なにもみえない   作:百花 蓮

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決意

 イタチは中忍になり、前よりも忙しく任務に出かけるようになった。

 危ない任務も増えたようだが、イタチは怪我もなくしっかり家に帰って来てくれる。嬉しいことだ。

 

 これからも平穏な日々が続いていくと私は思っている。

 それなのにだ。

 この状況はいったいなんだろうか。

 

 私とイタチはフガクさんの前で正座をさせられている。

 

「お前たちのこれからについてだ」

 

 改まって、フガクさんはそう語る。

 ただ、なぜ私がここにいるのか理解できなかった。

 いや、したくなかっただけだ。

 

 なんとなくこうなるんじゃないかとは思っていた。こうして、家事手伝いをしているだけではダメだということ。いつか、働きに出なければならないということなんて。

 

 ついにこのときが来てしまったというわけだ。

 

「まずはイタチ。会合で言った通り、お前には暗部に入ってもらう。そのように上にも話を通してある。近いうちに火影様からも話しがあるだろう」

 

「わかりました。父上」

 

 暗部。火影直轄部隊のあの暗部だ。

 いいこと聞いちゃった。これもイタチの実力が認められたおかげだろう。それに、もう話だって進んでるみたいだ。喜ばしいことだった。

 思わず頰が緩んでしまう。

 

「そして、ミズナ……」

 

「は、はい!!」

 

「お前、なにをした?」

 

「えっ?」

 

 その問いかけに私は硬直してしまう。イタチもじっと私の顔を見つめていた。

 なにか私は責められているようだった。

 

「火影様から話があった。砂との合同演習にお前を同行させろとお達しだ」

 

「はい――っ?」

 

「なんでも風影がそう強く要望したそうだ。うちはイタチの妹……とな……」

 

「あっ……」

 

 心当たりならあった。そして、確信する。間違いなくあの砂の男の人だ。うちはイタチの妹、と呼ばれているのは、私があのときに自己紹介をしなかったから。

 イタチを兄だとサスケがそう言ったから予想がつけられたのだろう。そのときに私は否定しなかったから、同じく兄妹と見られたはずだ。

 

 ただ、少し都合が悪い。それ以外にも目が見えないとか、忍者学校(アカデミー)を早く卒業してるとか、うちは一族とか、私にたどり着く情報はいくらでもある。そっちのほうが、もっと確実な情報だった。

 わざわざ、うちはイタチの名前をだす必要はないというのに。

 

 おかげでイタチの顔色が悪い。あの観客席での状況を知らないイタチは、自分が活躍したせいで私に迷惑がかかっているのではないかと、余計な心配をしてしまっている。

 

「それで、どうする?」

 

「はっ?」

 

「断るかどうかはお前が決めろ。これは()()()の問題ではない」

 

 〝お前の問題だ〟と、フガクさんは私の目の前に選択肢が提示した。

 突然のことで、意外なことで、私は戸惑いを覚える。

 

 いつものように、イタチのときと同じように、私にもこうしろああしろと強制をするのではないかと思った。けれど、違う。そこに私は、悪いことではないはずなのに、それなのに、言いようのない苛立ちを感じてしまった。

 

「わかりました。フガクさん。少しお時間をいただけますか?」

 

 今、この場の勢いで決めることはしたくなかった。十分にメリットとデメリットを考えて、この話をどう持っていくか決めたかった。

 

「わかった。不要かもしれぬが、資料を渡しておこう。よく考えるんだぞ?」

 

 そう言われて、紙の束が私の手もとにやってきた。当然のことだが、渡されても読めない。

 

 言いたいことを全て言ったのか、〝これからも、背中の家紋に恥じぬように―( )―〟と残してフガクさんは去っていった。最近は、一族の若い人たちが相談に来る頻度が増して、警務部隊が休みでも忙しいみたいだ。

 

 もうちょっと、みんなゆっくりしててもいいと思うのに。

 

「ミズナ……。オレのせいかも――」

 

「イタチ、これ読んで」

 

 書類を無理やりに突きつける。私は文字が読めないのだから、これくらいしてもらっても構わないだろう。

 こういう口実なら、イタチが断ることはないし。

 

「あ……ああ、わかった」

 

 少しなにかを含むように言い淀んだが、それでも了承を得られた。

 そんなイタチの頬に触れて、感謝のために笑顔を見せる。――私は大丈夫だ。

 

「なら……読むぞ?」

 

「うん」

 

 そうしてどんどんと読み上げられていく。

 砂と木ノ葉との合同演習。どういった経緯で行われることになったか、どこでどのように行われるかなど。さらに、どんな軍事的意義があるのかさえ、イタチは読み上げてくれた。

 

 行われると決まったのは前回の中忍試験で。影同士のささやかな話し合いからそうなったとか。

 

 基本は下忍三人に上忍を加えたフォーマンセルがいくつかという編成になる。特別な編成だったりはしない。

 情報を守る側と奪う側の二つのグループにわかれて競う。小隊ごとに割り振られて、グループ内では木ノ葉と砂の忍の数が均等になるらしい。

 

 殺しはなし。相手国に極力、無礼のないように振る舞えと注意がされていた。他にも、木ノ葉の情報が漏洩することのないように、だとか。

 

「それで……どうする?」

 

 一通り読み終わって、イタチは心配をするようにそう訊いてくる。

 やっぱり、忍を今までやってない私が、実戦ではないとはいえ、こんな任務に行くのはおかしい。

 

「イタチは……どうしてほしい?」

 

 ただ、そんなことはどうでもよかった。私は、私の意志では私の行く末を決められない。とつぜん降って湧いたかのような話に、確固たる決意がなく、漠然と、目印のない道を進むようで決められずにいた。

 

「風影がお前のことを要求したともなれば、状況にもよるが、火影の立場が悪くなる可能性もある」

 

 いつも通り、回りくどい。述べられたのはただの考察、ただの前置きだ。言いたいこととは、きっと、おそらく、他にある。

 

「だが、お前が無理に行く必要もない。それでどうこうなる木ノ葉ではないからな」

 

 私に優しい言葉をかけてくれる。だけど、それじゃあ、質問の答えにはなっていない。

 これじゃ満足できないから。

 

「えっと、つまり……?」

 

 どうしても、問い質さずにはいられない。

 そうしたら、額に触れる感覚があって―( )

 

「許せ、ミズナ……。お前はこのままでいい……」

 

 どこか後ろめたさを感じさせる声でそう。

 その台詞は、私の予想したもの全てと違っていた。

 

 困惑する。混乱する。昏迷する。

 長い付き合いで、理解できないことなどほとんどないと思っていたが、こればかりは私の考えられる範疇を越えて遥か外にあった。

 

 続けてなにかイタチが私に喋りかけているが、それすらも頭に入ってこない。そんな私に気づかずに、一方的にイタチは私に喋り続ける。

 

 どのくらい時間がたっただろうか、イタチは話し終え、〝すまない〟と一言残して部屋から去っていく。

 私から離れるように。遠くに行ってしまうかのように。

 小さくなる足音がたまらなく悔しい。

 

 考える。私は考える。

 これから一体どうするべきか。どうするのが最善か。

 もうなにもかも放り出して楽をしたい気持ちを押さえつけて、戸惑う心をできる限り修正して、より良い答えを導き出そうとつとめる。

 

 まずだ。まずそのためには、なんでこんなにも私の心が不安定に揺れ動いているのか理解する必要がある。

 

 単純に、イタチが予想外の台詞を言ったという理由ならどうだ。

 

「――違う」

 

 それでは、あまり納得がいかない。

 この想いは、ある種の切なさに似ている。呼吸もままならないほどに苦しいし、涙が出そうなほどに悲しいし、心臓が締め付けられているかのように辛い。辛い。

 

 確かにそれも理由の一つであるはずだが、本質はもっと別のところにあるはずだ。もっと、もっと自分を理解しなければならない。

 

 そうだ、思い出した。私はさっき、恐怖を感じたはずだった。

 では、なにが怖い。

 

 なにかこのままでは、イタチが暗闇の奥へと消えていってしまうような気がした。

 それが怖い。

 

「――違う」

 

 今さらそんなことに怯える私ではない。イタチの〝夢〟は知っている。それを笑って送り出せるくらいでいるつもりだ。それくらいに信じているつもりだ。

 現にそうしてきた。そうしているつもりだ。

 

 だというのに―( )―この寒気立つ肌は、この滲む汗は、この手の震えは、一体なんなんだろう。

 

「違う、違う……、違う……」

 

 いくら否定しようと、私の中で答えは出ない。

 なにが正しいのかがどんどんと分からなくなってくる。

 

「違う……、違う……違う――?」

 

 ふと、胸の奥に綺麗に落ちるものがあった。

 そうだ。違うんだ。

 

 今までの私がなにをやってきたか思い返す。なにかをやってきているつもりで、結局はなにもやっていない。ただただ()()()()にすごして、ずいぶんと自分勝手に生きてきただけなはずだ。

 

 してきたのは自己満足で自己欺瞞。

 いま、まさにこの一族が危うい状況にあるというのに、()()()()()()を理由にして、私は知らぬ存ぜぬで通そうとしていた。

 

 そして、誰もがそれを望んでいる。私がなにもしないことを、家族(みんな)は望んでいる。

 

 ああ、嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。

 

 これじゃあ、そう――送り出したんじゃない。()()()()()()()みたいだ。

 

「……姉さん、泣いてるの?」

 

 サスケが、いた。どこにいるかはわからないけど、サスケがいた。

 こんなにも不甲斐ない姉は、こんなにも見っともない姿を弟に見せてしまっているのだ。自分で自分が恥ずかしい。

 

「大丈夫、なんでもない」

 

 まぶたを拭う手が濡れる。自分の弱さを拭い去る。

 それでも、サスケは納得がいっていないようだった。

 

「どこか痛いの? だったら、薬箱を持ってくるけど」

 

 私のことを心配して、懸命になんとかしようとしてくれている。

 そんなサスケの頭をなでる。こんなにも優しい子だから、私の心の底で言いようのない悔しさが込み上げてくる。

 

 このままじゃいけない。

 私にできることは一つだ。

 

 私の一番得意なこと。手裏剣術でもないし、チャクラコントロールでもない、ましてや感知なんかでもない。

 そんなことよりも、ずっと、私が行い続けて来たこと。

 

「ううん。痛いところはないかな、サスケ。もう心配はいらないよ?」

 

 ――私は笑う。笑顔を見せる。サスケの見ていた光景が、見間違いだと思えるくらいに、私は必死に笑った。

 

 思えば私は小さいときからこうしてきた。()()()だ。昔から、もう思い出せないくらい昔から、ずっと、ずっと、ずっとだ。こうして私は今まで愛想を振りまいてきたんだ。

 

 あのあられもない状態からの私の変わりように、サスケは動揺している。

 そんなサスケが落ち着くように、私は肩を抱いた。いや、ただ私が落ち着きたかっただけかもしれない。

 誰のためかは、もうどうでもよかった。

 

 そうしたまま時間がすぎる。

 情動から、私の時間感覚は狂いに狂い、いっさい頼りにできないほどにうらぶれている。

 長くて短い時間が過ぎた。そう表現することしかできなかった。

 

「ね、姉さん。聞いたよ? 任務があるんだって……」

 

 抱きしめられたまま、サスケはそう言う。

 誰が教えたのだろう。

 

 イタチ……という可能性は低い。あのイタチだ。サスケに、私のまだ決めていない状況で口外するわけがない。

 

 フガクさんも教えるような性格だとは思えない。今も一族の人たちの悩み事を聞いたりして、忙しいはずだ。伝える暇もないだろう。

 

 だとすれば、犯人はミコトさんか。

 かもしれない、と伝えて、サスケがそれを噛み砕いた結果、さっきのように尋ねてきたというわけだ。

 

 別に機密事項というわけでもない。話していけないわけでもないし、私に文句を言う筋合いもない。

 どうにでもなればいい。

 

「あのね、サスケ……まだ、決めてないんだ。行くか、どうか」

 

 そう、決まっていない。

 イタチからはこのままでいいと言われた。けれど、私はそれに納得がいかなかった。

 私と家族(みんな)との食い違いだ。

 

 しばらくの沈黙が流れる。私には表情を読み取ろうとする気力もない。ただ暗闇のなかで、抱きしめた温もりを感じるだけだ。

 だから、それがどういう沈黙なのかわからなかった。

 

「私……ダメなんだよ……。ほら、私って、忍、やってきてないでしょ? 私の眼はこんなのだから……ダメなんだ……」

 

 私は、怖かった。

 もうなにもかもが怖い。光のない世界で、ずっと、未来(ひかり)の見えないまま、ずっと、ずっと、さまよい続けていたんだ、きっと。ずっと、ずっと、昔から。

 

 だから、怖い。今の居場所が泡沫のように、一夜の夢のように消えてしまうのが怖い。

 もう、見えていないと嘘をついても、誤魔化しきれなくなっている。それが怖い。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 

 子どもの私は、子どもみたいに震えて、子どもみたいに守られたくて、なにもできずにいるんだ。なにもしないでいるんだ。

 私は本当にダメな子だ。

 

「姉さんは、きっと、すごい忍になれると思うんだ」

 

 それなのにだ、サスケは信じてくれていた。

 いったい私のなににそんな可能性を感じたのか、はなはだ疑問だ。けれど私に、それを訊く勇気はない。そのままサスケは、私を肯定していく。

 

「姉さんはすごいよ。みんなそう言わないけど、オレはそう思ってる」

 

 どこからその信頼が生まれたのかわからなかった。

 今日一番の当惑を感じた。

 

「ちょっと、待ってて?」

 

 そうしているうちにも、サスケが私の腕の中から離れていった。

 もの悲しさを覚えたが、それよりもサスケがなにをしようとしているのか、という思いの方が数倍強い。

 

 ガサゴソと、なにかを物色をするような音が聞こえて、それから私の元へと戻ってきた。

 

「ほら、見て、姉さん……っ!!」

 

 私の前で、なにかをしている。けれど、静かだ。

 果たして、一体なんなのだろう。

 その気持ちは、私の気力を少しだけ取り戻させた。

 

 少しだけ、気を張り巡らせる。

 そうすると、サスケの他に、近く感じるものがあった。

 

 それはなにか――爪切りだ。

 

 そう、静かに。サスケの人差し指に乗せられて、くるくると回転している。

 チャクラだけで。安定して、乱れを微塵も感じさせずに回転していた。

 

「最初は全然できなかったんだ……。でも、このまま投げても上手く飛ばないし……やっぱり、姉さんはすごいや」

 

 掛け値なしの賞賛のように思えた。

 嬉しさが溢れてくる。

 

 ただ、それは、褒められたからだけではない。むしろ私は、サスケの成長に感激してしまっていたのだ。

 

 たまらずに、手を伸ばす。左手で、サスケの右の頬を撫でる。

 

「偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なんだ。

 

 だれだって、褒められるのは嬉しい。私だって嬉しいとしか思えなくなるくらいには嬉しい。

 だから私はこの嬉しさを、今すぐにでも、褒めてくれた褒められるべき本人と共有しておきたかった。偉大なサスケを全力で讃えておきたかった。

 

 慣れていないのか、サスケは少し恥ずかしそうだ。ささやかにふためいている。

 そして感情の高ぶりが、チャクラの乱れに繋がる。

 

「……あっ」

 

 指先から、爪切りが滑り落ちた。いつかはやめなければならないことで、しかたがないことなのかもしれない。

 それでも、落ちた爪切りを残念そうサスケは惜しんでいる。悪いことをしてしまった。

 

「ごめん」

 

「……うん」

 

 そんな平和的なやりとりを済ませて、改めて、私はサスケに言いたいことがあったのだ。言いたいことができたのだ。

 

 独り善がりで、自分勝手に、私はサスケへと告げる。

 

「ありがとう、サスケ。もうお姉ちゃんは大丈夫だから」

 

「……うん」

 

 私は姉だ。サスケの姉だ。

 血の繋がりはないけれど、一族(みんな)じゃない。サスケがそう望むなら、私はカッコつけたい。

 

 

 私の心は決まった。




 長らくお待たせして、申し訳ありません。
 いろいろ迷いましたが、結果、こうなりました。

 お気に入り、評価、誤字報告、本当にありがとうございます。これだけ開けると申し訳ないです。はい。

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