なにもみえない   作:百花 蓮

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陰謀

 任務が終わった。

 任務が終わって非常に嬉しいことがある。

 

「まだ、まだ一日……! ふふ、ふふふ」

 

 ちょうど、イタチの休日の期間と被っていたこの演習だが、期日の一週間よりも早く終わったのだ。

 本当にラッキーだったかな。

 

「ちょっと、いいか?」

 

 腕を掴まれる。

 楽しい気分でお土産を選んでいたのに、なんでこうなるのだろう。

 

「あ、あなたは……」

 

「いや、見かけたから……その……」

 

 言い淀む彼は、私を医務室に連れて行ってくれた、優しい優しい木ノ葉の忍だ。

 私より五歳くらい上。聞いたところによると、階級は下忍。顔に一文字の傷があるというくらいで、大した特徴もなく、いたって優秀そうにも見えない。

 

「ああ、そうね。あのときは……ありがとう……」

 

 もう何度か伝えたが、もう一度言っておく。感謝の気持ちは忘れない。嘘偽りではなかったことを主張しておく。

 

「皮肉か……?」

 

 私の気持ちを曲解する彼は悪くない。

 誰だって、あんな仕打ちを受ければ、こう、悪感情を私に抱いてしまうだろう。

 

 良心を利用し、踏み躙るような行為である。

 非難は真っ当としか言えない。

 

 その上でだ。どう立ち回るべきかを瞬間的に判断する。

 どうすれば、私の、ひいては私たちの利益になるのか。

 

「ごめんなさい……。私もあんなことをしたくはなかったの……」

 

 ここで煽るのはまずい。

 私が()()()であることは周知の事実だ。私の行うことは全て、()()()という一族の印象に直結する。

 だからこそ、下手なことを言ってはいけない。

 

 けれども、まあ、嘘ではない。あそこまで徹底的に痛めつけられるとは思ってもみなかった。

 やっぱり、あのインテリメガネは嫌いだ。

 

「……だったら、やらなきゃよかっただろ……!」

 

 詰め寄るように、怒鳴るようにして彼はそう言った。

 あまりの剣幕に、周りの人たちが一斉にこちらを向くほどだった。

 

 彼はしまったというように、あたりを見回すと、狼狽えるようにして、私から一歩引く。

 

「私がやるのが一番効率的だったから……。……ごめんなさい」

 

 弱者の方が、敵の懐には潜り込みやすい。

 か弱い少女がいたぶられているところを見て、まず、なにも思わない人はいないだろう。

 それを利用した。ただそれだけに尽きる。

 

「……でもっ、でもな――っ!」

 

 そんなことまでする必要はなかったと言いたいのだろうか。

 表情からも、いままでの文脈からも、それは伝わる。

 だから私は求められる最良の答えを出す。

 

「……優しい、んだ……」

 

 いや、違う。甘いのだ。

 勝たなくては意味がない。任務ではなく、自分の意志を優先して、失敗する。

 それが一番ダメなことだろう。

 

 もし、目の前の彼のためを思うのなら、里のためを思うなら、私はそんな彼の意見を嘲笑って、そんな彼の甘さを否定するべきだった。

 しかし、それは私のやるべきことじゃない。

 

 それに、彼は、私を憐れんでるから。かわいそうって思ってるから。

 きっと、何を言っても意味はない。

 

「ありがとう……」

 

 だから、そう言って微笑んでおく。

 感謝されれば嬉しい。至極当然のことで、私だってそれは同じだ。

 それがわかった上でそう言う。どれほど矛盾しているかは理解しているつもりだ。

 

「…………」

 

 そして、彼は、二の句も告げずに黙り込んだ。

 

 人というのは、否定されればされるほど熱くなるものだ。

 別に、私は彼と言い争いをしたいわけではない。そして、いまここに譲れないものがあるわけでもない。

 だから彼のあり方を認めた。

 

 その結果、彼は冷や水を浴びせられたように我に返ったのかもしれない。激情を込めた言葉が透き抜けて行って、途方にくれてしまっているのかもしれない。なんにせよ、今まさに己の行動を顧みているところであるように思えた。

 

 だからこそ、彼は私になにも言えない。

 

「私なら……大丈夫だから……」

 

 正直なところ、平和な訓練であることに加えて、私があの()()()()()()の娘ということになっているという理由から、別に敵方から酷いことをされる展開になるとは思っていなかった。

 木ノ葉と砂との混成チームというのは、親睦を深めるという理由の他に、そういう相互監視の理由もあったのだろう。

 

 私がスパイをやるなんて、こんな手は二度と使う気はない。次やれば、きっと命はないのだから。

 

「さよなら」

 

 決してもう会いたいと思えるような人ではなかった。

 

 

 ***

 

 

 あれから店を替え、吟味し、ようやくイタチとサスケへのお土産を買い、店を出たところだ。

 

「よお、うちはの嬢ちゃん」

 

 つい、私は振り返ってしまった。しまった。後悔した。

 酔っ払いの相手はしたくない。だというのにだ。

 

「はぁ……。……買い物? ……お土産?」

 

 当たり障りのないようにいこう。

 正直なところ、この人といるのは疲れる。

 

「ああ、息子がいるんでな……」

 

「へぇ……そうなんだ……意外」

 

 時折みられる刹那的な生き方に、言動。酒やらタバコやら以外は興味のない人なのだと、つい思ってしまっていた。

 どうやら、認識を改めなければならない。

 

「ずいぶんと失礼だな……? 俺だって、子どもくらい……」

 

「家族は、大事?」

 

 そんな私の問いに対して、どうしてか上忍さんは身構えるように足を引く。

 そんなに答えづらい質問だろうか。

 

 つい、首を傾げてしまう。

 

「……ううん? 見張りは……動いてないみたいだけど……」

 

 さすがに他里の忍が集団で里をうろつくのはいただけないのだろう。妥協策としての見張りだ。

 この里で木ノ葉の忍が揉めてしまい、戦争に逆戻り、なんて、冗談では済まされない。そう風影様から強く言われた我らが火影が、断らなかった、とは風の噂だ。そう砂の忍が話していたのがわかってしまった。

 

「いや、なんでもない」

 

「……え? でも」

 

 ここまで思わせぶりな態度をされると、気になってしまうのが人のサガだ。

 それでもやっぱり、周囲を探ってみても、敵は一人として見つからない。

 

「ああ、それで……なんの話だったか……」

 

「えっと……家族は大事か、よ?」

 

「ああ、そうだったな……」

 

 いまいち釈然としない。

 なんだったのだろうか、さっきの反応は。

 

「……当たり前だろ……。子を思わない親はない。もし、そのためにできることを怠ったなら、そいつは親失格だ――( )

 

 なるほど、ご立派なことを言ってくれる。

 そのせいか、ついつい口角が上がってしまった。

 

 手持ち無沙汰になったのか、この上忍は流れるように懐からタバコを取り出す。

 大人っていうのは、大抵、言ってることとやってることが矛盾しているものだろう。

 

「火遁――」

 

「なにしてっ……!?」

 

 チャクラを練り上げたその時だった。

 手を捻られる。

 

「あ……えっと……」

 

 一瞬にして、砂の忍に囲まれてしまった。

 

 面をつけた暗部だ。こうして並ばれると威圧感が存分に発揮され、つい萎縮してしまいそうになる。

 

「……ああ、その……なんだ……。――ま、頑張れ」

 

 困ったように額に手を当て、他人事のように言葉を投げる奴がいた。最低な奴だと私は思った。

 

「少し、話を聞かせていただいてもよろしいか?」

 

「はい……」

 

 従うほか、なかった。

 

 私はあの戦争かぶれを恨みながらも、砂の怖い人たちに、連行された。

 激しい交渉の末、砂の偉い人の判断の結果、なんとか、無事に木ノ葉へと強制送還される運びになった、とだけ言っておこう。

 

 

 ***

 

 

「たっだいま〜っ!」

 

 帰って来た。

 ついに帰って来た。

 いろいろトラブルもあったが、なんとか帰ってくることができた。

 テンションが高くなっても仕方がない。

 

「ミズナっ!?」

 

 真っ先に玄関に飛び出して来たのはイタチだった。

 声を聞いてからすぐ、その類い稀なる運動神経とチャクラコントロールをフルに活用したような早さで、少しだけ驚いてしまう。

 まあ、おおかた足音を聞きつけたというところだろう。

 

 イタチが長期任務でいない、ということは稀にあった。

 それなのに、どうしてなのだろう。いざ、自分が行ってきたとなると、会うのがとても久しぶり――ざっと七……八ヶ月ぶりくらいのような気がしてしまう。

 長い六日間だった。

 

「イタチっ!」

 

 靴を脱ぎ捨て飛びつく。

 抜群の安定感で、イタチは私のことをキャッチしてくれる。

 

「早かったんだな……」

 

「うん。まあ、私、頑張ったから!」

 

「……そうか」

 

「うん。そうだよ……えへへ」

 

 こうしていると、やっと帰って来たんだという実感が持てる。

 間違いなく、私はいま幸せである。

 

「兄さん! 待って!!」

 

 サスケの声が聞こえる。飛び出して来るのがわかる。

 どうやらイタチに置いて行かれたようだった。

 そんなサスケに手を引かれて、ミコトさんもやってくる。

 イタチは私を、そっと優しく床に降ろしてくれていた。

 

「あ……っ、おかえり! 姉さん!」

 

「ただいま、サスケ。修行、兄さんにつけてもらえた?」

 

「うん。……でも、兄さんには敵わないや」

 

 その声には、少しだけかげりがあった。

 自分とイタチを比較して、その能力の差に途方のなさを感じてしまっているのだ。

 

「ふふ、焦らなくても大丈夫よ。なにも進歩してない――( )上手になってないわけじゃないでしょう? もし、兄さんに置いていかれて見失ったっていうのなら、私がそこまで背中を押していってあげる。確実に一歩一歩ね。私からは逃げられないわよ?」

 

 にっこりと微笑む。

 そうするとサスケは、よくわからないというように、キョトンと首をかしげたのだった。

 

「まあ、つまり――」

 

 しゃがみこんで、顔の高さをサスケと合わせる。

 そっとその頰に触れて、首筋までをつっと撫でる。

 

「――偉いよ、サスケ。頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なのだ。

 

「うん……!」

 

 少しだけ、サスケは元気を取り戻してくれる。

 まだまだ私も頑張らなくちゃだね。

 

 そういえば、危うく忘れるところだった。

 

「あっ、そうだ。えっと……これはイタチにだっけか……」

 

「なにっ……?」

 

 お土産を渡す。

 イタチは怪訝な顔でそれを見つめていた。

 金箔でメッキされたクナイである。

 

「これはサスケに……」

 

「えっ……?」

 

 サスケは神妙な顔でそれを受け取る。

 金箔でメッキされたサボテンの縫いぐるみである。

 

「ミコトさ……母さんには……これ……」

 

「まあ……」

 

 ミコトさんは晴れやかな笑みを浮かべる。

 金箔で花模様の技巧がこらされたきらびやかな箸である。

 どうやら、私の選択は間違っていなかったようだ。

 

「ふふ、ありがとうね」

 

「あ、ああ……」

 

「う、うん……」

 

 ミコトさんがお礼を言って、それに従うように二人は私に、取りようによってはお礼とも取れる返事を返した。

 私は大満足である。

 

 サスケは、まだ神妙な顔で、そのサボテンの縫いぐるみの目玉と見つめ合っていた。

 

 

 ***

 

 

「報告、『然り』」

 

 人気のない森の中、誰にも見つからないよう、二人の男女はひっそりと会っていた。

 

「ああ、で、それだけ……なのか?」

 

 無論のこと、男女といっても決っして、全くもって、微塵たりとも情などなく親しい関係などでもない。

 

「あなた、もしくはイタチかサスケ以外の誰かが捕らえられ、あるいは殺されたりしても、私はいっさい関知しない。成功を祈る。なお、この私は五秒後に自動的に消滅……」

 

「おいちょっと待て!!」

 

 せっかく消えようとしたのに、引き止める声があった。

 無視しようとも思いもしたが、後でまた付きまとわれるのがオチだ。付き合ってあげるしかない。

 

「なに?」

 

「あれだ。その返事の経緯とか、そういうのはないのか?」

 

「ない。これだけ」

 

 文脈もへったくれもないこの報告では、情報が漏れるにも漏れようがない。

 明確な一打を欠いてしまうわけだ。

 

「まあ、仕方がないか。確証は得られなかったが、大体は読み通り……。少し……まずいか……?」

 

「私に聞かれても困る……」

 

「ああ。あとでイタチに相談しておくか……」

 

「そう……」

 

 これに関しては、私はなにも言えなかった。

 これは私が決めることではないのだから。私はあくまでも部外者。そういうスタンスでいる。

 

「じゃあ、私はこれで……」

 

「いや、まだ少し待て」

 

 またも私を引き止める。

 いい加減、ここまでくると苛立ちを感じてしまう。

 

「なに……?」

 

「すまなかった。危険なことに巻き込んで……」

 

 深々と頭が下げられる。

 相変わらず謝ってばかりで呆れてしまう。頭を下げずにはいられない性分なのであろうか。

 

「別に……」

 

 言うべきことはなにもない。

 あの短い報告のためだけに、この男はここまでしているのである。この謝罪のためだけに、私を引き止めたのである。

 なんというか、滑稽でもある。

 

「……謝られても、嬉しくないから」

 

 その謝罪は受け取らない。

 ここまでされると、なんだか私で、私を酷いやつなんじゃないかと思い始めてしまう。納得いかない。

 

「じゃあ……」

 

 どうすればと言い淀む彼に、私は尊大に胸を張って言い放つ。

 

「感謝なさい。存分に――( )

 

「ああ……。すまない。ありがとうな……」

 

 どうやら、どうにもならないみたいだ。

 

 

 ***

 

 

「失礼します……」

 

「ああ、入れ……」

 

 最大限の礼節を尽くして、後手で障子の戸を閉めないようにして、畳の(へり)を踏まないように心がけ、御前に座る。

 チャクラが張り詰め、空気がピリピリとして、少し怖い。

 

「それで……どうだった……?」

 

()()()の名を汚さぬよう、任務に努め、存分に活躍したとお褒めいただきました……」

 

 その表情はいまいち感情が掴みづらい。

 変わらずに難しい人だ。

 

「そうか……」

 

「その(のち)に、言伝を預かって参りました」

 

「…………」

 

 わずかに表情が動いた気がした。

 シスイといい、そんなにこれが大事なのだろうか。

 

「『然り』と……」

 

「…………」

 

 それがなにを表すのか、私にはわからない。

 けれど、これからうねりが生まれる。誰も予測できずに、誰もが巻き込まれてしまう。そんな大きな……。

 

 なんとなく、そんな気がした。

 

「ああ……それと、お土産です」

 

「そうか……」

 

 金箔のまぶされた煎餅(せんべい)である。




 あっ、シスイのお土産、忘れてました。ま、いっか。

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