なにもみえない   作:百花 蓮

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悲哀、温もり、革命

 三代目の計らいにより、急遽、暗部の仕事に休みが入った。

 

 なぜ、シスイがこんなことになってしまったのか。

 昨日の話を思い返した。

 

 もはや、一族の企むクーデターは、歯止めの利かない状態にまで陥っていた。

 九尾事件を発端とした、一族に対しての数々の冷遇。居住区画は里の隅に、警務部隊の役割も縮小されていく。誇りを傷つけられ、一族の不満は募るばかりだった。

 

 けれど、それがクーデターを行っていい理由にはならない。

 多くの血が流れることは避けられない。そして、木ノ葉の乱れは、大国である火の国の乱れは、より多くの戦いを呼ぶ。戦争を呼ぶ。

 

 戦争は、何としても阻止しなければならなかった。

 

 『万華鏡写輪眼』の瞳術――『(こと)(あまつ)(かみ)』。

 対象者に幻術に掛かっていると気付かれることなく、対象者を操ることができる、この幻術を、父――( )うちはフガクにかけることにより、クーデターを阻止しようと、シスイは提案した。

 ことは一刻を争うと。

 

 決行の日取りをまだ決めてはいなかった。

 だが、シスイは猶予がないと言っていた。

 なにがそこまでシスイを急かせたのかはわからない。たしかに一族に燻る不穏は日に日に膨張を続けていたが、まだ時間はあるように思われた。

 

 幻術で操る非人道的な行為は飽くまで最終手段。それ以外の方法を試してからでも遅くない時期だったはずだ。

 

 ――なにより。

 

「そのためにオレがいたはずだ……」

 

 木ノ葉隠れの里に、延いては忍界全体に巻き起こる争いをなくす。そのための第一歩である暗部入りだった。

 だが、成長するにつれて、大人になるにつれて、一族という枠組みに組み込まれ、里という枠組みに組み込まれ、『夢』から遠ざかっているような気さえしてしまっていた。

 

 結局のところ暗部入りも、一族にとっては里の内情を伝える人間が欲しかっただけだった。里にとっては一族の動向を漏らす人間が欲しかっただけだった。

 里と一族のパイプ役、とは言われたが、その実、スパイのような立場だった。

 

「イタチ……」

 

 通夜が終わり、もう皆が帰ったなか、打ち拉がれるように棺桶の前に立ち尽くしていた。

 そんななか、声をかけるのは、やはり彼女だった。

 

 いつまでも、気を遣うように隣にいてくれた。だが、唐突に彼女が言い出す。

 

「イタチ……ねぇ、私に『解』って、やってみて……?」

 

「…………」

 

 『写輪眼』で確認をする。

 突拍子のないことを時々に言い出す彼女だが、何かしらの意味があることが大半だった。たとえば、場を和ませるため、自ら道化になることもあった。

 

「幻術には、掛かっていないようだが……」

 

「えぇ……。でも、やっぱり。いいから……」

 

 推して憚らない。

 それにどんな意味があるのかはわからなかった。だが、彼女を信頼し、肩に手を置き、チャクラを流す。

 

「『解』!!」

 

「あっ……」

 

 そして、彼女はよろめいた。

 咄嗟に倒れそうな彼女の体の支えになる。

 

「大丈夫か……?」

 

「うん……ちょっと……」

 

 こめかみに手を当てる彼女が大丈夫なようには見えなかった。

 

「何か、変わったのか?」

 

「ううん、違くて……。ふふ、イタチってば、チャクラの流し方、ちょっと雑だったよ?」

 

「すまない」

 

「いいのよ……。イタチが辛いのは、わかるから」

 

 言われた通り、目の前のことで他に気が回らなかったのかもしれない。動揺を引き摺り続けていることに対し、深く自省する。

 このままで決して居れるはずがない。

 

 三代目に無理やり休まされた理由がわかった気がする。

 グッと彼女に、身体を引き寄せられるのがわかった。

 

「どうした?」

 

「ねぇ、イタチ……。不特定多数に効果がある幻術って、心当たりない?」

 

「……あるにはあるが……」

 

 例えば、『涅槃精舎の術』がそれに該当する。広範囲における人間を幻術にかけ眠らせる。そんな効果を持った術だったと記憶している。

 

「……それが――」

 

「――『解』」

 

 チャクラが流される異様な感覚が体を襲う。

 脳が揺さぶられ、視界が揺れる。

 そんな衝撃はあれど、景色はなにも変わらなかった。

 

「ミズナ……」

 

「……ん」

 

 彼女が指差すその先を見る。

 そこには、なにも変わらない棺桶が鎮座している。

 

「これは……」

 

「ねっ……」

 

 ただし、中身はなかった。

 うちはシスイの遺体が忽然と姿を消しているのだった。

 

「シスイのヤツ、自分の死を偽装して、どこかで悠々と過ごしているのね。……イタチのコトも考えないで……許せない……」

 

 そう、彼女は棺桶を壊れない程度に幾度か蹴りつけていた。

 確かに、この死の偽装は、前向きにならそう捉えることができる。

 だが、最悪のケースが頭をよぎった。

 

「……いや、殺されて、死体を利用されているという線も有り得る」

 

 シスイの『眼』は特別だった。死の真相を隠蔽するため、その隠蔽工作のために、こんな回りくどい手が使われている。

 その可能性も、決して排除してはならなかった。

 

「なに……それ……」

 

 争った形跡のない見るからに自殺の遺体に、遺書もあった。

 騙されたままであれば、これは誰しもが自殺と判断しただろう状態だったのだ。

 

 もし、損壊でもあれば、それは他殺で、一族の怒りに油を注ぐのも易かった。

 一族の者以外が殺したと結論付けられ、より一族は排他的になる。クーデターへと、より近づく。

 

 この死体の偽装を隠蔽工作であると、一族が結論付ける。それがなによりもまずかった。

 

「ミズナ……このことは、誰にも言うな……」

 

「それって……」

 

「ああ、父上にも、母さんにも……サスケにもだ……」

 

 こう言えば、彼女は己の意思に従ってくれることは知っていた。

 

「……わかった。イタチがそう言うんなら、そうする」

 

 彼女の承諾を得てから、一つだけ疑問が頭をよぎった。

 決して見逃してはならない、見過ごすべくもない、だが、見咎めるには勇気が必要だった。

 

「ミズナ」

 

「なに?」

 

「なぜ、お前だけ幻術にかからない?」

 

 彼女に類稀なる幻術に対する耐性がある。彼女だけが幻術の発動する条件を満たしていない。あるいは――( )

 

「――私が術者だから、って考えたでしょう?」

 

 見透かされている。

 最初に彼女はシスイが死を偽装して潜伏していると考えた。シスイと彼女が結託をして今回のことを考えたのなら、彼女が術者という可能性もあった。

 

 だが、この大規模な幻術は見たことがない。

 術者の力量という点では、シスイや、父上――( )うちはフガクに。幻術のレベルでいえば、シスイの言う『別天神(ことあまつかみ)』に匹敵する。

 

 ああ、もちろん、なぜ彼女はああも回りくどい方法で、己に幻術の中に居ると教えたのか、まるで辻褄が合わなかった。

 

「そんな顔しないで? 信用されない私が悪いんだから……」

 

 彼女を疑ってしまったことを恥ずべきことだと感じていた。

 それを機敏に感じ取った彼女にそう言わせてしまったことを後悔した。

 

 感情を振り切って、彼女を抱きとめることに徹する。彼女を慰めるに終始する。

 温もりが伝わる。彼女を慰めるという名目で行ったが、その実、彼女が自らのものであるかのような倒錯を覚えるこの行為に癒されていた。

 

「ミズナ……」

 

 それ以上は、謝罪か自省の言葉になる。口のうまい方ではない自覚はあった。こういうとき、なんと言えばいいか咄嗟には思い浮かんではこなかった。

 

「大丈夫、わかってるから」

 

 的確に彼女の言葉は緊張する心を解いた。けれど、本当に理解されているのかはわからない。彼女の心はわからない。

 だからこそ、彼女にもっと近づきたい気持ちが芽生える。

 

 なにも言えないまま、なにもできないまま、なにを言えばわからないまま、なにをすればいいかわからないまま、時間が過ぎて行った。

 

 

 ***

 

 

「一族の中でも写輪眼を持つ者だけが読める石碑だな……。それも途中までだ」

 

 父――うちはフガクに約束を取り付けられ、南賀ノ神社の集会場に残されていた。

 

「『万華鏡写輪眼』を持つお前なら、もっと先が読めるだろう」

 

「自殺……だったはずだ」

 

 動揺はしなかった。

 シスイの件について、幻術を見破ったのか、そして勘違いをしているのか、それともカマをかけたのか、それはわからない。

 だが、なにかに勘付いているのだろう。

 

 真偽を答える理由はなかった。

 

「内容を教えろと言うのか?」

 

 『万華鏡写輪眼』を持つ者――( )少なくとも、シスイ以外に持っていると、話に聞いたことはない。

 ――そして、あの〝仮面〟。

 

 代々受け継がれている()()()について書かれた石碑だ。興味を惹かれないと言えば嘘になる。

 『写輪眼』とは、チャクラとはなんなのか、果たして、()()()は――( )

 

「それには及ばん」

 

 身を竦ませるほどに鋭い目付きでこちらを見つめる、その眼は、確かに『写輪眼』だった。

 けれど、赤に黒、その色で描かれた紋様は、基本の巴などではない。

 

「『万華鏡』……? 父さんも……」

 

 シスイ以外にも使える者が居たことに、驚きを隠せなかった。それ以上に、なぜ、その『万華鏡』を隠しているのか。

 おそらく、一族をまとめる求心力としてこれ以上のものはないだろう。

 クーデターを企む上でも……きっと。

 

「第三次忍界大戦の時だ。俺の友が……いや……」

 

 言い淀み、一拍の間をあけて、父は言った。

 

「……うちはミズナの、あの子の父親が命を捨ててオレを助けてくれた。家族を任せたと最期に言い残してな。血の涙とともに『万華鏡』が生じた」

 

「な……っ」

 

 理解できた。あれほどまでスムーズに、うちはミズナを家に迎え入れることができたのか。それは母の意見、父の賛同があったからこそで、おそらく、今言われた出来事がなければ、それは成し得なかっただろう。

 

「ああ、だから、あの事件が起こった時、オレは、もうあいつに顔向けができないと悟らざるをえなかった。……あいつの妻は死に、あの子も無事ではすまなかった」

 

 ……オレはなにをやっていたんだ。

 

 どこにでも言うでなく、そう呟く姿は物悲しくも見え、どこかいつもより小さくも感じられた。

 

「あの子は()()()()()だ……。早くに父を亡くし、母も、そして、自身の『眼』さえも……里と一族の軋轢に揉まれて……。変えなくては、と強く思った」

 

「だからとはいえ、それを力で覆すのは……」

 

 あの事件がクーデターに大きく心を傾けたきっかけだったと語られようと、得心がいかない。

 

 あの事件は里の暗部の仕業というのが、シスイの推論で、父も同じくそう推察しているのだと理解できる。矛盾はない。

 その状況を変えようとするのは当然のことだろう。

 あとはやり方の問題だ。

 

「ああ、なにもそれだけが理由ではない――( )

 

 朗々と、うちはフガクは自らを顧みることなく、そう語り続ける。

 

「……そうだ。あの子を幸せにするのは()()()()()()()()()()()()が親密に過ごす姿を見て、確信し、未来を見た。その未来がオレの〝夢〟になった。それを叶えてこそ――( )

 

 それ以上の言葉はなかった。

 胸中の想いは言葉にできるほど、簡単なものではなかったのかもしれない。ああ、これを超える推理はきっと無粋だろう。憶測は憶測でしかないのだから。

 

「それならば、クーデターを起こさずとも……」

 

「お前たちの子どもはどうだ? きっと、優秀になる……」

 

 あの事件は確実に、うちはフガクの精神を蝕んでいた。あるいはトラウマのように。

 

 行き違う想いに痛みが生じた。

 

「里の上層部はオレたちを恐れている。だから迫害するのだ。この『写輪眼』を恐れてな」

 

「確かに、()()()が『写輪眼』で九尾を操るのではないかと……」

 

 尾獣、すなわちチャクラの塊。

 六道仙人の時代から存在し続け、人の世に数々の不幸を齎してきた生ける天災。

 その再びの里への襲来を恐れることは自然の成り行きだった。

 

「それは、うちはマダラの伝説だ。以来、誰もそんなことはやっていない。できるかどうかさえわからん。……だが、上層部は過去の亡霊に怯え、オレたちを隔離している。恐れると言うなら、君臨するまでだ」

 

「力づくで火影になるのか?」

 

「やむをえないのだ。止められはしない。皆もそれを望んでいる」

 

 一族の総意のようにそう言い切られる。

 いや、それが一族の総意なのだろう。シスイがいない今、反対する同志は一族に存在しなかった。

 

 ――もはや、止めるすべがない。

 

 言葉での説得は不可能。シスイはいない。行動に訴えるほか、クーデターの阻止を実現できる方法を思いつけはしなかった。

 

「この石碑にはまだ続きがある。『万華鏡写輪眼』をもってしても読めない――( )オレたちにはまだ先がある」

 

 『万華鏡』の次……。『写輪眼』の、そして『万華鏡写輪眼』の開眼条件を鑑みるに、それは恐ろしいものに感じられた。

 

「だが、途中までとてわかるはずだ。この石碑には()()()の救いの道が記されている。()()()の今の状況が間違いであると……」

 

「多くの血が流れる……。それでも押し通すと言うのか……」

 

 間違っているのはクーデターというそのやり方だ。

 木ノ葉の内乱を機に、必ず他国は攻め入ってくる。戦争になる。それならば、いっそ――( )

 

「血は流さない。その為にオレは『万華鏡写輪眼』を開眼したことを隠している。――これを見ろ、イタチ」

 

 幻術――沸き立つ一族の者たち、縛られた尾獣の人柱力、輝く赤い双眸、無差別に暴れる九尾、塵芥のように散って行く命。

 

 最悪のイメージが頭に叩き込まれてくる。

 

「くっ……」

 

「『万華鏡写輪眼』さえあれば、九尾を操れる。一族の者には里に恨みを持つ者もいる。追い詰められればここまでやる。そうならない為にも、イタチ……お前の力が必要だ……」

 

「オレに……なにを……?」

 

「今は与えられる任務に集中しろ。……時が来たら、お前が隙を突いて上層部を拘束するんだ。多少の争いは起こるだろう。だが、お前の協力さえあれば……暗部のお前だからこそできる――( )無血革命だ」

 

「無血……革命……?」

 

 自らを要にしたその計画は、薄氷の上を渡る以上に危うすぎるものだった。




 タイトルに革命と書くか、レボリューションと書くか悩みました。すごく悩みました。そのせいで投稿が遅れました。

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