で睨みつけてあげるけど。
「ふふ……すまない……でも、……はは
必死でこらえようとしてくれているが、どうやら駄目らしい。もう、ここまでくればこの子自身の力では止められない。
私はしょぼくれるしかない。
ピーちゃんは自業自得だとでも言いたげな声で鳴く。
「みんなして、……私をなんだと」
不平不服からつい声を漏らす。まあ、こんな状況を作ってしまったのは、他でもない、私自身のせいなんだけど。
だって、今までこうやってても、誰もここには来なかったんだもん。こんな恥ずかしい思いはしなかったんだもん。
「……すまない」
笑いからようやく解き放たれた男の子は、今度こそ真剣に、気持ちのこもっているであろう謝罪をする。
たぶんこの子は悪くない。これで許さないのは人としてどうかと思う。
「……ねえ、なんでこんなところにいるの?」
でも、心情的に許しの言葉をかける気にはなれない。だから、無理やりに話題をかえる。
予想外だろう私の台詞に、やや男の子は動揺する。それでも、ねぇ、と押しを強く、強引に答えさせようとする。
「……修行を……していた……」
その声はどこか気まずそうだった。それが私にはどうしても不思議だった。
その違和感はさて置いても、おかしなことは他にだってある。この子、どこからどう見ても、私とたぶん同じくらいの歳なんだ。
「一人……?」
今度は声を出さず、ただ首を縦に振った。無口な子だ。
それにしても、この歳で一人で修行。感心して、若干引いてしまう。親は一体どういう教育方針なんだ。
「……ねえ、なんで修行してるの?」
親にそう言われたから。誰かに認められたいから。英雄と呼ばれたいから。子どもによくあるそんな理由。私はそうだと勝手に予想していた。想像力に乏しい私はそれくらいしか考えられない。
だが、だから、それら全て否定して、彼は言った。
「まだ……未熟だからだ……」
それは私に衝撃を与える。
未熟。その言葉は、求めるものがはっきりとしているから出てくるもの。まだ足りないと、そんな自分を理解しているからこそに出てくるもの。
「……ねえ、なんで強くなりたいの?」
興味があった。彼が何を目指しているのか、いったいなにを成したいのか。
私と同じ歳ながらに、どんな大望を抱いているのか。
「…………」
彼はなにも語らない。それほどに、言いたくのないものであろうか。その表情には、どこか迷いが浮かんでいる。迷いといっても、なにを目的にしているのかわからないといった類いのものではない。おそらくは、ここで語るべきかを迷っている。
それを振り切ったのか、意を決したように、彼は言っ
「誰よりも優秀な忍になって、この世から一切の争いをなくす」
――そう、言い切った。
その言葉に、その夢に、私は強く心を揺さぶられた。
それほどまでに、この世界は残酷なのか。こんな子どもが、そう望まずにはいられないほどにまで、刻薄な世界なのであろうか。
知りたかった。好奇心を抑えられなかった。
だから訊く。彼をここまで追いやった、その元凶がなんなのか。
「……ねえ、なんでそう思――イテッ……」
つつかれた。ピーちゃんにだ。
さっきと同じ場所だった。いちど膨れ上がったそこは、軽く触られただけでも相当に痛い。
改めて思い返せば、いまの質問がいけないことくらいわかる。彼の根幹に土足で踏み込んでいこうとするような、そんな不躾な質問だった。
よくやったぞとピーちゃんを撫でる。
「ねえ、私にできること、なにかないかな……?」
呆然としてこちらを見つめていた彼に、私はそう持ちかける。
「笑わないのか……?」
確かにこんな子どもが抱くには、大仰で高尚、分不相応極まりない。しょせんは子どもの夢でしかないと一笑に付されてもおかしくはない。まあ、私もその子どもの一員だけど。
ただ、そう切って捨てるには、なにかもったいない。どうしてか、そう思えた。
だから私は、首を縦に振る。
「あなたのその夢、終わりまで、見届けたいと思ったから」
だけど、なぜだろう。どんな結果に終わるかは、私にはわかっているような気がした。
「私は
「うちは……。お前もなのか?」
切っても切れない。いっしょう縛られてしまうだろう
「オレは
間違いない。彼にはいつも、乱がつきまとうことになるだろう。彼はいま、これから身に起こる全てを知らない。必死になって、振り解けどまとわりつく運命をしらない。
だけど私は、黙り込んで、目を瞑ることにする。
なにが彼に降りかかろうとも、私は知らない。ただ、いま、目の前に彼がいること、それだけが事実だ。